まさかその一言が彼をそこまで追い詰めるとは思わなかったと彼は言う。 偶然に偶然が重なって悲喜交々の大騒ぎに発展した、ある日の話。 エイプリルフール狂騒曲 He couldn't understand about kind of joak. 四月になってもバーンシュタイン王都の朝は寒い。 大陸北方に位置するこの街の寒の戻りはなかなかに強烈で、なれない来訪者はその寒さに肩をすくめて 街を歩く。 夜半から早朝にかけて強烈な寒気に教われたバーンシュタイン王都のそのシンボルたる城の一室で、 翌日大騒ぎに発展する事象が発生していたことをその当人達は知る由もなく穏やかな眠りに沈んでいた。 朝。 真冬並みの寒さに軍服の上から腕を擦りながら一室の扉を開けたオスカーの目がそこに広がる光景に おや、とばかりに見開かれる。 視線の先の『あるもの』をしばし眺めて何故それがそうなっているのか理解した彼は、口元を緩めて そっとその傍に忍び寄る。 気配を殺してそっと覗き込む彼の目は穏やかに細められ、閉められたカーテンの隙間から差し込む朝日と あいまって室内は穏やかな空気に満たされる。 数分後。 ふと何やら思いついたらしいオスカーが頭上を見上げて指を折り、その笑みがどこか薄ら寒いものを背筋に 呼び覚ます形に変わる。 脳裏に去来したアイデアに満足そうに頷いて、彼はこっそりと部屋を後にする。 いつもユーモアを忘れない男、いっそ堅苦しいほどに生真面目な同僚を玩ぶことに情熱と生きがいを感じる男 オスカー=リーヴス22歳(大人気ない)。 今日もまた、いや今日という特別な日だからこそ彼の情熱は燃え上がったのである。 十数分後。 その日の兵士達のシフト表を確認しながら廊下を歩くアーネストの前にオスカーは姿を現した。 「ねえアーネスト、少しいいかい?」 「どうした」 「カーマインだけどさぁ、やっぱり年頃の男の子だよねぇ。 今朝すごいもの見ちゃったよ」 「すごいもの?」 カーマインが男であることなど当の昔に承知しているし、こういう話の切り出し方をしてろくな話をされた 経験のないアーネストであったが、生来の生真面目さが禍してついつい聞き返してしまう。 実際今回も彼の予想と経験に違わずろくな結果をもたらさない(彼にとっては)話なのであったが、この時点で 彼がそのことを知る由もない。 意中の人たるカーマインの事とあってはアーネスト=ライエルの心のアンテナが反応しないわけもなく。 むしろ内心は興味津々で聞いていると勿論気付いているオスカー=リーブスの話は続く。 「そう、すごいもの。 ………ところでアーネスト、君も立派な成年男子なんだから男女間の、まあそういうふかーい仲になるというやつにも 興味はあるよね?」 「……朝一で下世話な話をするな」 「まあいいじゃない。 で、まあ君も人間だし興味があるものと仮定して話を進めるけどね、さっきあの双子起こそうと思って客間まで 行ったんだけどね。 そしたら……いやぁ入っちゃいけなかったって言うか見ちゃいけないもの見たって言うか」 「……なんだ、それは」 「いやね、カーマインのベッドなんだかカーミラのベッドなんだか知らないけど、二人一緒に寝てたのさ。 まさか兄妹間でとは思ったけどさ、やっぱり君って言う恋人がいてもカーマインも男の子ってことなんだろうねー。 何ていうかさ、男が男にそういうことされるのってやっぱり自然の摂理に反するわけじゃない。 カーマインだって立派に成長した男なわけだしさ、どこかでその辺のジレンマみたいなものは解消してるんじゃないかなぁと 僕は思ってたわけだよ。 でカーミラも浮ついた話って聞かないし、けど見合いもことごとく断ってるっていうから誰か本命がいるんだろうなとは 思ってたんだけどまさかカーマインだなんてねぇ? でね、こう……二人して寄り添ってくっついててさ、いやぁもうお熱いねって感じで…………アレ?」 タッタッタ。 お熱いね、の辺りまで黙って聞いていたアーネストは、そのままゾンビのような顔色で、しかし競歩でもするかのような スピードでその場を去っていった。 彼の向かった方向は明らかに客間の方向。 恐らくはいつもの嘘っぱちだろうと確認しに言ったのだろう。 無論カーマインとカーミラ、この双子が『そういう関係』だというのは嘘っぱちである、しかしうまく引っかかってくれるかどうか 確かめずにはいられないオスカーは考えるまでもなくアーネストの後を追った。 結果、数分後。 どんよりと、曇天の空のようなオーラを背負いどこかへと去っていくアーネストの背中を見送りながら、オスカーは やりすぎたかと流石に反省していた。 部屋の中をのぞけば客間の大きな枕を抱き締め相変わらずの健やかな寝息を立てるカーミラと、その隣で身体を 起こしたまま呆然とアーネストを見送ったカーマインの姿があった。 