09 きっと出会う運命だった |
※CAUTION この話はGL6ED後、インフィニトーを倒し 歴史が変わった世界が舞台です。 (やはりゼオンシルトの人間関係はリセットされてます) ‖夢の終わり‖ 歴史が塗り替えられて、過去が失われた。 インフィニトーもスクリーパーも居なかったものとされた世界では、過去で出会ったはずの人との思い出も 消え失せて。自分は相手の事を知っているのに、向こうは自分の事を知らない、そんな事が日常的になっていた。 相変わらず自分は平和維持軍にいるけれど、一人世界に取り残されたような気分になる。 大好きだった人も、もう自分の事は覚えていない・・・はず。分かっているから、自分から会いに行こうとは 思えなかった。声を掛けて、とてもとても大好きだった人に『お前誰だ』なんて言われたら立ち直れそうにないから。 だから、世界に平穏が取り戻されてからというもの、俺は一度たりとも『彼』に会っていない。 会いたくて仕方ないのに気持ちを殺して、ただ維持軍としての仕事に打ち込んだ。余計な事を考えないように。 考えれば考えるほど深みに嵌ってその場から動けなく、なりそうで。 唯一、妖精ゆえに過去の記憶も留めているコリンといる時間が増えていった。でも、彼女の口から『彼』の話が 出るとどうしても顔を歪めてしまうから・・・心配ばかり掛けている。いっそ自分も記憶を失くしてしまえば 楽だったのかもしれない。思っても、あんなに優しくて大切だった日々を忘れる事なんて出来ようもなくて。 堪えていても一人でいるとつい泣きそうになる。泣いたって誰にも気持ちは分からないだろうに。 忘れられない大切な記憶が、どんな辛い思いをしても守りたかったものが、今は自分を孕んでいる。 ジレンマに、頭がおかしくなりそうだった。 もし、このままずっとずっと『彼』に会えなかったら?会ったとしてもう一度、自分なんかを好きになってくれるだろうか。 昔のように笑いかけてくれるだろうか。頭を撫でてくれるだろうか。優しく手を引いてくれるだろうか。 もう、知らない人間になってしまった自分に。何度も何度も会いに行って話しかけたら、もう一度想ってくれるだろうか。 何の関わりもなくなった俺の、事・・・。 ―――答えは否だ。 大体、『彼』が自分の何処を好きでいてくれたのかが分からない。『彼』なら、自分なんかよりももっと似合いの人が 居ただろうし、『彼』に選ばれたいと思う女性だってたくさん居ただろう。それらを捨ててもう一度俺を選ぶなんて 酷く馬鹿げた話だ。きっともう、『彼』の隣には俺の知らない誰かがいるんだろう。気持ち悪いほど胸がざわざわする。 嫉妬、だろうか。醜いと、言い切る事の出来る感情。切り捨てられるものなら切り捨てたい。息苦しい。 こんな俺では『彼』が別の誰かと幸せになった時、素直に喜んであげられない。『彼』には返しきれないくらいの 優しさも温かさも安らぎも幸せも貰ったのに。何一つ返せない、嫌な俺、ずるい俺、臆病な、俺。 存在を、知っていようが知るまいが、嫌われてしまいそうな・・・。 「・・・ごめんなさい」 大好きな貴方の幸せを願ってあげられなくて、欲張りでごめんなさい。何もかもなかった事になっても、 いつまでもしつこいくらい貴方のことが大好きでごめんなさい。迷惑にしかならないって分かっててもどうにも 出来ない要領の悪い俺でごめんなさい。謝る事しか出来ないから、幸せも願えないから、どうかせめて 二度と貴方に出会う事などありませんように。出会ってしまったらこの気持ちはきっと溢れ出してしまうから。 止めようもなく、貴方を困らせてしまうだろうから・・・だからどうかもう二度と出会う事などありませんように。 ―――無様で醜い俺を見つけないで下さい。 心から、祈るのにどうしてだろう。俺って奴は本当に諦めが悪いみたいだ。ずっと『彼』の事ばかり考えて ミスばかり犯して頭を冷やせと半ば無理やり暇を出されたっていうのに・・・変わらず『彼』の事を考えてばかりで しかもよほど末期なのか目前に『彼』の幻影を、見ている。 