05 素直




僕としては、かなり真剣に言っているのに。

君はどうして信じてくれないんだろう。

僕の素直なこの気持ち。



‖嘘みたいなI love you‖



「愛しているよ」

そう呟けば大抵の女性が僕の言葉を信じて入れ込んできた。
勿論それなりに愛がなければ幾ら僕でもそんな言葉は口にしない。素面でなんて尚のこと。
だから、そう言った娘たちはそれなりに本当に愛していたんだ。それなりに。

ただ身を切るような思いで告げたかといえば、まあ・・・そんなわけもない。
どうしたって人間という生き物は自分が可愛いのだから、自分以上に他人を愛するなんて無謀に近いだろう?
何より傍にいる女の子達みんなより僕の方が綺麗だし。目の保養にもなりはしない。
ああでも、女性特有の肌の柔らかさとか甘い匂いとかは好きかもね。お人形さんみたいで。

人形は好き。だって喋らないし、人間みたいに変な見栄や欲望なんて持っちゃいない。
ただそこに在るだけ。観賞用のモノ。だから煌びやかに着飾った、何も喋らない娘は好き。僕のお人形さん。
でもやっぱり一緒にいる時間が増えるにつけて、無口だったお人形さんも段々と図々しくなる。
より僕に愛されようと、僕を束縛しようとし出す。

途端に醒める僕の心。

元々熱なんて持ち合わせてはいなかったのかもしれないけれど。
僕より劣るものに、僕の時間を奪われるのは嫌い。
本当の僕を知らないくせに、勝手に好きになる身勝手さが嫌い。
派手な化粧、リップサービスで醜い自分を押し隠してるくせに、綺麗なフリをするところが嫌い。

キライキライキライキライ

ああ、ほらまた機嫌を取ってくる。
どんなに僕を褒めようが煽てようが誘おうが、僕の心は君なんかにあげない。
だって君は僕より劣っているから。だって君は本当の僕を知らないから。
それどころか本当の僕を知ろうともしていないから。

―――だから、嫌い。

お人形さんでいてくれたなら、もう少しだけ夢を見させてあげたのに。バイバイ、可哀想な君。
どうか願わくば、もう二度と僕の目の前に現れないで。僕の名前を口にしないで。僕のことを思い出さないで。
もっと別の誰かを好きになって、その別の誰かと結ばれて、その別の誰かといつか土に還って。

そう、切に願うよ。
それが多分、もう嫌いになった君への精一杯の愛情だから。
本当の本当を言えば。

嘘じゃない僕を見つけて欲しかった。
嘘じゃない僕を愛して欲しかった。
嘘じゃない僕に愛されて欲しかった。

だって分かってくれない君と傍にいるのはとても寂しかったから。
だから僕は、初めから何も望まないで済む、お人形さんが好き。
お人形さんは、何もしてくれないから。

期待をしないで済むだろう?

―――期待をしてしまったら裏切られた時、酷く傷つくんだ。

僕だって、人間なんだから・・・。


◆◇◇◆


そうやって何年経っただろう。
いつまで経っても成長しない男だと、堅物の親友に窘められるのも慣れるくらい同じことを繰り返した。
言われなくたって僕が馬鹿なのは、何より僕が一番分かっている。

完璧な人間なんていないのは知ってる。
幻滅させない人間なんて、誰も傷つけない人間なんていないのは。
そして僕こそが完璧から程遠くて、幻滅させてばかりで、傷つけてばかりなことも。
幾ら僕が愚かでも、そこまで救いようがないわけじゃない。

救われたいなんて、思わないけれど。
でもいつか、本当の僕を見つけてくれる、そんな誰かに出会いたいなんて。
ふざけた小説のような妄想を抱いた・・・そんな自分を殺したくなった。

ああそうだ。

この鎌で、己の命を刈り取れば。
この下らない世界からも解放されるのだろうか。
それもいい、そう思える。

どうせ僕は誰かを本気で愛することなんて出来ない。
そういう人間だ。

いるのかどうかも定かでない神様だってきっと呆れているのだろう。
殺したくなるほど、怒りに震えているかもしれない。

そんなことを思っていた矢先のことだった。
神様が僕を呆れるでもなく、憤るでもなく、哀れに思っていたのだろうと知るのは。

一陣の風が吹く。
颯爽とした、涼やかな空気を運ぶ風。
生まれて初めてかもしれない、他人に目を奪われたというのは。

お人形さんのような、同じ人間とは思えないほどありとあらゆるパーツが整った美貌と言っていい面立ち。
珍しい漆黒の濡れ髪と、それ以上に稀有な左右色違いの瞳。それから猫が擬人化したらこうなるのではないかと
思うほどにしなやかな体躯。整いすぎていて、何とも言えない畏怖すら呼び起こすその姿。
神の使いだろうか。すれ違いざまにそんな馬鹿げたことを本気で思う。

