前方不注意にはお気をつけて ガツン 今日もどこかから響いてくる大きな音。最近では結構よく耳にするそれ。 きょろきょろ、見回してみれば俺の背後で黒衣の長身が強かに顔を打ったらしく。 短すぎる前髪のせいで剥き出しの額を大きな手のひらで覆っている。 一体何にぶつかったのか。それを探ろうとして彼の周りを見遣れば、どうやら宿屋の突出した 柱に衝突したらしく。前方不注意、だったのだろう。とにかく怪我をしていたら大変だと歩み寄ってみる。 「おい、大丈夫か?」 ぺたっと、男の関節の目立つ手指の隙間を潜り抜け、額に触れてみた。瞬間、痛みの為かそれとも 体温の違いによる驚きからか彼は身を竦ませる。しかしぱちぱち、紅い瞳を瞬かせているからどうやら驚きに よる反応だったらしい。一度何か言おうとして口籠って、悩んでいるような素振りを見せると今度は自分の 額に当てられた俺の手を取って、ゆっくり剥がす。 「・・・・・・大丈夫だ」 「でも、何か痛そうな音してたぞ?」 「・・・・・・頭が固いからな」 憮然と返すその顔は普段の取り澄ました顔から、苦虫を噛み潰したような表情へと変化を遂げ、 悪いと思いつつ、笑ってしまいそうになる。ぱふっと漏れそうになる笑い声を抑えようと口元に手を当てるが、 当の本人には俺が笑っているのが分かっているらしく、更に募る何とも言えない苦い顔。 「・・・・笑うなんて失礼な奴だな、カーマイン?」 「うく、笑って・・・・くっ、なんてないって」 「声が震えてるぞ」 「ん、ほら今日は少し肌寒い、から・・・アハ、だめだ抑えられない」 堪え切れなくて、声に出して笑う。せっかく誤魔化そうと思ったのに。あんな顔されちゃ、耐えられるものも 耐えられない。ユーモアのセンスなんて欠片もない彼なのに、こういう天然なとこで笑わせてくれるというのは 不思議なものだ。張り詰めた戦場の空気なんて忘れさせるようなこの柔らかい空気、ほっとする。 他の仲間と違って元気でも騒がしくもないけれど、でも優しい、温かみのある独特の空気。実は俺はこちらの 方が好きだったりする。性格上、大騒ぎするのは苦手だからかな?静かなくらいが丁度いい。 そんな事を考えているとペチと額を小突かれた。 「痛っ」 「笑いすぎだ」 「だって、ライエルが可笑しい顔するから」 小突かれた事へ、少しだけ抗議して見せれば、やれやれとでも言いたげに肩を竦める、ライエル。 大人ぶっているのか、文句を言わない、その態度が何だか癪に障って、仕返しに額を小突いてやれば、 先ほどの壁への衝突のダメージが残っていたのか、大して力も入れてないはずなのにライエルの 柳眉がぴくりと動き、眉間に深い縦皺を刻んだ。 「あ、ごめん。ちょっとした仕返しのつもりだったんだけど痛かったか?」 「・・・・・・・・・・・別に」 「絆創膏でも貼っておくか?最近よく怪我するもんな、君」 「いや、いい」 遠慮する、というよりは本気で嫌そうに言う。そんな言い方されたら、何だか無性に苛めたくなってしまうのは 俺だけだろうか。だがしかし、相手はかーなり軽傷とはいえ一応怪我人だから、むくむく湧き上がった 嗜虐心というか、悪戯心を引っ込めた。代わりに痛くならない程度に、額を撫でてやる。すると大きく 見開かれる紅玉。ライエルって思ったより表情豊かな気がする。基本ベースの顔とそう、変わらないだけで。 変化はしている。ただ、人がそれに気付かないだけなんじゃないだろうか。 「何だ、人の顔じっと見て」 「いや、面白いから観察を・・・・」 「観察・・・・・・人を動物か何かみたいに言うな」 「動物、例えるならウサギ、かな?君の場合」 「・・・・・・・・・・・・・・・カーマイン」 おっと、からかいすぎたかな?声が少し低くなったようだ。渋面には影も落ちてなかなかの迫力。 でも本気では怒ってない。これは怒るぞ、という自己主張の表情、だと思う。そういえばライエルが本気で 怒ったところって見た事がないな。