騎士と姫君 ───何故こんな事になってしまったのだろう・・・。 ローランディアが誇る今や最強と称される英雄殿は大仰な溜息を吐く。 そしてちらりと横目を向け、ニヤニヤと如何にも楽しそうに笑む一見穏やかな 風貌の友人と緋眼を見開いて固まっている自分とは恋仲にある青年とを見遣って更に 重たい息を吐き出すのだった。 ・・・・どこか遠くに行きたい・・・・(切願) **** 事の起こりは昨日の昼時。 帝国騎士アーネスト=ライエルの国外追放が解かれて数ヶ月、漸く戦後の傷痕から 脱し始めた頃、隣国の特使殿がここバーンシュタインを訪れたことから始まった。 「・・・・以上が我が国の現状ですが何か訊きたい事は御座いませんか?」 正式な使節として訪問したからには然るべき態度で臨む必要があり、いくら相手が 彼の養父母から頼まれた親友の少年王だとしても公私混同は許されない、というのが生真面目な青年の持論である。 よって口調が普段と異なり堅くなっているのも当然で。(一部では普段から堅いとの声も) 「いえ、特には・・・・・この後はまたお仕事ですか?」 「・・・・いいえ、この後は休暇を賜っております」 この若き国王が今後の予定を訊いてくるという事は「時間があるなら寄っていって下さい」と言っているも同然で。 青年は鮮やかに微笑み小さく会釈をし、謁見の間を後にすると、職務を終えた国王と帝国 騎士がよく集まっている休憩室へと足を運ぶ。 **** 「オスカー、それにジュリア久しぶりだな」 「マ、マママイ=ロード!!?」 「あ、やあ。いらっしゃいカーマイン」 コンコンと軽いノックの後に扉を開けると異様に慌てふためく女性騎士と、サッと後ろ手に 何かを隠したインペリアルナイト筆頭が金銀妖瞳に映り込む。 ・・・・・何だ・・・・・? 何か不味いタイミングでやって来てしまったのだろうかと首を傾げると鼻腔を掠める甘い、少々 香ばしい(焦がしたらしい)チョコレートの匂いがして。 そして壁に掛けられたカレンダーへと目を留め、カーマインは形の良い眉を顰める。 ・・・・しまった、もうそんな時期か!! この時カーマインの脳裏には一年前の悲惨な出来事が蘇った。 **** 悲惨な出来事。 それはまずミーシャ手作りの『物体x』もといチョコレートケーキから始まった。 『物体x』と名づけられたケーキは見るからに灰の塊であったが、人の良いカーマインは これでもか!という位に素敵なそれはそれは老若男女を魅了する綺麗な笑みを浮かべて食べ切ったのである。 味は・・・・・、その場にいたアリオストがもらい泣きをする程のものだった。 ・・・・・・だが、これは良い方なのである。 問題はこの後、青褪めた表情のままフラフラとした足取りで自宅へ帰ろうとした時の事。 どこからともなく湧いた、というか恐らく待ち伏せしていたのであろう女性たちに囲まれてしまったのだった。 そして一致団結という言葉を彼女たちは実演し、カーマインは見事なまでに取り押さえられ、 それはまあ・・・・色々されたのである。 **** ・・・・・思い出すだけでも恐ろしい記憶に青年はきつく目を閉じる。 そもそもバレンタインとはもっと和やかで平和的なものではなかったのか。 その時彼が感じたのは恐怖と貞操の危機という焦燥感だけであった。 ・・・・・まだアーネストにも許してない事までされてしまいそうになった自分が情けない。(えっ!?) すると一言声を掛けて以来その場を一歩も動かない青年を訝しんだのか、オスカーが眼前で ひらひらと手を振っている。それに気が付いてカーマインは苦笑した。 「・・・すまない。少し考え事をしていたんだ」 「そう?あまり良い顔はしてなかったみたいだけど?」 「まあ色々あってな。それよりアーネストはいないのか?」 軽く室内を見渡してから告げた言葉にオスカーは見る人が見れば性質の悪い笑みを形作り、 ジュリアは剣呑な目つきをしている。 「何か変な事を言ったのか、俺は?」 「いいや〜。こぉんなに気にされてるアーネストが羨ましいなぁって思っただけさvvv」 「マイ=ロードは別段可笑しな発言などしていませんよ」 思いっきり含みのある台詞と棘のある言葉を返されてカーマインは戸惑った。 オスカーはというとカーマインとアーネストが恋仲である事を知っていてからかっているのであって、 ジュリアはというと自分が愛してやまない主君が他人──しかも男──を気にしているのが面白くないだけなのだが。 何となく居心地の悪い空間でどうしたものかと青年が困り果てているところに今さっき話題に上った人物と国王が入ってくる。 「あれー?皆さんどうしたんですか?」 「何かあったか・・・・?」 頭上に疑問符を飛ばしながら近づいてくる二人にカーマインは安堵の笑みを漏らす。 「いや、二人とも仕事は終わったのか?」 