どんなに必死になって手を伸ばしても。
決して指先一本ですら触れる事の叶わぬ――高嶺の花。
そんなものがこの世に存在するなど、貴方に出逢うまで知る事はなかった。




花乞い唄






初めて、その姿を目にした瞬間から、きっとおれは囚われていた。
街中にただ佇んでいるだけでも、彼の周りだけ色が違って見えるくらいだから。
俯いた時、漆黒の長い前髪に隠された美貌が顔を上げた途端に露になるその一瞬が。
本当に形容なんかじゃなくて、時が、世界が止まったような気がした。
目は、彼に釘付けになり、驚きと高揚に、呼吸すら止まってしまう。
そんな、全てを超越するかのような美貌に、心はいとも容易く持って行かれてしまった。

「・・・・・とは、言ってもなあ」

思わず、溜息が出る。それは仕方ない。何故なら、自分と同じ事を一体どれだけの人間が思っているか
測り知る事が出来ないからだ。あの人は、誰の目から見たって綺麗だから。それは曲げようのない事実。
今、共に旅をしている仲間だって皆、彼の事を綺麗だとか美人だとか言っているのを知っている。
そしてその内の何人かは自分と同じく、彼に想いを寄せている事だって。

でも、それも仕方ない事だと思う。あの人は、見た目も確かに誰よりも綺麗で人目を引くけれど。
それ以上に中身が、誰よりも美しくて。光の救世主なんて、言われるくらいだから当然なのかもしれないけれど。
いつだって人に優しく、穏やかで、けれど過ちや悪に対しては誰よりも厳しくて、強くて、真っ直ぐで。
誰だって憧れる、あまりに模範的過ぎる人格。初めはそれが少し怖かった。とても、同じ人間だとは
思えなくて。だけど、あの端正な容貌に、花のような淡やかで柔らかな微笑を浮かべられては、そんな
取るに足りない畏怖にも似た恐怖心はあっという間に姿を消してしまう。代わりに募るのは泣きたいほどの
安堵と、この人が好きだ、と胸に囁く恋情だけ。

それに気がついてしまえば、畏れ多い事に、自分の事も好きになってはくれないだろうかと、そんな
贅沢な欲が沸いてしまう。もしも、そうもしもの話。あの、色違いのこの世にたった一つだけの輝きが、
自分だけを捕らえて、世界さえ変えてしまうそうなあの綺麗な微笑が自分だけに向けられたとしたら。
それを思うだけで幸福すぎて死んでしまいそうになる。

「どうしたもんかなぁ」

息が詰まるほどの思いが、胸を占めて、叶わぬだろう願いをひたすらに切望して。
馬鹿みたいだ、と思う。でもどんなに馬鹿らしくたって、欲しいものは欲しいから。結局身の程知らずと
言われても、荒野に咲く一輪の花の如し、高嶺の花に手を、伸ばしてしまうんだ。

「本当、おれって馬鹿・・・・」
「・・・・・・何がだ?」
「?!!」

自嘲を滲ませながら呟いた言葉に、問いが返ってきて口から心臓が飛び出すほどに驚く。
しかも、だ。今の声には聞き覚えがある。いや、聞き間違えようがない。こんな、腰にまで響きそうな美声を。
その声主は、もっとも今の呟きを聞かれたくなかった人物―――

「・・・っ、カーマインさん!!」

みっともなく、間抜けな叫び声を上げて振り返れば、予想通りそこには綺麗な金と銀の瞳がある。
数度ぱちぱちと色違いの眦を縁取る、頬に影を落とすほどに長い彼の睫が瞬く。どうやら、おれの上げた大声に
彼も驚いてしまったらしい。軽く瞳を瞠って、けれどすぐにそれはおれを落ち着かせるかのように和らげられて。

「ごめん、驚かせたかウェイン・・・?」
「あ、いいえ!とんでもない!!ちょっと今、考え事してて・・・」

彼は何も悪くないのに、謝罪の言葉を告げるから、おれは慌てて両手を首を振った。
大体、部隊のリーダーともあろう者が、こんな色事にかまけて惚けるなんて言語道断だ。
あまりの恥ずかしさに頬に熱が篭もり始めるのを自覚する。しかし、そんな事態に陥れば当然、優しくて
心配性なカーマインさんは眉根を寄せて気を、遣ってくれて。

「・・・・ウェイン?何だか、顔が赤い、大丈夫か?」
「あ、はははい!大丈夫です!!もう物凄く元気です!!」
「本当に?何か、変だぞ・・・・?」
「ほ、本当に大丈夫ですから!それより何か用があるんじゃないんですか、カーマインさん!」

