ある日の風景




痒みというのは、時には痛み以上に集中力を鈍らせるものらしい。
気にせぬようにしようとすればするほど、視線はそこに向けて自然と動く。
・・・・とは言っても、その痒い場所が耳では自分で見ることは出来ないが。

―――どうしたものか。

簡単な話、耳掻きでケアすればいいのだろうが、仕事の手を止めてまですることか?と思うと
首を捻らざるを得ない。結果、違和感を感じながらも書類に目を通す。一枚一枚読み落としのないようにと
気を付けながら。しかし、やはり気になってしまう。こうして考えるくらいならばいっそすっきりさせてしまった方が
いいのではないだろうかと思い始めた頃、ノックの音が届いた。

「・・・・、誰だ」

普通に考えて、自分よりも立場が上の者が自分の部屋を直接訪ねて来ることはない。
陛下が稀に兵の目を盗んでいらっしゃることもこともあるにはあるが、その際はノックのすぐ後に一言声が掛かる。
そうではないということは、陛下以外の者――敬語の必要のない相手ということになるので少々不躾かもしれないが
端的に返事を返す。すると冷涼な声が告げる。

「ああ、俺だ」

自分に負けじと短い言葉ではあったが、それだけで誰だか分かる。分かったからこそ、慌ててドアを開けた。
別段短気な相手ではない。むしろ気は長い方だろう。それでもほんの僅かな間も待たせたくはなく、開けた隙間から
伺える綺麗な容貌にじっと魅入る。

「久しいな、ライエル」
「ああ・・・」

ライエル、と呼ばれて一瞬苦味を感じた。意図してのものではないと分かってはいるが、他の面子をファーストネームで
呼んでいるのを目の当たりにしている分、何とも言えない気分にはなる。

「・・・・・・・」
「ん、どうした?」

隠したつもりが、様子がおかしいことにすぐ気づかれ、口元に浮かんだ苦笑が深みを増す。見ていないようで、
よく見ていると言うか・・・他人に関することにはこの目の前の麗しい青年は鋭い。自分自身には興味がないのか
鈍いくせに。そのギャップに振り回されているのは恐らく俺だけではないだろう。

さて、何と言ったものかと悩んでいると漆黒の髪を揺らして小首を傾ぐ彼の姿が目の端に映る。
もう少し、本当にもう少しだけでいいから自分の姿が周りにどう映っているのか自覚くらいはして欲しい。
分かってやっているのならとんだ策士だ。だがそうではないのがせめてもの救いというべきか、逆に性質が悪いというべきか。
判断に困るものだ。取りあえず言えるのは目に毒だということ。

「・・・カーマイン」
「何だ?」
「言いたいことは山ほどあるが・・・、取りあえず分かりやすいところから言う」
「うん?」

何時までも廊下に立たせているのも悪いと、話しながらも突然の珍客を室内に招き入れる。漆黒の騎士服を身に纏って
いるところからして、私用で城まで来たわけではないだろう。一番考えられる顛末としては、仕事のついでに顔を出した、
というところか。何にせよ、例えついでだろうが何だろうが彼に会えるだけで嬉しいので、そのことには特に触れない。
椅子を勧めて、ストックしてあるアイスティーをグラスに注いで差し出すと、続きを待っているらしい異彩の瞳が目に入る。

「・・・何度も言っているが、何時になったらアーネストと呼んでくれるんだ」
「ああ。悪気はないんだが・・・どうしてもライエルの方が呼びやすいというか、身体に馴染んでいるというか」
「・・・それはつまり呼びやすければファーストネームで呼ぶということか」

いっそ改名してやろうかと内心でぼやくものの、相手が酷く真剣に悩むものだから口には出せない。
いや、口に出したところで親から貰った名前に何てことを言うんだと怒られるのが火を見るよりも明らかだろう。
真面目というか良心的というか彼という存在を一言で・・・否、言葉で言い表すのは難しい。だからこそ、好きなのかも
しれない。人と違うからではなく、分からないから――知りたいと思うからこそ、きっと自分は彼のことが好きなのだろう。