それまで散々馬鹿にして扱き下ろしてきた恋人達のように、一目で心を奪われた。
まだ何も知らないくせに、心は勝手に早鐘を鳴らす。好きも愛してるも本当には分かってないくせに、そう告げる。
名前も知らない、声だって聞いてない、何を考え、何のために生きるのか、そんなことも分からない。
ただ、誰の目にも美しい――分かっているのはそんなことだけ。

自分だけに留まらず、彼を視認したものは全て、彼に釘付けになる。
理性と、他人への関心のなさでは誰にも負けないであろう友人ですら・・・。あまり表情は変わっていないが
それでも心が動いているのは分かる。きっと僕と同様、その髪に指を絡めたいと、その瞳に射貫かれたいと、その唇に
己の名を載せて欲しいと、そう思っているだろう。

抑えようとする、妄執染みた妄想を掻き立てる人外の如き青年。
だから僕は自分を殺して彼に近づいた。精一杯の優しさと精一杯の気遣いで。
いつも近寄ってくる女の子達へのそれよりも丁寧に猫をかぶった。
全ては掴まえるため。僕の手の内に落とすため。

彼はカーマインと言った。異国の青年だった。
話してみるうちに、綺麗なのは見た目だけでないのが分かる。
男が男に対して女性がするように、己を誇張して綺麗に見せようなんて真似、普通はしない。
僕のように下心があれば別なのかもしれないが。

彼は、己を偽らない。彼は、自然体で美しい青年だった。
嘘みたいに、他人を愛していて、嘘みたいに他人のために尽くしていた。
けれど彼は誰にも恩を売っているつもりはない。誰にも見返りを求めていない。
嘘みたいに完璧だった。

かと思えば、不意に普段の凛々しさが嘘のように脆さを垣間見せ、嘘のように弱さにその身を震わした。
強く美しいようで儚く脆い。完璧なようで、一度気を抜けばすぐさま崩れ落ちてしまいそうな、砂上の城。
そんな言葉がふさわしいような青年。

欲しいと、思った。

恐らく生まれて初めて、本気で。

だから僕は言う。

「愛しているよ」

これは嘘じゃない。今までみたいに軽い気持ちで告げてはいない。
まだ本当には愛なんて理解してはいないだろうけど。
欲する心に嘘はなかった。必死で手を伸ばした――つもりだった。

けれど彼は信じてくれなった。
たくさんの女の子達が騙されてくれた甘い言葉に。
必死に装った優しげで誠実な僕に彼は見向きもしなかった。

『貴方の言葉の何処に、真実がある?』

そう返された時は流石に絶句した。
嘘に塗れた僕を彼はとっくの昔に見抜いていたらしい。

『貴方が愛してるのは自分だろう?』

その愛しき自分を守ることに一生懸命で、僕の目は他の誰も映していない、と。
実に辛辣に年下の青年は言ってくれた。その言葉を寄越された瞬間の衝撃は、何と言い表せばいいのだろう。
きっとどんなに巧みに言葉を繰る小説家だって口を噤む。何せこの僕がそうだったんだから。

『貴方は、どんなに隠しても他人に無関心で、どうでもいいとさえ思っている。
そんな人に愛を囁かれたって、響きはしない』

きつい言い方でありながら、彼は何処か哀れむように瞳を揺らしていた。
僕はまた、優しい人間を傷つけたんだろう。そう思うと、胸の奥に鉛のようなものが埋められたような息苦しさを憶えた。
自分を見抜かれるというのは想像していたより痛快とはならなず、ずきりと軋む。

手を伸ばしても、どんなに甘い戯言を口にしようと彼は振り向きさえしなかった。
その事実は、僕を途方に暮れさせる。裏切られたんじゃない、僕が彼をずっと裏切っていただけ。

「愛しているよ・・・」

己のものとは思えぬほど掠れた響き。
もう随分と遠くに離れてしまった後姿にそっと呟く。
この威厳も何もない、切なげな声音で出た音はきっと嘘なんかじゃない。
―――本当の気持ち。

「ああ・・・愛ってこんなに痛いものなんだ」

知らなかったことだから、つい意外そうな口調になる。
だって愛した人と結ばれる花嫁の表情はとても幸せそうだったから。
愛がこんなに痛く、胸を壊すようなものだったなんて思わなかった。

そっと胸を撫でる。


痛みは消えない。


だから。



「愛しているよ」


彼が振り返ってくれるその日まで、僕は愛を叫ぶ。
自分でも驚くほど素直に。だから、遠いいつの日かでもいいよ。
嘘に塗れた、存在自体が嘘みたいなこの僕の。
嘘みたいに嘘じゃない、本当の声を信じて欲しい。


「愛しているよ」

何度でも口にしよう。
君が信じてくれるその日が来るまで。


嘘みたいな、I love you。


fin



オス主、というよりオス→主。
タイトルは某歌姫の曲名から。
案外サラッと書けたのが自分で意外です(爆)

▲back