「・・・・・ありえない!!」

光の救世主がパーティに加わり、浮かれていたのも束の間。
バーンシュタイン、ローランディアの二国による混成部隊のリーダーたるウェインは睨めっこしていた
帳簿を投げ捨て盛大に叫んでいた。



光の救世主伝説




「ありえないって何がだい?」

城内の一室で癇癪を起こしていたウェインの声が届いたらしく、耳に心地よい美声が疑問符を乗せる。
ヒステリックにちゃぶ台返しのポーズを決めていたウェインは数秒恥のあまり、そのまま固まっていたが、
やがて脳内に血が巡り始めたのか慌てて姿勢を正す。

「か、カーマインさん!聞こえてしまいましたか・・・・」
「ああ、参入したばかりだし改めて挨拶しようと思って来てたから・・・・ばっちり」

にっこり。艶やかに微笑む美青年。男だというのにバックに薔薇の花が飛んで見える。しかも全く違和感がない。
自分には決して真似出来ないなと妙なところでまたカーマインさんって凄いなどと関心しながらウェインは
その憧れの人の疑問にどう答えようか迷った。出来ればこんな間抜けな事、寄りにもよって憧れの人に
知られたくはない。が、しかし彼にも関係のない事ではないので仕方なくウェインは腹をくくり口を開く。

「・・・・実は、ないんです」
「何が?」
「お金がないんです・・・・!」

まるで化けて出て来た怨霊か何かのような低音で告げられた内容にカーマインは目を瞠った。
バーンシュタインとローランディアが手を組み、これからだという時にそんな事を言われれば何と言うか出鼻を
挫かれた気分になる。ずるりと腕に辛うじて引っかかっているという感じの紅のジャケットが細い腕から
ずり落ち、それを着ている当人の手により直される。

「お金がないって・・・さっき軍資金を貰ったばかりじゃないか」
「そうなんですけど、五千エルムぽっちじゃ二人分の防具を買ったらもうすっからかんになってしまいます!」

見て下さいよこれと言って差し出されたノートのようなものを受け取るとカーマインはそれにざっと目を通す。
ところどころ日記のようになっているが、どちらかといえばこれは・・・・家計簿だ。しかも書いた本人の言う通り
火の車の嵐。軍資金が入る度に即行でそれが消えてしまっている。主に装備品と食費に。

「・・・・装備品にお金が掛かるのは分かるが・・・食費掛かりすぎじゃないか?」
「カーマインさんはまだご存じないでしょうが・・・・奴らの食欲は凄まじいんですよ。しかもシャロに至っては
お嬢様なもんだから高い飯ばっか食べたがるし!お金は幾らあっても足りません!!」

とか言うウェインも細く見えて育ち盛りのせいか、ゼノスと同じくらいよく食べる。というのは棚のニ、三段上に上げといて
光の救世主に救いを求めた。どうかおれたちもお救い下さいと。それが通じたのかカーマインはやはり微笑んで。

「まあ、お金が足りないって言うのは俺も経験があるよ」
「え!?カーマインさんが!?」
「俺の初めての旅資金、まさかの七十五エルムだったし」

いやー、あの時は本気でどうしようかと思ったと颯爽と微笑みながら言ってみせるカーマインの背後にウェインは
後光を見た。まさか自分たち以上にギリギリの旅をしていたとは、どう見ても良家のお坊ちゃん的な気品の
漂うカーマインからは想像も出来なかったからだ。いや、それ以前に。

「よく旅出来ましたね・・・っていうかよくそれで世界救いましたよね」
「うーん・・・途中からは闘技場とかで稼いでたからなあ」
「うちはもう闘技場の参加費すら払えない状態なんですが・・・・・」
「そうだね。このままじゃ部隊を維持するのも難しいかもしれない」

家計簿をなぞる細い指先。どこもかしこも赤字だらけ。この惨状に更にカーマインが加わったらこの部隊は一体
どうなってしまうのか。間違いなく予算不足で崩壊の一途を辿る事だろう。

