※CAUTION

この作品にはグレイ×アネットの性描写が含まれます。
18歳未満のお方の閲覧は禁止致します。ご了承下さいませ。















「……ただいま、アネット」
満月の夜、月光を思わせる頭髪の青年は幼なじみである少女の元へ戻ってきた。

不審者を用心し、恐る恐る開かれるドア。しかし、目の前の相手の姿を見た途端、室内と外を隔てていたそれは勢いよく放たれた。

「……おかえりなさい、グレイ!」

零れんばかりに大きく見開かれた瞳からは歓喜の色に溢れ、透明な雫が頬を一筋静かに伝う。

「おおっと……危ないだろ」
「だって……だって……ずっと淋しかったんだから!ずっと待っていたんだから!」

突然飛びつかれてバランスを崩しそうになるのを堪え、見違える程大きくなったアネットを受け止めた。幼い頃の面影を残す少女は、想像以上に大人っぽく成長していた。地に届かんばかりの赤い髪からは風呂に入った後なのか、少し湿っているようで揺れる度に春の庭を連想させる花の香りが鼻先をくすぐった。

「泣く程俺に会いたかったか」
「泣いてないわよ」
「昔から変わってねえな。強情で意地っ張りだけど涙もろい所」

腰に回す手に力を込めると思いの外細く、空白の時間の大きさを思い知った。小さい時はお転婆でお節介焼きでいつも振り回されていたが、今、彼の目の前にいるのは少女ではなく一人の女性だった。

「……遅くなって、ごめんな?」

なおも胸の中でしゃくり声をあげている幼なじみを慰めるように強く抱き締めた。
喪った時間を埋めても有り余るように、残りの時間を一緒に過ごそう。人生で初めて使う、柄にもない台詞を耳元で囁くとアネットは静かに頷いた。

――それから数年後――
彼らは、幸福な生活を満喫していた。


『Peaceful Days』



新婚から半年ほどが経った休日の朝。
薄い生地のカーテンを貫く穏やかな光が瞼を照らしている。
耳を澄ませると雀が鳴く声が頭のある方角――アネットがハーブや薬草を栽培している庭から聞こえた。

 まだ意識ははっきり目覚めてなく、このまま布団に潜れば二度寝に突入できそうだ。休みの日の特権を行使するため掛け布団で顔を覆おうとしたその瞬間、心地よいぬくもりに取って代わって凍てつく空気が俺の身体を包み込んだ。

「うぅ……寒っ」
「ほら、グレイ!早く起きなさい!仕事ないからってだらだら過ごすのは許さないんだからね!」

薄目を開けると赤毛を逆立てて――はいないが赤い目を吊り上げてすでにTシャツとスカートに身を包んだ妻が、仁王立ちのポーズで不穏なオーラを漂わせて睨んでいた。

「たまにはゆっくり寝かせてくれ」
「ゆっくり寝かせるにも限度があるわよ。今何時だと思ってるの」

首を動かしてアネットの背後、ポニーテールの頂点のさらに上に目を向ける。見慣れた取り立てて特徴のない平凡な壁時計は、これまた平凡に長身と短針を行儀良く直立不動の状態で真っ直ぐ天井を指していた。

「……ん……夜の12時?」
「そんな訳ないでしょう!!昼の12時、つまりお昼ご飯の時間よ!」

それを聞いて、アネットがかりかりしている理由がなんとなく想像付いた。
まず一つ目。遅くまで寝ている俺に怒っている。
これには仕事柄、深夜にかかる事もあるのでそんな日は眠気と疲れが取れるまで休ませて欲しいと反論が可能だ。昨日もベッドに入ったのが日付が変わった後だったからその辺りは事情を察してくれる……と思う。

ちなみに、今の仕事は暗殺業ではなくレミントン探偵社で探偵見習いをしながら謀報部に属している。かつての腕と技術を買われての事らしいが、現段階では前職の本業的な部分は役に立っていない。その方が平和的で使わないに越したことはなく、全く問題ないのだが。

