アンフェアゲーム






生暖かな風が、頬をゆっくりと撫ぜる。
木々の梢が密やかに唄い、月光が柔らかく光を放つ。
梟ですら口を紡ぐ、とてもとても静かな夜。
焚き火の爆ぜる音がやけに大きく聞こえるほど。
―――今宵は、静寂。

だからだろうか。
普段なら見張り中に瞼が重くなる事などないのに、今は眠い。
少しでも気を抜けば、夢すら見ない深い眠りに落ちてしまいそうで。
いつものようには気を鋭敏に保つ事が出来ない。

そうこう言っている間に、また瞼が下がってくる。
無理やり瞬きをして降りかかる眠気を払おうとしたが、それでも意識は沈みそうになり、
ウトウトと舟を漕ぎ始めた俺に気がついたのか、隣りの大きな影が動く。

「・・・・大丈夫か?」

低い低音が鼓膜を擽る。
温かな腕が今にも崩れそうな俺の身体を支えてくれた。
見上げて顔を見るまでもない。
大体、その隣にいる人物は今の俺と同じく見張り番だ。
分からない筈がない。

「・・・・らいえる」
「何だ?呂律が回ってないぞお前」
「そんな・・・こと・・・な・・・・・」
「嘘をつけ。眠いんだろう?」
「ち・・・が・・・・」
「・・・・・ではこの指は何本に見える?」

声と共に長くしなやかな指先が眼前へ翳される。
薄くしか開けない瞳でそれを追うが、どういう訳かブレて見えた。
瞬きを繰り返し、少しだけ目を擦るがやはり視界がぼやけて。
小首を傾げつつ、取り敢えず自分の見たままに言う。
但し、その声は非常に自信がないものになってしまったが。

「・・・ん・・・・・さんぼん?」
「・・・寝ろ」
「なんでぇ?」
「俺は指一本しか上げてない。大体さっきからお前、舌が回ってないぞ」
「ちが・・・・うぅ」

本当の事を言うと物凄く眠い。
そしてその眠さ故に、自分の口調が幼くなってるのも分かってはいる。
とはいえ、ここで「はい、そうです」と答えるのも非常に情けない。
故に何故か反発した態度を取ってしまう。

そんな俺に呆れているのか、隣りの見張り番もとい、ライエルは息を吐いた。
その間もさり気なくふらついてる俺の身体を支えてくれている。
何だかんだで優しいんだよな、と何とも見当違いな事を考えながら、何とか顔を上げた。
隣りに腰掛けている白皙の面を見ようと頭を動かせば、またライエルは口を開く。

「・・・・よし、カーマイン。そこまで言うなら一つゲームをしよう」
「・・・・・・・ん〜?」
「これから俺が言う事に全て『はい』で答えろ。
全て答えられたらお前の勝ち、出来なければお前の負け。お前が負けたら直ぐに寝る事。分かったか?」
「・・・・・・ん、じゃない・・・はい」

いきなりライエルの思惑に引っかかりそうになり、言い直せば育ちのいい筈の彼の口から
聞き違いかもしれないが、チッと舌打ちする音が聞こえた。しかし、ライエルは直ぐに咳払いをすると
常と変わらぬ平坦な声でそのゲームとやらを続ける。

「さて、何から始めるか。そうだな・・・・星は好きか?」
「はい」
「夜風は好きか?」
「はい」
「鳥は好きか?」
「はい」
「花は好きか?」
「はい」
「ふむ、では虫は好きか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

虫なんて嫌いだ。
そう言いたいけれど、これは俺が虫嫌いなのを知っててわざと聞いてるのだから、
策に嵌まる訳にはいかない。もう、ここまできたら意地だ。絶対勝とうと気合を入れつつ答える。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」
「強情を張るなお前も」
「・・・・・・・・・・はい」
「ふっ・・・・・では続きだ。今共に行動している連中は好きか?」
「はい」
「・・・・・奴らといて楽しいか?」
「はい」
「何か、困っている事はないか?」
「はい」
「辛い事もない、か?」
「はい」
「俺に何か、遠慮をしていないか?」