「どうしましょう、このままでは本当にパーティ解散も避けられない事態かと!」
「そこをほら、何とかするのがリーダーの仕事だろう」
「そんな事言ったってぇぇぇぇ!装備品が整わなきゃ闘技場行っても無駄死にするに決まってますし!
食費切り詰めたらいざという時腹減って戦えないですよぉぉぉぉっ!!」

なんと言うかあまりにも切実な訴え。そして状況は四面楚歌。何処かに打開策はないのか。
縋るような眼差しを一心に受けてカーマインは戸惑う。

「エリオットに追加資金頼んでみたらどうだ?」
「それこそ無理ですよ!おれにはカーマインさんみたいに国王陛下とフランクに会話なんて出来ませんし!
それに追加資金を申し込むって事は『お前の見積もりじゃ甘いんだよ、このお坊ちゃまが!』と同義です!!」
「君、そんな事思ってたの?」
「え!?いやいやいや、そうじゃなくって、え、カーマインさんおれの事嵌めようとしてます?」

全力で首を振るウェイン。もしそんな事思ってたなんて知られれば、即首を撥ねておしまい!だ。
それだけの権力が相手にはある。第一追加資金が認められたとしてもそれを理由に一生弱味として
使われそうな気がしてならない。何せエリオット王の現在の教育係りはあのオスカー=リーヴス。
彼の手にかかればどんな純真無垢な人間も一週間でブラックデビュー間違いなしと実しやかに囁かれている人物。
それくらいの事、あのピュアな笑みを浮かべてさらっとやってくれそうだというのはきっと過言ではない。

「絶対、陛下には内緒ですよ!勿論リーヴス卿にも!おれの未来が灰色どころか真っ黒になっちゃいます」
「そう?まあ、追加資金が見込めないとなると・・・益々危ないんじゃないか?」
「ああ〜どうしよう。そうだ、カーマインさんお金持ってますよね」
「ウェイン、返せる見込みのないお金は借りちゃ駄目だよ、身を滅ぼすから」
「うっ!それを言われると・・・・」

正式に騎士として認められたとはいえ、現在の月給では金を借りたところで返せる当てがない。
むしろそんな当てがあるなら初めから金を借りようなんて思わないだろう。

「うう・・・カーマインさんは優しいようで厳しいです」
「そうかな。すぐにお金を貸すようじゃ絶対仲良くはなれないと思うんだけどなぁ」
「まあ、そうかもしれませんね。おれもマックスとお金の貸し借りはした事ないですし・・・って、
そうじゃないですよ!お金が貸せないならせめてこの状況を乗り切る案を下さいーーー!」
「うーん・・・確かにこのまま崩壊されても困るからな・・・少しは協力しようか」

甘やかすのは良くないが、背に腹は変えられない。何か策でもあるのかカーマインは意味ありげに
口元を歪めた。儚い相貌なのに意外と不敵、と思える強気な笑みもその綺麗な面には映えている。
長い前髪を鬱陶しげに払いながら、言う。

「お金が増やせないなら、減らさなきゃいいんだ」
「はあ?」

そんな事出来たらとっくにやっとるわー!と叫びたいのを懸命に堪えはしたが、かなり強い勢いで
「何言ってんだお前」的な返しをしてしまいウェインは内心で冷や汗をかいた。しかし、当のカーマインは
どうも気にした様子がない。丁寧に言い含める調子で続ける。

「軍資金・・・装備品を買う予定ではあるけど、まだ使ってはいないんだろう?」
「ええ・・・はい。でも買わないとうちのパーティ、攻撃力はあっても防御力低い連中ばっかりなんで」
「じゃあ・・・・二つじゃ不満なら・・・三つ、いや四つは買えるようにしてあげよう」
「え?!本当ですか!一体どうやって!!」

鼻息荒く問うてくるウェインをどうどうと沈め、カーマインは口元に人差し指を当てて軽くウインクする。
普通の男がやれば気障だとか気持ち悪いなんて言われそうな仕種もカーマインがやると何故か自然な感じが
してしまうのが不思議だ。