そして二つ目。ごはんにありつけず腹が立っている。
人間腹が減ると怒りっぽくなるいい見本がこれだ。調理に必要な機材も食材も揃っているので自分ですればいいのだが、ギルバード家ではある約束があった。

『一人で調理はしないこと。絶対に』

一度、新婚生活初日目の時にアネットの手料理を食べた。その日のメニューはハンバーグ、ポテトサラダ、デザートにプリンのおまけまで付いていた事を今でも忘れられない。

ハンバーグは砂糖と塩+胡椒類を取り違えて作っているため妙に甘ったるく、掛けられているソースも同様にというのだからもはやおかずとして成り立っていなかった。

サラダは茹でたじゃがいもを潰して他の野菜と混ぜ合わせ、マヨネーズとあえれば完成するから失敗する箇所も少ないはずだ。砂糖と塩を取り間違えても作り方によっては砂糖を入れる家庭もあるので味としては問題もない。

だが、じゃがいもの芽だけは取って欲しいと切に願う。おかげで数日間ベッドから動けず苦しみながら過ごす
日々が続いた。きわめつけはプリン。塩と砂糖を入れ間違えた日には具の入っていない茶碗蒸し、と思って胃に収めれば済むし、国によっては塩味のプリンもあるらしい。しかし……味付けを忘れるなんて普通ないだろ!?と一口食べた途端吹き出した。

ねっちょりとした舌触りが嫌と言うほど絡み付き、飲み下そうとしても簡単に離れてくれない。味見したのか?と尋ねると予想したとおりの答えが返ってきた。あまりの味付けの悲惨さに『食事は三食作るから調理しないでください』という俺の涙ながらの訴えはあっさりと可決された。

「はいはい、作ればいいんだろお后様」
「『はい』は一回!」
「はいはい」
「また言った!」

欠伸を噛み殺しながら、ムキになって訂正を求めるアネットの脇をすり抜けて台所へ向かう。

「よし、こんなものか」

赤と白のギンガムチェックのクロスが掛けられたダイニングテーブルの上に二人分の食事が並んでいた。
籠に盛ったクロワッサンと目玉焼き、コンソメスープとあり合わせの材料で作ったサラダ、デザートにはヨーグルト。
朝昼兼なので量は普段の五割増。おかげで食材のストックはすっからかんだ。丁度メニューが揃った所でアネットが定位置に付いた。

「あら、今日も美味しそうね」
「味は保証しないけどな」

と口にしつつも手際が最初の頃に比べ上達しているという実感はある。これが自称なのか自他共に認めるものかは
今のところ不明だが。

「じゃあ食べようか…では、『いただきます』」
二人の声が重なったのを合図に、我が家の食事が始まる。

食事の当番が永久指名制で俺であるならば、食後の片づけはアネットの役割だ。ただし、不公平な事にこちらは俺と
アネットの比率が二対五の割合だ。彼女曰く、掃除洗濯はいつも自分がしているから少しくらい手伝ってくれてもいいはずだとの事。そうは言いながらごみを捨てに行かされたり休日に洗濯を押しつけられたりしている現実がある。もっとも、世の中には尻に引かれている人もいるのだからこれ位はまだましな方かもしれないが。

「終わったわよ」
「お疲れ」

先程淹れたコーヒーが入ったカップを手渡すと、両手で包み込むように受け取った。
洗い物で冷えた指先を温めているらしい。

「やっぱり冬場は辛いわね」
「お湯で洗うと手が荒れるしな」
「それも困りものなのよ」

俺が座るソファの隣に腰を下ろし、コーヒーを一口啜る。

「よし、ここは一つ暖めてやるか」

コーヒーをガラステーブルに置いた隙を狙って右手を引ったくる。氷のような水にさらされた掌は体温を感じさせない程に冷たくなっていた。

手を握られて恥ずかしそうな素振りを僅かに見せるが、振り払おうとはしない。

「こうして手を繋いでいるとグレイが戻ってきた時を思い出すわね」

窓の向こう側よりももっと遠い場所へ視線を向けながら、ぽつりと呟く。
 たった数年前の話なのに、思い返してみると随分遠い過去の出来事に感じた。

「あの頃は休みの度に出掛けたわよね」
「その度に荷物持ちをさせられたな」
「もうっ、そんな事は思い出さない!」

あの頃はどこに出掛けるという目標はなかったけれど、時間さえあれば二人で市街地をぶらついていたような気がする。買い物に付き合わされてことある事に『どっちがいい?』と尋ねられ、適当に返事すると殴られたっけ。
雨が降ったらどちらかの家でのんびり過ごしたし、お腹がすけばカフェで軽食を摂り、時には豪華にレストランで
ディナーもした覚えがある。

