別段、勝ち負けに拘る性質じゃない。

それでも騎士の性か、『負け』はあまり頂けない。

そんな物思いも虚しく。

最近、目まぐるしい勢いでとある人物に惨敗中。

・・・・・・・・・悔しい。




今日こそは絶対勝ってやる。










Joker










「らーいーえーるー」

日も傾きかけた平原に立てられた簡易テントの中に木霊する、平たく言うところの美声。
割とハスキーな声だが、非常に通りがいいそれは常ならば穏やかなものだが、今は少し怒気を含んで。
言い含めるようにゆっくりと。一音一音、力強く発音して名を呼ばれる。何か非難めいたものがヒシヒシと感じられるのは
きっと先程の件が影響しているのだろう。まあ、怒るのも・・・・・無理はない、とは思う。それとも呆れているのだろうか。
ちらっと顔を窺えば、細く形の良い柳眉は緩やかに弧を描いているはずもなく、鋭角に曲がって釣り上がっている。

完全に怒っているな。

ぼんやりとまるで他人事のように思っていると、ずいっと綺麗な造作の顔が近づいてきた。
そのまま見詰め合う、というか一方的に睨まれる事、数秒。彼、カーマインは大きく息を吐いて、トンと俺の左肩を
小突く程度に押した。

「・・・・・・・ッ!」
「・・・・・・・・痛いなら痛いって言えば?」
「・・・・別、に大した事は・・・・・」
「ない、って言い切れる?」

ん?と今度は試すように微笑んで首を傾げる。今さっきの遣り取りがなければ、愛らしいとさえ思える動作。
しかし、怒っているのは目に見えて分かっているので、却って空恐ろしいものがある。美人は怒ると怖いとはよく言ったものだ。
背筋がピッと凍る。俺をこんな状態に出来るのは、今のところこの目前の青年と性悪(だと思う)の親友くらいか。
普段は向けていて欲しいと常々思う二色の双眸の視線が今だけは非常に痛い。

「・・・・それに関してはさっき謝っただろうが」

三回も、とは心の中だけで呟いて。しかし、一向に外される事のない視線にだんだん居た堪れなくなってきた。
少し目を泳がせるとにっこりと微笑まれて、何だ?と口にする間もなく、遠慮なく左肩を掴まれた。搾り取るような勢いで。

「〜〜〜〜〜〜いっ」
「痛い?」
「・・・・・・・ッ、は・・・なせ」
「大した事、ないんだろう?」
「・・・・・・・だから、すまなかった」
「・・・・謝って欲しいわけじゃないんだけど」




先程から、何故カーマインがしきりに左肩を狙ってくるのか、そして怒っているのか、といえば。原因は昼間の戦闘。
恐らく、ウォルフガングの擁する傭兵部隊グランツェンシュトゥルムの連中と思われる奴らと鉢合わせ、人数差はあるものの
優勢で戦っていた。それはいい。そこまでは問題ない、のだが。問題は戦闘内容。特に苦戦を強いられるような相手ではなかった。
手数が多すぎる、という事を除いて。塵も積もれば山となる、とでも言いたげに群れを成した傭兵部隊。しかも傭兵の嫌な点といえば
格式ばった騎士や兵士と違い、指揮官がいなくても個々で戦う事が出来る、という事。対するこちらは実践経験の少ない騎士が
リーダーの少数部隊。個人に判断能力がないわけではないが、何分人数が少ない。一人の勝手な行動が部隊の命運を分ける。
だから、リーダーの指示は戦闘の重要な鍵となるわけで。そう、リーダーが絶対、のはずなのに。俺は元指揮官という立場に
ありながら命令違反を犯した。並ならぬ人数差の戦闘も、リーダーの指示と徹底したチームワークで終局を迎えようとしていた、
その時に。

偶々、俺の立ち位置からは良く見えるところに伏兵がいた。岩陰に隠れるように弓兵が二人、か三人。まだ残兵の片付けをしていた
カーマインの背後で奴らは狙撃体勢に入っていた。肝心のカーマインは目の前の敵に集中している。

