春風舞う午後。


執務室にて、アーネスト・ライエルは来客を迎えていた。
執務中にも関わらず、客を迎え入れるという事は、以前なら有り得ない事だった。
というより、普通は近寄ろうとしない。


客が変わっているのか、或いは自分が変わったのか。



どちらにしても悪くは無い。


平和になったものだ。





禁じられた遊び






「………ナイツの制服ってさ」
「何だ」
「面白いよな」


威厳と歴史に溢れ、羨望と尊敬の対象である制服【インペリアル・ガード】を面白いと言うか。


それは自信の現われか、無知の賜物か。



何とも言えない心情で青年を見返すと、小首を傾げられた。
率直な意見だったのだろう。


相手がオスカーなら、説教でもするのだろうが、この青年―カーマインが相手だと、不思議とそういった気は起きない。


それが、青年に人徳がありすぎるからなのか、オスカーに無さ過ぎるのかは判らないが……。



「何が面白いんだ?」


目は書類に戻すが、何となし尋ねてみた。
理由は気分転換になるだろうし、どういう目で見られていたのか興味もあったから。
カーマインは困ったように微笑んで、


「何て言うかさ、派手だよね」
「………そう…か」


期待はしてなかったが、何とも色気の無い感想だ。


「あ、でも着てる人によって変わるのかな?」
「…というと?」
「ジュリアもオスカーもライエルも、中身が目立つから、余計派手に見えるのかなー、って」


目の前に居るのに自分の名前が最後に出たり、相変わらず自分だけ姓だったり、ちょっと気になるところもあるが、
まぁ、良しとしよう。所で一人足りない。


「ウェインは?」
「彼、まだ着た所見てないから何とも言えないんだけど…」
「けど?」


これで、ウェインに『派手』以上の賞賛が出たら、仕立てを先延ばししてやろう等とどこかで考えつつ、先を促す。



「……誰にも言わない?」
「言わん。オスカーじゃあるまいし」
「…う、ん…」


それでも幾分か躊躇って、口を開いた。


「…何かさぁ…、彼には悪いけど、…あんまり…その……、似合わなそう…で」


そう言われればそうかも知れない。
ふと、想像して見た。


「………」


確かに違和感は否めない。
寧ろ、あの私服が似合いすぎで、アレ以外は全て違和感を感じてしまう。


「まぁ、彼も着たら、ある意味面白いって言うか、目立つんだろうけれど…」
「………」


ウェインをリーダーにした部隊で、青年と行動を共にした。
そこで判明したのが、意外に口が悪いという事。
痛いところをピンポイントに攻める。しかも、本人に自覚が無いから始末が悪い。


「あは、そう考えるとちょっと楽しみかも」
「…そうか」



青年は屈託無く笑うので、苦く笑ってやるが、腹の内はむず痒い。


ちょっぴり黒いものが蠢いた。
この瞬間、ウェインの制服の仕立て先延ばしが決定した。


「…?何か不機嫌?」
「…いや?」



一瞬、ぎくりとしたが平静を装う。



「気のせいだ」
「そう?」



本当に観察力・洞察力がいい。どうしてこれで鈍いのか…。
自分自身に無関心なせいか?



何だかばつが悪くなって、話を戻した。


「派手以外に感想はないのか?」
「えー…と、…動きにくそうかなぁ…、って」
「…他には?」
「あー…、冬寒くて、夏暑そう…?」
「……後は?」
「うーん…、ジュリア以外の女の人は似合わなそう…」
「………まだあるのか?」
「ある…ケド…。…なんか、全否定になりそうだから…」
「…止めとくか?」
「…うん」
「そうか…」
「……」
「……」