「懐かしいな」
「ホントよね。付き合って一年半位経ってプロポーズしてくれたんだっけ」

うっとりとした顔付きで当時の記憶を回想し始める様子に危機感を憶えた。会話の展開が雲行き怪しくなっているような気がするのは気のせい……ではないはずだ!

「確かシュワルツハーゼに出掛けた帰りに」
「そ、そういえば夕方義父さんが来るって行ってなかったか?」
「明後日だから大丈夫よ。そうそう、父さんといえばグレイを紹介した時も面白かったわよね」
「……うるさいっ」
「耳まで赤くなっちゃってかーわいい」

……仕方ないだろ。あの時ほど人生の中で緊張して恥ずかしかった事は無かったのだから。


■□■

「あーあー、本日はお日柄も良く……」
「それじゃ披露宴のスピーチじゃない」

あ、そうかと指摘されてこれまでに感じていた違和感の謎が解けた。どこか違うと思いつつ練習してきたがやっぱり
勘は当たったようだ。

「じゃあ何て言って挨拶すればいいんだよ」
「自分で考えなさい」

赤いワンピースに身を包んだ、いつもよりおめかししたアネットが呆れるように溜息を付いた。
噂では聞いていたが、恋人の父親に会うという行為にこれほど恐怖を覚えるものだとは知らなかった。多少のブランクがあるとはいえ、生存していた頃は俺の父親と親友の間柄だったし俺も全く知らない相手ではない。だから何とかなるだろうとたかをくくっていたのだが……暢気に構えすぎたようだ。当日、しかも直前になって頭の中が真っ白になろうとは。

「……あー、本日は晴天なりー」
「それも違うから」
「……やっぱり帰る」
「玄関の前まで来てそれはないでしょ」

くるりと踵を返そうと身体の向きを180度回転させる俺を慌ててアネットが元に戻した。
俺自身、今日お邪魔すると約束しているくせにこのまま帰るのは失礼だと重々に承知している。けれど、面と向かって
何をどうすればいいのか解らないのだ。俺が暗殺者の世界に身を置いていた事情も知っているという話だが、未来の
義父はどう考えているのだろう。こんな奴に娘はやれん!と門前払いされない事だけをひたすら願う。

「それはそうだけど」
「潔くありのままを伝えたらいいのよ」
「簡単に言うけどなぁ……」
「おや、アネットにグレイ君。そんな所で突っ立ってないで中に入りなさい」
「あ、父さん。ただいま」

……押し問答をしている内に気が付けば退路を塞がれていた。

アネットと二人、二階の客間に通されて仲良く並んで座る。
テーブルを挟んで向かい合うのはアネットの父親だ。こういう時相手を何と表現すべきか正直、戸惑う。『お義父さん』だと「お前の父親になった覚えはない!」と返ってきそうだし、バーンズ議長では職名で堅苦しい。だからといって
アルフレッドさんと声を掛けるのは論外だ。あまりにも馴れ馴れし過ぎる。

これから深刻な会議を開くのではと間違えそうになる程に部屋の空気はぴりぴりとしていた。普段は穏やかな
人柄だが、今は迫り来る敵を論理と威圧感でねじ伏せんとばかりに鬼気迫る表情をこちらに向けている。
正直、この状況が怖くて逃げ出したい。