「だからこうしてここへ来たんだがな」 さも当然と言わんばかりのアーネストの言にカーマインは笑みを深め、「それは良かった」と告げる。 告げられたアーネストはカーマインにつられるように口角を上げるとある事に気付く。 「・・・・・ところでこの匂いは何だ?」 「え、あっ本当ですね。これはチョコレート、ですか」 部屋に充満する甘ったるい匂いの元を指摘すれば、ジュリアが凄みのある視線を浴びせていて二人はしまった、と肩を震わせた。 ・・・・・・・そう明日はバレンタイン、ジュリアは愛しのマイ=ロードにチョコレートを渡すべく奮闘していたのだ・・・・・・・・内密で。 「・・・・・ええ、私が作っていたんですよ陛下。 陛下にも明日差し上げますね。陛下は甘いものお好きですよね・・・・・・・・・?」 ドロドロと今にも溶け出しそうな低いトーンの声にアーネストとエリオットは顔色が悪くなっていく。 と、ここで助け舟が入った。(本人自覚なし) 「ああ、やっぱりジュリアが作っていたのか。誰に渡すか知らないけど貰った人は喜ぶだろうね」 にこにこと瞳を和らげるカーマインにジュリアの顔がぱっと輝く。 「そ、そうですか!?そうだと良いですけど」 機嫌を良くした様子のジュリアに機嫌を損なわせた二人はほっと胸を撫で下ろす。 そして上機嫌になった彼女はいそいそと紅茶を入れる用意を始め、五人はその紅茶を飲みながら 談笑をするのであった。 **** しかし楽しい時間というのはすぐに経ってしまうもの。 気付けばとっぷりと日が暮れていた。 「あ、もうこんな時間ですか。カーマインさん今日は泊まっていって下さいねvvv」 「ああでは私は部屋の用意をして参ります。陛下も一度部屋に戻られては如何ですか?」 「そうですね。ではカーマインさんまた後ほどvvv」 それだけ言うとジュリアとエリオットは休憩室から出て行った。 残された三人の間に一瞬の沈黙が訪れるが、紫髪の男がそれを破る。 「ねえ、カーマイン。風の噂で聞いたんだけどさ。去年のバレンタインは酷い目に合ったらしいね」 『酷い目』という言葉にピクリと緋眼の男は反応し、カーマインへと視線を移す。 「まあ、ね。何でそんな事を言い出すんだ?」 「ん〜?いや、同じ轍を踏まないように予防策でも立てて上げようかなぁ、って思ってねvvv」 「・・・・・・予防策・・・・・・?」 「止めておけ、カーマイン。どうせロクな事ではない」 「へえ?そんな事言ってもいいのかなぁ?」 ニヤリという擬音が聞こえてきそうな微笑を湛え、オスカーはアーネストに耳打ちする。 その様子をじっと眺めていたカーマインはアーネストの顔が次第に上気してゆくのを見た。 「なっ、オスカー!本気か!?」 「え〜、僕がこの手の冗談を言うとでも・・・?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(黙)」 突然叫んだかと思えば、すぐに押し黙ってしまったアーネストを不思議に思い、カーマインが口を開く。 「・・・・・・何の話をしているんだ?」 「ん?いや実はね最近アーネストさ。 『誰かさん』のおかげで結構近寄り難い雰囲気が薄れてきたみたいでね。明日大丈夫かなぁって」 さり気なく『誰かさん』の辺りを強調する人事部担当のインペリアルナイト。 「あ・・・・そうか。そう、だよな。アーネスト程の人なら女性に騒がれても無理ないよな・・・・・・」 微妙に惚気ながらしゅんと項垂れるカーマインにオスカーは尚も言い募る。 「でも、アーネストはその『誰かさん』しか眼中にないから・・・・・。君も知っているだろう、カーマイン?」 「オ、スカー?」 「カーマイン、君が一肌脱いでくれればいいんだけど。 そうすれば君も去年の二の舞にはならないだろうし、アーネストを助けてあげられるんだよ?」 しっかりとアーネストの事を引き合いに出し、青年を追い詰める。 話の種にされた某人物は親友(悪友)によって大分傷つけられた胃をひたすら押さえていた。 そんな様子には気が付かない青年はほんの少し躊躇いながらも唇を動かし・・・・・。 「・・・・・・・何をすればいいんだ?」 哀れ子羊。 無垢な美青年は狼の口車に乗ってしまったのであった・・・・・・。 **** 翌日、バレンタイン当日。 「・・・・・・・・・・・・オスカー、コレハ一体何ダ?」 げんなりしたような、現実をしっかりと受け止め切れていないような声がオスカーの耳に届く。 「何って・・・・・見て判るだろう?」 「・・・・・・・・判りたくもない・・・・・・・・」 そう言ってカーマインは鏡に映った自分の姿を嫌そうに見つめる。艶やかに腰まで伸びる漆黒の髪。 小造りで端正な顔に施された化粧。そしてノースリーブにフリルをあしらった藍色の上品なロングドレス。 