夢でもいいから、逢いたいと願う。 嘘か真か 貫徹四日目。目が、霞む。 書類にちゃんと目を通せているかどうかも怪しい。 それでも手を止めれば、きっともう俺は眠ってしまうと思う。 だから、無理にでも書類を手に取り、内容を読み漁り、必要とあればサインと印を。 単調な作業。実はこういうのが一番疲労を呼ぶのだと、今はもう既にすやすや寝ているだろう 同僚に分かるだろうか。むしろ俺が貫徹しているのは奴のせいだ。 毎回、気がついたら俺に奴の書類が送られてくる。馬鹿正直にやらなくてもいいんじゃないかと このナイツのデスクワーク事情を知る者は口を揃えるのだが、そうもいかない理由があり。 前に一度、頭に来てオスカーの書類を片さず送り返したが、奴はそれらに一切手をつけなかった。 つまり、俺に寄越した分は何があっても自分じゃやらないというわけだ。締め切りを過ぎても 提出されずに放置された書類に文官がこぞって筆頭である俺に泣きついてきて・・・・。 今思い出すのもおぞましい。片付けられなかった書類は俺が全て片さなければならず、期限を 過ぎた書類のせいで業務の滞ったあらゆる部署や商人、各国の文官に頭を下げて回った。 そのおかげで今じゃすっかりトラウマもいいところで。あんな目に遭うくらいならば、徹夜続きの方が 幾らかマシだと黙々と奴が寄越してきた書類を片付けている。 「・・・・・・・・ふ、あ」 それにしても、流石に四日も貫徹する程の書類が溜まっているなんて久しぶりだ。 思わず欠伸も出る。気のせいか耳鳴りもしてきた。そういえば頭も重い気がする。今日中に片がつかねば 倒れてしまいそうだな、などと他人事のように思想に耽ってしまう。何か考えていなければこのまま 眠ってしまいそうだから、というのもあるが。 ボキ 力加減が効かなくなってきたのか、万年筆の先が折れる。その際、インクが机上に散った。 まずい、と急いで机を拭くものを探す為、立ち上がれば、グラリと視界が歪む。ついでとばかりに 足元もふらつく。椅子の背に掴まって、何とかやり過ごそうとするが失敗。椅子ごと倒れた。 唯一の救いは椅子が自分の上に落ちた事。おかげで派手な音を立てずに済んだ。昼間なら ともかく今は深夜といってもいい時間帯だ。ここで大きな音を立てようものなら、多くの者を起こして しまうだろうし、最悪敵襲か何かと勘違いされる可能性も否めない。自分のこんな姿を見られるのは 正直御免だ。椅子を退かし、何とか起き上がろうとするが、再び歪む視界。これは眩暈か。 流石に四日不眠は身体の限界らしい。起き上がろうとしてもすぐに沈む身体。・・・・・・・・眠い。 「・・・・・・何してるんだ?」 床に這い蹲ったまま、ボーっと天井を眺めていれば頭上から降ってくる誰かの声。訂正、聞き間違える 筈がない。この声は彼だ。思って即座に否定する。今は深夜。いる筈がない。だからこれはきっと幻聴。 そうとう不味い事になってるなと思えば、もう一度声が落ちてきた。 「具合悪いのか?」 「・・・・・・・眠いだけだ」 しまった。相当キているのか幻聴と会話している。むしろ寝てるんじゃないか俺? 「そんなところで寝てたら風邪引くぞ、アーネスト」 「・・・・・・・・・・・起き上がれない」 「ええ!?大丈夫なのか??」 驚いたような声。驚きたいのは俺だ。幻聴と素で話している。オスカーにでも見られたら鬱だとか 痴呆だとか喚きたてそうだな。ああ、眠い。だが幻聴とはいえ彼の声は耳に心地いい。出来れば もっと聞いていたい。もし夢ならばもう暫し醒めないで欲しいものだ。 「・・・・・うわ、熱あるじゃないか」 「・・・・・・・・・・・・・・カーマイン?」 ぼんやり、視界に黒い影が映る。ひょっとして幻覚まで見てるのか? それにしては額に触れる手の温度がやけにリアルだ。冷たい。声の通り本当に熱があるらしい。 ひんやりした感触にほうと息を吐く。 「待ってろ、今ベッドに運ぶから」 「・・・・・・ベッドより、お前がいい」 「え・・・・うわっ」 脇下に手を入れ、引き上げてくれようとする幻覚か、本物か定かではないカーマインの身体を 抱きしめる。むしろ自分の上に乗っからせている。服越しでも冷たくて、熱で火照った身体には、 非常に心地いい。 「ちょ、アーネスト!離せ」 「・・・・・・お前はひんやりしてて気持ち良い」 「氷嚢か、俺は・・・・!!」 ばたばた足掻く細い肢体。何だか夢や幻覚ではない気がしてきた。それ以前に夢で触覚というのは 感じられただろうか。段々意識が混濁してくる。そんな勿体無い。例え夢や幻覚であっても彼を感じられる という事は俺にとって何よりも至福だというのに。 