綺麗な綺麗なラプンツェル。
哀れ、自由を奪われた可憐な少女。
薄暗い塔の中、何を思っていたのか。

それを知っていたのは、恐らく彼女を閉じ込めた魔女だけ。
痛いほどの嘆きを知っていた魔女は何故少女を閉じ込めたのか。
魔女以外、誰もその本意を知る事は出来ない・・・・・・。






魔女の願い







『ラプンツェル』

遠い昔に語り聞かされた、自分とは一生縁がないだろうと思っていた童話。
それ以前に今の今まですっかり忘れていたほど。急に思い出したのは彼の影響か。
その内容はといえば魔女の怒りを鎮めるために生贄のように差し出され、閉じ込められた少女の話。
聞いた当初は胸の悪くなる話だと思ったものの、思い出した今ではある種の共感すら覚えている。

誰の目にも触れさせぬ、高い塔へ閉じ込められた少女。
王子が現れるまでは、魔女だけが彼女の世界だった・・・・。
それが魔女の、たった一つの願いだったから。




◆◇◆◇◆




不意に眼下で本を読み耽っている黒髪へと指先を絡める。くるくる手の中で回して。
手触りを確かめるように何度も同じ動作を繰り返し、飽きたら、軽く引っ張って口元へ運ぶ。
一房口接けては、また別の一房を手に取り、口接ける。それはまるで何かの儀式のように。

「・・・・・アーネスト?」

呼ばれて、手に持った髪の毛を離す。それから細い顎を取って、背後―自身へと顔を向けさせる。
突然の事に、頭がついていかなかったのか、金銀の瞳がこれ以上ないくらい見開かれていて。
しかしそこには怯えは感じられなかったので、我知らず安堵の息を吐く。随分手前勝手な事だ。

「アーネスト?」

二度目の問いかけ。先程よりその声が強くなったと感じられるのは今の手荒な行動の真意を問うてか。
ぱちぱちと数度瞬きを繰り返す青年の薄い瞼にそっと口接ける。擽ったそうに反射的に目を閉じた彼に
ほんのりと笑みを零し、上体を半分捻ってこちらを向いている細身の身体を抱き上げた。

「ひゃっ」

予想外の事に相当驚いたのか、裏返った声を漏らすカーマイン。腕の中で多少暴れるがこの程度なら
赤子の方がもっと手が掛かるだろう。それほど、自分にとってはか弱い抵抗だった。つまり本気の抵抗など
ではない、と。暗にそう告げている態度に微笑ましさすら感じられて。堪えきれずくつくつ、喉の奥で笑う。

「何でそこで笑う・・・・・」
「いや、別に?」
「・・・・何かあったのか?今日の君、ちょっと変だぞ?」
「別に何も。ただ、似ていると思っただけだ」
「・・・・・?何に?」

不思議そうに首を傾ぐカーマイン。サラと漆黒の艶やかな髪が揺れる。それを見て再び脳裏を過ぎる名前。
『ラプンツェル』、そう名付けられた美しい少女。生憎カーマインは少女ではないが。それでも立場はよく似て
いると思う。彼にその自覚はあまりなさそうだが今、こうして腕の中へ押し込められているように、彼は
いつも閉じ込められている。自分という、檻に。だから、彼は『ラプンツェル』。そして彼を閉じ込めている自分は
さながら『魔女』と言ったところか。美しく、人目を惹く彼を、誰の目にも触れさせぬよう、閉じ込めたくて仕方がない、
愚かな己。だから『魔女』の気持ちが痛いほど分かる。『魔女』は憎くて『ラプンツェル』を塔の中へ
閉じ込めたのではない。その逆で、『魔女』は『ラプンツェル』を痛いほどに愛していたから閉じ込めたのだ。
自分だけを見ていて欲しくて。彼女の世界が自分だけである事を願って。その願いは叶わなかったけれど。

「お前は攫われるなよ?」
「・・・・・・・・は?」
「例え迎えが来ても、お前は出て行くな」
「・・・・・本当に何の話??」

よく分からない、そう言いたげな表情。それは当たり前。自分だって何を言っているのかよく分からない。
ただ、『ラプンツェルの魔女』のように捨てられたくはないと。そう、切に思う。愛おしくて愛おしくて、他に何も
考えられないくらいなのだから。自嘲でもなく、苦渋でもなく、懺悔でもなく、何ともいえぬ感情が込み上げる。
それに気遣うような優しい視線が注がれ。

「・・・・・どうしたんだ?」

ふわり。自分がさっきして見せたように髪を撫ぜ、瞼にそっと口接ける。あまりにも優しすぎる所作に思わず
涙すら浮かびそうになるが、妙な男の意地で以って堪え、代わりに強く抱きしめる。

「・・・・・・何でもない」
「・・・・・・・・・・??」
「お前が逃げようとしたら、捕まえる事にするからな」
「はぁっ!?」

くすくす、笑いながら告げれば、ひっくり返ったような声が返される。まあ、予想の範疇内だったが。

「だから、辛くなったらいつでも逃げればいい。その代り俺は地の底までも追いかける」
「・・・・・・?・・・・・よく、分かんないけど・・・・・・・・・・・・俺ってば愛されちゃってるなぁ・・・・・・」