風にそよぐ陽を受けてキラキラと輝く銀糸を、紅玉を砕いて散りばめたみたいに綺麗な紅い瞳を、眉間に 皺寄せて睨みつけるような凛とした表情を目の前に、見ている。手を伸ばしたら触れられそうなほどに くっきりと浮かび上がる『彼』の姿。もしかしたら自覚はないけど自分は寝ているのかもしれない。 幻にしては随分とその姿形ははっきりしている。思わず名前を呼びかけて、しかしそれよりも先に『彼』が口を開く。 「・・・探したぞ、ゼオンシルト=エレイ」 「え・・・?」 「維持軍所属と言うからわざわざ出向いてやったのに・・・。 休暇で里帰りとは二度手間掛けさせてくれやがって」 「???」 幻だと思っていた『彼』が言葉を放っている。懐かしいとすら思えるほど長く聞いていなかった少し掠れた声で。 信じられなくて瞬きを繰り返していると呆れたように吐息を吐かれる。 「・・・・聞いてるのか、お前」 「え・・・と、あ・・・・本物?」 「・・・・?何だ、世間じゃ俺の偽者でも横行してるってのか?」 再び溜息。額に否応なしに浮き上がる縦皴を親指と人差し指で揉み解し、紅蓮の瞳が睨み据える。 怒りたいのを堪えているようなその仕草は、以前の『彼』そのままなため気づけばずっと堪えていた涙が勝手に 目尻に溢れてきた。それを見た『彼』はぎょっとしたように目を丸める。 「お、おい・・・?」 「あ・・・ごめ、なさ・・・勝手に涙が・・・・」 「目に塵でも入ったか?それとも病気か何かか?!」 突然前触れもなく俺が泣き出したものだから『彼』は酷く慌てる。全く知らない相手にでも優しいのは変わらないんだな、 と思うと余計に涙を止める事は出来なくて。目前の白眉が困ったように顰められている。分かっているのに喉の奥から 嗚咽が立ち上ってきてしまう。必死に口を両手で押さえて押し込めようとすると、明らかに困っていたはずの『彼』の 手袋越しにも暖かい手が伸ばされ、幼子にでもするように、けれど何処か乱暴に髪を掻き混ぜてくる。覚えのある 感触にハッと顔を上げれば同じ色の瞳に自分が映し出されているのが見えた。 「・・・何で泣いてんのかさっぱり分からんが・・・人の顔見て泣くなよ」 「ご、ごめ・・・なさ・・・っく・・・ぅぅ」 「ったく、手の掛かる奴だな」 ぼそりと吐き出された言葉の割りに優しい響きは、次の瞬間驚くほど近くで聞こえた。肩すら揺らして盛大に 泣き出した俺を宥めるためにだろう、『彼』の腕は俺を抱えるように引き寄せ自分の胸へと押し付ける。 規則正しい心音が耳に届く。じんわり染み入るような暖かさが伝わって次第に落ち着いていくのが分かる。 背を撫でられて、駄目だと思いながら抱きしめられているのをいい事に『彼』へと腕を回す。 「・・・落ち着いたか?ったく、何で俺がこんな子守みてえな事しなきゃならねえんだ」 「・・・・うぅ、すみません・・・」 「まあ、いいか。それよりお前に話があるんだが・・・」 「はい、何でしょう?」 「・・・いや手を離すとか選択肢にないのか」 ぎゅっと掴まれている事に対して遠回しに批難されるものの、話したくなくて余計にしがみつくと諦めたように 重い息が吐かれそのままに声が落とされる。 「何か妙な事になってるが・・・俺とお前は初対面、だよな」 「・・・・・・・はい」 確認を、取られてすぐには答えられなかった。自分が『彼』にとって知らない人間だと認めたくなくて。 でもそんな俺の気持ちなんて知らない『彼』は落ち着いた声で続ける。思ってもみなかった言葉を。 「だが、俺のパートナーの妖精が妙な事を言うんだな。俺はお前がいなけりゃ死んでいたはずの存在だと。 お前が存在しているから、俺は今を生きているのだと・・・・全く心当たりがないのにも関わらず」 「・・・・ッ」 「初めは何を言ってるんだと思ったが・・・妖精は嘘を吐かない。つまりそれは事実なんだろう。 そう認めると不思議と今度は変な夢を見るようになった。まるで夢とは思えぬほどリアルな夢を・・・。 そこで俺はずっと同じ奴を見つめていた。