光臨、魔王。 静かな寝息が聞こえる。 きっと良い夢を見ているのだろう。 オスカーはカーマインを見下ろして微笑んだ。 白いシーツに黒髪を散らしながら眠る愛しい人。 寝返りのたびに見える首筋のラインがとても綺麗だよ。 「食いつきたい……」 うっとりとした声音でオスカーは言った。 未だカーマインはすやすやと眠り姫だ。 少しだけなら。 「構わないよね、カーマイン……」 聞こえるはずのない時に承諾を求め、勝手に了解を受け止め、オスカーはベッドに片手を突いて ゆっくりと背中を屈めていった。 「ん…」 奇しくも、身じろぎしたカーマインが細い首をさらす。 まるで自分の方からオスカーの唇を求めたかのようだ。 「わかったよ。カーマイン…」 優しい口調がとても上手だ。 「すぐに気持ち良くしてあげるからね」 カーマインはそんなこと頼んでないし望んでない。 相手は。寝ている。 間違いなく。 寝ている。 にも関わらず、オスカーはカーマインの肌に少し息を吹きかけた。 「……ん…」 ぴくりとカーマインが反応する。 一瞬眉をひそめる。 けれど、すぐに何事もなかったように落ち着いてしまう。 「……可愛いな」 心底、オスカーの場合、普通の人よりも深すぎる心の底から気持ちを取り出す。 「可愛いよ。カーマイン」 カーマインの首にとうとうオスカーの舌が触れた。 食らいついたわけではなかった。 「う……」 眠りながらも、嫌な気配を感じたのか、カーマインは逃げようとする。 けれどオスカーは両手でカーマインの身体を押さえつけてしまった。 そのまま身体を踏み込ませて口づける。 身に覚えのある感触にカーマインはやっと目を覚ました。 が、 「ん…! あ、いやだ、……アーネスト…!」 拒むどころか、少し嬉しそうだった。 寝起きで目が開かない為に勘違いをしている。 それを良いことにオスカーも声を出さない。 調子に乗る。 「あっ、は……アーネスト、あっ、そんな、あっ……ああ…!」 何をしているかはカーマインの声でご想像ください。 その時だった。 「オスカー!!」 バン! とドアが開く。 「え」 カーマインがきょとんと目を開ける。 そして目を見開く。 自分の身体の上にのしかかってるのはオスカーで、しかもこっちに向かって「やあ、おはよう」とか片手を 挙げて挨拶したし! 「っっっ!!」 下の人が真っ青で愕然としている隙に、オスカーは大股で歩み寄ってくるアーネストにも片手を挙げて挨拶する。 「やあ、白髪じゃないか」 「当たり前のように人の身体的特徴を悪口にするな! 俺の髪はプラチナブロンドだと言っているだろうが!」 それを聞いてオスカーはにっこり笑った。 ゆっくり目を細めて。 死に神の微笑みをたたえ。 顔に暗く影を落として。 「……っは!」 これ以上ないと言うくらい恐ろしく強く鼻で笑い飛ばされ、アーネストは変な笑いが自分の身体の内からこみ上げてくるのを感じた。 ひとつの感情が極限を超えると、それとは全く別の感情が生み出されることがある。 アンビバレンツという現象である。 「は……ははははは! 面白いなオスカー!」 それをしばらく無感動に眺めてからオスカーはやおら口元に裏手をかざしてカーマインに囁いた。 「見てごらん。自分の恋人が襲われかけたってのに笑っている。酷い男だね」 それを見たカーマインも止せばいいのに眉尻を下げた。 「俺がこんな目に遭ったってのに、アーネスト、面白いのか…」 「面白いんだって」 「面白いわけがあるか!」 「だって笑ってるじゃないか」 「ねえ?」とカーマインに同意を求める。 本当ならばここでオスカーに同意を求められるのはおかしいと思わなければいけないカーマインは、 何故かこくりと頷いた。 