変わってしまう事は怖い事。 一つが変われば徐々に全てが変わっていくから。 そうしたらきっと、以前の俺は忘れられてしまうんだろう。 それが怖い、とても怖い。 けれど―――― 黒衣の人魚姫:第四話 閑散とした薄暗い森の中、人気は殆どない。 思わず周囲に目を走らせたが、こんな磁場の狂った樹海の奥に好んで住まうものなどいる筈もなく。 それ幸いとばかりに荒くれ者や盗賊紛いの小悪党が横行しているとは聞くに及んではいたものの、 まさか自分がその被害に遭うとは思ってもみなかった。何とか撃退はしたけれど、要りもしないおまけを貰ってしまい 身動きが取れない。 「・・・・・どうしよ、こんなとこ誰もいないだろうし・・・・・」 呟いて自分の足元を見遣れば、熱を持って赤く腫れ上がっていた。 どうやら数刻前、盗賊連中に襲われた際の落馬で捻挫してしまったらしい。なんと情けのない。 立ち上がる事も侭ならず、いつまた別の盗賊やらモンスターに襲われるか分かったものではないというのに 助けを請う事すら出来ずにいる。 「・・・こんな事ならウォレスの言う通り、供の一人でも連れてくればよかったかも・・・・」 性別が変わったからとはいえ、いつまでも何もせずにいるわけにもいかず、人手不足というのも相まって 以前通り特使に復職した俺は復職後の初任務としてランザックへの遣いを賜ったわけだが、先ほども述べた通り、 盗賊に襲われ、その討伐の最中、飛んできた弓矢を避けようとしてバランスを崩し落馬してしまった。 既に遣いは果たした後だったとはいえ、もう大分陽も落ちてきている。いくら暢気だとかマイペースだとか言われている 俺でもそれがどれだけ危険かくらいは分かり、内心焦ってはみているものの、動けない上に周囲に人がいなければ やはり焦ったところでどうにもならない。何度目か分からぬ溜息を落とす。 「ふう、ツェツィーリエ・・・・折角お前がいてくれても俺が乗れなきゃ意味ないな・・・・」 肩を落とした俺を慰めるように、この場にいる唯一の味方である愛馬ツェツィーリエは顔を寄せてくる。 それに額を撫でてやりながら返せば、今度は怪我の辺りに視線を落としてくる。心配、してくれているんだろう。 彼女は俺によく懐いてくれていたから。俺の姿形が変わってもちゃんと俺だと分かってくれる。 少し、自分の身の置き場を失いかけていた俺にとっては有難い存在となってきていた。 「大丈夫だよ、ツェツィーリエ・・・・・大丈夫・・・・」 ズクズクと捻った足首が痛むけれど、人間以上に動物は空気に敏感だから、顔には出さない。 でも、流石にしんどいかも。何だか熱っぽい。頭がくらくらして、吐息が弾む。それはもう、隠しようががないほどに。 いっそ痛いと言ってしまいたい、泣けたらどんなに楽だろう。でも、そんな事したって何にもならない。 でも、そうでもしなければ押し寄せてくる不安に押し潰されてしまいそうで。追い討ちをかけるように陽は完全に沈んだ。 元々暗かった森が更に暗くなる。もう、ツェツィーリエだけでも逃がした方がいいのかもしれない。このままこの場に 留まり続ければ、恐らくまた何かに襲われる。今度襲われれば、俺は多分戦えない。だったら彼女だけでも助かって 欲しい。俺は、女の身になった事を軽く見て人の忠告を聞かなかったから仕方ないけれど、彼女は関係ないから。 そうぼんやりと靄の掛かり始めた頭で考えると、ツェツィーリエの腹をぱしんと叩く。 「お逃げ、ツェツィーリエ・・・」 急な刺激に驚いたツェツィーリエは声高く鳴き声を上げると、混乱したように闇の中へと走っていく。 その背中を瞼の重くなり始めた目で見送ると、途端に押し寄せてくる気だるさ。きっと緊張の糸が途切れたんだろう。 素直に眠りへと引きこまれていく身体。