気付いてない。

そう思った時、勝手に身体が動いた。俺とカーマインは随分離れたところにいた。それも当然。挟撃を仕掛ける為に、
二手に分かれた。俺とカーマインは戦闘スタイルが似ている。だから別々の組に分けられていた。彼との距離は約200メートル。
走って間に合うかギリギリ。しかもリーダーのウェインから俺は待機を命じられていた。それなのに勝手に動くのはどうなのか。
理屈では分かっていたのに、身体はまっすぐ彼の元へ向かっている。間に合わないか。そう思った時、俺は飛び出して彼を
突き飛ばし、己の身に矢を数本受けた。特に深く突き刺さったのは左肩。しかし抜いてる暇はない。わけも判らず突き飛ばされて
地面にへたっているカーマインを護る為、彼が今まで相手にしていた連中に斬りつける。リーチが長くて助かった。カーマインが
相手にしていたのは剣士とは相性の悪い槍兵。だが自分は彼と違ってリーチがあるので、さして苦手な相手ではなかった。
さっさと倒して向き直る。その時にはいつの間にか体勢を整えたのか、カーマインが弓兵に向かって得意の高等魔法、
ソウルフォースを放っていた。片付いたか・・・・そう息を吐くと安堵感からかカクンと膝が崩れた。ぺたんと地に座り込むと、
カーマインを含め、仲間の連中が寄ってきた。各々が不安そうな顔をする。

何だ・・・・・?

別にちょっとした怪我を負っただけなのに一体どうしたのか。リーダーのウェインや年若い少年、ハンス、それに女性たちが口を
揃えて「大丈夫か!?」と何度も聞いてくる。そして彼らの視線は俺の左肩に注がれている。つられるようにして、見た。
俺に刺さった矢は合計で四本。左腕に二本、左胸に一本。そして左肩。左肩の矢は一際深く刺さって・・・いや、めり込んでいる、
と言った方がいいのかもしれない。抜くのに酷く苦戦しそうなそれ。他の三本は躊躇いなく引き抜いた。血が溢れる。
すぐにクラウディオスがキュアを唱えようとしたが、生存術に詳しい傭兵の身の上のラングレーが止めた。

「止めとけ。まだ厄介な矢を抜いてないだろが」
「しかし、出血が酷いです。放っておいて良いんですか!?」
「あーもー、これだからお嬢様って奴はよぉ。今、キュア掛けたらその抜いてない矢傷まで
塞がっちまうぞ。そしたら抜けるもんも抜けなくなる。無理して抜きゃあ、痛い思いをするのはそいつだ」
「・・・・・でも!」
「いや、ラングレーの言う通りだ。今、抜く。それで問題なかろう」
「・・・・・・・あ!」

力いっぱい、肩に埋まった矢を引き抜く。ズブッと嫌な音がした。肉を引き摺るようにして排出される矢。先程以上に血が溢れる。
ドプドプと抜き去るのが遅れた分、噴出すように。殆どの者は目を逸らした。それも仕方ない。自分でも見ていて気味が悪かった。
身体を伝って地面に血溜まりを築く。それに怯まず手を出したのは、俺が庇った相手。カーマインは無言で肩辺りに手を翳すと、
キュアの上級魔法、ヒーリングを掛けてくれた。傷はすぐさま塞がり、血も止まった。しかし流した血は笑い事には出来ないほどの
量。正直、身体を上手く動かせなかった。それを見抜いていたのか、カーマインは俺の怪我をしてない方の・・・・右肩へ自分の肩を
入れて立たせると、落ち着いた声で一言。

「今日はもう休んだ方がいい」

俺に言うと同時、パーティメンバー全員に言い聞かせるように言う。それに逸早くウェインは気を取り戻し、「はい!」と勢いよく
返事し、手頃な場所にテントの設営を命じた。俺も手伝うと言ったが、ウェインより先にカーマインに「駄目だ」と言われ、
偶然あった切り株の上に座らされ、テントの設営が終わったと同時、ぽいっと捨て置くように寝床へ就かされた。