「……酷いよ、アーネスト」 本当に酷いのはお前と一緒のベッドに乗っている男だ。 早く気がつきましょう。 アーネストは腹立ち紛れにドアをどかっと蹴って閉めて、がっがっ! とベッドまで歩み寄ってくる。 ぺいっとオスカーをベッドから投げ捨てた。 「痛いな」 文句など耳にも入れず、アーネストはそっとカーマインの前に腰掛けた。 「オスカーに何をされた?」 「……」 カーマインは上目遣いでアーネストを見、やがて横を向いて首筋を指した。 紅く紅く残るのはオスカーの愛の印。 ぐりんと首を動かして振り返る。 「オスカー!!」 「はいはい。何だい? 不細工な顔近づけないで。気持ち悪い。吐きそう」 ご丁寧に口元を手で押さえて「おえ」とか言ったりする。 むっとしたのはカーマインだ。 「アーネストは不細工じゃないと思うな」 彼の言葉にアーネストは複雑な気持ちになる。 別に外見などは気にしないけれど、カーマインがそう言うならそうか。 結局、嬉しくなっているアーネストの顔を自分から力任せに引きはがして、オスカーは言った。 「まあ、カーマインがそう言うならそうかもしれないね」 「それは俺が言うべき言葉だ!」 「子供みたいな言いがかりつけるの止めてくれるかい?」 「子供なのは貴様だ!」 「なんだい、貴様って。君、何様だ? 僕より偉いわけ? それに僕は子供じゃないよ。童貞じゃないから」 「俺だって違う!」 「じゃあ初めては何歳の時だった?」 「最初は…」 勢いで続けようとして、 「……」 カーマインが泣き笑いのような顔をしているのに気づく。 オスカーはまたにこにこと囁く。 「ほらごらん。愛する恋人の目の前で女性遍歴を語ろうとしているよ。なんて愚かな男だろうね」 「嫌いだ、アーネスト……!」 カーマインは毛布にくるまって自分の殻に閉じこもってしまった。 不味い物を食べたような顔でそれを見守っていたアーネストだが、 「何をすねて……! カーマイン!」 立ち上がり、力尽くで毛布を引きはがそうとするが、さすがはGROWLANSER。 けっこう粘る。 「嫌だ!」 「嫌だと!?」 「どうせアーネストなんて、やれればそれで良い男なんだ!」 「何!?」 「どうせ俺の身体だけが目的なんだ!」 「な、言えるほどの身体か!!」 瞬間、カーマインの動きがぴたりと止まる。 オスカーですら、きょとんとした。 毛布の中でカーマインの身体が、「……ぐぐぐぐぐ」と震えた。 「ああ、もう絶対に大嫌いだ!! 顔も見たくない、どこか行ってしまえ、馬鹿! 馬鹿ナイト! 白髪! ヴァンパイア!」 その気になるとカーマインもけっこう毒を吐く。 オスカーは腹を抱えて笑っていた。 笑いながら、 「どちらもファイト」 と、エールを送る。 アーネストはカーマインに投げつけられた毛布を頭からはぎとって、それをオスカーに乱暴に叩き付ける。 「元はと言えば貴様が全て悪い!」 「………」 オスカーはにこやかな顔で頭から毛布を取ると、それをふわりと空中に浮かせ、どこから取り出したのか巨大な鎌で 力の限り切り裂く。 瞬殺。 ぎらりとかいま見えた魔王の視線がとても怖くてカーマインはベッドの上で固まった。 ところがタバコの煙というのは嫌がっている人の所に流れていくものである。 「カーマイン……」 怪しく囁いて、オスカーはカーマインの上に素早く乗った。 「不覚にもアーネストなんかにいじめられちゃったよ……慰めて?」 アーネストが止める間もなく、カーマインの首筋に顔を埋める。 恐怖のためにびくっとなった哀れな犠牲者は顔を背け、懸命に、 「アーネスト!」 