03 けれどもそれは恋



その比類なき強さに。

憧れていたのは確か、嫉妬していたのも確か。

だから見ていた。


・・・・だから見ていた?

それだけではないような気がするのは、小さく胸が痛むからか。

この感情は――何だろう。

気づいてはいけない、気づいてしまったら何かが変わってしまう気が・・・していた。



‖アオイソラノシタ‖



白銀の髪が、身体の動きに合わせてたゆう。
長い前髪が巻き上がり、髪と同じく白銀の睫毛に覆われた金色の瞳が鋭く敵を睨みつける。
普段は静かなその瞳が戦いの最中で見せる苛烈さは、傍で見ている仲間ですらぞくりと背筋を震わせるほどで。
綺麗だと、口に出さずとも皆がそう思っていた。麗しいというのとはまた違う、閃光のような一瞬の煌きが彼を包んで。
見る者の視界を奪う。その圧倒的とも言える存在感で。

「・・・ずるい」

行く道を遮っていた魔物を倒し終え、体液の付いた刀身を懐紙で拭っていたメークリッヒは不意に背後から
寄せられた言葉に、不可思議そうに首を傾げた。何か自分は狡い真似をしただろうか。考えてはみるものの、
特にこれと言って思いつかない。

結果。

「何のことだ?」

本人に直接問う。すると少し見下ろした先にある灰色の瞳は鋭く眇められ。
歳の割りに強い眼力に見つめられると、僅かばかりメークリッヒは気まずさを覚えた。と言っても大して表情は
変わっていないので、周囲には伝わっていないだろうが。

「・・・ルキアス?」
「ずるいんだ、アンタは」
「だから何がだ」

質問に答えが返ってこないので、もう一度繰り返すとルキアスは大きく息を吐き。
俯き地面と睨み合ってから数秒後、キッと顰めた顔を上げた。それから、半ば自棄気味に叫ぶ。

「だから・・・・、アンタは一々格好良過ぎるつってんだよ!」
「・・・・・は?」

思ってもみない言葉が返ってきて、答えを強請った本人の口から零れるのは間抜けた一言。
何かお叱りを受けるのかと思いきや、否・・・怒られてはいるのだが、どう聞いてもそれは叱咤とは全く違う、賛辞の言葉だ。
故に戸惑いを隠せぬメークリッヒ。どういうことだろうかとパートナーたる妖精の少女に視線で訴えかける。
が、彼女の意見が出るよりも前にルキアス本人が口を開き。

「・・・身長高いし、強いし、顔もまあ悪くないし、派手だし・・・ずるいだろ」
「・・・狡いと言われても・・・特に意識したことはないんでな」
「勇者様、それは逆に神経を逆撫でしているような・・・」

困った様子の自らの勇者に対し、ユリィはぼそっと苦言を呈すもののルキアスからすれば、ユリィの発言も十分
神経を逆撫でしているように思える。ぴくりと緋眉は不機嫌そうに吊り上った。

「・・・そうやってアンタらはオレを馬鹿にするんだ」
「何を言っている」
「どうせオレは背は低いし、弱いし、ガキだし・・・格好良くなんてなれねえよ!」
「誰がそんなことを言った」

馬鹿にしたつもりなど毛頭ないメークリッヒは勝手に自虐に走る少年の頬を引っ掴むと両手で固定し、
灰色の三白眼と向き合う、吸い込まれるように奥深い黄金は鋭く眇められて。

「お前はまだ15だろう。身長なんてこれから嫌でも伸びるし、顔つきも凛々しい、それにお前は日に日に強くなっている。
心配しなくてもいい。あと数年もすれば強くて優しい、いい男になるだろう。俺が保証する」
「なっ・・・保証するって何を根拠に・・・」
「根拠か?いつも誰より傍でお前のことを見ている。・・・だから分かる。それではいけないか?」

真摯に告げられた言葉に息詰まった歳の割に低い声が返る。
まるで口説かれてでもいるような甘い科白。本人にそんなつもりなどないのは分かっているだけに余計に
ルキアスは照れた。顔を逸らそうにも両手で押さえられているため叶わない。