「休め」

たった一言。ピリピリとしたオーラを撒くカーマイン。そのオーラが何だか恐く感じて、三度謝った。

曰く。

「お前のプライドを傷つけた、すまない」
「命令違反をしてチームを乱した、悪かった」
「庇っておきながら無様に怪我をして迷惑を掛けた、すまなかった」

と。




しかし謝ったにも拘らず、カーマインは余計にその、不機嫌オーラを深くし、今に至る、というわけだ。
俺が全く反省していないと思っているらしく、わざとまだ傷は塞がったものの、痛みは残る左肩を狙って叩いたりしてくる。
ひょっとしたらどこかの骨にヒビでも入ったのかもしれない。それほどまでに痛い。だが、男のプライドに賭けて大声で
喚いたりしない。男はやせ我慢、だ。それでもやはり痛いものは痛い。傷を受けた場所を抱え、蹲る。

「・・・・・さっき触った感じでは、鎖骨が折れてる」
「・・・・・・・・・」
「痛くて当たり前。血も大分流した。立っているのも辛いんじゃないのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「人を庇った挙句にそのザマか」
「・・・・・・・・悪かった」

痛いところを衝かれて黙る他ない。顔も上げられない。情けなくて。しかし随分と容赦のない物言いだ。彼にしては珍しい。
他の者が俺と同じ事をしたら、彼は多分こんなに厳しく怒らないだろう。怒るよりも、優しく労わるだろう。そういう性格だ。
では何故、自分はここまで辛辣な態度を取られているのだろうか。それを考えると、少し哀しくなってきた。ひょっとして俺は
カーマインに嫌われてるんだろうか。そういえばファーストネームで呼べと言っても一向に姓で呼んでくる辺りやはり嫌われて
いるのかもしれない。傷を受けた以上の痛みが襲う。

「・・・・・俺なんかを庇って・・・・・馬鹿だな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「こんな怪我までして・・・・・・もっと自分を大事にしろ!」
「!?」
「下手をすれば、心臓に刺さってたかもしれない。そうなれば流石の君でも死んでいた!」
「・・・・・そ、れは・・・・・・・・」
「実際、骨折はするわ、出血は多量だわ・・・・それに胸にも矢が刺さってた!君は、死んでいたかもしれないんだぞ!」
「おい、カーマイン・・・・・」
「もし、死んでみろ。俺は絶対に君を赦さないからな!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ああ、何だ・・・・・彼は心配、していてくれたのか。
だから、こんなに怒っているのか。それが分かって俺はうっかり叱られている最中なのに、笑ってしまった。
まあ、四つも離れた彼に一方的に説教される、というのも何だか妙だが。急に笑い出した俺にカーマインは訝しむ顔をする。

「何を、笑ってる」
「すまん」
「俺は、怒ってるんだぞ?」
「ああ、そうだな。それが、嬉しかった」
「はあ?」
「心配、してくれてるんだろ?」

尋ねれば、大きく金銀妖瞳が見開かれ。頬に赤みを差す。照れているのか、怒っているのか。恐らく後者。
わなわなと唇が震えている。キッと目が細められた。しかし、その怒る理由は判っているため、また笑いそうになる。
それは、多分・・・・・

「君は!俺が心配もしないような冷徹な人間だと思っているのか!」

ああ、やっぱり。心配しないはずがないだろうと。そう、怒ってくれる事が嬉しい。お前にとって、俺はそこまで心配して貰えるのだと。
口ばかりで大丈夫かなどと尋ねられるよりもよほど、心の篭もったそれに先程まで痛んだ胸は軽やかに。浮上、している。

「違う、だが、嬉しい・・・・・嬉しいんだ」

他に自分の気持ちを言い表しようがない。笑った拍子に折れているらしい鎖骨が痛んだが、それも気にならない。

「・・・・・・・・・本当に、君は馬鹿だな。大馬鹿だ」
「・・・・・そうかもしれんな」
「少しは否定したらどうだ・・・・・・馬鹿」
「馬鹿でもいいんだ。それが俺だからな」
「全く、開き直ったな?ああ・・・・・・でも」
「・・・・・・・・・・・?」

