曇天の空から降ってきた白いそれに、異彩の双眸が惹き寄せられた。 雪色の箱庭 「・・・・・ふ、わ・・・・・」 空気も凍てつく真冬時、いつものようにこの雪国であるバーンシュタインの最西に位置する街で 最も大きな屋敷に住まう男の元に訪れた青年は、折れそうなほど、細い首を傾け、感嘆の念を露にする。 その金と銀の世にも稀な瞳は先ほどから忙しなく空から降ってくる『神の贈り物』に釘付けになっていた。 普段ではあまり見られない年相応の表情を垣間見せる彼に初めは微笑ましいと笑っていた男は、 次第に眉間に皺を刻む。何故かといえば、雪に夢中な青年の視界に、自分が入れないから。 「・・・・・・カーマイン」 堪えきれず、声をかけた。控えめに。しかし、それが災いしたのかカーマインの耳には届いていないようで。 上空を仰いだ細首は、下に戻っては来ない。更に男の眉が顰められる。それはそれは、とても不満げに。 仕方なく、吐く息が白くなるのにも構わず、男は声を強めた。 「カーマイン」 けれど、それでもカーマインは男を見ない。どころか、たおやかな白い腕を降りしきる白銀に伸ばして。 触れては溶けゆく儚い命を、とても大切そうに、愛おしそうに、手のひらに受け止めていく。それはまるで 普段の青年が男にするように。その様子をずっと目前で見ていた男は、雪に彼を奪われてしまった気がして、 らしくなく強引に天へと捧げられた細い手首を掴み取った。 「・・・・・・?!」 「いい加減に、此方を向け」 「・・・・・あ、アーネスト・・・・?」 腕に走った小さな痛みに、漸く自分が声を掛けられていることに気づいたらしいカーマインは、夢から醒めたばかりの ように長い睫を幾度も瞬かせる。そして異彩の双眸に、何処か怒ったような表情をしている緋色の瞳の持ち主を映して、 慌てて微かに寒さで震える唇で謝罪の言葉を紡ぐ。 「悪い・・・、もしかしてずっと呼んでたのか?」 「・・・・・・・・・・ああ」 「すまない、雪が降ってるところ、初めて見たから、つい・・・・」 ごめん、と本当に申し訳なさそうに、そして何処か、許して?とでも言いたげな甘えの篭もる声色に、流石に アーネストの怒りに強張った頬が、緩む。眉間からも皺が消え、やがて雪に埋もれるかのような白い溜息を 吐き出すとしゅんとした様子の、少しだけ雪を被った漆黒の髪へと指先を埋める。そのまま犬猫にでもするように くしゃくしゃと撫で、色素の薄い面に呆れ半分、愛しみ半分の何ともいえぬ色を乗せた。 「・・・・そんなに、興味深かったのか?」 「ああ、そう・・・・だな」 反省しながらも、未だに雪を気にした風のカーマインに気づいてアーネストが問うと肯定が返ってきた。 それに落胆はするも、先ほどみたいに怒ったりはしない。確かに、初めて見るのなら夢中になっても仕方ないものだとは、 思うから。自分も生まれて初めて雪を目にした日は密かに感動した。だから、怒れない。けれど悔しさはある。例え一時の事でも、 この自分にとって生涯愛しい者を奪われた。悔しい以外に何があるというのだろう。アーネストの口端には 薄っすらと自嘲が浮かぶ。あまりの自分の余裕のなさに。しかし。 「だって、雪ってアーネストに似てるだろう?」 付け足されたカーマインの言葉に下がりかけていたアーネストの顔が上げられる。深紅の瞳がまじまじと目前の 雪に彩られた美貌を捉えた。その彼らの背後では変わらず、無音のままに雪が降り積もっていく。 優しく、柔らかな沈黙が落ちる。けれどそれはアーネストの手によってすぐさま覆された。 「俺が、雪に似ているだと?」 カーマインが言っていたのは逆だが、まあ主語が入れ替わったところで意味はさほど変わらない。カーマインは こくこくと小さく頷いた。それから不思議そうに首を傾いでいるアーネストの頬を先ほど雪を捕らえていた腕で そっと包み込む。