『欲しいものは何?』
幼い頃は良く尋ねられた質問。
しかし当時の俺は生活してゆくのに充分すぎるものを与えられていたので、
何も答える事が出来なかった。
首を振って、ただ否と言い続ける俺に周囲の大人が困ったように眉を寄せている様を
今でも覚えている。もし、今同じ質問が投げかけられたなら、たった一つだけ答える事が出来るだろう。
俺が望むもの、それは・・・・・・。
望むのは唯一つ
「星が綺麗だな」
野営中、二人一組で見張りをしていた際、夜風を全身で受けながら闇色の青年は言った。
色違いの両眼は青年と同色の空を向いていて。黒髪や元々白い肌が月光を弾き、白く浮かび上がる。
その様はまるで彼自身が星のようで。男に使う形容としてどうかと思うが、キレイだと、そう思えた。
「ライエル・・・?」
返事もせず、自分を凝視してくる俺を不審に思ったのか青年―カーマイン―はこちらを向いた。
月に彩られた美貌が今度は獣避けと光源確保の為に焚かれた炎に照らされ、真っ白な頬はうっすらと
朱に染まる。無理やりに視線を外すようにして、空を振り仰ぐ。不自然さは否めぬがこのままカーマインを
見つめていても自分が追い詰められるだけなので致し方あるまい。
「ライエル?」
再び咎めるような声が落とされ、慌てて返事を返す。
「あ、ああ・・・・・キレイ、だな・・・・・」
本当の事を言えば星を見ている余裕などない。いつだって俺は彼の一挙手一投足に翻弄されている。
彼にその自覚は全くないようではあるが・・・・。とりあえず返事を返せば彼も流してくれるだろうと思っていた
のだがそれはどうやら甘い考えだったようで。
「・・・・・・?何か、顔赤くないか?」
長い脚を折って、カーマインの秀麗な顔が近づけられる。ぱらりと髪の掠れる音が柔らかに鼓膜を打った。
「・・・・・・・・・だ、大丈夫だ。赤く見えるのは・・・・焚き火のせいだろう」
「そう?じゃあ俺も赤く見えるのかな?」
「あ、ああ・・・・赤い・・・・・・」
「ふーん、あ、話戻すけど星、よく見えるな」
再び立ち上がり、遥か彼方へと向けられる金銀妖瞳。ほっとすると同時、少しだけもの寂しい。
「・・・・・・・ああ、よく見える」
意識だけでもこちらを向いて欲しいと知らず声に力が篭もる。
「ねえ、ライエルは何か欲しいものってある・・・・?」
それが伝わったのか視線は空へと注ぎつつもカーマインは俺に声を掛けてきた。
酷く優しい音。内容は突拍子もないものであったが。故に。
「は?」
声を掛けられて嬉しかったにも拘らず、溢れ出た言葉はたったそれだけ。
「だから・・・・欲しいもの、君が望むもの。何かないの?」
こてっと傾ぐ細い首。揺られた漆黒の髪が月光を反射して眩しい。
「いや・・・・あるにはあるが・・・・何だ突然」
「うん?ほら星がよく見えるから流れ星も見えるんじゃないかと思って」
「・・・・・・・・星に願いを、というやつか。お前がその手の事を信じていたとは意外だな」
どちらかといえば徹底した現実主義のように感じていたのだがそうでもないという事なのだろうか。
「・・・・・・まあ、星に願い事をしたところで叶うなんて思わないけど。
自分の望みをそうやってはっきり形にする事で少しはその実現に近づけるとは思うから・・・」
何か変な事言ったか?そう言う彼は子供のようで、同時に酷く大人びても見えた。
常に二面性を露にする彼はとても脆く、尊い。
「・・・・・・・お前の考え方は変わってはいるが・・・その実的を得ているように思う。とても貴重だな」
「・・・・・・・・それ、褒めてるのか?」
「生憎、本人の目の前で貶すほど礼儀知らずではないつもりだが?」
「あ、そう・・・・」
やれやれと肩を竦めるように身動きし、あ!とカーマインは声を上げた。
「どうし・・・・あっ」
声につられて空を見上げればきらりと星が流れ、話の流れ上、つい柄にもなく願い事をしてしまった。
「あ、今願い事したろ?」
「は!?な、なん・・・・っ!??」
図星を衝かれ、みっともなくうろたえてしまう。そんな俺を楽しそうに笑いながらカーマインは。
「で、何をお願いしたのかな〜ライエルは♪」
オスカーのように意地の悪い表情で詰め寄ってくる。まあ、あいつに比べればよっぽど可愛げがあるが。
それはそれとして、どうやって言い逃れようかと思い、考えを巡らすが眼下でじっと見上げてくる二色の双眸が
気になってどうしようもない。怜悧冷徹、『氷の将』と呼ばれた自分は一体何処に行ってしまったのだろうか。
「大丈夫、オスカーには言わないから♪」
人の気を知ってか知らずか、カーマインは悪戯っ子のような笑みで小首を傾げてくる。
・・・・・・・・・それは反則だろう・・・・・・・・・。
「〜〜っ、判った、言うからその顔を止めろ!」
でなきゃ身の安全は保障出来んぞ、とは心中でだけ叫んで。
「んで、願い事は?」
言われた通り表情を元に戻すカーマイン。やはりオスカーと違って素直だ。
「・・・・・・俺の望みは、だ。ただ一つだけだ」
「何?」
キラキラと好奇心旺盛な目。そんな風に気にかけられるとうっかり誤解してしまいそうだ。
「俺の、望みは・・・・お前が幸せである事だ」
他にも傍にいて欲しいだとか、想いを返して欲しいだとか色々望みはあったけれど。
最終的に行き着くのは結局それで。笑ってしまいそうになる。
だが、目前の色違いが大きく見開かれた様に笑みの種が180度変わる。
「・・・・それが叶うなら・・・・他の望みは叶わなくてもいい」
まるでよく出来たお伽話のような話だ。自分のもっとも毛嫌いする・・・・。
それでも彼が幸せになるのなら、己の嫌うお伽話の主人公になってみてもいい。
「・・・・・ライエルは、いつも自分より他人を優先するんだな・・・勿体無いとか思わないのか?」
「さあ?何を願おうが俺の勝手だろう」
「・・・・それはそうだけど・・・・まあいいや。じゃあ、君の幸せは俺が願おう、それでおあいこだ」
今度はこちらが瞠目する番。呆けていると再び星が降ってきた。
「あ、お願いしないと」
きゅっと目を閉じ、手を合わせ、本当に【お願い】するカーマインの細い背が映る。
それだけで俺がどれほど幸福を感じているかお前は知っているか?
―――キラキラと怖いくらいに美しい星空の下、俺は誰よりも幸せそうに微笑んでいた。
―――『欲しいものは何?』
【彼が幸せになる様を見て、自分も幸せだと思える俺】が欲しい・・・・・。
fin
慌てふためくアニーさんが好きなんですよv
それにしてもこの二人いつになったらくっつくんでしょう???
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