「グレイ=ギルバード君」
「は、はいっ!」

突然フルネームで呼ばれ、傍目でも解る程に身が竦んだ。
もしかすれば知らぬ間に椅子から尻が浮いていたかもしれない。

「珍しく改まった話があるとの事だが……今日は何の用があるのかい」
「そ、それは……」

大体の予想は付いているだろうに、と腹の中で毒づく。いい人そうに見えて結構人が悪い。
「小さい頃、廊下に飾っていた花瓶を割っていた事ならとっくに許してるよ」
……てっきり糊で綺麗にくっつけていたからばれていないと思っていたのに見破られていたのか。

「いえ、そうではなく……」

隣でアネットが肘で突っついてくる。お前が言いたい事は痛いほど解る。
俺だって早く用事を済ませてすっきりしたいんだ。

「あ、あの……」

バーンズさんの鋭い眼光がさらに険しさを増してこちらに刺さる。
アネットは無言で応援という名のプレッシャーをかけている。
震える拳をもう一方の手で押さえ、口の中に溜まった唾を飲み込む。
目を瞑り、深く息を吸い込んで『あの台詞』を言う覚悟を決めた。

「お嬢さんを……アネットさんを俺にください!」

……い、言えた……やっと言えた……。

その一言をきっかけに全身の緊張が解け、爽やかな開放感が訪れた。室内で窓を背にしているのになぜか目の前には澄み切った青空と鮮やかな草原が広がっている。だから、バーンズさんが「ちょっとの間だけ歯を食いしばってくれるかい」と告げた時もそれが何を意味するのか理解していなかった。
ばちーん、と派手な何か――バーンズさんの掌と俺の頬――がぶつかる音に遅れ、喉の奥から悲鳴に似た叫びが意識する事なく飛び出していた。

「お父さんっ!」
「いいかい、グレイ君。君には言っておかなければならない事がある」

抗議するアネットを手と目で制し、真摯な表情で重々しく続ける。暗殺を家業としていた頃とは違う意味での緊張感が全身を支配する。握りしめている掌に爪が食い込み、じっとりと汗ばんできた。

「家庭を持つという事は家族に対してすべての責任を負うという事なんだ。
君が今受けたその頬以上の痛みや苦しみだって訪れる。その時、幼い頃の時のようにアネットを置いていくのではなく、立ち向かって二人で作る家庭を全力で守る覚悟を持っているのかい」
「……もちろん、です」

淡々と、しかし強さと優しさを兼ね備えた含蓄ある物言いだった。歯を食いしばり、真っ直ぐ視線を受け止めて
正直な答えを返すのが精一杯だった。胸が熱くなり、気を緩めたら決意の重さに負けそうになる。

「これまでアネットに淋しい思いをさせた分、誰よりも幸せにしてみせます」
「……ふつつかな娘ですが……よろしく頼みます」
バーンズさんが妻の葬式でも見せなかった涙を、この日初めて目の当たりにした。

■□■

「あの時のことは今思い出しても怖くなる」

今では優しい義父となっているが、あの時のバーンズさんは本当に恐ろしかった。
 手塩に育てた一人娘を嫁に出すのだから仕方のない話なのだが、まさか殴られるとは考えていなかった。

「本当にああいうのあるんだなって思ったよ」
「父さん、あたしが生まれた時に『嫁にはやらん!』って高らかに宣言したらしいからねー」

真顔で衝撃的な過去を語るアネットにのけぞった。

「今頃淋しがっているんじゃないのか」
「そうねえ。孫欲しがっていたみたいだし。実家に顔出す度に聞かれてうるさいったらありゃしないのよ」
「子供、かあ……」

アネットに似たら元気のいい明るい娘になりそうだ。……料理の腕は期待できないけれど。あ、でも俺が小さい頃から教えて一緒に台所に立つというのも楽しいかもしれない。

ああ見えてアネットは薬学の知識は豊富だから頭脳も明晰な事は確実だ。文武両道の理想型を描いたようないい子になるに違いない。休日には「パパー」と愛らしい声で起こされて食後に散歩に出掛けるなんていうのも楽しそうだ。バーンズさんが嫁に出さないと意思表示した気持ちがよーく理解できる。