助けを呼ぶ。 悲鳴混じりに叫ばれる前にアーネストはもう魔王の身体に手をかけていた。 「オスカー!」 「良い香りだね、カーマイン………邪魔をしないでくれるかい、白髪!」 後半はドスの効いた凄い低い声です。 アーネストは免疫が出来ているので、これぐらいでは動じない。 「邪魔するに決まってるだろう!」 「僕とカーマインは愛し合ってるんだよ?」 「貴様の頭の中だけでな!」 二人のくだらない言い合いはカーマインの耳には入らなかった。 精一杯あごをのけぞらせて何とか逃れようとしている。 「……っ」 目尻に溜まった涙が一筋つっきって落ちて、それを目にしたアーネストの顔がつい紅くなる。 ふと全体を見渡してみれば何とも危うい欲望をもたらすシチュエーションだ。 「や、助けて、アーネスト…!」 当然助ける気はあるものの。 オスカーに腰を撫でられ、 「あっ!」 声を上げるカーマインにそそられてしまう。 それが裏切りであることを知っていながら。 「いい加減に、カーマインから離れろ、オスカー」 オスカーの襟首を掴むが、 「……」 上目遣いで見返される。 「何だ?」 「……見たいくせに」 舐めるように微笑まれ、それを聞いたカーマインの顔が一気に強張る。 「!」 問答無用でアーネストはオスカーをはねとばした。 「カーマイン!」 「……アーネスト…!」 アーネストは自分がはねとばした仕事仲間と入れ替わりにベッドに乗ってカーマインの身体を抱きしめる。 「……俺が、他の男に抱かれてるとこ、見たいのか…?」 震えながら泣き出すカーマインの頭をアーネストはぐしゃぐしゃと撫でる。 「そんな願望は無い」 ……………。 「良かった……、俺も、そんなところ見られたくないし、アーネスト以外の人なんて、絶対に嫌なんだ……!」 「知っている」 「アーネスト……キスをしてくれ。さっき、オスカーにされたところに……」 「あ、ああ」 間接キスになる嫌だ嫌だ絶対に嫌だと思ったアーネストだったが、律儀にカーマインの願いを聞き届けた。 「……アーネスト…、さっきは悪かった、ヴァンパイアなんて言って……あんまりだった」 「それ以外については詫びないのか」 責めながらも頭を優しく撫でてくれるアーネストに、カーマインはくすりと笑った。 「それは……俺の身体についての発言も取り消してくれたらね……?」 「……………」 アーネストは感じた。 少し魔王に通じるものを、あり得ないことに最愛の恋人の瞳の中に。 さらに背筋が凍る出来事が。 「死ね!!」 という分かりやすい気合いと共にアーネストとカーマインの間に巨大な鎌の切っ先が割り込んできた。 「さあ、潔く僕に殺されてくれるかい、アーネスト」 鎌をベッドに突き刺しながら、オスカーは今だかつて誰も見たことがないような天使の微笑みを浮かべた。 カーマインは青ざめてアーネストに視線をやった。 ぎこちなく視線が合う。 「………どちらもファイト」 どこからともなく、ゴングの音がした。 fin HEROS;PANORAMA:夕紀様より 相互リンク記念SS第二弾であります!今度は白アー主ですよ奥さん!(誰) まずは一言。オスカー様怖ぇっ!!(超褒め言葉です)黒すぎます、黒すぎますよ!! あまりの黒さ加減にうっかりトキめきます!キャー!そしてアニーの空回り&哀れっぷりが素敵です! おまけにオスカーに操作されてるカーマインも可愛い・・・・!!大丈夫、君の身体は魅惑の花園(謎)ですから! この後の戦いがきっと非常に見物だと思われます。嗚呼、眺め倒したかった・・・・・! 妄想の妄想を呼び起こす素敵SS有難うございました夕紀様!大切にします!! |