ループ。 カーマインが居なくなった。 別に失踪をしたわけではない。 自分が何の相手もしなかったせいだろう。 確かにただ机に座り黙々と執務をし続ける男のそばにいるのは退屈だろう。 しかし、それを悪いとは思わない。 自分にはインペリアル・ナイトとしての職務がある。 そして、それはいつだって最優先でこなさなければならない。 それは同じローランディアの騎士であるカーマインも分かっているはずだ。 アーネストはため息ひとつ落とさずに次の書類を手に取った。 アーネストの部屋から出てきたカーマインは、後ろが気になって振り返る。 当然、追いかけてくる気配など無い。 気づかれないように出てきたから当たり前かもしれないけれど。 アーネストはカーマインが居ても居なくても変わらぬ態度だ。 きっとまた別の書類に手を伸ばしたりしているのだろう。 ため息をついた。 仕事の邪魔をしたいわけではないし。 困らせてまで相手をして欲しいわけではない。 自分だって仮にもローランディアで騎士なんか勤めているのだから分かる。 アーネストの仕事は、このバーンシュタインという国に関わる重要なものなのだ。 ……自分に言い聞かせている、気づいていながらカーマインは納得するしか無い。 「……どうしようかな」 これから。 口元に手を当てて考え込む。 カーマインを見つけた。 難しい顔で何か悩んでいる様子だ。 やがて、視線に気づいたようで彼の顔がこっちを向いた。 色の違う両目をきょとんとさせてから、 「……オスカー」 少し微笑みを見せてくれる。 彼が姿を見つけて微笑みかける人物は、この城の中でそう多くはない。 その中の一人に数えられていることにオスカーは嬉しく思った。 同時に。 最高の笑顔を向けられる人間に対して僅かな嫉妬も覚えるけれど。 「カーマイン。どうかしたのかい?」 カーマインは近づいてこようとする。 それを制して、オスカーは自分の方から歩み寄った。 まるで女性に対しての気遣いだ。 そこまで相手を大事にいたわってしまう自分自身に苦笑する。 対面すると、カーマインはさっそく首を傾げた。 「どうもしないけど、どうかしてるように見えたか?」 「思い詰めた表情をしていたからね」 さりげなく彼の前髪に触れる。 カーマインはくすぐったそうな顔をしながらも、逃げない。 笑ってオスカーの手を押さえる。 「やめてくれ。……ああ、そういえば、どこに行こうかと迷っていたんだ」 「アーネストは?」 カーマインの表情が、一瞬痛い微笑みになる。 「仕事を、してるよ。邪魔にならないように出てきたんだ」 「困った男だね」 「仕方ないさ」 そう言っておきながらも瞳は淋しそうに床をさ迷っている。 口元には諦めという笑みを浮かべ。 「……オスカーも、仕事中なのか?」 控えめな口調にオスカーは優しく目を細めた。 「いや。僕はアーネストより要領がいいから」 そう言ってカーマインの背中を押して促す。 「行こう。一緒にお茶を飲もう。おごるよ、カーマイン」 カーマインは頷きつつ、やはり彼の話題が気になったようで目を丸くして聞いてきた。 「アーネストは要領が悪いのか?」 好きな人の情報は何でも耳に入れたいらしい。 オスカーは胸の底に鉛を沈めながら、表面上はあくまで穏やかに応えた。 「見ていてそう思わないかい? 何でも真面目にやりすぎるのは効率が良いとは僕には思えないね」 並んで歩きながら、本人を目の前にしたら絶対に言えないことを言う。 いくらなんでも可哀想だ。 それに要領の悪い人は見ていて楽しい。 しかしカーマインは眉間を寄せている。 「……そうかもしれない。そういえばアーネストって俺が来るといつも仕事してるような気がする」 「ほら」 「どうしたら治るんだろう」 もはや病気扱いだ。 「治らないよ。アーネストは」 「……アーネストが仕事のしすぎで倒れたら、困る」 とても深刻なことのように呟く。 オスカーは視線を逸らしながら半眼で空を睨み付ける。 何を思ったか定かではないが。 オスカーと同じテーブルについて、ふとカーマインは思った。 ここを通りかかってくれればいいのに。 目を留めてほしい。 …………慌てて打ち消す。 歪んだ願望だ。 馬鹿みたいだ。 大体、自分とオスカーが楽しくお茶を飲んでいるところをアーネストに見せてどうしようと言うんだ。 浅ましい自分の考えが嫌になる。 思考を押し流そうとカップの中の液体を飲み干す。 最後まで。 しかし思いは消えない。 ここにアーネストが居ればいい。 オスカーはテーブルに両肘をついてカーマインを見つめている。 ここを通りかかればいいのに。 アーネスト・ライエル。 そうしたら。 止めてあげてもいいのに。 カーマインは目を閉じてテーブルに崩れた。 