強面してる割には結構穏やかな性格をしているらしい。 「悪い。狼、に訂正しとくな?」 「そういう問題じゃ・・・・・・いや、そうだな」 「?」 「狼、は合ってるかもな」 「・・・・・???」 怒っていたかと思えば急に口元に性質の悪そうな笑みが履かれる。にやりという擬音がまさしく似合う、それ。 何となく嫌な予感を覚え、後退さろうとすればライエルはトン、と俺の脇に両手をついて、壁に俺を縫いとめる。 ほんっとーに嫌な予感。内心で冷や汗をかく。 「ちょ、何だライエル」 「指摘通り、狼らしくしようと思ってな」 「いや、あれは冗談・・・・・」 とにかく何かされる前に謝ってしまおうと口を開くとそれよりも前にライエルが動く。俺の顔に彼の影が落ち。 そのまま、顔が近づいて、ふわりと額を掠める、何か暖かく柔らかいもの。ひょっとするとこれは、あれか? 額にキス・・・・・・され、たのか?訳が分からず頭上の顔を見上げれば。 「仕返しの仕返し、だ」 「なっ・・・・・んだそれ!」 「せいぜい、喰われんようにな可愛い仔羊殿?」 「ライエル!」 からかうつもりが逆にからかわれ、顔が赤くなってしまう。せめてもの抵抗として激昂を上げてみるが、 ライエルは楽しそうに笑っている。これだから年上は嫌なんだ。こちらが押しているかと思えば、いつの間にか 形勢逆転して。・・・・・・・悔しい。ここで素直に引く事は負けず嫌いな俺としては許せない事で。 文句の一つや二つでも言ってやろうとすれば、妙に優しい瞳で俺を見ているライエル。何だそれは。 そんな瞳で見られたら、何となく・・・・居心地が悪い、というか調子が狂う。何も言えなくなって、一方的に 見つめられて、何だか恥ずかしくなってきた。どうしようかと慌てていれば救いの神、到来。 「あ〜ら、何してるのかしらライエル卿?」 「あ、リビエラさん」 「・・・・・・・・・マリウス」 声の調子からも分かるが、どうやらライエルは今現れたリビエラさんが苦手らしい。いや、リビエラさん、と いうよりもライエルは基本的に女性が苦手なんだろう。何だか気まずそうな顔をしている。 「騎士様が困ってるじゃない」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「好きな子いじめも程ほどにしないと嫌われちゃうわよ?」 「・・・・っ、マリウス!」 好きな子いじめ、という単語に何やらひっかかったらしいライエルが声を荒げる。そんなに怒る事か? 何だか不穏な気配が漂い始め、さっきは助かったと思ったもののどうやらそうでもないらしい。 俺にはあまり関係なさそうだけど、ここにいてもいいんだろうか。リビエラさんもリビエラさんで新しい 玩具を見つけた子供みたいな顔をしてるし。ちょっとオスカーに似てるかなあなんて思っていると、 少し荒い動作でライエルに両耳を塞がれる。あ、こら何言ってるか聴こえないじゃないか。 耳を押さえてる大きな手を外そうと足掻くが、力に差があるため、敵わない。仕方なく二人の様子だけ 見ていれば、ライエルが何か叫んで、リビエラさんは余裕顔。そしてリビエラさんがにっこり笑って 言った何かにライエルは顔を真っ赤にして・・・・・ 「コイツには絶対言うなよ、マリウス!」 「ひゃっ!?」 突然耳に当てられていた手が離れたかと思えば、急にライエルの大音量の叫び声が聴こえて、驚きの あまり声がひっくり返ってしまう。恥ずかしくてすぐに口を押さえたが、次の瞬間、ぐいっと思いっきり後ろへ 引っ張られた。何事かと思い振り返ればライエルが俺の上着を引き摺ってずかずか歩いている。 「ちょ、ライエル何すんだ!」 「・・・・・お前、当分マリウスには近づくな」 「はあ〜?」 「絶対!近づくなよ」 ピシリとした物言い。元インペリアルナイト、だけあって腹に力を込めた発声は、有無を言わさぬ強力な 力が働く。ああ、これが彼の部下の気持ちなんだ。何だかこんな声で物を言われれば逆らえなくなる。 