君と、過ごす日々は。 「耳、痒いな」 「ん?」 ─相変わらずの読書会。 偶の休日、2人黙々と古書を読みふけっていればふいにカーマインが呟いた。 「アーネスト、耳掻きあるか?」 言いながら顔をしかめて耳朶を引っ張る。 恐らく痒さから手を入れないよう堪えているのだろうけれど、それを受けライエルは困ったように眉を下げた。 「すまんが無いな。綿棒くらいならあったと思うが…」 「それでいいから。悪いけど貰えないか?」 「かまわんが…自分で出来るのか?」 綿棒が仕舞ってある救急箱を出しながら聞けば、カーマインは軽く頷いた。 「痒い所だけやるから。後は帰ってルイセに…」「いつも妹にして貰うのか?」 ─速攻の問いかけ。 その中身に訝しげにしながらも一応答える。 「?ああ。」 「膝枕でか?」 「??ああ。」 ─沈黙。 しかもなんだか重たい空気。 ライエルの様子が妙なのは分かる。 けれど何が原因か分からないカーマインは首を傾げて彼の言葉を待った。 「…してやる。」 「は?」 「耳掻きくらい俺がしてやる。」 「…は?」 ─拳握って何言ってるんだコイツ。 数秒固まるけれど、何とか気を取り直して問いかけた。 「って、アーネスト、人の耳掻きした事あるのか?」 「無い。だがそっとやれば問題無いだろう。」 「…。」 ─怖いんだけど。 ルイセだってやった事無い頃は何度か耳の奥ぶっさしてくれたし。 「…それともやはり妹の膝がいいのか?」 「いや膝枕に拘りは無いけど…」 ─なんか目が据わってるよアーネスト? とは言えず。 まぁいいかと、結局カーマインは頼むと頷いた。 綿棒を取り出し、ライエルはソファーに座る。 来いと言わんばかりに膝を叩かれて、それには流石に渋い顔。 「あのさ、アーネスト。別に膝枕じゃなくてもいいだろう?クッションか何かで…」 「やはり妹の膝枕がいいか?」 「………そうじゃ、無くてだな。膝枕から離れろと言っているんだ俺は」 ─さっきから何を一々つっかかってるんだコイツは。 頭痛を覚えながら言えばまた膝を叩かれた。 どうあっても膝枕を譲る気は無いらしい。 白皙の無表情に頑固なそれを認めて、カーマインは溜息をついて諦めた。 導かれるまま素直に、固そうな男の膝に頭を置く。 そうしてちらりと頭上を見上げてみれば、ライエルは満足そうに目を細めしかも微笑まで浮かべていて。 よく分からないけどまぁそんなに嬉しがっているならいいかと、カーマインは瞳を閉じた。 冷たい手が耳朶に触れて。 する、と耳の中に細い綿棒が忍び込む。 ぞわっと鳥肌立つがぐっと堪えた。 耳掻きをして貰う時は大抵来る生理的な反応だけれど、慣れていないライエルはそんな緊張に慌てた気配。 「す、すまん。急すぎたか?」 「え?いや、何ともないけど…というか抜くなよ。また入れる時擽ったいだろ」 「…、擽ったかったのか?」 「当たり前だろ?アーネストはしてもらう時平気なのか?」 「俺は別になんともないが…?」 身を起こし訊ねればあっさりとした不思議そうな返答。 というか。 「…。誰に、して貰っている?」 細めた金銀異瞳で問えば紅の瞳は逸らされて。 「したいならさせてやるから拗ねるな。」 「そうは言っていない。…女性か?」 じりじりと顔を寄せて詰め寄れば、逸らした瞳は素直に戻り。 そのまま至近距離にある無防備な唇にちゅ、と軽い口付け。 カーマインは目を見開くけれどとりあえず反射的に平手。 あっさり受け止められる。 「アーネスト…!」 「お前が嫌ならもう誰にもさせん。…ほら、寝転べ」 巧いこと逸らされ諭され、悔しいけれど素直に再び寝そべった。 耳の中に入ったそれが、そろりそろりと壁を擦る。 必要以上に力を抜いたその動きに、焦れったくなり文句。 「アーネスト。もう少し奥だって…」 「待て。焦るな。入口から順に擦っている」 「…じゃあせめてもう少し力を…」 「抜くのか?」 「違う、逆…っあ、そこ…!」 痒い所に触れれば、びくりと小さく体を捩る。 もっとと囁けば、ライエルは其処を緩やかに擦るけれど。 「ちょ、アーネスト…もう少し力を入れてやってくれ…」 「物足りないか?」 「当たり前…いつもはもっと力入れてしてる…」 ふむ?とライエル。まだいまいち力加減が分からない。 「なら…痛ければ言ってくれ」 「んー…」 了承の囁きに応え、くっと先程までより力が入る。 ちょうど良い力加減で痒い所を擦られてカーマインは溜息。 「気持ち良いか?」 「うん…そのくらいがいい…」 うっとりとした声音に、ライエルも成る程このくらいの力加減かと学習&納得。 「じゃあもう少し奥に入れるぞ?」 「うん…。気持ちよくしてくれ…」 カーマインがそう呟けば。 「何をしているんですかーー!!」 お約束とばかりに勢いよく開いた部屋の扉と響いた叫び声。 その主はライエルの同僚ウェイン・クルーズ。 「あーあ。邪魔しちゃった。」 