「……だ」 身体に力が入らない。 「これは夢だよ、カーマイン」 夢じゃない。 頬に当たる指の感触は紛れもない現実。 すっと顔の輪郭をなぞられる。 「……オス、カー……」 自分の声が掠れているのが分かる。 指先ひとつ満足に動かせない。 身体の自由が効かない。 それでも残酷に意識はある。 途切れようとはしているけれど、思考がまだ残っている。 嫌だと。 顔が近づいてくる。 背けることも出来ない。 ただカーマインは緩慢な動作でほんの少し横を向いた。 オスカーの唇は、カーマインの唇から僅か外れたが、すぐに顔の向きを修正される。 その後すぐに呼吸が入り込んできた。 一瞬、出来る限りの力で身をよじらせる。 可能な限り、相手をはねとばそうとする。 しかし、良い肌触りのシーツをかすかに乱しただけだった。 カーマインは目を閉じようとはしなかった。 絶対に相手を受け入れていないことを示すための抵抗だったのかもしれない。 オスカーの舌がカーマインの唇に触れた。 「……っ」 逃げようとする。 嫌だ。 アーネストのキスとは全く違う。 彼はこんなに優しくしない。 あの、奪い取られるようなキスでなければ、嫌だ。 「カーマイン……」 顔を離して呼びかける。 カーマインの眼差しがこっちを捉えるまで待って。 「止めて欲しいかい?」 カーマインはしっかりと相手に分かるように顎を引いた。 オスカーは彼を見下ろして微笑む。 「それなら君が」 今までベッドの脇から顔をのぞき込んでいたオスカーは、不意にベッドの上に乗った。 カーマインが目を見開くのも構わずその華奢な身体に覆い被さる。 「早く目を覚ますことだ」 脇腹を手のひらでなで上げ、カーマインが息を詰めるのを楽しそうに眺める。 「これは君の夢なんだよ。カーマイン?」 もう一度キスをされた。 下唇を甘く噛まれる。 何度も。 時々強く歯を立てられる。 力の入らない両手でシーツを握りしめようとしても、ただ指先が震えるだけだ。 堪える事が出来ない。 徐々に吐息に近くなる自分の呼吸を、いっそ止めて欲しい。 こんな声をオスカーに聞かせるのは嫌だ。 望んでいるなんて勘違いは、……されたくない……! 「っ!」 首筋にオスカーの息が触れた。 それは想像以上の熱を伴って。 いつものオスカーでは無い。 本気だ。 「……う」 カーマインは、哀しくなる。 「は」 その中半端な優しさにつけこむかのように、オスカーは強く首筋に吸い付いた。 ぞくりとした身体を感じてカーマインは目を閉じてしまった。 目尻に涙が溜まる。 オスカーの行為が緩やかなのは、焦らす為じゃない。 自分のことを愛してくれているからだと。 知っていたはずなのに。 うっすらと目を開き、しかし諦めたように再び瞼を下ろす。 「……カーマイン……」 オスカーの手が止まったような気がして、カーマインはゆっくりと顔を動かす。 「……?」 不意に。 「! っあ……!?」 カーマインは顎をのけぞらせ痛みに耐えるかのように眉間を寄せた。 「あ。……っ!」 ぐらついてくる意識。 身動きの取れない全身。 それらがおかしな感覚を植え付ける。 オスカーの腕が何本にも増えて、自分を絡め取っている。 身体のあちこち、カーマインが感じるあらゆる箇所に這い廻り自分を犯す。 「……あ…、う、頼む、やめ……っ」 今まで感じたことのない、強引に性の高みへとつり上げられていく恐怖にカーマインは泣いて懇願した。 「は、あ、あっ、嫌だ、……いやだ……っ!」 「……ここに」 オスカーはカーマインの髪に触れた。 さっきと同じように。 けれど、さっきと同じようにカーマインは笑ったりしてくれない。 「ここに、アーネストがきたら良いのにね」 オスカーはベッドから降りた。 カーマインは身体を扇情的にくねらせて性感にあえぐ。 その声も姿も。 「あ……っ、あ、ああ、…あっ、あ!」 思い知らせてやりたい。 歪んだ願望。 思いは消えない。 馬鹿みたいだ。 ここにアーネストが居れば良い。 やがてカーマインは目を覚ました。 肌触りの良いシーツ。 好きな香りがした。 横を向いて、またもぞもぞと体を丸くする。 無条件で安心している自分がいる。 カーマインはもう一度眠った。 そしてもう一度目を覚まして、今度は体を起こしてみる。 自分の裸の胸が見えた。 足を動かしてみる。 シーツの感触がダイレクトに伝わってくる。 何も着ていない。 カーマインは毛布をかぶった。 微笑む。 「……はは…」 壊れた笑いが込みあがる。 結局、自分は上り詰めてしまったのか。 オスカーをこの体に受け入れてしまったのか。 アーネストを愛していながら。 別の人間に。 「……!」 拒めなかった自分に、憤りと底の知れない悲しみを覚える。 