ずるりと背後の巨木に身を預けるようにして俺の意識は沈んだ。 ◆◇◇◆ 「・・・・・・・・・・い」 ひたひたと何かが俺の頬を打つ。一体なんだろうとは思うけれど、なかなか目を開けられない。 ぴくりと瞼を引き攣らせたものの、目を醒ます事が出来ずにいる俺の頬を先程よりも強い力で何かがぶつかってくる。 そのうち、途切れ途切れにだが、声も聞こえてきた。その声が何処か必死な感じがして、より瞼へと力を込める。 そして漸く、目を開けば映りこんでくるのは・・・・・ 「・・・・・い、しっかりしろ!」 滲むように白と紅が視界に広がる。何処かで見覚えのある彩り。 「・・・・・・・・あ・・・・」 そうだ、その色合いはあの人のもの。俺が、運命を歪ませてしまったとも言える、人。 なのにどうしてそんな表情をしてくれるんだろう。そんな、心配そうな目で、必死な声で俺を呼んでくれるんだろう。 「・・・・ど・・・・・・・し・・・て・・・・・」 「!・・・・気がついたか」 ふわりと抱き起こされる。 「こんなところで何をしている・・・・・。若い女の一人歩きは感心せんぞ」 「・・・・・・・・・え?」 「あれはお前の馬か?ならあれに感謝するんだな。俺をここまで引っ張ってきたんだからな」 ひらり、と黒いレザージャケットを翳されれば、確かにその端には立派な歯形が残っている。 どうやら逃げるようにと放したツェツィーリエは俺を心配して人を探しに行ってくれたらしい。そこで連れてきたのが まさか国外追放の刑に処されていた彼とは。その予想だにしないセレクトに思わず笑みすら零れそうになる。 いや、その前に。 「・・・・・な・・・で・・・貴方がここ、に・・・・・・」 「・・・・・何だ俺を知っているのか。ならば、見なかった事にしろその方がお前のためだ」 「どう、して・・・・・」 「・・・・・・?物分りの悪い娘だな。罪人などと関わればろくな事にならんだろう。だからだ」 呆れた風に言いながらも、自らを罪人と称したその人は、どうやら俺がユリア=エルネストだと気づいていないらしい。 まあ、当たり前だ。彼は何も事情を知らないのだから。そうか、だから俺の事を心配してくれたんだ。 今の彼にとって俺は見ず知らずの、何の確執もない人間だ。それならば、優しい彼はこんな森の奥で気を失ってる 人を放っておいたりしないだろう。少し考えれば、分かる事。それを勘違いして、馬鹿みたいだ。 情けなすぎて涙が溢れてきそうになる。必死に堪えたけれど。 「・・・・・・おい、どうした?何処か痛むのか?」 「・・・・・・・・・あ、足・・・・・・・・」 「足?どれ、見せてみろ」 今にも泣きそうな顔を、どうやら傷の痛みによるものだと思ったらしい彼、ライエル卿は気遣わしげな瞳で俺を見下ろし、 そっと繊細に足を両手で持ち上げた。ブーツを下げ、足首に視線を落としたかと思えば、綺麗な柳眉にぴくりと深い皺が 刻まれる。そしてまるで心臓がそこに移ったかのようにズクリズクリと強く脈打ち熱を持ち腫れ上がった皮膚に長く しなやかな指先が触れた。途端に痛みからか、それとも驚きからか身体が跳ねる。 「・・・・・・大分腫れてるな。これでは到底歩けんだろう」 「・・・・大丈夫・・・・・・・・・」 「そんな訳があるか。歩けないからわざわざ馬がこうして助けを求めに来たんだろう。強がりはよせ」 言いながらライエル卿は一つ溜息を吐き、俺を抱えて立ち上がった。それも軽々と。更に付け加えるならこれは いわゆる姫抱きという抱え方。本物の女の子なら嬉しいらしいけれど、心は男の侭の俺としては非常に恥ずかしい。 故に降ろしてもらおうとするがあっさりと拒否された。 「怪我人は大人しくしてろ」 「・・・・・でも・・・・・・・・」 「口答えするな。