これ以上、心配掛けるのが心苦しくて、何度も何度も首を振ってから話の矛先をずらせば、
まだ何処か釈然とはしない様子ではあるもののカーマインさんは追及をやめて少し言いにくそうにしつつも
どうやら予想通りおれに何か用があったらしく、形のいい桜色の唇を開いた。

「ああ、それなんだが・・・少しウェインに相談したい事があってな」
「えっ、相談?!か、カーマインさんがおれにですか!??」
「・・・・・・?・・・・・ああ、そう、言っている」

びっくり、した。
逆はあっても、まさかカーマインさんからおれに相談してくれるなんて天と地がひっくり返っても
ありえない事だと思ってたから。しかも、おれなんかよりも頼りになりそうな仲間がいる中で、わざわざ
おれを選んでくれた。その事実は本当にもう、おれをこの上なく浮かれさせる。ひょっとしてこれは夢なんじゃ
ないだろうか、そんな疑惑すら浮かんでしまう。思わず確認のために頬を抓った。

・・・・・・痛い。
どうやら夢ではないらしい。あまりの喜悦にきっと今のおれは誰よりもだらしない顔をしているだろうと思う。
足だって、もしかしたら地面から浮いてるかもしれない。それくらい、浮かれてる。とはいえ、折角当てにされて
いるのだから、その信用を失わぬようにしなくては、と何とか立ち直った。きゅっと顔を引き締める。
そんなおれの変化を感じ取ったのかカーマインさんは穏やかに口角を上げて。

「ああ、そんなに気張らないで。大した事じゃないから・・・」
「あ、は、はい・・・・」

何だ、大した事じゃないのか。がっかりしたような、ほっとしたような妙な気になってしまう。
けれど、それがどんなに些細な事であっても、カーマインさんの悩みならば誠意を込めて答えたいと思う。
やはり気は緩められない。口を引き結んで先を促した。

「と、とにかくおれでいいんでしたら、話して下さい」
「ああ・・・・えっと、笑わないで聞いてほしいんだが・・・・・」
「はい、絶対!何が何でも笑いません!」
「そ、そんなに力いっぱい言ってくれなくてもいいんだけど、実は・・・・」

いつもどんな時だって迷いなく自信に満ちた声で物事を話す彼には珍しく、何度も口を開いては閉じ、
言葉を飲み込みつつ、それでも腹は決まったのか、酷く真面目な顔をして言葉の続きをゆっくりと紡いでいく。
こんな時だけれど、そのいつもとのギャップが凄く可愛いと思う。おまけに相変わらず蕩けさせるほどのいい声。
しっかりしようと思っているのに、とろんと惚けてしまう自分がいるのを自覚する。だがしかし。急に耳に入ってきた
とある言葉に、そんな夢のような時間も音もなく潰える。

「白と黒、どちらの方がアーネストに似合うと思う?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・へ?」
「いや、もうすぐ彼の誕生日だからプレゼントを、と思ってるんだがその色で悩んでて・・・・」
「・・・・・・・・・・・・はあ」

深刻そうに口籠っていたかと思えば、出てくる言葉はそれ。
なんだそれは、と失礼ながらに妙な声が漏れ出てしまった。しかも、しかもだ。それを聞いてくるカーマインさんの
顔が何ていうか、いつもの凛としたポーカーフェイスじゃなくて、何か、その・・・・恋する乙女みたいに
頬を染めてたりするから、思わずぐらっと眩暈がしてしまう。

だって、それってもう、アレだろう?

「ど、どちらも似合うだろうとは思うんだが、折角なら喜んでもらいたいし・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そ、そうですか」
「いや、アーネストは何だって嬉しいって言ってくれたんだけどな」
「・・・・・・・・・・・・・・えと、その・・・何を差し上げるんですか?」

何だかもう、色々どうでもよくなってきている気がする。
とはいえ投げやりにならぬようカーマインさんに返す。でも、おれの思い違いでなければ、何だか
カーマンさんにノロケられてるような気がするのは気のせいなんだろうか。
いや、まさかカーマインさんに限ってな、と微かに自分のちょっと崩壊しかけた思考を保つ為の弁解を
自分で打ち出してみるものの、それはまたしても彼の手によって覆される。

「えっと、手編みのマフラーを・・・・上げようと思うんだが」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「だってほら、何か寒そうな服着てるだろう?」
「・・・・・そうですね・・・・・・・・」
「編み物は、得意だし。そ、それに手作りの方がその・・・気持ちが篭もってるような気がするし・・・」
「・・・・・・・・・・・・・気持ち、ですか」
「あ、えっとその実は・・・・・」
「・・・・・・・・・あ、いいです何となく・・・・っていうか分かりますから」