何があったかと説明すれば。 寒の戻りによる強烈な寒さに耐えかねて同じベッドで眠っていたこの双子。 よほど枕の抱き心地がいいのかいまだ夢の中を彷徨うカーミラの隣で、先に起きたカーマインが身体を起こして 伸びをしていたのである。 一頻り伸びを終えたカーマインが隣で熟睡するカーミラを起こしているところに(彼の慌てようにしては静かに)扉を開けて 入ってきたアーネストが来合わせたのである。 さて、位置関係を説明すれば、扉の側にカーミラが背を向ける形で眠っており、扉からみて部屋の奥側にカーマイン。 寒さがこたえたか顔の半ばまで布団を被ったカーミラと先に起き出したカーマインの位置関係は、オスカーの嘘を半分以上 信じていたアーネストには非常に衝撃的なものだったらしい。 やや遅れて起きたカーミラが眠たげに瞼を擦りながら事態を理解しようと周囲を見回すそのかたわら、オスカーもカーマインも 呆然とアーネストの去ったほうを見つめているしかなかった。 この後に巻き起こる騒動を予想できるわけもなく。 「オスカーーーーーーーーーーーッ!!」 「なんだいそんな大声で」 「いいから来い、すぐに来い!! ライエルが大変なんだぞ! ……ああマイ・ロード、カーミラも、ちょっと手を貸してもらえないか……! 城内で首吊り自殺しかねん勢いだぞあの男!」 『何だって!?』 ジュリアに連れられて向かった先、ライエルの執務室では、ウェインが懸命にアーネストの背中に組み付いて制止していた。 部屋の中心には絞首台よろしく輪を作る白い縄、その真下には踏み台。 どうやら自殺未遂は本当だったらしい。 よくよく見れば机の上には遺書と見られる分厚い封筒。 事態を大雑把にとはいえ飲み込んだ面々は、それぞれに自殺を阻止するべく動いた。 ジュリアが踏み台を蹴り飛ばして部屋の隅へ転がし、オスカーがリングウェポンで縄を途中から切り落とす。 カーミラは机の上の遺書を(実際そう書かれている)引っ手繰るように掴んで暖炉に放り込み、手っ取り早くファイアアローで 焼き尽くした。 カーマインの説得によりどうにか思いとどまったらしいアーネストを円形に加えて座り、どうにか説得の体制を組む。 落ち着くだろうと全員の前に紅茶のカップが置かれ、それが人数分揃ったのを合図に、胡坐で座っていたカーマインが 口火を切った。 「さて、アーネスト。 話してくれないか、なんで自殺なんて考えたのかを」 「………実はな」 しばらくお待ちください。 「阿呆かお前はーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」 「ジュリア落ち着いて、シメるのは後でも出来るから」 「どっちをシメるんですか二人とも!?」 「女性って怒らせると怖いよねぇ」 「いや、怒らせたのはオスカーだろう」 事情を話し終えたきり黙ったままのアーネストをよそに、聞いていた側のメンバーはそれぞれに反応を返す。 果たしてジュリアが誰を指して阿呆といったのか、カーミラが誰をシメるつもりなのかはさておき、要するに彼は 思い人とその血を分けた兄妹が深い仲であると勘違いし、そしてそれに絶望して執務室であのような行動に及んだわけである。 「いや、だってさぁ、今日の日付良くごらんよ。 アーネストのことだからエイプリルフールぐらい覚えてると思ったんだよ。 去年もその前も、部下とか食堂のおばさんとかの嘘いちいち全部真に受けてたから、そろそろ学習するだろうと 思ってたんだけど……」 まさか引っかかるとはねぇ、とオスカーは肩をすくめた。 そう、今日は四月一日、エイプリルフール。 ジョークとは無縁の男、名前からして生真面目、強面長身独身、アーネスト=ライエル22才(その割に大人気ない)は、 恋の悩みにより世を儚んで自殺企図という彼を知る人間から見ればこれぞエイプリルフールの悪い冗談であろうという 行動に走ったのである。 結局、この騒動は制止に当たった人間がただ一人オスカー・リーヴスを除いて全員が脱力し精神的に疲弊するという結果を 残して幕を閉じたのであった。 オチなし。 夜更けの乱気流:霧生更夜様より 遅ればせながら当家の三周年記念に頂いた素敵小説です・・・! 何はともあれオスカーの嘘を真に受けて自殺までしようとするそんな 恋に狂った(笑)アホなライエル様が大好きです・・・! いや、アホとか言っちゃ駄目。カーマインに一途である意味ピュアすぎる 貴方がとても素敵です。この後きっと女性二人にシメられるんでしょうが きっと最後の最後にカーマインさんが哀れんで慰めてくれるでしょうから めげずに頑張って欲しいものです。 本当に遅くなりましたが、どうもお祝い有難うございました霧生様ー!! |