男の子だったら俺に似て格好良い美男子に……というのは厚かましすぎるか。わんぱくでいたずらをしてアネットを
驚かすのだろうな。あ……二人でいたずらして一緒に怒られる光景が見えてきた。休みの時はキャッチボールを
するのも憧れるな。昼ご飯持って三人で並んでサンドイッチ食べて日が暮れたら子供を挟み手を繋いで家に帰る光景も微笑ましい。

将来は暗殺者……じゃなくて謀報の仕事……は危険だから探偵といった所が無難だ。ずばずばと難事件を解決して後世に名を残す名探偵に、というのも捨てがたい。子供は正直あまり得意でないが、自分の子供は別だと信じている。男の子でも女の子でも、俺達の子なら絶対に可愛いはずだ。

「アネットの子供に早く会ってみたいな」

繋いでいた手をゆっくり解いてこっそりとスカートの中へと侵入させる。張りのある肌の上を滑らせるやいなや、
布越しに手首を掴まれた。

「……何してるのよ」
「アネットはいらないのか?俺とお前の子」
「それは……いるかいらないか問われれば欲しいけど……」
「なら問題ないじゃねえか」

力が緩んだ隙を見計らって指先を上昇させると今度ははたかれた。

「あるわよ!まだ真っ昼間じゃない!」
「たまにはいいだろこういうのも」
「せめてムードくらいお膳立てしてよ。グレイはいっつもこうなんだから」
「心配しなくても少しずつ盛り上がってくるって」

身を乗り出して、なおも文句を言おうとしているアネットを唇で塞いでそのままソファの背もたれに押さえつける。

「……ん……っ」

隙間から舌を無理矢理ねじ込むけれど歯が邪魔して侵入できない。根気強く続けていると諦めたのか少しだけ
開いてくれた。

それでも怒っているのか、自ら絡んでこないどころか奥の方へと隠すように引っ込めている。仕方がないのでアネットのそれを軽くつつきながら舌先を舐める。そうする内に警戒心が解け、いつものようにお互いの舌を重ねしゃぶりあうようになった。

「……っ!……ん……んっ……」

濃厚なキスに専念したい感情を抑えて刺激を与えないように下着をずらしていく。くすぐったいのか、布が足首に落ちるまで何度か小さく身をよじらせていた。

「……はぁ……もうグレイったらいつも乱暴なんだから」
「しょーがねーだろ。お前を見ているとむらむらするんだから」

俺の顔を一瞥して、やれやれとばかりに溜息を投げ捨てるように吐く。こういう態度ももう慣れっこだ。

「それとも俺とするのは嫌か?」
「嫌なら殴り倒してるわよ」
「それなら問題ないな」

アネットから許可も下りた事だし、これで安心してこれからの行為を実行できる。
一度離れた手をアネットの太股へと戻す。めくれたスカートから隠すには勿体ない程に引き締まった美脚が
現れている。

「あ……っん」

掴めば感じる弾力性と柔らかさ。その枝の根元には今が食べ頃とばかりに熟した果実が露わになっていた。
指先でそっと触れるとたったそれだけで鋭い声をあげる。それを口で拭い、まだ残っている蜜を貪るように舌を這わせる。

「は……ぁ……あぁ……ん……」

何筋かの雫は俺の唇を擦り抜けてスカートへと垂れていく。果汁はとめどとなく溢れ、尽きる事を知らないかのようだ。 しっとりと滲み、湧いてくる泉は俺の中にある欲望の乾きを僅かに癒してくれた。

「あっ……あ、あっ……ん」

舌を割れ目に突っ込んで動かしてみる。体温を感じる熱さが圧迫される舌の上下から伝わって気持ちいい。
 次第に下腹部が辛くなってきたので一旦顔を上げ、自分の分身をズボンと下着から解放する。

「ん……ふぅ……んっ……」

これまでの余韻を感じているのか、それとも満足には程遠いのか。潤んだ瞳で何かを待ち望むようにこちらを見上げていた。高揚した頬に軽いキスを落とすと一瞬、普段は見せてくれないせつない表情へと変わる。その顔に弱くて愛おしいという感情が血流を激しくさせ、衝動的に抱き締めた。