その後ろから苦笑いを浮かべて現れたのは同じく同僚で親友のオスカー・リーヴス。 「オレはッ、お二人に憧れていたのにッ…こんな…こんな真っ昼間からいちゃつくなんて不潔だーー!!」 拳をぶるぶると震わせながら言い募り走り去るウェインに何の事だとか昼間じゃなければいいのかとか いちゃつくって死語じゃないかとか諸々聞きたい事言いたい事は山ほどあったがとりあえず。 「─何かあったのかオスカー。」 ライエルは一瞬でインペリアルナイトの顔に。つられ、カーマインも顔つき厳しくリーヴスを見やる。 ─が。 返ったのは首を横に振る穏やかな苦笑。 「カーマインが来ていると聞いて、皆でお茶にしようかと訊ねたんだけどね。 館に入れて貰ったのはいいけれど部屋の前でウェインが固まるものだから。…結局邪魔しちゃったね?」 「?邪魔って何の事だリーヴス。耳掻きなら別に何時でもできるし…?」 カーマインの言葉にははっとリーヴスは笑う。 ライエルは言葉の意味を拾い渋面を。 それでもバトラーを呼び茶の支度を指示。 「カーマイン。走って行った馬鹿者を連れ戻してくれ。」 「ああ。分かった」 訳が分からなかったけれど折角なら皆でティータイムとしたいのはカーマインも同じ。だから素直に走り出す。 2人以外誰も居なくなれば、リーヴスは小さな微笑を浮かべて。 「…何だか…昔のようだね。」 「騒がしさは比較にならんがな。」 だからいいんだろうと、リーヴスが笑えばライエルもまた小さく笑みを。そうして僅かに目を伏せて、 そっと胸に掌を当てた。 「…リシャールも…此処に、居る。」 「詭弁だね。」 即返る、硬い言葉。 もう、あの強くて優しい少年が居ない事を理解してはいても、まだ割り切れない苦しさがあるから。 半分は八つ当たり。 もう半分はそう割り切れた彼に嫉妬。 それは決して他の仲間には見せない態度。 ライエルだからこそ、見せられる苦い本心。 「ああ。お前の好きな、な。」 そんなリーヴスを、ライエルはにっと唇を歪めた意地の悪い顔で見やる。彼はきょとんと水色を丸くして。 ─次いで浮かべた苦笑は、緩やかに微笑へと。 「変わったね。アーネスト」 「馬鹿正直な奴らに囲まれていたからな」 リーヴスの、皮肉ではないそれを素直に受け止める。 本当に、かつての彼を知る者は皆丸くなった彼の態度を見れば熱を計ろうとするんじゃないかな? そんなふうに思いながらもリーヴスは、 「子守、ご苦労様。」 「………、まぁ、な。」 にっこり笑顔でしっかりと優位を掌握。 同時、バタバタとした足音を耳が拾えば直ぐに現れたカーマインと首根っこを掴まれたウェイン。 「ただいま。何だか知らないけど外でうなだれてたから強制連行したんだけど。」 「カーマインさ、く、首締まッ…」 ライエルとリーヴスが顔を見合わせて笑えば、はかったようなタイミングでバトラーの姿。 温かな紅茶を温かな空気の中で。 そんなゆるりとしたティータイム、ライエルが此処には居ない彼を思い浮かべていると、 ふと寄越される視線に気づいた。ちらりと隣を見やればじっと見つめてくるオッドアイ。 それは本当に猫のように細められ、どこか探るような色を浮かべいて。 ライエルは苦笑を浮かべて手を伸ばす。 頬に曲げられた指が添えばふいっと顔は逸らされて。 けれどちらりと視線は戻る。 ─誰の事、考えてる? 浮かべた色と態度から、拗ねたような想いを読み取る。 本当に、以前なら何を考えているのかなんて分かりはしなかったのに。 そんな自分の変わりように誰より驚いているのは自分自身。 リーヴスがウェインを構っているのをいい事に、ライエルはそっとカーマインの耳元に唇を寄せた。 「──。」 落とされた言葉に、からかわれたと分かっているのに真っ赤になるカーマイン。 「…こ、の…」 「え?何ですかカーマインさん」 押し殺した言葉を、ウェインが拾う。 次いで真っ赤になっているのを指摘されれば何でもないとぶっきらぼうに。 ライエルはしれっと、 「茶が熱かったんだろう。急ぐからだ」 「人を食い意地はってるみたいに言うな!」 ─そんな、日常に。 何故か浮かぶ、涙の意味は。 あなたの代わりではないのだと。 最早、新たな友と新たな時間、新たな日々を刻んでいるのだと。 この胸の幻影に、そう伝えてしまうからだろうか。 あなたと過ごした日々を忘れない。 あなたと望んだ未来を忘れない。 約束は今も、あなたと共にこの胸に。 文句を言うカーマイン、笑うリーヴス、困った顔のウェインを順に見回して。 ─この仲間達と、叶えるから。 綺麗に綺麗に─微笑んだ。 fin ☆ましろなおはなし☆:ソラマシロ様より 五周年記念にソラ様より頂きました! わあい!耳掻きネタですよ耳掻きネタ!(二回言った!) カーマインの押しの弱さと可愛さがステキすぎて!! ルイセに闘志を燃やすアーネストも大好きです。 王道の勘違いネタも美味しく頂戴しました。 わざわざ素敵な贈り物を有難うございましたソラ様!! |