誰かも分からないのに・・・・ずっと見てた」 柔らかい声音が一度困惑したように掠れる。俺は何も言えなくてただただ『彼』にしがみつき続けた。 邪魔だと思われても仕方ないのに、けれど『彼』は俺を振り払う事もなく苦笑い。 「・・・・夢に出てくるそいつは、犬みたいに懐っこくて、いつも馬鹿みたいにヘラヘラ笑ってて、要領悪くて 鈍くさくて、見てて溜息吐きたくなるような事ばかりしてて・・・最初のうちは苛々したな。何で人の夢に 何度も出て来るんだとも思った。だが・・・何度も見ているうち段々愛着みたいなもんが沸いてきて・・・。 アホみたいな面で大好き大好き連呼しやがるから、嫌でも気になって・・・次第に夢を見るのが待ち遠しくなった」 「・・・・・・それって・・・・」 「・・・・こんな事、初対面の奴に言ったら気持ち悪がられるんだろうが・・・。 俺は、いつの間にか夢に出てくるそいつを・・・好きになってた」 躊躇いがちの言葉と共に背に回されていた手が頬に当てられ顔を上向けられた。綺麗な瞳と目が合う。 驚いた顔の俺が紅の中心に映され、次第にその紅はゆっくりと眇められていく。何処か愛おしげに。 俺を見て、苦笑が微笑にすり代わり、頬に触れている指先が輪郭をなぞって離される。 「・・・流石に分かるだろうが・・・俺が言っているのはお前の事だからな、ゼオンシルト」 「!!」 「・・・おい、何だそのびっくりした!みたいな表情は。まさか分からなかったのか?」 「だ、だってギャリ・・・大尉は俺の事初対面だって・・・」 「ああ、初対面だよ。だが、夢に見ちまったもんはしょうがねえだろうが」 思わず名前を呼びかけて言い直すと軽く眉を吊り上げられたけれど、大して気にしていないのか 『彼』は軽く首を振り、俺の両頬を掴み、目線を固定して強く言い放つ。 「もう一度言う。俺はお前に会った事も言葉を交わしたのも今日が初めてだが・・・お前が好きだ」 「・・・・・〜〜〜ッ」 「とはいえ、んな事言われてもお前にはわけ分からんだろうから・・・嫌なら忘れて構わな・・・ッ、ん?!」 忘れていいという言葉を、聞きたくなくて遮るように自分の顔は固定されていて動かせないため、『彼』の頭を 無我夢中で引き寄せてその先を封じた。篭った声が、重なった唇から漏れ出る吐息が、未だに夢かもと 思っていたものを現実だと実感させてくれる。驚愕に見開かれていた目が伏せられて、つられるように自分も 目を閉じると軽く舌先が湿る口元を辿って離された。 「・・・・いきなり何すんだお前は」 「そ、そんな事言って大尉だって目を閉じたじゃないですかぁ」 「・・・そりゃ好きな奴にキスされりゃ、目瞑るだろう」 「・・・!!」 発言にも驚いたけれど、それ以上に口元を拭うでもなく、舌舐めずりでもするように覗いた紅い舌が唇を なぞる仕草に息を呑む。普段は凛々しいイメージの強い『彼』から香気が漂い、自分の頬が熱を持つのが分かる。 慌てて隠そうとしても固定されていては無理で。探るように見つめられ、居心地が悪い。心臓が壊れたんじゃ ないかと思うくらい激しく心拍を刻んでいく。 「あ・・・あの・・・大尉・・・」 「ギャリック」 「え・・・?」 「最初俺に呼びかける時そう言い掛けただろう」 「き、聞いてたんですか?!」 「話の腰を折るのもどうかと思って気づかない振りをしただけだ」 しれっと恥ずかしい事を指摘されて頬に当てられている手を外して逃げようとしても捉えられ。 近づいた整った面はそっと角度を変えて。 「・・・で?」 問う。一体何に対しての問いなのか分からず首を傾げ返すと唇を摘まれて。 「・・・お前は、何とも思ってない奴にいきなりキスするのか?」 「そ、そんなわけないじゃないですか!!」 「じゃあ、何でだよ」 「だって俺・・・未練がましいくらい、ギャリックが俺の事忘れてても・・・大好きだったから」 「・・・・過去形なのか?」 再び質されて、でも今度はすぐさま否定する。過去形なわけがない、好きで好きで忘れなきゃと何度自分に 言い聞かせても忘れる事が出来なかったくらい現在進行形でこの気持ちは続いているから。 