急に言葉を切って。カーマインは先程叩いたり掴んだりして痛ませた左肩に優しく触れて、撫でる。労わるような動きにさして
意味などなさそうなものだが、痛みが引いていくような気がするのは惚れた弱みだろうか。少しだけ自嘲が漏れた。しかし、
次の瞬間。俺は銅像宜しく見事に固まった。それは何故か。カーマインの薄紅色の柔らかな唇が、今まで手が当てられていた
箇所に押し当てられている。この瞬間、怪我してよかったなどと馬鹿な事を考えるげんきんな俺がいた・・・・・・。

「か、カーマイン!!??」
「・・・・・・・・君は馬鹿だ。でも・・・・・・・俺は君みたいな馬鹿は、嫌いじゃない」
「・・・・・・・!」
「まあ、これ以上傷を酷くするような馬鹿なら願い下げだけど」
「・・・・・・それは・・・・褒めているのか貶しているのか?」
「好きに、取ればいい」

褒めているようには思えない。しかし嫌われてはいないのだ。しかも好きに取っていいという。ならば。

「では、勝手に。俺は、お前に好かれていると・・・・・そう取るからな?」

にやりと笑う。いつもこの青年には負けっぱなしだ。今日こそは勝っておきたい。優位に立った確信の元、余裕でいる
俺の耳には青年のフッと小さく笑う吐息が聴こえた。驚いてその顔を見遣れば、目が、合う。

「・・・・・否定はしない」

今度こそ、怒った空気もない、正真正銘のとても綺麗な微笑を浮かべて、白皙の美貌はのたまった。
逆襲するどころか、しっかり返り討ちに遭ってしまった。顔に熱が溜まっていくのが分かる。身体の自由を奪われる。
きっと今の俺の顔は茹蛸といい勝負なくらい、真っ赤だろう。おまけにみっともなく綻んでいる可能性も否めない。
慌てて顔を逸らす。もう遅いかもしれないが。しかしそんな俺に構わず彼は。

「さっきは痛い思いをさせて悪かった。それと、庇ってくれて有難う。感謝、している」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・別、に」
「今日に限らず、君には感謝してる。でも、だからこそ自分を大事にして欲しい」
「善処、する」
「もう、疲れたろう?ゆっくり休んで。その前にもう一度ヒーリングを掛けないとな」
「あ、ああ」

顔を背けたままヒーリングを受ける。今度こそ、痛みも取れた。だが、彼の言う通り身体は疲れている。
寝床に大人しく就く。そしてぽつりと一言。

「お前が無事でよかった」

そのまま毛布を被ってしまったので、カーマインが一体どうしているのかは分からなかった。
ただ、分かっているのは今日も見事に俺はカーマインに惨敗した、と。それだけ。悔しいが認めざるを得ない。
あんな事を、あんなに綺麗な表情で言われてしまえば。そんな事を考えながら俺は眠りに就いた。







「『無事でよかった』・・・・・ね」

カーマインはライエルに言われた台詞を反芻する。本人は全く意識していなかったようだが、それはそれは柔らかな表情をしながらの台詞。普段からその表情をしていれば、さぞかし女性に騒がれるだろうと、カーマインは思う。そして彼自身、白い頬を朱色に
染めていた。それほど優しくて綺麗に微笑っていた。仏頂面が板に付いてる彼だから余計に印象に残る、それ。

「それは・・・・・・・反則だろう?」

眠りに落ちたライエルの背にカーマインのささやかな呟きが落ちたが、本人にそれは届く事はなかった。
どうやら、本日勝負に勝ったのは、最後の最後でジョーカーを出したライエルである事を知っている者はカーマイン以外、
誰もいなかった、ようである。







fin





筆頭、何気に勝利を収めております。微笑みは武器。ヨ○様ですか、アナタ。
今回の見どころは笑顔でお怒りになるカーマイン様と傷口にちゅうですか(アホー)
これで何故デキてないのか疑問な二人ですね。筆頭の押しが弱いからですか?
がんばれ、若造(お前はいくつだ)

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