07 饒舌すぎる瞳 |
口で愛を囁かれるのも照れるけれど、 じっと見つめられ続けるのも堪えるのは俺だけだろうか? ‖二者択一‖ 例えば、真正面切って好きだの愛してるだの言われるのも非常に照れる・・・というか、困る。 何て返せばいいか分からないし、言われ慣れてないからすぐに頬が赤くなってしまう。 別に嬉しくないわけではないけれど・・・。戸惑いの方が上回ってしまう。まして相手は取り澄ました仏頂面。 歯の浮く科白は似合わない、言いそうにない、故に不意打ちされると完全に油断してた分、動揺は大きい。 むしろ弱いというべきか。あの整った顔に加え、腹の底に響くような低音の美声で言われてしまえば。 最早、武器とも思える。その辺の自覚が本人にあるかどうかは定かではない、が。 それはともかく。 言葉以上に、先ほどから存在感を示してやまないものが一つ。 ちくりちくりと突き刺さってくる、背後からの視線。誰のものかなんて言わずもがな。 分かっているからこそ、気になって仕方ない。 ちらりと横目で窺った先、かち合うのは紅玉を砕いて散りばめたような綺麗な緋眼。 アルビノと言われるその瞳は、とても稀有で印象的なものだけれど、当人曰く言葉は悪いが”ビョウキ”らしい。 先天性白皮症――色素欠乏により、本来ならば眼中に含まれるメラニン量によって個人個人、瞳の色が変わるのだが 彼の瞳にはそのメラニンが無いために眼中に通う血の色が透けて虹彩、瞳孔が紅く見えてしまうのだと。 そのせいで、生まれつき紫外線に弱く、視力が極端に弱いらしい。とてもそうは見えなかったが・・・。 しかし言われてみれば、時々眼鏡をしている姿を見かけて不思議に感じていたのを思い出した。 「・・・・・・・」 なんて、軽く現実逃避をしてみるものの・・・やはり気になる。先ほどからついて離れぬ、絡みつくような視線。 白銀の長い睫に覆われた瞳が常になく、柔らかく伏目がちにこちらを見ている。もっと言うなら愛しげとでも言うのか。 何を言われたわけでもないのに、まるで告白された時のような気恥ずかしさが全身に広がっていく。 ギシリ。自分の真後ろでソファの背もたれが軋む。縁の部分に掛かる体重が重みを増したからだろう。 それは即ち、後ろの人物が身を乗り出してきているわけで。気配が酷く近い。持っている本に自分だけでなく、 相手の影まで映り込む。黄ばみ掛かった古紙が完全に黒く染まり、文字が読み取れない。流石に文句を言おうかと 振り返ってみれば、鼻先が触れんばかりの距離にその顔があった。 「・・・・ッ」 「・・・・どうした?」 急に俺が振り返って驚いたのか―と言ってもその表情は至って平然としたものだが―小首を傾げるアルビノ。 短い銀の髪が光を反射して眩しい。思わず目を細めると彼が口を開く。瞬間、熱い吐息が頬に掛かった。 驚いて身を竦めると、正面には微かに口角を持ち上げた姿。滅多に見せないと評判な。 ―――俺は何度も見てるけど それでも見慣れないほど、綺麗な・・・。見ていたいのに、思わず目を逸らしたくなるその微笑。 間近で煌くそれを押し退けようと手を伸ばしてみるも、顔に当てる前に細く長い指先に奪われる。糸のように容易く絡んで、 振りほどこうにも離れない。どころか、より近づく互いの顔。あまりに近すぎて輪郭がぼやけて見えるほど。 心臓がありえないくらいに騒ぐ。自由な方の手で胸元を握り締めるとクスッと小さな吐息混じりの笑い声が耳に届いた。 絶対分かっててやっている、この目の前の男は。 「・・・・アーネストッ!」 「何だ、どうかしたのか?」 「どうかしたも何も・・・近いっ!」 激昂に返ってくるのは、飄々とした悪びれぬ笑み。 