大体これだけ腫れてれば身体も熱が上がってだるいだろう」 「・・・・・・・そんな・・・迷惑掛けたくない・・・・」 「迷惑だなどと思ってない。それにお前を助ける気になったのはお前が知人に似ていたからだ。だから気にするな」 「知人・・・・・誰・・・・・?」 聞き返せば、ライエル卿の表情は微かに歪む。こんなに突っ込んだ事を聞けるのは、今の俺が彼にとって ユリア=エルネストではないからだろう。ただの見ず知らずの少女に映っているから聞けるんだ。だったら、今はそれに 甘えてしまおうと思う。全くの別人だと思われてるのなら、聞きたかった事を聞いてしまおうと。 そんな考えの下にジッと真上の怜悧な容貌を上目で見上げれば、気まずそうに紅い瞳は逸らされた。 「・・・・・やめろ、その顔・・・・アイツとよく似た顔で俺を見るな」 「ど・・・して・・・その人の事、嫌いなの・・・・?」 声が、思わず震えそうになった。恐らく彼の言うアイツとは俺の・・・女になる前のユリア=エルネストの事だろうから。 顔も見たくないほど嫌われてしまっているのだろうか。それでも、仕方ないとは思う。俺は、彼の大事な人を死に導く 選択を迫ってしまったから。あの時、もっと早くゼノスの存在に気づいていれば、リシャールだって助かったかもしれないのに。 それなのに、俺は自分よりも更に年下の彼に生か死か、最も残酷な選択を迫ってしまった。それは俺の罪。 例え、その選択を最後にしたのがリシャール本人だったとしても。それは消えない罪。どんな事をしても償いきれない。 だから、嫌われても、憎まれても何ら不思議な事はない筈なのに。こんなにも泣きそうなのは何故だろう。 どうも女の身になってから、涙腺が脆くなってきているような気がする。女々しい気持ちが込み上げて溢れる。 こんなの、俺らしくない。そう、思うのに・・・・。 「・・・・・な、何を泣いている!?やめろ俺は本当に・・・・」 「・・・あ、ごめ・・・泣くつもりなんてなか・・・・」 「な、泣くな、その顔で泣かれると困る!」 「・・・・・・・・・・・・・・・・?」 「・・・・・アイツが泣いてるようで・・・どうしていいか分からなくなる」 片手で俺を抱えて、もう片手で顔を隠しながら告げられた言葉は、本当に困惑しているかのような響きだったので その意外さに瞳から勝手にぼろぼろ流れてくる涙も止まる。 「・・・・・・・?その人の事、嫌いなんじゃ、ないの?」 「は?その人とはアイツの事か?嫌いなわけがないだろう・・・っと、何を話しているんだ俺は・・・。 お前も変な事ばかり聞いてくるんじゃない。何だ熱で気でも動転しているのか?」 「・・・・・えへへ、そうかも・・・・・」 嫌いなわけがない、と直接『俺』に向けて言ってくれたわけではいないけれど、それでも嬉しくなって笑ってしまう。 てっきり恨まれていると思ってたから。もしも、彼が俺の事を別人だと思ってくれてなければ、絶対に怖くて聞く事が 出来なかった、彼の本音。そう思うと女の子になってよかったのかもしれない。男のままだったらずっと何も聞けずに 勘違いしたままだったろうから。 「・・・・・今度は何を笑ってるんだ、お前・・・・・・ん?そういえばお前の名は何だ」 「・・・・・・・・・・え?」 「人に色々聞いてくれたんだ、そのくらい答える義理はあるだろう」 「・・・・・・いやその・・・・・・・・・・」 「・・・・そういえば先ほどから思っていたが、お前のその顔・・・他人の空似にしてはアイツに似すぎているな」 「え・・・・とそのアイツって誰の事だか・・・・」 「ユリア=エルネスト。世が光の救世主と呼んでいる男だが」 「男・・・の人なら俺・・・いや私とは別人でしょう。だって私は・・・・・」 女ですから、と繋げる前に低音の声音が被さる。 「それだけではない。