Fall in love






それは何処までも俺を振り回し、弄び、そしてその苦しさと引き換えに俺に優しさと安らぎを与えた。







Absence makes the heart grow fonder.
(貴方に会えない程、愛しさが募っていく。)

And, my heart will break soon.
(心がすぐに壊れてしまいそうになる。)

So, I want to see you again by all means.
(だからもう一度、どうしても会って欲しい。)

And, if I can have only one wish, please give me a little peace of mind.
(そしてたった一つ願いを叶えてくれるなら、どうか俺に僅かながらの安らぎを・・・。)









深い闇に包まれた森の中。
まだ朝靄が立ち込め視界が利かないというのに、一人の銀髪の男が赤い制服に身を包み仕事の支度を整えていた。
この森を出るのは実に何年ぶりか。
あの頃は、今もこんな風に自分が生きているなど想像もしなかった。
否、出来る余裕などなかった。
唯、主君を守る事に必死で全てが閉ざされた闇の中で翻弄される自分はまるで道化人形の様だった。
そして、今は…。
そんな事を考えながら愛馬に跨がり、長年過ごした家に別れを告げた。
馬の腹に蹴りを入れて走る様に促す。
すると嘶きと共に耳に心地良い馬の足音が森の中に響き渡った。

執務室にカリカリとペンを走らせる音だけが聞こえている。
その音は既に5時間は鳴り止まず、部屋の主は神経質に眉間に皺を寄せながらもその書類の山を地道に片付けていた。

「………ふぅ…。」

しかし、昨夜から部屋に籠りっぱなしで先ほどから溜め息を繰り返している。
そして、本日何度目かになる溜め息を吐いた時、部屋の扉がコンコンと音をたてた。

「開いている。」

数秒後、その言葉を聞いて扉の向こうから誰かが部屋の中に入ってきた。

「悪いが、今は取り込み中だ。急ぎの用でなければ後にしてくれ。」

この山積みの書類は、今日の内に片付けなくてはならないのだ。
明日は様々な式典があるため、とても机に向かう時間など無い。
だからこそ、銀髪の青年は相手の顔を見ることも無く、唯その重要な書類に意識を集中させていた。

「あ、悪い。じゃぁ、後でまた来るよ。」

「あぁ、そうしてくれると・・・。」

相手の声が、やわらかな響きで耳元に届く。
そして、その声が自分の意識に辿り着くまでに、それ程時間はかからなかった。

「ん・・?」

慌てて書類から視線を上げる。
するとそこには、もう何年も会っていなかった友の姿があった。

「・・・カーマイン?」

「やぁ、ライエル。久しぶり。」

異彩の双眸と闇を思わせる黒髪。
そして、その瞳が自分を写しこんだ自分を見た途端、心臓がとくんと音をたてた。

「悪いな、仕事中に。」

「否、此方こそ追い返そうとしてすまなかった。」

漆黒の絹のような髪の隙間から、申し訳なさそうに伏せられた瞳がたまらなく懐かしい。
あれ以来、その瞳が忘れられなかった。

「いいよ、別に。それより、仕事は良いの?」

書類の山を気にかけながら彼が「俺の事は気にしなくていいから。」と付け足す。

「しかし・・・。」

「何だよ。そんなに気を遣う仲でもないだろう?同じパーティーを組んだ仲なんだから。」

その言葉がちくりと心の隙間に突き刺さった。
それでも、彼が微笑みかけてくるので気にしなかった風に装う。

「・・・あぁ、そうだな。」

気を遣う仲では無い。
だからと言って、何でも話せる仲かと問われれば俺は『否』と答えるしかない。
まだ、彼にとって俺が『仲間』という区切りの中にあるうちは・・・。

「・・・ライエル?」

「・・何だ?」

しかし、彼の気持ちが変わるのはきっと余程の事が無い限りありえないだろう。
俺がこんな風に出会ってしまった以上、過去は変えられないのだから・・。
そして、そんな事など知らない想い人は警戒もせずこうして俺に会いに来た。

「元気がなさそうだけど、働きすぎなんじゃないか?」

「フッ、俺がそんなにやわだと思うか?」

「否、そうじゃないけど・・・。」

心配するくらいは俺に好意を持ってはいるんだろう。
だが、俺の気持ちはそんな優しいものじゃない。
そうまるで、腹を空かした肉食獣が獲物に襲い掛かるように。
蜘蛛が、美しく羽ばたく蝶を捕食するように。
俺は、とてもお前に優しくは出来はしない。

「気にするな。確かに少し机に向かい過ぎたが、大した程でもない。」

「・・・そうか。」

少し安心したように彼が溜息を吐く。

「お前こそ、忙しいんじゃないのか?それとも、今日は特使としての遣いか何かか?」

もし、仕事で来たならと机の上から必要そうな書類を数枚引き抜く。
しかし、その書類から視線をカーマインに戻すと何故か機嫌を悪くしたように眉を顰める彼の姿が目に入った。

「カーマイン?」

彼が他人に対してこんな態度を取るのはとても珍しい。
そして聞き返そうとするが、その途端に彼が踵を返した。

「俺、帰るよ。」

書類を受け取りもせず、カーマインが突然部屋から出て行こうとする。

「おい、急にどうしたんだ?」

「別に。」

言葉とは裏腹にその口調には明らかな苛立ちが込められていた。

「では、何故怒っている?」

彼が怒るような事を言った覚えは無い。
それでも、立ち去ろうとする彼を放って置くことは出来ずその腕を捕まえると、彼の双眸が自分とぶつかった。
その途端、彼の口から出た言葉に思わず言葉を失う。

「俺とは、顔を合わせたくなかったんだろ?」

何を言っているというのか。
そんなことある訳が無い。
あの森の中で暮らしていた時も、いつも考えていたのは彼の事ばかりだった。
それなのに、どうして・・・?

「仕事じゃないからな。本当に、もう帰るよ。仕事の邪魔して悪かったな?」

彼が自分の腕をゆっくりと振り払って部屋から出ていこうとする。
それを慌てて瞳で追えば、自然と口から言葉が発せられていた。

「カーマイン!」

彼が驚いた様に振り返る。

「俺は、ずっとお前に会いたかった。それは信じてくれ。」

咄嗟に出てしまった言葉に自分は今、どんな顔をしているのだろう。
言葉にしてしまえば、きっとこの関係は壊れてしまうからと躊躇っていたのに。
彼の双眸が真摯な瞳で見つめてくる。
そして、数秒の時間が流れて漸く彼の瞳の光が和らげられた。

「・・そうか、それなら良かった。」

彼が、優しく微笑む。
その微笑みに俺はひどく安心して、そんな自分はきっともう彼の呪縛からは離れられないと、
俺の中の俺が小さく溜息を吐いた。










俺はもう、きっと一人で生きていく事は出来ない。
でも二人でなら何処までも生きていけるだろう。
だから・・・。




If I can have only one wish, please give me a little peace of mind…
(たった一つ願いを叶えてくれるなら、どうか俺に僅かながらの安らぎを・・・。)





END




PinkButterfly華盛様より

キリ番として頂きました、アー→主小説です!
アニー!片思いしてるね・・・!(まんま)こういう切ないお話は大好物です。胸キュンです。
そして何気に脈ありっぽいところがまた溜まりません。
自分でリクしておいて何ですが、哀愁漂うアニーさんを全力で応援したい次第です!
華森様、我侭を聞いて頂いて本当に有難うございました!