そうだ、分からない筈がない。
こんなはっきりと、頬染めて、乙女顔で、しかも声までどこか嬉しそうにしてて。
言いたくないし、聞きたくもないけど、その・・・・アレだ・・・・この人とライエルさんは・・・・・・・・。
相思相愛、なんだろう。

なんて事だ。
こんな日がいつか来るだろうとは思ってたけど、間接的にフラれてしまった。
告白する前に。ノロケという形で。痛すぎる。

「えっと、さっきの質問ですが・・・・色だけなら本人に聞いたほうがいいと思い、ますよ・・・」

もうこれ以上、ノロケを聞いてるのはしんどいので。
本人に聞いたらどうかと口にすれば、カーマインさんは更に高潮して。

「や、やっぱり・・・・・そう思うか?」
「・・・・・・・・・・・・・はい」
「そ、だよな。本人に聞くのが一番だよな」
「・・・・・是非、そうして下さい」

もう、おれに聞かないで。耐えられなくなるから。なのに。

「有難う、やっぱりウェインに聞いてよかった。また何かあったら相談させてくれ」

とても晴れやかな表情で、そんな事を言われてしまう。更に。

ぎゅっ

「?!!」

何故か、抱きしめられる。
他でもない、カーマインさんに。あの、華奢な身体で。綺麗な顔が物凄く自分の近くにある。
その上、とてもいい匂いがする。女の子みたいに。だから、状況も忘れて心拍数がとんでもなく、上がる。
っていうか何で?!!

「あ、あの、カーマインさん?!な、なに!?」
「ああ、これ、お礼」
「お、お礼?!!」
「え、だって母さんもルイセ・・・妹もオスカーもお礼の時はこうするって言ってたぞ?」

それ、騙されてますよ!!
思わず、叫びそうになった。でも、抱きしめられてる事自体は嬉しいから黙っておく。
自分じゃ自分を見れないけど、でも分かる。今のおれは物凄く真っ赤だろう。恥ずかしい。
そしてそんなおれに気がついたのか、カーマインさんは離れた。

「あ、悪い苦しかったか?」
「え、いや・・・そういうわけでは・・・・・」
「でも、顔赤い・・・・・」

心配して、またカーマインさんの顔がおれに近づく。そして白魚のように綺麗な指先が伸びてきて。
今度触れられたら、それこそおれの心臓は持ちそうにない。だから、仕方なく。

「ほ、本当に大丈夫ですから!それより早くライエルさんに聞いてきたほうが良いですよ!」

プレゼント、間に合わなくなりますよ、と付け足せばカーマインさんははっとして。

「そ、そうか。それもそうだな。じゃあ、ウェイン今日は本当に有難う」
「い、いえ・・・・お役に立てて光栄です」
「ああ、ウェインも。何か困った事があったらすぐに俺に相談してくれ」
「・・・・・・は、はい。有難うございます」

にこにこ、微笑みながら礼を言ったかと思えば、カーマインさんはすぐさま何処かに行ってしまう。
恐らく、というか絶対ライエルさんのところだろう。嵐が去ってシンと静まり返ったその場には何とも言えぬ
虚しさだけが残る。そんな中にぽつんと置いていかれたおれはといえば。

「本当、おれって馬鹿・・・・・」

そう一言呟くのがやっとだった。
高嶺の花は触れる前に風に攫われてしまっていたから。
今となってはどうする事も出来ない。
だからせめて。

「呪っちゃいますからね、ライエルさん」

祝福するでもなく、花を攫った風に嫌がらせしようとおれは燃え立つのだった。






どんなに必死になって手を伸ばしても。
決して指先一本ですら触れる事の叶わぬ――高嶺の花。
そんなものがこの世に存在するなど、貴方に出逢うまで知る事はなかった。
知ったところでどうする事も出来なかったけれど。


それでも、この想いはとても温かいんだ―――




fin



▽管理人戯言
当サイト900打を踏まれた結城様に捧げます。
「ウェイン→カーマインで想いを気づいてもらえないウェイン」というリク
でございましたが、気づいてもらえないどころかフラれております(あわわ)
そしてアー主前提です(殴)何だかとっても可哀想な事になっております。
けれどそこで諦めるようないい子ちゃんではないウェインは最終的に腹黒くなりました(切腹)
こ、こんなんで宜しければ懐にお納め下さいませ〜。

>>Back