もう駄目だ。 アーネストのところにはもう二度と還れない。 毛布を抱き込んでカーマインは静かに泣き出した。 どのくらい涙を流し続けていただろうか、いきなりドアの開く音が耳に聞こえた。 「……っ」 目をぎゅっと閉じて体をこわばらせるカーマインの耳に、 「枕を濡らすな」 そっけない声が落ちる。 「……」 カーマインはぼんやりして、 「!?」 急いで振り返った。 アーネストが立っていた。 風呂上りらしい、塗れた銀髪をバスタオルで乱暴に掻いている。 格好も薄い青のバスローブ姿だ。 「俺がこの後、寝るために使う枕だ。それは」 カーマインは思わず枕を裏返す。 軽く叩いてアーネストに差し出す。 アーネストはすっと目を細めた。 「それで許されると思っているのか。貴様は」 「……アーネスト…?」 「どけ。早く」 不機嫌そうに言われてカーマインは慌てて少しよける。 空いたスペースに、カーマインへは背を向けてアーネストは腰を下ろした。 カーマインは居心地が悪そうに大人しくしていたが、息をついて尚も頭を拭こうとするアーネストの手を手で 遠慮がちに押さえた。 ちらりとこっちを睨む瞳。 「……俺に、拭かせて」 「……」 アーネストは無言でバスタオルを後ろに放り投げた。 立てひざをつこうとして、カーマインは自分が裸なのを思い出す。 少し考えて、まあ、いいかアーネストだしと思い直す。 アーネストの髪は乾きが早い。 急がなければ「もう良い」とか言われそうだ。 カーマインはバスタオルを手にとってアーネストの髪を拭き始めた。 「……」 ずっと黙っているかと思われたアーネストの唇が、ある時、開いた。 「何を泣いていた?」 カーマインは手を止めると、ゆっくりと目を細めた。 「……悪い夢を見た」 アーネストは言った。 何の飾りも無く。 「夢で良かったな」 それを聞いてカーマインはその背中にすがりつく。 「……ああ。夢で良かった」 「………」 好きな香りがする。 アーネストの匂いだ。 カーマインはアーネストの背中に頬をすりつけ心地よさそうに目を細める。 「……アーネストだ」 呟いて愛しい体へ手を回す。 背後から抱きつかれてアーネストは小さく息をついた。 「……寝ると言ってるだろう」 「嫌だ」 ぎゅっと腕に力をこめられる。 アーネストは後ろを肩越しに振り返って、 「……抱かれるまでそうしているつもりか」 「ああ」 あっさり答えられてアーネストはますます不機嫌な顔になる。 「早く頭を拭け。寝る」 「嫌だ」 くすくす笑ってカーマインは駄々をこねる。 「……アーネスト…」 切ない呼びかけにアーネストはむっとした顔のまま、カーマインの体を振りほどく。 振り向いてベッドの上に乗った。 カーマインの腕がアーネストの首に巻きついて、誘う。 「キスをしてくれ、アーネスト」 「御免だ」 アーネストはそう言って素早くカーマインの下腹部に手を伸ばす。 「あ!」 びくりと体を動かしたカーマインはそれでも微笑みを浮かべてアーネストの目の中を覗き込む。 「……キスをしてくれ。アーネスト」 もう一度言うと、最愛の人は顔をしかめたまま、カーマインの要望に応えてくれた。 奪い取られるような強くて収まりの悪いキス。 アーネストからの行為が始まった。 太ももを抱え上げられ、思う様に体奥を打ち付けられ、カーマインは自分の限界が近いことを訴えた。 深く踏み込まれる。 一見相手を思いやっていないようで、巧みに高く煽る熱。 揺り動かされ、甘えた声が出る場所を何度も攻められ、嘘のような言葉を吐く。 「……アーネスト…アーネスト、もっと…っ、もっと欲しい……!」 腰を動かしされるがままに足を開く。 自分の口から上がる、自分でも知らない嬌声に、アーネストを落としながら。 今夜、アーネストはカーマインの体にたくさんの跡をつけた。 この声も姿も。 自分以外の誰かにくれてやるわけにはいかない。 思いは消えない。 ここにオスカーが居ればいい。 思い知らせてやりたい。 歪んだ願望。 そして、意識が消えて無くなる寸前。 少しは後悔してくれた? 思い知らせて。 fin. HEROS;PANORAMA:夕紀様より 裏と表、どちらに置かせて頂こうか迷いましたがこちらで。 相互リンク記念に夕紀様から強奪して参りました黒アー主でございます!! 黒い筆頭・・・!!黒いと格好良いですね(暴言)イイ男オーラが漂いまくっております! そしてカーマイン、そんな筆頭にメロメロしてて可愛いです。ラブ!! これではオスカーが薬盛っちゃうのも分かるというものです。私も悪戯したい・・・!!(誰か警察をー!) 今かなり黒アニーブームが自分の中でキテます!!素敵なお宝有難うございました〜!!! |