「・・・・・・夢でもいいから醒めるな」 「・・・・・・何がだ」 「ずっと・・・・・・いろ・・・・・・・・」 「え、ちょっとアーネスト!?ね、寝るなって」 声が遠のいていく。残念だ。視界は真っ暗になり、どこかに落ちていくような感覚。より深い眠りに 入ったんだろうか。もっと彼の夢を見ていたかったんだがな・・・・・・・。 ◆◇◆◇◆ 「アーネスト」 白んだ世界で名を呼ばれる。 返事をしなくてはと瞼を押し上げてみれば、真上にあるのは異彩の瞳。 正直、驚いた。そしてまた夢の続きだろうかと思う。それにしては窓の外が明るい。 心なしか鳥の鳴き声もする。状況がよく分からず、横たわっているらしい身体を起こそうとするが また、眩暈。ぐらつく身体をカーマインが支えてくれる。どうやら夢ではないらしい。 「・・・・・・もう、少しは身体を労わった方がいいぞ」 「・・・・・・・・俺は、倒れたのか?」 「そうそう。眠い、とか言ってたけどれっきとした過労、だよ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!書類!!」 「・・・・・大丈夫。オスカーが『流石に病人にまで仕事させるほど鬼畜じゃないよ』って言ってたから」 「オスカーが?」 元々、俺が倒れたのは奴のせいだと言うのはこの際置いておいた方がいいのだろうか。いや、それよりも。 「お前・・・・昨日もいなかったか?」 「いたよ。こっちでの仕事が済んで君の部屋で待ってたんだけど、戻ってこないから執務室に来てみた」 そしたら君が倒れてるからびっくりしたよ、と言いつつカーマインはショリショリとどこに持っていたのか、 フルーツナイフでりんごの皮を剥いている。男とは思えぬ慣れた手つき。何をやらせても器用だなと 何の気なしに思う。 「ほら、リンゴ。口開けて?」 「・・・・・自分で食べれる」 フォークに刺したリンゴを口の前に持ってこられて、少し戸惑う。 「ちゃんと起き上がれないくらいなんだから、遠慮するな」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 そう言われてしまうと確かにそうだ。仕方なく口を開ければ、リンゴを放り込まれる。 甘酸っぱい味が広がり、満足げなカーマインと目が合う。 「・・・・・・・・無理しちゃダメだぞ?」 「・・・・・・・・・・ああ」 「昨日だってベッドに運ぶの大変だったんだからな」 「・・・・・・悪い」 「・・・・・・・・・本物がいるのに、夢でもいいなんて寂しい事言うなよ?」 「・・・・・・・何?」 「人の事抱きしめておいて、『夢でもいいから醒めるな』なんて、失礼だと思わないか?」 「・・・・・・・夢じゃなかったのか」 「そうだよ。大体さっき昨日もいたって言ったじゃないか。人の話聞いてるのか?」 「まだ少し、ぼんやりしてるらしい」 「・・・・・じゃあ、しっかり休んで。俺はずっと・・・・いるから」 両手を包まれて、優しい笑みで紡がれた言葉に思わず笑みが零れる。 夢でもいい。それは嘘じゃない。しかし、それよりも本物の方がずっとずっといいものだ。 「カーマイン、一つ頼みがあるのだが」 「・・・・・・・・?何だ」 「病人の戯言と取ってくれてもいいが・・・・・・見舞いをくれないか?」 「・・・・・・・?リンゴじゃダメだったか?」 「・・・・・・それよりこれがいい」 言って、近くにある顔の、唇へと手を伸ばしそっと撫でる。キスが欲しい。そう言えたならいいが、 流石にそれは照れるので遠まわしに告げる。カーマインは少し困ったように首を傾げてから。 「これも夢じゃないからな?」 言ってふわりと優しく唇が重なる。すぐに去っていくのが名残惜しかったが、それでもいい。 夢よりもずっと暖かで、綺麗で、優しくて。それだけで、満足だ。 「・・・・早く良くなれ」 「見舞いをもっとたくさんくれれば、な」 「・・・・・・・・充分元気じゃないか」 病人だからと少しだけ我侭を言ってみるが、これもやはり嘘じゃない。彼はきっと知らない。 彼がただ傍にいるというだけで、どんな名医の治療よりも効果があると言う事を。 夢でもいいから逢いたいと願う。 それは嘘じゃない。でも、本当の事をいえば――― 本物に逢いたい。 fin 妙に長く、そして甘くなりました。砂吐き上等です(何やってんだ!) オス主の時よりアー主の時の方が1主が優しいのは何故なんでしょう・・・・(笑) |
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