腕の中にある確かな感触。きっとこれが俺の中にある「しあわせ」の具現化したものだ。
今という幸福をより感じるため、抱き抱えてシート部分に横たわらせる。軽い布ずれの音を立てて華奢な身体が沈み、
浮かび上がる。

「あ……」

不安そうに顔を歪め、俺の頭から爪先までを一瞥する。頂点と地面の両者の中間地点にあるそこに視線が戻ると、
軽く身を竦めるように身体を強張らせる。

「大きくて……その……怖いかもしれないけど大丈夫だから、な」

猛り立つ己のものをアネットの入り口へ慎重に差し込んでいく。見えない壁が遮断しているかの如く、挿入を阻み
埋めさせてはくれない。

「う……んっ……グ……レイ……もっ……とや、優しく……」

喘ぐ息に途切れ途切れだが苦痛の声が混じってくる。こっちも辛い目には遭わせたくないのだが、肉厚の抵抗を受けるので思うように先に進まない。

「解ってるって。だから少しは我慢しろ」
「そん……な事言わ……れて……も……あぅん……っ!」
「悪りぃ、痛かったか」
「痛いどころじゃ……ないわよ!」

責めるような口調で文句を言うアネットの目尻にはうっすらと涙が溜まっている。本当に痛いんだと知ると
無理矢理行為を遂行しようという気にはなれない。

好きな相手を苦しめたくないし、傷つけたい訳ではない。一緒に気持ちよくなりたいのにそういう風に事を
運べない自分の乱暴さにいい加減腹が立ってくる。
手を離すと、自分のそれは威勢を失ったように頼りなく映った。

「グレイ……?」

心配そうに顔をこちらに向けて様子を窺う。突然大人しくなった俺に不安を覚えているようだ。

「ごめん。お前を痛がらせてばかりだよな……」
「あたしは大丈夫だから……もっと続けて」
項垂れる俺の腕を掴み、自らの方に引き寄せる。体勢を崩さないように力に身を任せ、アネットの胸の上に体重を
掛けないように重なった。力強く波打つ鼓動は激しく動く胸とリズムを合わせて上下している。
汗ばんだ手が、頬を優しく撫でた。

「グレイのがさつさには慣れているつもりだから」
「悪かったな」
「悪くないわよ。だってあたし……そんなグレイが好きなんだもん」

続きを、と言わんばかりににっこりと慈悲の微笑みを浮かべる。

「アネット……愛してる」

普段は絶対に台詞にしない、素直な言葉はこんな時にしか伝えられない。
あたしも、という言葉が艶やかな息の中で聞こえた、気がした。
少しでも痛みを感じないように、舌先で首筋、鎖骨、その下の辺りといった風に手当たり次第に舐めていった。時折口を窄め、きつく吸い上げ、再び這い回す。その間も下では先程と同じ事に挑戦していた。
今度はアネットも頑張っているのか、あまり辛そうな声は漏らしていない。それでも完全には堪えきれないようで足を
動かして痛みを振り払おうと身体が上下に跳ね、悶えていた。

「ん……んぐ……っ……はぁ……」
「もう少しだ、耐えて……くれ」

その言葉通りに先の方はすでにアネットの中に潜って見えなくなっている。根元から数センチの部分がまだ残っているが、最初と比べると抵抗感は和らいでいる。何度かお互いの動きで身体を動かしているうちにそれはすっぽりと体内へと収まった。

「よく、頑張ったな……」

振動で揺れ、折角綺麗に整えていた髪をぐしゃぐしゃにしたアネットが、恍惚としたまなざしを天井に向けていた。頭に手を乗せると幼い頃の様に無邪気に顔を崩す。

「だって……グレイが一生懸命だったし……気持ちよかったんだもん……」

ああ、これだ。この笑顔が大好きで独り占めにしたいから、アネットと一緒にいたいと願うようになったんだ。ちょっと甘えるような仕草とはにかみながらの上目遣い。懐かしい甘酸っぱい記憶の中のアネットと現実のアネットの輪郭が交差する。多分今の俺の顔は、しまりのない程に緩みきっている事だろう。