そして好きだからこそ、会えただけでも嬉しい。好きだからこそ、名前で呼ばれたい。好きだからこそ、何か一つでも多く
彼のことを知りたい――そう思う。まあ、思っていても彼は自分のことはあまり話さないし、愚痴を零すタイプでもない。
だからといって無理強いして聞いても意味はないだろう。言いたくないことを無理に言わせることは拷問と変わらない。
ただ弱音を吐きたくなったその時に聞いてやれる、彼にとって自分はそんな相手でありたい。

などと、やや脱線した内情に思いを馳せているとカーマインが小さく口の中で何事かを数度転がしている。
一体何を言っているのか。声として発露されないそれを微かに動く唇の動きを読んで探ると、気配を感じたのか
その唇は引き結ばれ。こちらの顔色を伺うと彼は改めて唇を動かす。

「アーネスト」
「・・・な、に・・・?」

とっさに返事をしかけて、目を剥いた。

「・・・カーマイン、今何と・・・」
「アーネストと・・・呼んだらお前は嬉しいのか?」
「それは・・・勿論。そういうお前は俺にフォルスマイヤーと呼ばれて嬉しいか?」

自分の歯がゆい気持ちを少しでも理解してもらおうと言い返した内容にカーマインは暫し考え。

「・・・呼ばれたことがないから、新鮮ではある・・・かな」
「――そういうことではない」
「ではどういうことだ」
「・・・そう呼ばれて、親しみを感じるのかと訊いている」

呆れ混じりに吐息を漏らすと不思議そうにしていた顔が何処かああ、と納得したようなそれになる。
次いで、再び声もなく彼は恐らく先ほどと同じ言葉を口内で転がした。慣れぬ感覚に、慣れようと練習しているようにも
見えるその行動。やはり、根は真面目だ。時折、眉間が違和感を訴えて皺寄るものの、カーマインは途中で
投げ出す真似はしない。瞳を伏せて呟く様は、酷く誠実でありながら、同時に危うい色香が漂う。守りたいのに
壊してしまいたいとも思わせる――人の愚かしさを誘い出す石榴の花のような――不思議な引力を感じずにはいられない。

「アーネスト」
「ん・・・?」

漸く慣れてきたのか、僅かに強い口調でカーマインはファーストネームを呼んだ。いつの間にか開かれた金銀妖瞳は
真摯な色を帯び、自分を見ている。ややあって、カーマインは。

「一つ、言っておく。俺は別に今まで名で呼ばなかったからといってお前のことを厭うていたわけでもないし、
他の皆と比べて軽んじていたわけでも、避けていたわけでもない。ただ・・・自分が許せなかっただけだ」
「・・・お前は色々と考えすぎなんだ」

これは想像でしかないが、きっと彼は未だに自分を許せないでいるのだろう。それでも、自分を許せないからと
我を通すよりも俺の気持ちを優先させて、これまで渋っていたファーストネーム呼びに踏み切った、と。
相変わらずな一面に苦笑するほかない。今まで付き合ってきて、何となく分かってきたのは彼が普段あまり多くを
語らないのは人の気持ちを考えすぎるせいだ。俺のようにただ単に口下手だからというわけではなく。
幼少時に他人から投げかけられた悪辣な言葉のせいで、彼はそれに篭る責任の重さを誰よりも知りすぎているのだ。

傷つけてしまうくらいなら、飲み込んでしまえと。酷く愚かで賢く、優しくて臆病な選択。

――何よりも愛おしい・・・。

「カーマイン」
「何だ?」
「・・・お前は笑うかもしれないが、
俺は恐らくお前のことをあまりよく分かっていないかもしれない。
けれど、お前が思うよりはずっと・・・俺はお前のことを分かっているつもりだ」

よく吟味しなければ、何を言っているかも理解出来なそうな言葉にカーマインは軽く瞳を瞬かせ、しかし彼はとても
聡明だから俺の言わんとすることが分かったらしく小さく頷いて。