俺を小屋から引っ張ってきたその馬にも見覚えがある。アイツの愛馬だ。名は確か・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「ツェツィーリエ」 お腹に力を込めて紡がれた名にツェツィーリエは呼ばれたと思ったのか、元気よくヒヒーンと鳴いた。 それを横目でちらりと見たライエル卿は直ぐさま俺へと視線を移してくる。そして言い逃れは許さないとでも言うかのように 緋色の瞳で責め立ててきた。だらだらと背筋を冷や汗が伝っているのが分かる。 「・・・・・動物は正直なものだ」 「・・・・・・・あ・・・うぅ・・・・」 「まさか俺を謀るつもりではあるまいな?」 「えっと、あの、それはその・・・・・」 「ユリア」 躊躇った様子もなく呼びつけられれば、びくりと肩が震えた。もう、誤魔かしようがない。だから。 「・・・・・ごめんなさい」 すぐに名乗らなかった事、そして別人で通そうとした事を素直に謝れば、痛いほどに見つめてきた紅い視線はゆるりと 優しいものへと変わった。 「・・・・・何の音沙汰もないから死んだものかと思っていたぞ」 「・・・う、ごめ・・・・なさ・・・・・」 「まさか女になっているとはな。それに乗じて俺を騙そうとしたな?」 「だ、だって・・・・・」 「もういい、言ったろう。俺はお前のそういう顔を見るのは苦手なんだ。事情はその怪我を手当てしてから聞かせてもらおう」 はあ、と少し軽めの溜息を吐くとライエル卿は俺をツェツィーリエの背へと乗せる。それからその後ろに軽々と自らも跨った。 馬腹を蹴って馬首を返させる。 「町医者に診せた方が良さそうだが・・・・俺のところの方が近いな」 「えっと、あの・・・・ライエル卿?」 「・・・・・俺はもう爵位は持っていない」 「えっと・・・・じゃあその・・・・・ライエル・・・・さん・・・・?」 呼べばギロリと怖い顔で睨まれた。 「随分と余所余所しい態度を取るようになったなお前は」 「・・・・・でも、じゃあ何て呼べばいいんだ・・・・」 「お前は友人を呼ぶ時にどうする」 「どうって・・・・名前で呼ぶ・・・けど・・・・?」 「なら、そうすればいい」 「え、それって・・・・・?」 答えを聞く前に危惧していたモンスターと遭遇する。 そんなに多い数でも、強い敵でもないけれど、今の俺には少し荷が重いかもしれない。 痛みで集中出来ず、魔法を唱えられそうになかった。どうしようかと思っていれば、腰に腕が伸ばされ、そのまま強い力で 引き寄せられたかと思えば、半ば背後の・・・えーと名前で呼べって言ってたからアーネストに抱きかかえられる形になり、 勢いよく振り返れば、ぱしんと俺の長く伸びた髪が当たったらしく、軽く眉を顰められた。 「・・・・急に振り返るな。それからあんな雑魚相手にするつもりはない。振り切るからしっかり捕まってろ」 「・・・・・・・・え、振り切るって・・・・ひゃぁぁっ」 「口を開くな、舌を噛むぞ」 言って、滅多に俺以外の者の言う事を聞かないツェツィーリエを巧みに手綱を繰り、本当にモンスターを相手にする事なく、 周囲に密集する木々に阻まれる事もなく、物凄い速さで走らせる。改めてこの人は本当にバーンシュタインの騎士の頂点に 立つ人だったんだな、などと当然の事を思う。 「あ、あのアーネスト、もう敵もいないし・・・・離して」 何となく、腰に回された腕が恥ずかしくなって頼めば、アーネストは少し首を傾いで。 「まだ飛ばす。落ちるかもしれんからもう暫し我慢しろ」 「い、いいよ。そんなに急がなくても大丈夫・・・・」 「嘘をつけ、先ほどより息が荒くなってるし、熱も上がってるだろう」 「ほ、本当に大丈夫だからー!!」 本格的に恥ずかしくなってきて顔が真っ赤なのを自覚しつつも大声で叫んだけれど、やはりあっさりと断られる。 