空気の入れ替えのために、少しだけ開けた窓から春風が舞い入ってきた。
書類が弄ばれて、ぴらぴらと音を鳴らす。





…余計にばつが悪くなってしまった。





こんな時にオスカーでも居れば取り繕ってくれるんだろうが、居たら居たで迷惑だ。


そんな事を考えていたせいか、知らないうちに溜息が出ていたらしい。


「あ、疲れた?それとも…邪魔…した…?」
「あ?いや…そんな事はない」
「そう…」


押し黙られてしまった。
もっと突っ込んでくれれば拾いようもあるが…。



何か打開策は無いかと、見慣れた部屋を見渡すと、キャビネットの茶器が目に入った。


「あー…、茶でも飲むか?」
「あ、うん。頂戴」
「そうか」


我ながら苦しいと思ったが、有難いことに乗っかってくれた。



「用意をしてくるから少し待っていろ」
「うん、ありがとう」


扉を開けると、通り道が出来たせいか、さっきより強く風が入って来た。
制服の長い裾が舞う。


「あ。」


思い出したような声。



「どうした?」
「あ、いや、何でもない」


窓を閉め、ソファに座り直すと、カーマインは苦笑いして両手を振る。


「そうか?では、待っていろ。すぐ戻る」
「うん、いってらっしゃい」


にこりと笑う青年に見送られて、男は部屋を出ていった。








-+-+-+-+-+-+-+-









「やあ」
「…仕事をしろ」
「やってるじゃない。失礼な」
「……」
「いいね〜、楽しそうで」
「………」
「来客、独占ってのはルール違反じゃな〜い?」
「…向こうが勝手に居るだけだ」
「ふ〜ん、そーゆー事言う?」
「…………」
「まぁ、僕は優しいから、たまには優越感に浸らせてアゲル」
「……………」
「はい、お茶。蒸らしてる最中だけど、部屋に着けば頃合だと思うよ」
「………………何で――」
「お礼は?」
「………………………………………ありがとう…………………ござい………………ます
「気にしないで、貸しといてあげるから」
「………………………………」









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かたりと戸が鳴ると、外を眺めていたカーマインが駆け寄ってきた。



「お帰り。…何か疲れてない?」
「いや…、気のせいだ」



トレイをテーブルに置くと、傍らの砂時計が落ちきった。
恐ろしい事に、オスカーの言ったとおりだ。


何だかあまり飲みたくないが、嬉しそうに青年が覗き込んでいるので、カップにゴールデンドロップまでしっかり注ぐ。


「ありがと」


本当に嬉しそうに口付ける。



ああ、何だか胃がちくちくしてきた。



「飲まないの?」
「ああ…後で」


そう、と小首を傾げる青年。



…?
何だか――、


「そわそわしてないか?」
「え、…別に?」
「……」


カーマインは、子供が何か企んで居る時のそれに似た顔で笑う。

…怪しい。
怪しいが、始めて見た笑顔に囚われて、そんなことはどうでも良くなった。



ああ、何だか顔が熱い。



気持ちを落ち着けようと、立ち上がる。


赤くなったり、変な顔してなきゃ良いと思い、何気なく姿見に近寄る。
と、背後で黒く捷いものが動いた気がする。


何事かと思う間もなく、威勢の良い声が響いた。




「ハッ!」









バサァ―――!








幸か不幸か。
姿見の真ん前に立っていたお陰で、バッチリ見えた。




自分の制服のそれは長い裾が、さながらクジャクの尾のように広がったのが。




青年は背に隠れて見えないが、高く上げられた両手が控えめに自己主張している。


「…………………………………」
「………………………………………………………………」



先刻の名残として、ホコリが舞う。



「…何を…したんだ…、カーマイン…?」



あまり聞きたくないが聞いてみた。


青年はひょっこり顔を出す。
鏡越しに目が合った。



「スカート…めくり…?」
「……は?」
「いや、オスカーが男のロマンだって」
「……男のロマンを男に求めるのか…?」
「…なんか…違った?」


眉を寄せ、下からの上目使い。



ああ、相変わらずの無防備さ。



頼むからそんな顔見せないでくれ…。


いやいや、自分にだけは見せて欲しい…!