「アーネスト、俺はお前が思っている以上に・・・自分を理解されていると思っている」

言って初めて、安堵したような笑みを彼は浮かべた。その綺麗な顔に惜しげもなく。勘違いをさせる気かと思わず
怒鳴りつけたくなるほど無防備に。

「ッ、カーマイン」
「ん?」
「・・・・・いや、何でもない」

その、警戒心のなさはどうにかならないものかと注意したくなったが、どうせ言ったところで大して反映されないだろう。
よって口を噤んだ。下手なことを言って逆に警戒されてしまうのも頂けないというのもあったが・・・。
そんな思惑を知らない彼は誤魔化されて却って気になったのか訝しむ視線を浴びせてくる。

「・・・・カーマイン?」
「さっき、何て言おうとした?」
「だから何でもないと・・・・」
「アーネスト?」

堪えきれずに問うと、即座に返ってくる質しの言葉。だから、余計なことには鋭いというんだ。その十分の一でいいから
自分に向けられる感情にも聡くあって欲しい。どう話を逸らそうかと考えて不意に今まで忘れていた耳の痒みが蘇る。

「・・・ッ」
「アーネスト・・・?」
「いや、さっきから耳が痒くてな」
「なんだ、そんなことか」

渋った言葉の意味を、捉え違えて・・・カーマインは一人で納得している。助かったと思うものの。込み上げてきた痒みに
眉を顰めているとカーマインは服のポケットを漁り出す。何をしているのかと一部始終を見守っていれば、彼は小さな
小物入れを取り出し、その中身を改める。指の隙間から覗いたその中身はハンカチや爪切りに櫛や鏡と身だしなみを
整えるものが多い。その中で細い棒状のものを手に取ると顔を上げた。

「カーマイン?」

何なのだろうと首を傾ぐと彼は気にした風もなく俺に向かって手招きする。彼の意図が分からなかったが、
無視するわけにもいかず立ち上がって身を乗り出すがそれでも招く手は止まらなかったので、テーブルを挟んで
向かいに座る彼の方へと回り込むと、自分を招いていたその細い指先が今度は彼の脇にあるスペースを叩く。
そこに座れということだろう。別に逆らう理由もないので言われるままに彼の隣に腰掛ける。

目が合うと、彼の手はソファの上から移動し自身の膝を叩いて見せて。

「なっ・・・」
「耳が痒いんだろう。俺がやってやる」
「え、いやその・・・お前が?」
「・・・?耳掻きは人にやってもらった方が気持ちよくないか?」

何か変かと言わんばかりの言い様に口を挟むこちらの方がおかしいのかと錯覚してしまう。
いやいや、嬉しいのは至極当然。嫌なわけがない。だがしかし、戸惑いはするだろう。家族やら付き合ってる
相手ならばともかく。今現在、悲しいことに親友止まりの間柄であるというのに、耳掻き。おかしくないかと
自分に問いかけてみるものの、この千載一遇のチャンスを棒に振る気かと叱咤が返ってくるばかりで。
噛み合わない自問自答。どうかしたのかと言葉なく尋ねてくる色違いの瞳。

―――結局、自分が取った行動は。

「・・・・すまんが・・・頼む」
「ああ、ほら横になれ」

何かおかしいと思いはするものの、この美味しい状況から身を引くことはどうしても出来ず。伸ばされた細い指先に
導かれるままに、頭は彼の膝の上へと落ちていく。傍目から見るときっと妙な構図に違いない。などと半ばどうでもいい
思考を続けていると、側頭部が男のものにしてはしなやかで柔らかな感触を持つ膝、というよりは腿に触れる。
布越しでもややひんやりとした感触は、妙に熱を持っているよりもむしろ心地良いもので。触れている頬に熱が篭る。
心臓がありえないくらい早く鼓動を刻んでいる―気がして滅多にしない緊張に身を強張らせているとカーマインは
小さく笑い、未だに頭に掛かっている指先で宥めるように髪を梳いてくれる。