「それは行ってみてのお楽しみ・・・という事で」
「え、行くってどこに・・・?」
「防具、欲しいんだろう?だったら先ずは武器屋に行ってみよう」

言うが早いか部屋から出て外に行こうとするカーマインの後をウェインは慌ててついていった。
一体この救世主はどうやって五千エルムぽっちで四つの防具を手に入れようとしているのかと
期待と不安を抱きながら―――



◆◇◇◆



一応、仲間たちに少し出かける旨を伝えてから、バーンシュタイン王都一を誇る値段とそれに見合った高機能な
装備品を扱っている武器屋に足を運んだカーマインとウェイン。そこでウェインはいっそ神業とも言える
奇跡の光景を目の当たりにした。

「いらっしゃいませーv」

愛想良く挨拶してきた所謂看板娘と思しき女性店員につかつかと歩み寄ったかと思えば、彼の光の救世主殿は
不自然なまでに香気と艶を纏い、商品の前でこれ見よがしに溜息。顎に手を添え、伏目がちに取られたその
所作は誰が見ても色っぽいと表現するだろう。吐く吐息なんて桃色に色づいてそうだ。うっすらと開かれた
柔らかで紅をさしたような美しい唇がまた目を引く。それだけでも女性ならもうとっくにノックアウトさせてしまうところ
だろうが、美人のラッシュはまだ止まらない。ちらと一瞬違え色の眼差しを店員へと移し、また溜息。
当然の如く、店員は興味を示しカウンターから席を立つとカーマインの傍まで寄ってくる。既に彼女の頬は
ほんのり色づいている。それを知ってか知らずか声を掛けてきた店員にカーマインは向き直り。

「素敵なお店ですね。いい素材を使っている。それにこのフォルム、とても素晴しいです」

先ずは褒める。元々輝いている瞳を更に数倍以上輝かせ、ばっちりと視線を合わせたまま。
艶かしい声で絡めとるように獲物を捉える。相手の緊張が手に取るように伝わってきた。それもその筈。
絶世の美形に意味深げにじっと見つめられればどんなに強靭な精神をしている乙女だとしてもその鉄壁の
防御は音もなく粉砕させられている事だろう。悲鳴を上げたりしないだけ、この店の店員は凄いなと感じるほどに
カーマイン曰くの値引き交渉は壮絶な代物だった。

「・・・・これだけ頑丈で見目のよい装備品があれば旅も安心して出来るのに・・・・」

とても残念そうな囁き、表情。蟲惑的なまでに展示されているサンプルの甲冑やガードスーツを撫でる。
その動きを見れば大抵の女性は私もそんな風に触ってー!なんて願望を抱いてしまうだろう。
妖しい指先のしなやかさを目で追いつつ店員の女性はカーマインの言葉に引き寄せられる。

「でも・・・・残念ながら予算がないんです・・・・・」

しゅんと項垂れ、心底悔やむ口調。極上の餌に目前の獲物は確実に食いついてくる。

「あ、あの・・・もし宜しければ値引きなど致しますが?」
「・・・・・・・・え?」

信じられない事を聞いた、みたいな表情をするカーマイン。あくまでみたいな表情であってきっと本人には
予想出来ていた科白なのだろう。実に流麗で且つ無駄のない動きで以って女性の手を取り、上体を屈めて
甘えるような上目遣い。長い睫毛がふるふると震え、きりっとした細い眉は僅かに垂れ、どうにも庇護欲を
煽られる。そんな顔で。

「本当に・・・いいんですか?」

なんて問われたら勿論。

「はい!もう、是非!値引きさせて頂きますぅぅぅ!」

即答だった。しかも目がハートになっている。いつの時代の少女漫画だ!思わず突っ込みかけるウェイン。
だがしかし、ここで耐えねば値引きがなかった事にして下さいという事になりかねない。故に黙すウェイン。
人生って八割方我慢が肝心だったりするのだ。無難に生きていくのならば。