そして、他の連中には絶対に見せないでくれ…!!


――しかし、誰かに見せ付けたい!!!!




どうしてくれよう、この気持ち…!


自分でもよく判らないジレンマを奥底にしまい、くるりと向き直る。


「何だってまた…」
「一度はやるもんだって」
「…オスカーが?」
「そう」



手で顔を覆い、深く長い溜息を吐く。
悪友の居る子供を持った親の心境が、よ〜く判る気がする。



「…怒った?」


ああ、本当に母子みたいなシチュエーションだ。


「怒っては居ないが…」


『子供』に苦笑いで返してやる。


「何故、俺にやる。…裾が面白かったか?」
「まぁ、それもあるけど…」
「けど…?」
「好きな相手の隙を狙ってやるものだ、って言ってたから」



「……は?」



なんと言った?



「あれ、知らなかった?好きな人を狙うんだって、コレ」


もう一度聞きたかった台詞を、青年は律儀に答えてくれた。


「す、好きな…?」
「うん。…あ、あのさ?どうしたの?顔…真っ赤だよ…。大丈夫?」
「だ、大丈夫…だ」



急に―しかも相手が相手だけに―そんな事言われれば、動転する。するなと言う方が無理だ。
男はまた顔を覆い、青年に背を向ける。


前にはこれ見よがしに姿見。


そこに写った顔は、自分でも笑えるくらい真っ赤。
熟れ過ぎて、腐る一歩手前のトマトみたいだ。


「ラ、ライエル…?」



何をどう返せば良いのかと試行錯誤していると、ノック音。
それと同時に扉を開けた不届き者は、


「オスカー?」
「やぁ、カーマイン。元気そうだね」
げ。
「げ?」


思わず漏れた声が青年に聞こえた。


「げ、ほん、ゲホン!」
「ちょ…、大丈夫か…?」


苦しい誤魔化しに本気で心配するカーマイン。
優しく背中をさすってくれるが、今は逆に痛い。



ああ、頼むから、今だけは放って置いてくれ…。
そしてまた今度、二人っきりの時には是非やってくれ…!



「何?どうしたの」


怖いほど優しく静かな声。


「や。急に顔、真っ赤にして辛そうにしたから…」
「ふぅん?」


綺麗に磨き上げられた床の上を、コツリコツリと鳴らしながら、焦らす様に近寄ってくる。




物凄い逃げたい。
けれど、カーマインの手が優しく包み込んでくれている。
振り解く事は出来ないし、もう少し温もりを感じてみたい。


馬鹿なことを考えていると、死神がそこに立っていた。


「やぁ?」
「……………」
「今、急に咳し出したし…、具合悪いんじゃ…」
「いがらいだけかもよ?アーネストのお茶、頂戴?」
「あ、うん」


カーマインが二人から離れると、オスカーは微笑む。


「ホントに楽しそうだね?」
「…………」
「何やってたのか聞く、無粋な真似はしないけど…」


声は柔らかいのに、凍るほど冷たい。


「一人だけオイシイのはズルイ」


ふわりと笑って、カーマインには見えないように、腹に一撃をかます。


ゴフッ!
「な、何?!」


ライエルの苦痛に驚いたカーマインが振り向くと、オスカーは屈託なく微笑む。


「ああ、気にしないで、バーンシュタインに古くから伝わる呼吸法だから」
「こ、呼吸法…?」
「そ、もう大丈夫だよ。ね、アーネスト…?」


名前の部分にやたら棘を感じる。


「ッ…大…丈夫、だ…」
「まだ辛そうじゃない?」


辛いのは腹を殴られて、空気が入ってこないから。
それでも、さすがはインペリアルナイト。なんとか体勢を立て直し、平静を装う。


「…いや、本当に、大丈夫だ」
「でも――」
「まぁまぁ、アーネストだって大人なんだし、信用してあげようよ?」
「あ、うん。それはまぁ…」
「それより、ね。ケーキ持って来たの。どれがいい?」
「あ、えーっと」