「何だ、人にやってもらうのは初めてか?」
「・・・いや、そういうわけでは・・・」
「・・・・・・・・・」

見上げた顔が、妙に安らいでいて呆気に取られる。彼は常に凛としていて、親しい間柄でもあまり笑みを見せない。
それはまるで気を許すということを知らないようで。ずっと気になっていた。

「カーマイン・・・」
「ん・・・?」
「いや・・・その・・・・・」

何時までも、頭を撫でている手を視界に映すと、カーマインははっと我に返ったのか一瞬手を止め。

「ああ・・・悪い、触り心地が良くてつい」
「は?」
「アーネストの・・・髪、硬質そうに見えて結構柔らかくてサラサラしてるから、」

触り心地が良いと、毛並みの良い犬でも撫でているような表情。俺は犬じゃないと言いたくもあったが、触れられて
いる分には嬉しくて黙って目を伏せる。そういえば膝枕なんて幼少時に母にしてもらって以来だ。そのせいか
目を閉じていると母胎の内にいる胎児の絶対的な安堵にも似た感覚がする。

優しい唄を聴いている時のように、次第に力の抜けていく身体をカーマインは労わりながらも少しだけ動かして
ずり落ちないように固定すると、自分の上体を屈めて言う。

「じゃあ、痛かったら言ってくれ」
「ん・・・ああ」

最早、職務中であることも忘れてされるがままになる。耳に入ってくる異物は慣れたように滑らかに奥へと入り込んで。
円を描きながら側面を擦られ、漸く一心地つく。集中力を乱す痒みがゆっくりと解消されて、満足げな吐息が自然と零れる。
確かに人にしてもらう方が気持ちいい、のだろうが・・・自分の場合はきっと彼だからこそ、ここまで無防備な状態になれるの
だろうと思う。他の人間相手にこんな、警戒心の欠片もないような態度は取れない。城内には自分を歓迎してくれている
人間ばかりではないことを知っている。中には疎ましく思っている者、また裏切るのではないかと疑う者、妬む者、憎む者、
色々といるのは知っている。それでも、ここで生きると決めたからには、逃げ出すわけには行かない。

いつしか、その覚悟が自分の中で重荷になっていることには薄々気づいていた。
気づいていたからこそ、ほんの僅かな人間以外に対し、警戒心を解くことは出来ず。そんな日々を続けていれば
当然どんな人間だろうと疲弊する。その疲弊が、彼の手に掛かればいとも容易く癒されていくのだから不思議だ。
緩やかに、けれど物足りないとは思わせぬ絶妙な力加減で内を擦られて、幼い子供のように安堵しきる。
母に守られている子供はこんなに贅沢な心地良さの中で日々を過ごしているのかと思うと苦笑が零れた。

「・・・・・・・・・」

奥までケアをされていく内耳と、下で支える柔らかな弾力があまりにも心地良くて、次第にうつらうつらと瞼が
下がっていく。カーマインからの言葉がないせいかもしれないが、起きていなくてはと思っていても眠気は去らず。
数十秒と持たずに意識は遠退いていった。

「・・・・ト、・・・おい・・・てるのか・・・」

カーマインが何事か話しているが、何と言っているのかが分からない。数度呼びかけられてけれど俺が寝てると
判断したのか彼はやがて諦めたように吐息を吐き。

「・・・しょうがないな」

何処か呆れというよりも、甘やかさを残す声が最後に届いた。


◇◆◆◇


目が覚めると、眠りに落ちる前と同じ景観が目の前に広がっている。
それは即ち、自分の体勢が変わらないことを示し・・・

「!」
「あ、起きた」

慌てて身を反転させると真上には綺麗な顔、頭の下には柔らかな腿。つまり膝枕されたまま寝ていたということで。
今更な気がしたが急に恥ずかしくなって頬に熱が込み上げてくるのが分かる。