と、黄昏ている傍観者を余所にカーマインは最後の決め手にかかる。今の今まで匂い立つような色気を
醸し出していたというのに子供のように無邪気に微笑んで。

「有難う」

妙に可愛らしく言う。それを見てこれ漫画だったら絶対バックに薔薇とキラキラが描きこまれている上、
トーン処理とか丁寧そう、などと段々マニアックな感想を抱き始めたウェイン。カーマインに手を握られた上に
間近で微笑まれた女性店員はもう身体中の骨を抜かれでもしたのかと心配になってしまうほどぐにゃりと
蕩けてしまっている。恐るべし、カーマイン=フォルスマイヤー!何が恐ろしいって、当初の目論見通り
五千エルムで四つの装備品を購入した上に、更に。

「あの、これうちで扱っている最高の装備品なんです。是非使って下さい!」

GL2本編に於いて最後の最後にならねば買えないはずのスプリガンガードまでただで手に入れてしまった。
しかも無骨な装備品だというのに店員のお姉さんはこれはもうここまで行くといっそアートだと思わず
見惚れてしまうくらい華麗な包装と飾り付けに専念しだしてしまった。

「わあ、綺麗ですね」

自分の方がよっぽど綺麗な顔をしてカーマイン。細かいところまで抜け目ない。それはちょっとやりすぎだろと
誰もが思うほど熱烈に店先までお見送りしてくれるお姉さんに愛想良く最後まで手を振って店を出る。
パタンと扉が閉まり外に出ると、後に付いてきたウェインへ向き直り一言。

「上手くいったな」

爽やかな笑みがいっそ清々しいならぬ空恐ろしい。そしてそれまでの妙に余裕のある態度、手馴れた様子から
いって過去に何度もこの手を使っているに違いなかった。それは即ちカーマイン自身が自分の容姿が如何に
武器となるかを知っているという事だ。

「・・・・・・カーマインさん・・・一年前の旅でもまさか・・・?」

闘技場で稼いだとは言ってはいたが。あそこまで手馴れていると疑わしい。
別に決して疚しい事をしているわけでもないし、法に触れるわけでもないのだが、カーマインがあれをやると
ある意味春を売っているような気がしてしまうのだ。全く、そんな事していないのに、何故か。
そんなウェインの何とも言い難い視線を受ける本人は困った風に視線を流して。

「ウェインが思っているほど何度も使っている手じゃない。
相手は商売人だ、実益を損ねる事を基本的にはしないものだからな」
「はあ、そうですか・・・・おれにはとてもじゃないですが出来なそうです・・・」

まず、カーマインのようにずば抜けた美人ではない上、色気も全くない。上目遣いに誰かを見上げたって
おどおどして見えるだけだ。同じ事をしたってきっと相手にされない、そう思いウェインは改めて自分と隣りに
立つ救世主との造りの違いを実感した。

「別にこれが良法と言うわけじゃない。真似なんてする必要はないと思うよ?
それにまたどうしても必要になったら俺が協力するから・・・・そう気にするな」
「はい。多分・・・カーマインさんが思ってる以上に頼らせて頂くと思いますけど」

にこっと笑って言うウェインにカーマインも笑い返す。冗談半分、本気半分の言葉だったのだろう。
そう軽く受け止めていたカーマインだったが、僅か数日後また出番が訪れるとはこの時は思っても見なかった。



◆◇◇◆



「ありえない!」

数日前に聞いた科白がまた目の前で繰り返されてカーマインは目を瞠った。日数的にいえばあれから一週間後の事。
どうしても用事があるという彼に引っ張られ国王直属部隊が迷いの森に足を運ぶと、その奥の奥には一人の青年が
古ぼけた山小屋の中にひっそりと住まっていて。おまけに何処からどう見ても見覚えのあるその人物。
ウェインの顔を見るなり不機嫌そうに顔を歪め、話もろくに取り合わず、そんな彼に焦れたウェインがどれだけ軽く
あしらわれても食い下がったのだが・・・・。