俺は仕方なしに頷くが、それでもライエルは俺の上着を離さない。 「も、離せって」 「煩い、黙ってろ」 「何ー!!」 全く、横暴が過ぎるぞ。ずるずる、物みたいに引き摺られていい気分になれる奴がいるか? しかし今何か言うともっと困った事になりそうなので一つ大きく溜息吐いて、もうどうにでもなれ、と開き直る 事にした。それにしてもライエルをここまで怒らせるなんて、リビエラさんはライエルに何を言ったんだろう。 ちょっと気になる。でも、聞いたところでライエルは教えてくれないんだろうな。後でこっそりリビエラさんに・・・、 聞いたら怒るよな。やっぱり黙ってよう・・・・。 ずるずるとひたすら引き摺られながら俺は何もかも、諦めたのだった。まあ、平和だからいいんだけど、ね。 ◆蛇足◆ 『好きな子いじめも程ほどにしないと嫌われちゃうわよ?』 『・・・・っ、マリウス!』 先ほど繰り広げられていた口論、とやらを思い出してライエルはカーマインを引き摺りながら、顔を赤くする。 オスカーでもいない限り、自分にこう言ってくる奴はいないだろうと思っていたのに、迂闊だったと。 本当は『好きな子いじめ』の下りも聞かれたくはなかったのだが、カーマイン自身、特に気に留めてもいない ようなのでそれは安心すると共にちょっとしたダメージを受けていたりする。やはりそのくらいじゃ、自身に 向けられている好意などに気付くはずもないか、と。まあ、流石にそれ以降、無理やりカーマインの耳を 塞いで行われていた口論、それを聞かれていたらどんなに鈍くとも気付いたかもしれない。 『お前、コイツの前でそういう事を言うな!』 『だって、誰かが言わなきゃ貴方、自分からは言いそうもないじゃない』 『大体、何を根拠に・・・・・』 ライエルがカーマインを好きだというのか。目だけで語れば、リビエラは何もかも心得たように余裕顔で 答える。ライエルの脳裏ではその顔に親友の姿がダブって見えていた。 『アタシ、知ってるわよ?最近貴方、よく怪我するわよね?』 『・・・・・・それが何だ』 『手当てする必要もないような小さな怪我。転んだりぶつかったり・・・元ナイツの貴方が何故そんなヘマをするの?』 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・』 答えられず黙っていれば、更にリビエラの笑みは深まって。 『前方不注意、になる理由があるからよね?』 『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』 『貴方が怪我をする時、決まってある人物が傍にいる』 『・・・・・・・・・・・・・・もういい』 『貴方がしょっちゅう怪我をするのは・・・・・・”騎士様に見惚れているから”でしょ』 『マリウス!!』 叫んでその勢いでカーマインの耳を塞いでいたライエルの手が離れる。それから以降は、カーマインが見た通り。 要するに、近頃のアーネスト=ライエルはどこでもかしこでもカーマイン=フォルスマイヤーを見つめている、と。 それで注意が散漫になりよく怪我をする・・・・・・そういう事だったらしい。これが本人の耳に入っていたらと思うと ライエルは気恥ずかしくて仕方ない。ずるずる、後ろで引き摺っているカーマインを見遣って、目が合うとふい、と 顔を逸らす。「???」と首を傾げているカーマインからは窺う事は出来ないが、ライエルの顔は耳まで真っ赤に なっていた。そのずっと背後で笑っているであろうリビエラを微かに恨みがましく思いながら・・・・・。 fin リビエラ姉さん、SSにて初登場ですね、彼女にはオスカーの代わりに 色々引っかき回して欲しいものです。それにしてもうちのアーは段々弱々しく なってますね。Tプレイ時だとかなりクールでかっこいいお兄さんだったはずなのに・・・。 どこで何が狂ったんでしょうか(お前が狂わせてんだよ) |
Back |