「・・・疲れてたのか?よく眠ってたけど」
「あ、ああ・・・そのようだ・・・というか、」
「ん?」
「すまん、退かしてくれて構わなかったんだが・・・」

起き上がりながらの言葉に、カーマインは苦笑で迎える。

「そういうわけにもいかないだろう。ま、少し痺れはしたが・・・」
「わ、悪かった。何処だ、この辺か・・・?」
「んっ!」

痺れていると聞いて、患部と思しき場所に手を伸ばすと痛みを感じたのか、細い肢体はびくりと跳ねる。

「な、何だいきなりっ」
「いや、痺れは血行不順から来るものだ。
多少痛んでもマッサージをしておいた方がいい」

言って、手を動かすと腑に落ちなそうに眉を寄せるものの、カーマインは大人しくしていた。
別に下心があるわけでもなく、本当に真面目にそうした方がいいと思ってのことだったのだが、間が悪いことに。

「アーネストー、カーマイン来て・・・ああああああ!」
「「!!」」

相変わらずノックの意味がない開け方で入ってきたオスカーが奇声を上げたせいで二人して驚く。
一体何なのかと訝しむ瞳で見返してやれば、奴の視線は下方へ下がり。

「何してるの君ぃ!?」
「マッサージ?」

あまりにも素っ頓狂な物の言いようだったために、反応が遅れると代わりにカーマインが疑問を浮かべたまま答える。
その答えを聞いて改めて自分の今の様子を省みてみれば、マッサージのために手は彼の腿を言うなれば鷲掴みに
しているようなもので。不自然な体勢ではある。まるで今から圧し掛かろうとしているかのような・・・。

「・・・ッ!」

そこで漸く自分がオスカーの目にどう映っているかを知る。しかも拙いことに動かした手は内腿の上の方で
見ようによっては下穿きを脱がしに掛かっているようにも映っているかもしれない。まだ何を言われたわけでもないが
誤解だと弁明しようとした瞬間、どす黒いオーラを放つ人付き合いのカテゴリー的には親友に属するはずの男と目が合い。

殺られる・・・!と思った俺はきっと間違っていない。明らかに奴の目には殺意が篭っている。殺気に対して人一倍
敏感であると自負しているために自信がある。どうしたものかと逃げるタイミングを失っているといつの間にか
オスカーはすぐ傍まで来ていた。

「マッサージ、ね。何で急にマッサージなんか?」
「耳掻きしててアーネストが寝てしまったからな。足が痺れたんだ」
「へえ、耳掻きしてて足が痺れたの。ってことは膝枕でもしてたのかな?」

いっそ優しげな誘導尋問に根が素直なカーマインはこくりと頷く。というか言うなぁぁーー!説明するなぁぁぁ!と
心中で叫んでも、嘘の吐けないカーマインも可愛いなとか思ってる時点でもう色々取り返しが付かない気がする。
それはともかく。全てを聞いて拳を震わすとオスカーは、

「者共ぉ、出合えぇぇ!抜け駆け者がいるぞぉぉぉぉっ!」
「お、おいっ!」
「抜け駆け?」

法螺笛でも吹かんばかりに呼びかけると、思わずお前ら仮にも国の誉れだろう?!と苦言を呈したくなるほど
素早く現れたジュリアとウェイン、それに何故かその背後にいるこの国の最高権力者の姿に頭痛がした。

「ライエル貴様、抜け駆けとはどういうことだ!というかマイ=ロードお久しぶりです!」
「ああ、久しぶりジュリア。人を指差すのはあまり良くないと思うぞ」
「申し訳ありません、マイ=ロード!おいライエル、マイ=ロードに何をした!」
「・・・・どちらかに出来んのかお前は・・・」

俺に対して怒りをぶつけつつも、最愛のカーマインに愛想を払う同僚に半ば感心する。これで膝枕してもらった上に
耳掻きまでしてもらったとか言ったらどうなるのかという興味があったりもするが、きっと俺が心配せずとも・・・