オプションとばかりに頭上にはドレス同様に白のフリルが付いたカチューシャが飾られている。 「何でそんな態度取るかなぁ。すっごく似合ってるのに〜」 「・・・・・・・・嬉しくない!!」 酷く呑気な口調の男に向き直って青年が向き直って声を張り上げると、ガチャッと扉が開く音がして、 目前には銀髪の長身な男が立っていた。 「・・・・・・・・・・・・・・カー、マイン!?」 昨日まで確かに美麗な青年であったはずだが、今はどう見ても絶世の美女である人物の名を アーネストは思わず口にする。 「どうだい綺麗だろう?僕がメイクアップさせたんだよー♪」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(固)」 「あれあれ〜?見惚れちゃったのかな〜」 カーマインはニヤニヤと笑うオスカーと固まるアーネストとを見比べ大きく息を吐き出す。 ───何でこうなるんだ・・・・・・・どこか遠くに行きたい・・・・・・・・・。 そうして青年は遠くを見つめていた。 そこに。 「もう、アーネスト。ぼやぼやしてるとお姫様貰っちゃうよぉ」 言ってオスカーはカーマインに抱きついた。 抱きつかれたカーマインは身を強張らせ、それを見たアーネストがオスカーの手から青年を奪い取る。 「「オスカー!!」」 二種の異なる声音が重なりオスカーは愉快そうに顔を綻ばせる。 「うんうん。仲良いねー。これなら女性たちもアテられて諦めるってもんでしょう♪」 そう、今更だがオスカーが立てた予防策とはまずカーマインを女装させ、アーネストの恋人に仕立て上げる事であった。 実際恋人なんだから構いやしないだろうというのが『僕が楽しけりゃそれで良いんだ』が信条になりつつあるオスカーの 言い分だった。単にカーマインの女装姿とそれを見たアーネストの反応を知りたかっただけと言えばそれまでだが。 「これで周囲を気にせず堂々といちゃつけるんだから僕に感謝してよねvvv」 「「オスカーっ////////!!!」」 この日二度目のハモリ声にバーンシュタイン城内に通称『戦場の死神』の馬鹿笑いが響き渡ったのは言うまでもない。 つくづくバレンタインとは厄介な行事だとローランディアの英雄殿は頭を悩ませたのだった。 *おまけ* 〜ジュリアver.〜 「マ、マイ=ロードそのお姿はどうなさったのですか!!?」 「えっ、えっとオスカーにその、あの・・・・・・・・・・・・・・」 もごもごと青年の口の中で段々と小さくなっていく言の葉のある人名にジュリアは眉間に皺を寄せる。 「オスカーに、ですか。でも、まあ・・・・・・・・・」 てっきり怒るものだと思っていたのに予想に反し曖昧な態度を取るジュリアにカーマインは首を傾ぐ。 「ジュリア?どうかしたか?」 鼻先が触れんばかりの至近距離にいつも以上に美しい顔があってジュリアはゆでだこのように真っ赤になり ・・・・・・マイ=ロード可愛すぎです///////// などと不謹慎な事を思う。 「え、あっはい、マイ=ロード、も大変ですね。あのえっと、こ、これチョコレート作ったんです!ど、どうぞ!!!」 そう言ってカーマインの胸にチョコレートを押しやってカール・ル○スもびっくりな程の速さで廊下を 駆け抜けていったのであった。 「何なんだあ・・・・・・・・???」 その場にはどうにも腑に落ちない美青年(見た目は美女)の姿だけが残った。 *おまけ* 〜アーネストver.〜 「なあ、アーネスト。いい加減これ脱ぎたいんだが」 そう言って自身が身に纏う藍色のドレスの裾を掴む。 「駄目だ」 「何でっ!?」 執務机で書類に目を通しながら即答されてカーマインは頬を膨れさせる。 常では決して見る事が出来ない青年の幼い仕種に酔い、それ以上にアーネストの神経を刺激したのは 青年の──少々メイドを意識した──ドレス姿であった。 「知りたいか?」 「ああ」 こくん、と力強く頷く青年に自然と笑みが零れてしまう。 指先で軽く手招くと、カーマインの耳元でアーネストはそっと囁く。 『おまえが可愛いからだ』と。 すると瞬時にカーマインは耳まで深紅に染めて一喝。 「ア、アーネストの馬鹿!!!!」 冷静さを欠いてうろたえるカーマインを、アーネストは軽々と膝に抱き上げ、意地悪く言の葉を紡ぐ。 「それを脱いでも構わんが、その代わりそれなりの礼はきっちりと頂くぞカーマイン」 「・・・・・・・・!!!」 その後彼が『一日ドレス姿か一日アーネストの言いなり』のどちらを選んだか知る者はいない。 どっとはらい。 色々問題ありで申し訳ない(ほんまに) そして使い回しで更に申し訳ない・・・(殴) |
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