紅茶をライエルに手渡すと、そそくさと行ってしまった。


オスカーに負けたのか、ケーキに負けたのか解らないが、この際気にしない。
他ならぬ、彼が『好き』だと言ってくれた。


腹部はまだずしりと痛むが、呼吸はようやく落ち着いてきた。
ぐいっと紅茶を飲み干し、優越感に浸っていると、件の青年と目が合った。


オスカーの後ろに居るカーマインは、嬉しそうに笑いながら人差し指を唇に当てる。
何事かと眺めていると、




「やッ!」






バサァ―――!









クジャクがもう一匹現れた。




「………」
「………」
「………」
「カ…、カーマイン…?」
「…やっぱり…、違う…のか…?」






珍しく硬直したオスカーがひどく滑稽だった。





…自分もあんな風だったのだろうか…。






腹部が痛いのは、果たしてボディーブローのせいか、胃のせいか。








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その後、オスカーの説得で『スカート捲り』が禁止された。


カーマインの『スカート捲り』に対する認知を聞いていると、どうも親しい友の間で使う挨拶やら、背後から行う事から、
心の許せる―背中を預ける事の出来る―相手という証明やらだと思っていたらしい。
要は、友好の表れだ。




今回の事ではっきりしたのは、やっぱり彼の考えに色気を求めてはいけないという事と、自分がオスカーと同ランクに
いるという事。








期待した方がいけないのかも知れないが、あの世間知らずっぷりは、相変わらず卑怯だと思う。







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「あ、ライエルさん」
「ウェインか、丁度良い」
「はい?」
「制服だが、仕立て屋の都合が悪くなったらしい。…先延びだ」
「え?!」
「いつになるか判らんらしい。…まぁ、運が悪いと思って気長に待て」
「えー、そんなぁ。俺、今度、制服着てカーマインさんと会う約束してたんですよ?」
「……いつだ」
「来週の――」
「来週は演習だ」
「俺は再来週で、来週は非番――」
「オスカーがサポート役を探していたが?」
「でも、それはジュリア先輩が――」
「彼女はユニコーン騎士団を見る」
「ライエルさんは?」
「陛下の身辺警護だ」
「…俺、選択権無いっぽくないですか?」
「さて、どう選択するかはお前に任せるが?」
「…何か、突っ掛かってません?」
「別に」
「………………」
「…………何だ」
「…何だか知らないですけど、そんな小姑みたいな事ばっかりやってると、婚期逃しますよ」
「………………」
「………………」
「………………」
「………………」
「………よし、今から稽古でもつけてやろう」
「え!?」
「なに、偶には先輩らしい事をしてやらんとな」
「いいですよ!っていうか、俺と貴方、同期になるんでしょ?!」
「気にするな」
「苛めですか?!苛めですよ!!?」
「人聞きの悪い。…逝くぞ」
「今、ニュアンスが…!」
「…気のせいだ」
「気のせいで済んだら、軍も警察もいらないんです!ああ、首根っこ掴まないで下さい!」
「そう言うな。…きっと誰も悪くない。だから、恨むなら自分を恨め」
「だったら貴方も自分を恨んで下さいー!!!」



fin




深浅:まめ鯖様より

一周年記念にと頂いてしまった素敵SS。
まあ、オスカー様の黒い事、アニーさんの薄幸な事vvv
そしてカーマイン様の天然プリンスぶりは私の発狂を誘います←常に狂ってるジャン

そう、GLやりながらいつもナイツ服がスカートみてえとか思っていたのを思い出します。
しかーもこんなアーさんとオスカー様の対人関係、憧れです☆
綺月もアーさんにボディーブロー喰らわしたいvvv

でわでわまめ鯖様、このような胸の昂揚を誘う素敵SSをどうも有難うございました。