「それが聞いてくれるかい、ジュリア。この白髪君はなんとカーマインに膝枕で耳掻きしてもらったらしいよ」
「なぁぁにぃぃっ、ふざけてるのか貴様ぁぁぁっ、うらやましい・・・!!」
「ジュリア先輩、心の声が漏れてます」

ジュリアの後ろで小さくウェインが制する・・・ものの、その琥珀の瞳は明らかに俺を責めている。そういう奴らだ。
一瞬でも助け舟を信じた俺が馬鹿だった。

「ずるいですよ、いつもいつもライエルさんばっかり!」
「そうですよ、僕には玉座から動くなとか言っておいて自分は幸せ満喫ですか!」
「全くだね。大体図々しいんだよ。恋人でもないのに耳掻きなんてしてもらっちゃって」

そうだそうだと、オスカーの言葉に他の三人も声を揃える。確かに、確かに付き合ってもいないのにどうだろうとは
思ったが、俺がしてくれと言ったわけではない。そう反論したくとも、却って心証を悪くするだけだろう。
黙っていると、空気を察したわけではないだろうがカーマインはぽつりと。

「・・・・何だ、皆そんなに耳が痒いのか?」
「「「「「は?」」」」」

今まで何を聞いていたのか、随分とずれた言葉に一瞬で騒ぎ立てていた面々が固まる。

「・・・?耳掻き、して欲しいんじゃないのか?」

俺への糾弾は耳に入っていないのか、敢えて除外しているのかそう訊いたカーマインに対し、四人は大きく頷くと
我先にと俺を押し退けカーマインに詰め寄る。

「お、おい・・・そんな一辺に来られても・・・並んで」
「何だお前たち、レディーファーストという言葉を知らんのか?!」
「そういうことはレディーが言ってくれないかい、ジュリア」
「何だと!私は、何処をどう見ても女だろうが!」
「何処をどう見てもがさつにしか見えないんですが、ミス・ジュリア?」
「リーヴス、貴様ぁぁぁぁ!男らしさの欠片もない顔をしているくせにぃぃぃぃ!!」

付き合いの長さのせいか、争い出すジュリアとオスカーを尻目に、若輩の二人がその隙に年下に弱い
カーマインに懐く。それをあやしながらも当のカーマインはといえば。すっと此方を見遣ると軽く目線だけで今のうちに
逃げろとでもいうかのように合図する。

「!」

本当に、鈍いのか鋭いのかよく分からない奴だ。けれど、せっかくの気遣いを棒に振るわけにも行かず。
四人が争いあっているうちにそっと部屋から抜け出す。どうせ室内にいても暫く仕事にならない。後でツケが
回ってくるのは重々分かっていたが、カーマインの優しさを無駄にはしたくなくて、ただ逃げた。
背後の方で俺がいないと喚く声が聞こえたが、恐らく彼が何とかしてくれるだろう。

そっと、抜け道を使いながら彼の腿に触れていた左頬に触れる。まだ微かに温もりが残っている気がした。
優しい優しい感触が。それをこれから奴らも知るのかと思うと心中穏やかではないが、そういうところもまた彼らしい。
隠しきれない気持ちの綻びが、笑みとして口元に刻まれる。

取りあえず、ほとぼりが冷めたらあらゆる意味で彼に礼を言わねば。それにどうせ仕事にならないなら
手土産の一つでも用意しようと、上機嫌のまま城外へと抜け出した。


そんなどうでもいいようで大切な、ある日の風景。




fin


膝枕で耳掻きしてあげるカーマインとそれを見て悔しがる大人気ないIKというリクエストだったのですが、一体誰が
耳掻きしてもらうのか指定がなかったのでアニーにしてみました。まだ付き合っていませんが、きっとアニーが一歩リード
してるといいますか最終的にカーマインが誰の味方をするかと冷静に考えるとアーネストの味方をするんだろうな、という
結論に至ったのでこんなんなりました。アー主前提気味のナイツ主のジュリアは基本的にはしたなくなりますorz
ゲーム本編ではあんなに可愛かったのに・・・!絶望的に料理ベタだけど・・・・!(愛)

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