氷を当てられたような冷たさに、触れられたアーネストは一瞬身を強張らせるものの、すぐに弛緩して 自分の頬に添えられた指先を暖めるように上から更に包み込んだ。じんわりと暖かいそれにカーマインは微笑む。 次いでアーネストに言い聞かせるようにゆっくりと優しい口調で話し出す。 「・・・・俺、雪ってさっきも言ったけど初めて見るんだ。でも・・・・」 「でも、何だ?」 「見るのは初めてでも知識としては知ってた。白くて、綺麗で、冷たくて、触れると溶けてしまうものだって」 「・・・・・?それがどうした」 「だから。それを知った時一番初めに君を思い浮かべた。人から聞く雪のイメージと君がそっくりだと思ったから」 それでずっと、実際に見てみたいって思ってたんだ、と照れたようにはにかんで言うものだから思わず、それこそ 本能に突き動かされたようにアーネストはすぐ近くにある、柔らかな、けれど雪を見るためにテラスに出て冷え切った いつもより色の薄い唇に自分のそれを重ねた。とはいえ、今自分たちのいる場所の事を考えてすぐに離したが。 けれどカーマインの目には僅かに非難の色が覗いている。誤魔化すように、緋色の目許が和らげられた。 「・・・・そう、怒るな。お前があんまり可愛い事を言うから、ついな」 「可愛い事って、何だ」 「俺と、似ていると思ったから雪が見たかったんだろう?」 「・・・・・・・・・・ああ」 「だからだ。しかし・・・」 一度、言葉を切りアーネストも未だ深々と降りしきる白銀に視線をやって、それからまたカーマインを視界に 捉えながら、咎めるように言葉の続きを待っている油断した眉間を突付いて。 「ここに本物がいるだろう?」 言った。苦笑混じりの切実な声で。その響きは何処か、此方を見て欲しいと、そう言っているような気すらさせて。 カーマインの色違いの眦が大きく瞠られた。それから雪が溶け出すように優しく細められ、ついで何か悪戯でも 思いついたのか口元に子供っぽい微笑が浮かぶ。 「・・・じゃあ、本物だと何が違うんだアーネスト?」 試すような口調。それにアーネストは少し考えて。 「そうだな。少なくとも俺なら冷えたお前の身体を温めてやる事が出来る」 「・・・・・・・なるほど。じゃあ、さっそく暖めてもらおうかな」 「仰せのままに」 片手を自分の胸に当て、片足を半歩下げて一礼をしながら返された言葉にカーマインの口の端に刻まれた 笑みは更に深まり。頭を下げているせいで今は自分より低い位置にあるアーネストの耳にそっと一言呟く。 「部屋の中でならさっきの続きしてもいいよ」 思わず、といった態でアーネストは驚いた顔をする。聞き違いではないかと問い返した。 「・・・・・・・いいのか?」 「それも本物にしか、出来ないだろう?」 「確かにな。なら、早く部屋に戻ろう」 「アーネストって結構ゲンキンだよね」 「悪いか?」 「いや、いつまでも仏頂面されてるよりいいよ」 アーネストが笑うと、雪が溶けたみたいに暖かいから。小さな声で囁いて、最後に惜しむように雪を一つ、手にする。 それから、クルリと今まで雪を眺めるために立っていたテラスから踵を返す。差し出された自分よりも幾分温かい 手のひらに冷え切った自分のそれを乗せて、カーマインはエスコートされるままに室内に戻る。その背後で雪だけが 深々と降り続けていく。けれど数分後、室内から漂ってくる甘く熱っぽい空気に彼らの周囲だけ雪が積もる事はなかった。 fin いかん、最近アー主短編を書いてなかったので 勝手がつかめないですね。でもバカップルは守り通しました(おや?) 例の如く休暇中筆頭の別荘に遊びに来ているカーマイン氏と言う事で。 |
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