まるで。 奪われたものを盗り返すかのように。 何もかも絡め取られていく。 それは意識であったり、心であったり、躯の自由であったり。 何でも奪っていくのに、それですら足らないかのようにまた奪われて。 でも、嫌じゃない。こんな俺でも欲してくれるならいくらでも捧げよう。 それは奪った事への懺悔でもなく、義務でもなく、同情でもなく。 君が俺を好いてくれているように、俺も君が好きだから。 それを告げたら、君は今度は何を奪っていくのだろう。 ―――ねえ、アーネスト? 等価交換・・・? 静かな部屋。ぱらぱら、本を捲る音だけが響く。 幼い頃から本ばかり読んできたから、今となってはかなりのペースで読み進める事が出来て。 所謂、速読というものか。ざっと目で追って、脳に文字を叩き込む。もう三分の二ほど読んでいるから、 あと十五分程度で読み終えるだろう。山場だし早く読破してしまいたい。そう思った矢先に指先を 自分のではない、長く硬い指先に絡め取られる。顔を上げれば、そこにはあるはずのない姿。 招いた覚えもなければ、来るとの連絡も受けていなかった銀髪の青年。ただ、纏っている服が私服でなく 彼の国の誉れ、インペリアルナイトの制服であったため、予定外の仕事のついでに訪ねてきたのだろうと 見当を付ける。 「・・・・・アーネスト、何故ここに」 一応問えば、自身の予想と相違ない返事が返ってくる。 「こちらに急な仕事が入ったのでな。ついでにお前の顔が見たかった」 「・・・・・・・・?何だ、仕事の途中なのか?」 「いや、もう終えてきた」 「そうか。それにしてもいきなり部屋に入ってくるなよ」 別に見られて困る事もないから構わないのだが、それでもやはりいきなり訪ねられるより、僅かばかりでも 心の準備は出来た方がいい。そう思い、苦笑気味に言えば、相手も苦笑を漏らして。 「ノックはしたぞ?お前が気づかなかっただけだ」 「え・・・・・そう、か。それは悪かったな」 「・・・・・全く、本の虫もいいが少しは限度というものを覚えろ」 ちらと、目の前の机に山積みになった読破済みの本へと目を留め、アーネストは呆れた風に吐息を漏らす。 確かに言われてみれば、ざっとの見積もりでも二十冊は超えている。でも仕方ない。休暇でもなければ本を読む 事すら侭ならないのだから。 「そうは言うけど、他に機会がないからな」 「・・・・職務中は缶詰め、休暇は家に篭もって読書じゃ身体が鈍るぞ?」 「別にいつも本を読んでるわけじゃないけど?」 それに職務だって書類処理ばかりじゃない、と付け足して言えばまた溜息を吐かれる。これは言っても無駄と 思ったのか。未だ取り押さえられた指をどうにか離して貰えないだろうかと何度か自分の方へ引いてみるが、 ぎゅうと先ほど以上に強く握られてしまう。 「ちょ、もう離してくれアーネスト」 「駄目だ。離したらどうせまた本を読み漁るつもりだろう」 「あと十五分くらいで終わるから」 「駄目だ。それくらいなら俺が帰ってからでも充分時間があるだろう。もう終わりにしろ」 「えーっ・・・・・・」 十五分、たったそれだけの時間。辛抱強い彼なら待っていてくれるかと思ったのに。諦めきれず、上目遣いに 様子を窺ってみるが、否定は許さないとでもいうような強い緋色の瞳に見咎められて、仕方なく本に栞を挟み、閉じる。 そのまま、読破済みの本の山の上に置いて、「これで満足か」と問えば、アーネストは少し考える素振りを取って。 「いや、まだ足りない」 「・・・・・・・・・・・何が?」 読みかけの本を置くという、彼が言う通り本の虫と言っても過言でない自分としては最大限の譲歩をしたというのに。 一体何が足りないというのかと、足を組み少し憮然とした声で聞き返す。 「・・・・その態度、だ。折角逢いに来たのにあまりにもつれないんじゃないか?」 「・・・・・・・・だって突然だったから」 「それにしたってもう少しくらい喜んでくれてもいいだろう?」 俺の要求はそんなにいけない事か?と少し拗ねたような声音で首を傾がれて、僅かに立っていた気が治まって ゆくのを感じる。そう、アーネストの要求は至極当然。毎日顔を合わせているのならともかく、自分たちは多忙ゆえ 一月逢えない時だってある。滅多に逢えぬ人、しかも恋仲にあるというのなら、突然とはいえ逢えたのならもっと 喜ぶべきだろう。けれども、別に俺はアーネストの突然の来訪を疎ましく思っているわけでなく。内心はやはり 嬉しい。好きな人と顔を合わせて嫌な事などあるはずもないだろう。 「・・・・・別に喜んでないわけじゃない。逢えて嬉しい」 「白々しい・・・・・・・まあ、いいか」 「アーネスト?」 もう少しくらい食いついてくるかと思ったのに、やけにあっさりと引くな、などと思いながら憮然とした白皙の端正な 顔を見遣る。それが、先ほど知覚していた位置よりも近づいてきていて思わず瞠目する。とん、と顔の両脇に 白手袋に覆われた大きな手が置かれ、ぎしりと自身が座るソファが新たな重みを受けて悲鳴を上げた。 「な、おい・・・・アーネスト!」 「何だ?」 「何だ、って・・・・・何で君は俺の上に乗り上がってるんだ!?」 言った通り、ソファの背に手をつき、俺の膝と膝の間にある隙間へ片足を乗せ、体重をかけてくる。