ほとほと呆れたように、しかしどこか悪戯めいた響きを乗せるカーマインに少しだけ瞠目して。

「知らなかったか?」

口元には性質の悪い笑みなんて乗せて、首を傾ぐ。対するカーマインはといえば肩を竦め、嘲るように
しかしそれはきっと強がりで本当は真っ赤に顔を染めながら、

「・・・・・知ってたよ」

言う。案の定、逸らされた顔は窺えないものの、ちらっと覗いた耳が赤い。妙なところで意地を張るのは彼も同じか。
それはやはりとても微笑ましい事で。笑みを誘うが、ここで笑えばきっと剥れるだろうから、幾分譲歩して堪える。

「何だ、知っていたのか」
「・・・・俺が知らないとでも、思っていたのかアーネスト?」
「いいや?知っているなら都合がいいとは思っているがな」
「・・・・・・・・・・・・・・・??」

俺の返答が不思議だったのか、それとも顔の熱が放出されたためかは分からないが、カーマインがこちらを向く。
きょとんとした、二色の瞳。普段の大人びた表情とは違う、子供染みたそれ。どんなに親しい者でも滅多に拝めぬ
その表情にある程度の優越感は満たされて。自然、浮かぶ微笑。

「・・・・・・知っているなら、許してくれるだろう?」
「な、に・・・・・・っぅ、ん・・・・・・・・・」

何も知らない無垢な子供そのものの表情を浮かべる彼の後頭部を引き寄せて、柔らかな薄紅の唇に触れる。
ぱく、と喰らいつくかのように。吐き出される言葉諸共飲み込んで。ただ、その甘さだけを味わう。

「・・・・・・っは、も・・・突然、何?」

解放されたと共に大きく深呼吸するカーマイン。目元にはうっすら涙も滲み、何とも言えぬ艶が漂う。
それに引き摺られないように何度も首を振って自我を保ちながら、大人しく腕に収まっている小さな肢体を
見遣る。小作りで綺麗な顔に浮かぶのは怒りの割合よりも訝しむ色が強い。

「さあ、何だろうな」
「・・・・・もしかして、熱でもあるのか??」

あまりにも口にする言葉が支離滅裂だからか、カーマインは俺が熱でもあるのではと疑いだした。コツンと
白い額を俺のそれへと宛がう。うーん?と唸りつつ「熱はないか・・・」と本気で心配している素振りを見せる。
それだけでどんなに満たされるか、彼は知る由もないのだろう。

「心配してくれるのは有難いが、俺は至って健康体だ」
「・・・・・・にしては、何か色々変だぞ?」
「・・・・・・・『ラプンツェル』という話を知ってるか?」
「ああ、髪の長い女の子が魔女に閉じ込められちゃう話?」
「そう、お前を見ていてそれを思い出した」
「・・・・・・俺は髪も長くないし、第一女の子じゃない」
「そうでなく。ただ、俺がお前を閉じ込めたいと、そう思っただけだ」

流石に気味悪がられるかと思いきや、カーマインは特に気にした風もなく「それで?」と問うて来る。
毎度思うが、コイツの精神構造は一体どうなっているんだろうか。そこら辺はどうしようもなく謎だ。

「・・・・それでって、お前な・・・・・・・・・」
「俺を閉じ込めるって事は・・・・アーネストは『魔女』なのか?」
「ああ、そうだ」
「だったら、俺は『王子』が迎えに来ても塔の外へは行かないよ?」

『魔女』の・・・・アーネストの傍にずっといるよ?と淡く微笑む彼には本当に驚かされる。束縛すら肯定して。
あまりの度量の大きさに眩暈さえする。だが、それを遥かに上回る、愛おしさと歓び。

「・・・・・・・・そうか」
「心配しなくても、俺の世界はアーネストだから」
「ならば、俺の世界もお前だ・・・・・・・カーマイン」

互いの世界が互いであるのなら、それほど幸せな事はない。
『ラプンツェルを愛した魔女』は、ラプンツェルの世界で在ろうとしたけれど、『魔女に愛された少女』の
世界は魔女ではなかった。だから、魔女はどんなに想っても彼女に見捨てられてしまった。
一方的な想いは、それがどんなに強いものであっても捨てられてしまう。だから、願う。



―――私をずっと想っていて下さい、と。


それはきっと、誰も知る事が出来なかった魔女の本意・・・・・・・。




そして愛しい者を腕に抱く。

――俺の唯一にしてもっとも深い、願い――





fin…?





ああ、救いようのない駄文に!!
シリアスを書きたかったのかほのぼのを書きたかったのかよく分かりません。
でもラプンツェルの話はいつか書きたいと思っていたので漸く念願叶いました!
すっかり原作汚したがな!!(コノヤロウ)ああ、ごめんなさーい!!

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