「過去形なんかじゃない。今でも、・・・大好き、です」 「そうか。なら、敬語やめろ。くすぐったい」 「は・・・うん。何か・・・二度と会えないと思ってたから・・・夢みたい」 「二度と会えない?さっき会った事ないって言ったじゃねえか」 あくまで、俺の事を思い出したわけじゃない『彼』には俺の言っている意味がよく分からないらしい。 それがほんの少し寂しいけど、でも二度と触れる事もないと思っていた熱がすぐ傍にある事実に今はただ酔う。 「・・・それは、ギャリックが俺の事覚えてなかったから・・・。本当はずっと前に会ってずっと傍に居たんだよ。 でも歴史が塗り替えられて・・・その事実は世界から消えてしまった。だから、ギャリックにとって知らない人に なった俺がまたこうしてギャリックに会えるなんて思わなかったんだ」 「・・・よく分からんが・・・という事は俺が夢だと思っていたのは・・・その消えた記憶って事なのか。 じゃあ昔も俺はこんなちんちくりんが好きだったわけか・・・趣味悪いな俺」 「!ちんちくりんって何!?趣味悪いって何!?」 失礼な言われように声を荒げると、以前と変わりない何処か少年のような笑顔がそこにあって。 怒っていた事すら忘れて見蕩れてしまう。すると視線に気づいた『彼』は笑顔のままいつもしていたように 髪を撫でてそれからもう一度だけそっと俺の身体を抱きしめた。 「・・・まあそう目くじら立てるなよ。これでも結構勇気出してお前に会いに来たんだ」 「え・・・?」 「だって普通に考えてみろ。お前には記憶があったからいいものの、もし記憶なかったら 初めて会った男に夢で見て好きになった、なんて言われたらどう思ったよ」 「う・・・それはちょっと・・・怖いかも」 「だろ?絶対頭おかしい奴だと思われるに決まってる。だから・・・結構緊張してたんだよ、これでも」 真剣に訴えられて、悪いと思ってても何だか笑えてきてしまう。慌てて口元を押さえて隠しても遅かったようで おい、と低い声で怒られる、かと思えば。 「失礼な奴だなお前は」 「だって・・・ギャリックが緊張って何か似合わな・・・んんっ!」 意趣返しのつもりか、笑い声ごと飲み込まれる。分け与えられる熱はずっと欲しかったもので、拒む事もせず、 むしろもっとと求めるように受け止めれば、離れ際、ぴたりと合わさっていた唇を軽く噛まれた。 「ッ!痛っ」 「悪ガキにゃ、仕置きがいるだろうが」 「悪ガキなんかじゃないもん」 「ま、何でもいいけどな。それよりお前休暇なんだよな、何時までだ」 責めたところで気にも留めていないらしい『彼』は、唐突に尋ねる。随分と突拍子がなかったので 数秒答えに詰まると軽くねめつけられる。 「また人の話聞いてなかったのか?」 「え、違うけど・・・。あんまり明確に何日、とは言われてなくて」 「なんだその杜撰な話は・・・。ま、いいか。明日も休暇なら今日泊めろ」 「へ・・・?」 「宿なんて取ってないからな。今からじゃもう遅いだろうし・・・構わねえだろ?」 有無を言わせぬ調子だったのもあるけれど、それ以上に嬉しい申し出に断る理由もなく頷くと 満足げに『彼』の瞳は和んで。ぽんと背中を軽く叩かれる。 「・・・・・?」 「いや・・・もう夢を待つ必要はねえんだなと思って」 「それはどういう・・・」 「夢なんてわざわざ見なくても・・・もう会えるだろう」 お前に、と囁いた『彼』の艶やかな表情は、きっとあと何度歴史を塗り替えられようとも、記憶を奪われようとも 忘れる事はないと・・・そう思った。 ―――夢みたいな時間は終わって、これから今が始まる。 fin この話はずっと考えていた話だったりします。GL6のパーティメンバーは 時空の歪みを通っているので記憶はあるんですよね・・・??その辺がよく分からん。 でもGL6で証明されたのがギャリックはゼオンシルトがあの時死んでいたら死ぬ運命だったと 言う事でなんか縁あるなあと一人でニヤニヤしてました。一番運命で結ばれてる二人な気がします。 |
▲back |