「空の涙」 遥か遠くで聞こえてくるその音は、…なぜか切なさを覚えた…。 ふと、重く圧し掛かる瞼を押し上げると、眠りから覚めたばかりの瞳が音を捉えた。 「…雨…」 暖かい安らぎを与えるその場から体は離れるのを拒んだが、 まるで外にいる誰かに呼ばれるかのように窓へと 吸い寄せられていった。 カチャン。 鍵を外し、少し軋みが出だした窓をゆっくりと開ける。 「………」 外には、霧雨降る朝焼けの空が広がっていた。 パシャン…と、窓枠を伝った水滴が手を叩いた。 (あの時も…) 二度目の水滴を、掌に受ける。 「…カーマイン」 離れる事の無い面影に、思いを馳せた…。 「風邪を引くぞ」 その言葉の対象が自分である事に気付いていないのか、黒髪の青年は一人、雨の中にいた。 「…カーマイン…」 己の名を呼ばれ、やっと彼は振り返った。 「…ライエル…」 雨に濡れたその姿は、一瞬近づく事を躊躇わせるほど…美しかった。 艶やかな黒髪に、均整の取れた細くしなやかな肢体。そして、何よりその顔が、全てを際立たせていたのだ。 端整でいて妖艶。 男だと分かってはいても、見惚れてしまうのは自分だけではないだろう。 「…風邪を引くぞ…」 彼の姿に目を奪われるようになったのは、いつからだったか…。 動き全てに佳麗さを見せ、映す表情に壮麗さを見せる。 そして、一際美しいその両眼の瞳には、人を惹きつけてやまないほどの艶を秘め…。 その瞳に、愁いが過ぎる。 「…どうした…?」 ウェイン達と共をしだして幾日。初めて見る「彼」だった…。 「…何でもない…」 口を閉ざし、視線を外す。 濡れた髪が顔にかかり、その瞳を隠してしまう。 その横顔は、物悲しく映った…。 初めて…ではない。…前に一度…、「彼」を見た事があった。 それは、一年前になる…。 そう、目の前で唯一の君主を倒した、敵の…顔。 衝撃が、心を襲った。 剣を持ち、華麗に舞う姿とは対照的なその表情…。 悲しみと、恐れ…。 立ち尽くす敵の姿に、目を離す事が出来なかった。 そう…。己の嘆きも忘れて…。 喪失感に加え、絶望。そして己に対する怒り…。 全ての感情が、彼の前では姿を隠した。 それほどまでの深い悲しみを、彼は抱いていたのだ。 感情を量れる物などこの世には存在しない。だが、彼は遥かに他を凌駕していた…。 泡沫の幻のような危うさが、一年たった今でも残っている。 …彼は剣を染めるたび、己の心をも染めているのだ…。 人の想い全てを受け止めようとする、彼の想い。 人の想いを背に、己の手を赤く染める彼の苦しみ…。 「ラ、ライエル!?」 思わず抱きしめていた。 「すまない…。だが、しばらくこのままで…」 「………」 親友を殺したのも彼。 志を奪ったのも…彼。 だが、憎しみと言う気持ちは…、今は無かった。 守りたい…。 失った親友の代わりでもなく、偽善でもなく。 心から、そう思った。 雨に濡れ、冷え切った体を温めたくて…。 抱いた腕に思いを込めて。 …戦いも終わり、平和な日々が続く…。 一時かも知れぬ、この時間…。 彼の存在は、変わる事無く心にあり、あの時の気持ちも変わりはしない。 彼が望むのなら、共に歩くだろう。 彼が望むのなら、…安らぎも与えられるだろう。 気付くと日は昇り、雨も上がっていた。 (…カーマイン…。お前の涙を拭えるのなら…) 剣を持つには優し過ぎる…愛しい人。 彼のためなら、非情にもなれる。 fin ▽ 管理人戯言 ほぅ・・・(溜息)、何だか心が洗われるようなSSです。簡潔なんですがしっかり纏まっていて綺麗なのです〜。 ちくしょう皆さん上手いですね〜、綺月はもう立場がないですよ!どーしてくれるんですか!(←お前が精進しろっ) それにしても綺月はこういう切ない系が非常に好みなんですよ。とか前にも言った気がしますが。 お互いに優しすぎるから切ない話になるんでしょうね。綺月的には最後の一文の『彼のためなら、非常にもなれる』という部分が 特にツボにはまっております。あ〜俄然アー主書きたくなってきました。この分じゃ本も作るでしょう、きっと。 とにかく格好いいですね。もう大好きですよこういう話。その文才を分けて下さい本気で(←だから努力をしろって) 本当に素敵・無敵・雅なSSをどうもありがとうございます神月様〜!!! |
>>Back |