「近眼なんだから仕方ないだろう」 そう一言だけ告げて、ギシリとまたソファの背に体重を掛ける。絡んだ指が口元へと引き寄せられ、獣の赤子が 味見でもするかのように柔らかく食まれた。根元を舌が這い、吸い付かれて鬱血の痕が残る。 その間も逸らされることのない視線。ぴくりと食いつかれている指が動いてしまう。 「・・・・離せ馬鹿。何が愉しいんだ」 「ん・・・?そうだな・・・お前の焦った表情も怒った表情も可愛いな、と」 「〜〜〜ッ、ヘンタイっ」 「・・・酷い言い草だな」 肩を揺らして不真面目な態度で告げるとアーネストは。更に俺を焦らそうとしてか一気に距離を詰め、緊張に乾いた 唇の上を、蛇のようにゆっくりと舌を這いずらせる。途中、さも口を開けろと言わんばかりに突付かれて、軽く眉間に 皺寄せつつも仕方なさを装い望むままにしてやるとすぐさま潜ってくる、他人の熱。 「・・・・ん、」 最早慣れたものだが、好き勝手に蹂躙されて鼻に掛かった声が漏れる。ふと目が合うと、何故だか気恥ずかしい。 かと言って逃れるために目を閉じても、刺さるような視線を感じて居た堪れずに目を開けてしまう。堂々巡りだ。 だから、無駄な抵抗かと思いつつも顔を逸らしてみるものの、すぐに追い縋られ。 「・・・逃げるな」 「ッ、だったらあまりじろじろ見るな」 「何故?」 くいと顎を掴まれ元の位置に顔を戻されると、真正面には殊のほか不思議そうな緋色。 普通に考えて、すぐ傍でじっと見られたら誰だって緊張する。それが好きな相手なら尚のこと。それくらい分かって欲しい。 頭は良いんだから。思っていても、納得行く答えを得るまでは引きそうにないアーネストの様子に俺は一つ息を吐き。 「だからっ、じっと見られてると・・・照れるんだ」 「・・・本当にお前は可愛いな」 「〜〜ッ、しみじみ言うな!殴るぞ?」 「お前になら殴られても構わんが?」 かなり本気で言ったにも拘らず、いとも容易く怒気を払われる。と、言うか脱力したと言うか。 しかも恐らく奴も本気だ。故に余計に始末に終えない。マトモに取り合えば取り合うほどこちらが疲弊するだけだ。 次に何か言われても聞き流そう、そう決意していると不意に緋眼は悪戯っぽい光を帯びて。 「カーマイン」 「な、に・・・」 真摯に名を呼ばれて、ついつい声が硬くなる。かと思えば。 「見つめられるのが嫌なのなら、」 「・・・・なら?」 「100回愛してると言われるのと、どちらがいい?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 聞き返してこれほど後悔したことはない。後に続いた言葉の破壊力に目を白黒させる。 ひたすら視姦に近い扱いを受けるのと、拷問に近いある意味言葉責めを受け続けるのと、どちらがいいなんて。 そんなもの答えは決まっている。 「どちらも嫌だ」 間を空けずに即答してやると、細まる緋色。次いで、馬鹿としか言いようのない、人間離れした力で以って 押さえ込まれ。身を乗り出してきた長身にソファへと縫い付けられる。 更ににっこり微笑まれたかと思えば。 「どちらかを選べないなら、どちらもで構わないな?」 「〜〜〜ッ?!」 とんでもないことを告げる口は続けて、 「・・・・愛している」 のたまった。 おまけに、言葉通り愛おしげに見つめながら。 ―――結局。 いつになく饒舌な瞳と唇に、俺はこの後数時間にも及び苦しめられ続けた。 fin 久しぶりにかなり短い話を書きました。 ただひたすらいちゃいちゃしてるだけな話しな気がします。 月に一度くらいアニーさんは、やたらとカーマインを口説き落とします(何でよ) |
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