「お、おい・・・いい加減に離せっ」
「もう自分を卑下しないか?」
「しないから、離せって」

とにかく離して欲しくてルキアスは声高に訴える。それは照れからだけでなく別の、当人もまだ自覚をしていない
想いあっての行動なのだが。

「・・・まあ、今は焦るな・・・焦ってもいい結果は出ないぞ」
「やっぱりオレじゃ格好良くなれないって言ってんじゃねえか」
「そりゃあ、そんなすぐに格好良くなられてしまったら俺の立場がないだろう」

真面目くさった言い草にルキアスはきょとりと目を瞬かせ。

「何だよ、俺の立場がないって」
「・・・少しくらい、憧れられていたいじゃないか。可愛い弟には」
「かわっ・・・!?弟!?」
「・・・でもおかしくない歳じゃないか」

小首を傾げて確認されるとルキアスは何だか分からぬが苛立ちが込み上げ。

「おかしいっ!!」
「そうか・・・?」
「そ、そうだっ!」
「・・・そんな力いっぱい言わなくても」

叫ばれて、メークリッヒは若干しゅんと項垂れる。それを慰めるユリィの小さな手。
その様子が益々ルキアスの気に障る。が、ルキアスにはなぜ自分が苛立っているのか理由が分からない。
ただひたすら、弟扱いが嫌だった。メークリッヒには憧れているし、兄だったらいいという思いもなくはない。
それでも弟だと言い切られてしまうと苛つく――というよりは何処か胸の奥の方が痛む。

それは何故か。

気づいてはいけないような気がしてルキアスはそれ以上のことを考えなかった。
そう思う時点で本当は、分かっているはずなのに。必死に自分を誤魔化して、見ない振りを、気づかない振りをした。
制止の声を掛けられても、振り返ることもなく、走り抜けて。

「おい、ルキア・・・・・・・行ってしまったな」
「青いですわね・・・」
「何がだ?」

去ってしまったルキアスの背後、ぽつりとユリィが漏らした言葉にメークリッヒは視線を動かし。
端的に尋ねる。するとユリィは逡巡した後、敢えて答えは言わず。

「・・・・・・空が」

惚けたことを言ってみれば、メークリッヒは淡々と頷き。

「ああ、青いな」
「・・・勇者様も青いですわ」
「俺はどちらかといえば白じゃないか?」

本気で言っているのか呆けているのかよく分からない会話を続ける二人。
まあ、恐らくメークリッヒの方は本気なのだろう。分かっているからこそユリィは溜息を吐き。

「・・・青いですわ」

しみじみとそうぼやく。あまりにも哀愁漂うその言葉にメークリッヒは空を見上げ。

「そうか」

ただ一言そう返した。
青々と晴れ渡った空の下で。
淡く淡く染み渡る、青少年たちの、何処までも青い、ある日のお話。



〜after〜

「・・・・結局、何故あんなに弟だと嫌がられたんだろうか」

「・・・難しい年頃なのですよ、ルキアスさんは」

「俺が兄だと嫌なのか・・・?」

「・・・本当に、青いですわね勇者様」

「・・・・・?」

「きっと兄よりも・・・別の存在であって欲しいのですわ、勇者様には」

「・・・・・!」

「お気づきになりましたか?」

「ああ・・・ひょっとしてルキアスは俺に父であって欲しいんじゃないだろうか」

「・・・・・勇者様。勇者様はとても素敵な殿方ですが・・・今私は凄く残念な気持ちでいっぱいです」

「・・・何故だ」

「ご自分の胸に手を当ててお聞き下さい」

「・・・・?分からん」

「――残念です」

「・・・・?」

―――同じような会話がこの後数十分に渡り、続いたらしい。



fin



ルキメクというかルキ→メクですね。
メークリッヒはどんだけ鈍いんでしょうか。カーマインとは
また違う鈍さです。何だかお題内容を間違えた気がしてなりません・・・orz

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