『お前のような青二才に剣が死んでいるなど言われるのは不愉快だ、帰れ』

そう言い残し、さっさと青年は小屋の中に戻っていってしまった。対するウェインは絶望に打ちひしがれる。
地べたに手と足を着き、深く項垂れ。

「何でなんだ・・・攻略本(←?)に載ってる通り、関連イベントは全て発生させ選択肢では『食い下がる』を
選んだのに何故・・・・何故次のイベントに移行しないんだ・・・!ありえない、ありえないだろう・・・・!」
「ウェイン・・・つかぬ事を聞くけど・・・・攻略本って何だい?」
「知らないんですか、カーマインさん。攻略本とは人生を失敗しない方法が全て書かれた魔法の本です」

プレイヤーからすればそんなものだろう、攻略本。ちなみに意図的に失敗する方法も書かれているのも攻略本。
まさに魔法の書物。私も基本的にいつもお世話になっております。

「どうするんだ、今更ウォーマーとか入ってこられてもがっかりイリュージョンだよ・・・!」
「いや、ウォーマーって誰・・・?」

攻略本の存在を知らない人間にとってはウェインの言っている事が全く理解出来ない。よもや、憧れの人間に
きっぱりすっぱり仲間になる事を断られておかしくなったんじゃないかと囁く声すら聞こえてくる始末。
が、しかし。顔立ちは可愛らしくてもその精神までもが可愛らしいわけではないウェインはある事に思い立ち、
心配そうに自分を取り囲むパーティメンバーの中からとある人物を探し、物凄い勢いで肩を掴むと・・・。

「カーマインさん!例の奴、お願いします!!」
「はい?」
「もう、ここはカーマインさんにお願いするしか!この間のアレを是非ライエル卿にも!!」

この間のアレと言われて漸くウェインの言わんとする事が分かったカーマインだが、さてアレはライエルに
通じるだろうか。首を傾げる。一年前の戦いに於いてもアーネスト=ライエルという男は最後の最後まで
頑なに説得に応じなかった。そんな相手にさて値引き交渉という名の色仕掛けは通じるのか?しかも女性なら
ともかく同性、幾らなんでも限りなく無理に近い気がする。しかしまた協力すると言ってしまった記憶があるため、
早々に断るわけにも行かず、カーマインは歯切れ悪く応えを返す。

「・・・・・そんなに言うならやってみるけど・・・・あまり期待はしないでくれよ?」
「信じてます!!」
「・・・・ウェインって実はあんまり人の話聞いてないよね」

握り拳で後押しされて苦笑するカーマイン。その他のメンバーは不思議そうに妙な遣り取りをする二人を
見ていた。その間もウェインの物凄く期待の篭った視線を受け、カーマインは仕方なしに家主の戻って行った
小屋のドアをノックする。二度三度と繰り返しても中々相手が出てこない。それでも気長にノックし続けていると
痺れを切らしたのか、中の住人がそんなにきつく眉間にしわ寄せたら間に何か挟めそうと感じるくらいに
怒った表情で出て来た。

「いい加減にしつこいぞ!もう諦めろ・・・・って・・・・?!!」

そこに立っているのがウェインだと思っていたアーネストは、自分の予想とは違いカーマインがいた事に面食らう。
綺麗な異彩の瞳が大声に驚いたのかぱちぱちと瞬く。それを見て一気にばつが悪そうにアーネストは顔を背ける。
カーマインに対して怒ろうなんて思っていなかったのだから、当然だろう。気まずい沈黙がその場に流れる。
が、居た堪れなくなってアーネストの方が口を開く。

「あ・・・その、お前だと思っていなくて・・・大きな声を出してすまない。驚かせたか・・・?」
「いや・・・・まあ、少しは驚いたけど。ちょっといいかな?」
「・・・・・・・どうせウェインにでも頼まれたのだろう?幾らお前から言われても俺は行かんぞ」

相変わらず頑なだなと内心で思いながら、カーマインは一応大事な仲間に頼まれた事は全力で解決して
やりたいと、自分の顔とそれから声という武器を使って目の前の難攻不落な青年の氷のような心をどうにか
動かそうと努力してみる。先ずは得意の上目遣いで軽くジャブ。

