『レイン』 彼がその名を呼ぶ度に、胸の奥がちりちりと痛む。 まるで別の他人を呼ぶようで。 彼の瞳に映っているのが自分ではない他の誰かのような気がして。 心中をどす黒い感情が占めて。 いつまで経っても・・・・・・・・・雨は降り続けている。 Raining 「おはよう、レイン」 ふわりと。 例えるならば花が咲いたような笑みを浮かべて青年は当たり前のことを告げるさり気なさで言った。 それに小さく返事をすると、青年は白皙の美貌をやんわりと緩め俺───否、『レイン』の隣に立って歩む。 他愛のない会話をしながらも彼が無理をしてこちらに歩幅を合わせているのが判り、改めて彼の細やかな 心の配りようを実感する。 「・・・・・・無理をしてまで並ばなくてもいいぞ・・・・・・・・」 「ああ、ばれていたのか。レインは背が高いから俺と歩幅が違うんだよな」 今のところこの場には俺たち二人しかいないというのに。 俺が仮面をしている限り、彼は俺を『レイン』と呼ぶ。それが彼の律儀な点だと知っているが何故か胸がざわつく。 彼が今見ているのは『俺』ではなく『レイン』である気がして。 もしかすると彼の中で『俺』よりも『レイン』が定着しつつあるような、そんな気がして。 実在しもしない仮初めの存在にまで嫉妬してしまう。 馬鹿げたことだとは自覚している。 他人に嫉妬するならとにかく、自分に嫉妬するなんて正気の沙汰とは思えなかった。 彼がただ『レイン』と話しているだけで、『レイン』に笑いかけるだけでどす黒い感情が身のうちを支配してゆく。 「レイン、どうかしたのか・・・・・・?」 「・・・・・・・いいや?」 こんなにも醜い自分を青年に知られたくなくて素知らぬ振りをすると完全に納得したわけではないものの、 青年はそれ以上のことを問うてはこなかった。 ◆◇◆◇◆ 霧雨がシトシトと大地を濡らしていく。 穏やかに、しかしどこか冷ややかに降りゆくそれは己の心を癒そうとしているのか、それとも更に痛めつけようと しているのか判別つけ難かったが頭を冷やすには丁度いい。 急遽パーティリーダーから言い渡された休暇をどう過ごすか考えて気持ちの切り替えをするために表に出ることにした。 「レイン、何してるんだ・・・・?」 「・・・・・・・・・カーマイン」 柔らかな雨の中、街の一角にある木々の隙間から突然声を掛けられた。 甘やかな響きを持つ声の主が誰であるかはすぐに判り、その名を呼ぶと青年はすぐ近くまで歩み寄って来る。 「おまえこそ何をしているんだ?」 「ん?散歩してたら雨が降ってきたんでな・・・そこの木の下で雨宿りをしていたんだ」 ひょいと白く細い指先を付近にある木々の中で最も大きなものへと向ける。 確かにあれだけ大きな木なら雨をしのぐことも出来るだろう。 「・・・・・・で、レインは?」 「俺も似たようなものだが・・・・・・・・」 「似たようなもの・・・ってこんなに濡れてたら風邪引くぞ?」 すいっと伸ばされた指が『レイン』の濡れ滴る銀の筋を掴み、頬を滑る水滴を弾く。 「・・・・・今更だけど、一緒に雨宿りするか?何だか雨、強くなってきたみたいだし・・・・・・・・・・」 言われて空を見上げると先程よりも雨足が強くなっていた。 「そうだな・・・・・暫らく止みそうもない・・・・・」 正直言って『レイン』のままで彼の隣に在るのはかなり頂けないのだが・・・・・自分がここで否と言えば青年も 濡れることを選ぶであろうから素直に誘いに乗ることにした。 「・・・・・そんなに端にいたら濡れるぞ、レイン」 青年が濡れないようにと端に身を寄せていたのだが、その甲斐もなくグイッと腕を引っ張られる。 「おい・・・・・」 「君に風邪を引かれると困る・・・・・・」 言ってことんと黒髪が『レイン』の肩に預けられる。 何事かと思い、眼下の漆黒を見下ろすと形のよい唇から健やかな寝息が漏れているのに気付く。 「・・・・・・寝たのか・・・・・・?」 この状況で。 と言うかこの肌寒さ中寝ていたらかえってその方が風邪を引くと思うが。 そう思い、彼のはだけた着衣を正し、腕の中に抱え込もうとしたところで自分が今は『レイン』であることを思い出す。 本来ならばいつ何時人が訪れるか判らぬ場所で仮面を外すのは好ましいことではないが、『レイン』に青年を独占 されるくらいならばと、今まで顔を覆っていた仮面を引き剥がした。 「・・・・・・カーマイン・・・・・・」 どうしたら彼は自分だけを見てくれるのだろうか。 どうしたら彼を自分の元だけに留めておけるのだろうか。 腕の中で何処か幸せそうに笑みながら眠っている青年を眺めていると、ふとそんな考えが浮かんでくる。 大分溺れているな・・・・・。 こんなにも愛しくて、手放したくなくて。 あまつさえ『レイン』という虚偽の自分に対し嫉妬するなど青年に出逢う以前の自分では考えられないことで。 「お前は・・・・・どれだけ俺の心を奪えば気が済むんだ・・・・・・・・・?」 閉ざされた双眸に問いかけたところで答えなど返ってくるはずもなく。 ただ魅入られたように目前にある白き美貌を見つめる。 すると。 青年の唇から小さな囁きが零れて。 「・・・・・・ん、・・・ル・・・・ライ、・・・エル」 まるで霧散する花弁のように儚げな呟きは確かに自分を呼ぶもので。 彼を抱く腕に自然と力が篭もる。 どうかそのまま俺だけを呼んでいて欲しい。 例え夢の中であっても・・・・・俺だけを見ていて欲しい。 「雨はまだ・・・・止まんな・・・・・・・・」 『レイン』という枠を越えぬ限り、俺の心が晴れることはないだろう。 そうして俺は青年を胸に抱えたまま瞳を閉じた。 目が覚めた時、『俺』は再び『レイン』に戻らなければならない。 だからせめて今だけは『俺』として彼の傍に在りたい。 それがただの我が侭でしかないとしても・・・・・。 シトシトと霧雨が大地を覆ってゆく。 穏やかに、冷ややかに。 ひと時の眠りについた男も、どす黒い感情も。 全てを濡らし続けて。 『レイン』という名のもう一人の自分がいつまでも心を痛めつける中、嫉妬の海へと身を投じてゆく。 ・・・・・もう逃れられない。 ─────いつまでも雨は止まない・・・・・・。 fin うわお、暗い。 と言うか訳判りませんねこの話。 一応アー主なら何でもいいとの事なので「レインに嫉妬するアーさん」的な話を書いてみました。 しかもアーさんの片思い・・・・(汗)もっと言えばアー主じゃなくてレイン主になっているような・・・・。 何となくレインさんを書きたかっただけなので、いくらでも書き直しはさせて頂きますので 桧月様とりあえずお納め下さい☆ |
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