結局、アーネストが今住まっていると言う樹海の奥の小屋に着くまで、俺は離してもらえなかった。 ◆◇◇◆ 「なるほど、パワーストーンの影響で、か。相変わらず運がいいのか悪いのか分からん奴だな」 「・・・・・・・アーネスト、はあんまり驚かないんだな」 まだ言い馴れなくてぎこちなくなった呼び名にアーネストは溜息を吐いたが、特に何も言い返す事はなく、 手当ての際に使った救急箱を片しながら、ふと思いついたように問うた。 「そういえば、お前は何故あんなところにいたんだ?」 「え、ああ・・・ちょっとランザックへの遣いがあって・・・・」 「で、何で怪我したんだ?」 「・・・・・いや、その・・・ちょっと賊に襲われて・・・その途中で情けない事に落馬しちゃって・・・・」 多分、怒られるだろうなと思いつつ、小さな声で告げればやはりアーネストの顔色はあまり芳しくない。 目を合わせたら殺されるんではないだろうか、などとそんな恐れさえ抱いてしまうほどキツい眼差しを向けられているのが 俯いていながらに分かった。 「・・・・落馬、か」 「あ・・・・うん、女になったとはいえ、騎士のくせに馬から落ちるなんて情けないのは承知済み・・・・」 「馬鹿者」 言い切る前にアーネストに額を指で弾かれる。いわゆるデコピンだ。多少は加減してくれたんだろうがそれでも物凄く痛い。 半分涙目になりながら恨みがましい視線を注げば、今度はむにと頬を摘まれる。 「あーひぇふと、いひゃい・・・・」 「騎士だ何だはどうでもいい。そんな事より何故護衛の一人も付けなかった! 落馬までして・・・下手すれば怪我だけでは済まなかったんだぞ!」 「あぅ、それは今回の事ですっごく反省しました・・・・」 「本当だな?」 「はい、本当です・・・・・」 身体中を縮込ませながら十二分に反省した声で告げれば、またアーネストは深々と溜息を吐いた後、 まるで仕方ないなとでも言うかのように口元に笑みを刻んでからぽんぽんと頭を撫でてくれた。 「・・・・お前は中身は全く変わってないな」 「そうかな」 「変わってない。相変わらず無防備で詰めが甘い」 「うぅ・・・散々な言われ様だな・・・」 「事実だ。そんなでは、心配で仕方なくなる」 妙に感慨深く呟いたかと思えば、アーネストは一度部屋の奥の方へと足を運び、何かを取ってくると俺に向けて 放ってきた。中空できらりと光ったそれを俺は落とさぬよう、慌てて受け取り手のひらの上に広げてみる。 蒼く菱形に象られた綺麗な石に銀のチェーンが繋がっているそれは、何処かで見覚えがあった。 「・・・・・・これ、プロミスペンダント・・・?」 一年前、ルイセに女の子の間で流行っているからと強請られたものとそっくり同じものが自分の手の上にある。 どういう事だろうとアーネストを見遣れば苦く笑われて。 「オスカーが昔ふざけて寄越してきたものだ。お前にやろう」 「え・・・そんな、いいよ・・・・」 「遠慮するな。俺の願いは叶っている。もう必要のないものだ」 「でもオスカーがくれたんだろう?」 「ふざけて、と言ったろう?俺をおちょくるためにわざわざ渡してきたんだ、奴は」 「おちょくるって・・・?」 「・・・・・男でそれを持ってる奴なんていないからな。浮いて仕方なかった」 色々妙な噂話を立てられたりしたな、と本当に何処か忌々しげに呟きながらも俺の手のひらでころんと寝ている それに指を当てた。 「・・・・これにどんな願いをかけるかどうかはお前に任す、が」 「・・・・・・・・・何?」 「知っているだろう?これに願いをかける時は誓いを立て、それを実現させねばならないという事を」 「うん。ジュリアもこれにインペリアルナイトになるって誓い立ててたから」 「・・・・まあ、それはそれとして。