そのせいで ソファは沈み、アーネストの身体は俺と殆ど密着したような形になって。しかも更に顔が近づいてくる。 鼻先が触れ合いそうだ。間近で緋色の瞳が愉快そうに煌いて、何となく嫌な予感がしてしまう。 「・・・・・・・これだと逃げられんな、カーマイン」 「逃げられないって・・・・・何する気だ」 「さあ・・・・・?取り敢えず袋の鼠のようだが?」 時折見せる穏やかで優しい笑みではなく、シニカルなもっと言えば獰猛な肉食獣のような笑みを浮かべる アーネストにぞくりと悪寒にも似た何かが背筋を這い回り。何とか逃げる手立てはないかと視線を彷徨わせるが 元からの体格差に付け加え、今のこの体勢では圧倒的に不利。自力で脱出が不可能なら言葉で相手の気を 変えるしかないのだが、こういう顔をしている時の彼には何か言うと大概墓穴を掘る事となる。 どうしたものか思案していれば、その隙を突いて更に密着する肢体。 「逃げないのか?」 クスクス笑いながらの一言。全く、白々しいのは一体どちらの事か。 「逃げる方法があるのなら是非ともお伺いしたいね、ライエル卿?」 「・・・・・・そうだな、なくはないぞ」 「・・・・・・・・・・・・・・ん?」 圧倒的に有利な状況にありながら、わざわざ逃げる道を教えるというのか。さっきとまるで変わらぬ体勢の侭、 アーネストは更に笑みを深めて。何となくその笑みが勝ち誇った顔、のように見え、また嫌な予感が脳裏を 過ぎっていく。 「・・・・例えば、これとかな」 唇に人差し指を当てて、つんと弾く。それはつまり・・・・・キスをしろ、という事なのだろうか。 しかも多分、俺から。そんな事恥ずかしくて出来るはずもない。ぷるぷる、首を振って否を唱えれば、既に予想 していた事なのか差して表情を変えず。 「何だ嫌か?」 「・・・・・そ、んな事出来るかっ」 「それは残念だ」 ちっとも残念がってる様子もなく言う。まるで嫌がられる事を望んでいたかのように。 「折角の逃げる手立てもお気に召さないというのなら、致し方ない」 「ちょ、アーネスト!?」 「どうした、カーマイン?お前が選んだのだろう・・・?」 ふぅわりと蕩けるような微笑。下から登り上げてくるかのような甘い低音。ぎしりと軋むソファ。ゆっくりと増してくる 重みと自分のものではない熱。そのままそっと、首筋に舌が這わせられる。半ば予想していたとはいえ、その 生々しい感覚に身体が跳ねる。 「お、おい・・・・やめ・・・・・」 「・・・・・・ご冗談を」 ぐいぐい、圧し掛かってくる大きな肢体を押し返そうとしても、腕に力が入らず、無駄な足掻きになってしまう。 それでも何とかしようと手足をばたつかせてみれば、ふうとアーネストが重く息を吐く。 「・・・・・・・・そんなに嫌か」 「・・・・・あ、いやその・・・・」 少しだけ身を離して、俺を見下ろすアーネストの顔に浮かぶのは不服、というよりもやや痛い、切なそうな表情。 何だかとてもいけない事をしたような気になってしまう。ばつが悪くて目を逸らす。 「・・・・・あまりそういう態度を取られると傷つくんだがな」 「・・・・・・・・・・・・ごめん」 「謝られるのも御免だな。・・・・・・まあ、俺も性急すぎたか」 「・・・・・・・・アーネスト?」 「今後、俺といる時は本を読まないと、約束するなら許してやらん事もない」 彼なりにかなり譲歩したらしい要求。飲まなければきっと多分に機嫌を損ねてしまうのだろう。だったらどうすれば いいのか。簡単な事。ただ首を縦に振ればいい。それだけの事だ。 「・・・・・・分かった、君の言う通りにしよう」 「そうか、約束したぞ・・・・・?」 言って、今まで以上に顔が近づいて、そのままパフッと唇を塞がれる。結局するんじゃないかと内心で毒づいたが それで機嫌が直るのならばそれでもいいかと思う。そしてまた、奪われてしまったなと一人ゴチる。 それはやはり心だったり、意識だったり、躯の自由だったり。ついでに本という存在を足して。何もかも奪われて しまう。それでもそれは嫌ではなく。自分という存在が彼のものとなっていくというのなら、それはどうしようもなく 幸せな事で。きっと唇が解放される時、微笑んでいるのであろう彼を思い、自然俺も笑みが零れた。 奪われる事。決してそれは悪くない。 このままもし全部彼に奪われたのなら。 奪われたものと同等の何かを俺はきっと得るだろう。 だから。 全部奪ってみせて・・・・? ―――ねえ、アーネスト・・・・? fin 正直に言います。 タイトル思いつかなかったんです(爆) なので何が等価交換よ、と思われても致し方ないかと・・・・。それ以前に 筆頭を強気で書こうとするとどうしても変態染みてきます(Notストイック!) というか強気だったのかすら疑わしいのですが。こんな本当はお前裏行きに するつもりだったんだろう的な駄文に仕上がってしまいましたが、48500hitゲッター様で あらせられる栗原様に捧げたいと思います。はい、リテイクという言葉は まさしく私のためにある言葉ですから!遠慮なく申し付けてやって下さいませ!!(刺) |
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