「お腹の中に……グレイがいるのを……感じるわ」
「俺もアネットの中にいるのを感じてるよ」

心地よい重圧に、それは間もなく頂点を迎えようとしていた。破裂せんばかりに膨張する動きと同じタイミングで身体が
揺れる。繋がっている感覚をもっと味わっていたかったが、俺も我慢しているとそろそろ苦しい状況になってきた。

「そしてもっと……感じて欲しいんだ」

いいか、と心の中で尋ねる。それを読みとったように首を小さく縦に振る。
 それを合図に、俺の中で熱く煮えたぎったものが弾け、アネットの体内で勢いよく迸った。


「……お腹、空いたね」

それから、何発かの『明るい家族計画』終了後、開口一番に発した言葉がこれだった。

「……ったくこいつは」

久しぶりの行為だったのに、余韻を噛み締める暇もないったらありゃしない。
散々ムードがなんとか…とほざいていたくせにそれをぶち壊してるのはお前もだろと突っ込みたいが、
機嫌を損なうと後が怖いので飲み込んでおく。
夫婦生活を円満に送るコツは大人しく折れる事、という事実を新婚1ヶ月目で悟った。

「元はと言えばグレイが悪いんでしょ。もーっ、こんな時間だからおやつも食べ損なったじゃない」

壁に掛かった時計を見るまでもなく、室内に射し込んでくる光は夕食の時刻を告げる色だった。

「……えっ……?や、やべっ!夕飯がっ!」
「今から作ってくれるんでしょ?」
「む、ムリだ……」
「どうしてよ……?」
「食材が足りない……」

昼食後、買いに行こうと計画していたのにあの『行為』に励んでいたせいで、すっかりと頭の中から吹き飛んでいた。
今から着替えて店に走っても閉店には間に合いそうもない。開いていたとしてもこんな時間じゃ売れ残りの質の悪いものしか残ってなさそうだ。

「えーっ!どうしてくれるのよ!お腹ぺこぺこなのに」

鼓膜を突き破るような叫びに耐え、我ながら馬鹿な事を口走っていると自覚しつつ、思ったまま言葉にしてみる。

「それならもう一度俺を食べるか?」
「食べるかー!」

……返ってきた反応は想像通りのものだった。

 結局。どうなったかというと……

「たまにはこういうのもいいよな」
「そうね。星も綺麗だし」

仲良く手を繋いで食堂に向かっていた。
見上げると、満天の星が煌々と輝いている。金牛宮とかか双児宮とか、この季節に姿を現す星座が天空に浮かんでいるはずだ。

 
息を吐く度に外気に晒された呼気が温度差で白く曇る。凍てつく、とまで表現するのも大げさだが、
冷たい空気の中で握るアネットの手は柔らかくて暖かかった。

空腹でも、寒くても、闇の中でも二人が繋がっているという事実のおかげで穏やかな心境だ。

「いっぱい身体を動かしたからご飯が美味しいでしょうね。特にグレイの奢りだし」

……精神面とは裏腹に、懐具合は穏やかでなくなりそうだ。

「どうしてそうなるんだよ!?」
「グレイの準備と計画不足でこうなったんでしょ。だから責任取って当然よ」
「お前の身体が気持ちいいから同罪だ!」
「そんなの屁理屈でしょ。今月は厳しいからいいじゃない」
「やなこった。せめて半額出せ」

口を開けば喧嘩とまではいかないが、いつも軽口が飛び交っているのが俺達夫婦だ。
時が流れて、子供が産まれてもずっとこんな会話が繰り広げられているという未来が安易に想像つく。
その頃の俺達は、きっと今以上に幸せな生活を送っているに違いない。

目の前にある、この一瞬一瞬のありきたりでささやかだけど他の何にも代える事のできない幸福。
それが――俺達の平穏な日々。

子供が産まれたら、三人でもう一度、輝く光々に満ちたこの夜空を眺めたい――そう祈りつつ、彼方に消えていく
流れ星を見送った。



A.F.G
MASTER:柚稀みかん様



NEO HIMEISM