ここに自分を大事にすると誓いを立てろ。本当に反省しているというのなら、な」 ニッと返された強気な笑みには彼なりの仕置き、が見て取れた。 つまりこれに誓いを立てる事で反省している証を見せてみろと言っているわけだ。何と言うかアーネストらしい。 思わず口元が綻びそうになるのを何とか堪えながら、言われるままに誓いを立てる。 「分かった、今度からはもう少し自分を大事にする」 「少し、では足りんなお前の場合は」 「どういう意味だ」 「お前は人より何処か抜けているからな。もっと大事にしてもらわねば」 「それ、貶されてるような気がするんだけど・・・・」 「不満そうだな。なら、俺もそれに誓いを立ててやろうか?」 「・・・・・・へ?」 試すような口調に間の抜けた返事を返してしまった。そんな俺を笑ってからアーネストは神妙な顔で続ける。 「もし、再びお前が俺の前に現れた時は、無条件でお前の力になってやろう」 「・・・・・・・・・・・え・・・・・」 「・・・・心配だからな。ただそれだけだ。深い意味はない」 「そ、そっか・・・・有難う・・・・」 一瞬、アーネストの言葉にドクリと心臓が高鳴った気がした。何でかは分からないけど。 ゆっくりと優しく手のひらに握らされたプロミスペンダントを丁寧に服のポケットにしまえばアーネストはくるりと踵を返す。 何かと思って目で追っていれば、いつの間にか薬湯を用意していてくれたらしくそれを渡された。 「それを飲んでもう休め。今日はもう遅いから明日送ってやる」 「え・・・・そんな事してくれなくても・・・・」 「男でもこの森の一人歩きは危ない。まして怪我をしている上に今は女だ。尚更一人には出来ん」 「でも、迷惑掛けてばっかりだし・・・・」 「だから、迷惑じゃないと言ってるだろう。むしろそうさせてくれねば逆に迷惑だ、心配で」 切実な声音と、俺を休ませるために額へと伸ばされた大きな手にほっと身体中の力が抜けたのが分かった。 そしてまた心臓がトクリと大きな音を奏でる。熱のせいだけでなく、何だか身体が熱い、気がした。 ベッドに沈められた頭を僅かに動かして脇に立つアーネストを見上げれば、それは確信に変わる。 ふわりと微笑まれれば尚の事。 「お休み、ユリア」 「・・・・・お休み、アーネスト」 「いい夢を・・・・」 最後に落とされた呟きを鼓膜が拾うと、熱の上がってきた身体は再び眠りの淵へと引き込まれていく。 その合間にも額に熱を冷ますための濡れタオルが宛がわれたのを肌が感じ取る。本当に優しい人。 俺が男だろうが女だろうが変わらぬ態度で接してくれる。どんなに酷い事をしても、柔らかく受け止めてくれる人。 女の子になって初めてそれを知る事が出来た。だから、女の子になれてよかったのかもしれない。 男のままだったらきっと気づかなかったから。それともう一つ。女の子になれてよかったのかもしれない理由がある。 彼には絶対に言えないけれど。でも、彼にもらったプロミスペンダントには願っておこうか。 『俺を好きになって』 それはきっと、女の子だけに許される願い。 目が覚めた時には忘れてなくてはならない、泡となって消えた人魚姫のような。 淡い淡い、泡沫の夢のような、願い――― 願いを掛けられた蒼い石は、薄暗いポケットの中でキラリと輝いていた。 to be continude・・・ 各自反応編。アー主バージョンですか。 もう一つオス主バージョンも用意しようかと思います。 アー主バージョンだともう普通にユリアはアーネストに恋している事に なってますね。ちなみにアーネストは前々からユリアが好きなので 態度が変わらないのでした。それにしても長い。ユリアが復職した辺りの事は オス主バージョンにて補足説明を入れてく感じで(適当だな) Back |