「・・・・・・・・・ッ」

反応があった。女性に比べれば微々たる変化だが、アーネストの眉間から皺が薄れ、目が瞠られる。
それを目敏く認めたカーマインは更にじっと上目遣いのまま長身の男を黙って見つめ続けた。視線では決して
触れる事など出来ないはずなのに、攻撃を受けている気分になってくる。害のないはずのものが痛い。
目を逸らせば、視線。かといって正面を向くと何処か切なげな瞳があり、アーネストはどうしていいか分からなくなる。

男相手に何を動揺しているのか。心中で自分を叱責してみても、長い睫毛の瞬きを自然と追ってしまい、何か
言いたげにうっすらと開かれている形の良い唇が意識から外そうとしても気になって仕方ない。
カーマイン=フォルスマイヤーという男ほど魔性という言葉が似合う者はいないだろう。言葉などに頼らずとも
その持ち前の美貌だけで大きく人の心を揺さぶる。それがどんなに頑なな心であっても。

「・・・・・ライエル、お願い」

普段だったら頼むと言うだろう台詞を意図的に可愛らしい言葉に置き換えると、言われた相手は当然妙な気分に
なってくる。目に見えないはずの色気というものに本当に色が付いて見え、気のせいでなければいい匂いまで
してきて、アーネストは本格的に困った。この俺とした事が、男相手に誘惑されている・・・・!と自分自身に
驚いている隙に、カーマインの顔は更に近づいてきて。目と鼻の先に綺麗な顔。

「!!?」
「・・・・・ダメ?」

凛とした声に甘えが篭る。ことりと首を傾がれ、黒髪が動きに沿って流れていく。
色気だけならまだ躱せる、忍耐出来る。だがしかし、そこに更に可愛らしさを上乗せさせられてしまうと
男というものはどうも弱い。大分心が揺らぐ。何度も頷きかけて、いや堪えろあと少しの辛抱だ!と自己を
励ましてみても最後の最後で頭を引き寄せられ、耳元にそっと。

「君が必要なんだ」

熱っぽく囁かれては鉄壁のガードも崩される。以前の女性店員同様、全身の骨を抜かれたように
ふにゃふにゃと力なく崩れていく肢体を何とか受け止めてカーマインは背後で様子を窺っていたウェインに
片手を挙げて見せた。瞬間、何故か戦闘勝利時のあのやたら大きいSEとミッションコンプリートの文字が
画面上に広がる。カーマインに至っては花吹雪のようなものが飛び出してやはりあのやたら煩い音。
レベルアップまでしていた。何のレベルかといえばステータス欄に載ってないようなステータスだ。

「流石ですね、カーマインさん」
「それは・・・・どうも」
「・・・・可愛い」
「いや、それは嬉しくない」

支えているつもりがいつの間にかアーネストにホールドされながらカーマインはウェインからの賛辞に微妙な
顔つきで更に間近の声にはげんなりと応え、幾ら仲間のためでもちょっと頑張りすぎたかもしれない。段々と抱き
締めてくる腕の強さが強くなっていくのを感じながらカーマインは後悔した。

「お前のためなら幾らでも力を貸そう・・・!」
「・・・・・・あ、有難う。それはいいんだけど・・・そろそろ離してくれないか?」
「何故だ?」
「何故って・・・痛いから。あ、ちょ・・・本当に痛い・・・・ゃ」
「可愛い!」
「いたたたた、だから離せってぇぇぇ!!」

こうして光の救世主殿の活躍は仲間内で伝説となっていった。曰く、その類稀なる美しい容姿で
一生付き纏われる代わりに元ナイツという有能な下僕を手に入れた、と。



fin?


本当はもっと馬鹿な感じだったのですが、少し修正してみました。
GL2って国王直属で且つパーティメンバー多いのにお金全然くれないなあと
思っていたのをそのままネタにしてみました。あんまり自分を綺麗と自覚してる
カーマインが活かせなかったのが残念(コノヤロウ)


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