最後の言葉に込められた切実さに、一瞬眠気が飛ぶ。
ライエルはこれをゲームだと言っていたが、本当は彼が普段聞きたいと思っている事をこの場で
聞こうとしているように思えた。覗いた顔がゲーム中だというのに真剣そのものな事からもそう言える。
だから俺は眠い目を何とか奮い立たせ、しっかりとライエルを見た。

「はい」

遠慮などしてない。
そう伝えるために出来うる限りはっきりと答えれば、ほんの少しだけライエルの口元が綻ぶ。
それから、ぽんと俺の頭上へ手を乗せた。とても暖かい手。
覚めかけた眠気が、その心地よさに再び帰ってくるのを感じる。
・・・・・・・・・それってずるくないか?
勝負の途中なので言えないけれども。

「・・・・何か言いたそうだな」
「はい」
「言いたければ、負けてしまえばいい」
「・・・・・はい」
「・・・・本当に強情だな。そんなに眠いのを否定したいか?」
「はい」
「・・・・・・じゃあ、これが最後だ」
「・・・・・・・?はい・・・・?」

再び息を吐いた後、ライエルは滔々と歌うように滑らかだった声を硬くする。
ほんの少し緊張が紛れているそれが気になり、首を傾げればライエルは苦笑う。
ゆっくりと、静かに最後の勝負文句を告げる。

「・・・・・本当は、俺の事が嫌いなのではないか?」
「・・・・・・・・・・・・・」

真っ直ぐと注がれた緋色の視線が悲しげに揺れている。
それはきっと今までの俺の彼に対する態度が言わせてしまった台詞。
例えば一人だけファーストネームで呼ばなかったり、つい避けてしまったり。
そんな態度がライエルに、俺から嫌われているのではないかと思わせてしまった。
一応勝負の形を取って入るが、これはライエルの紛れもない本音。
『はい』なんて答えられる訳もない。

「・・・・・どうなんだ、カーマイン?」
「・・・・・・・・・・おれの、まけ・・・だよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「はい、なんていえるわけ、ない」

すきだもん、と舌足らずになりながらも返せば、ライエルは一瞬目を瞠り、そして笑う。
とても安心したように。綺麗な笑顔。重くてたまらない瞼が憎くなるほど。
もっと見ていたいのに、眠くてしかたない。ふらりと大きく頭が揺れる。

「・・・・・・・これはもうゲームどころではないな」
「・・・・・ん・・・・・」
「お前が負けた事だし、もう寝るんだなカーマイン」
「・・・・・・・・でも・・・・みはり・・・が・・・・・・」
「気にするな。俺一人で充分だ。大体そんな調子じゃ見張りにならんだろう」
「・・・・・・・・む・・・・・」

まあ、確かにライエルの言う通りではある。
こんな状態で居続けてもライエルの気を散らしてしまうかもしれない。
それでは眠っている仲間たちのために見張っている意味もないだろう。
仕方なく、皆が寝ている場所へと戻ろうとするが、立ち上がろうとすれば身体が傾ぐ。
自分が思っている以上にこの身体は眠いらしい。
そのまま倒れるかと思ったが、その前に力強い腕に抱きとめられた。

「・・・・・・寝に行かせるのも危なそうだな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「仕方ない。ここで寝てしまえ」
「・・・・・・・え・・・で、も・・・・・」

それではライエルの邪魔になるだろうと言い返そうとするが、その前にこの身体を受け止めた腕が
俺の頭を掴んだかと思えば、物凄い勢いで引っ張られる。眠くて全く力の入らない俺はその腕に導かれるままに
ぽすんと何かに当たった。何だろうと目を凝らすが、視界は真っ暗で何も見えない。

「・・・・・らいえる・・・・・?」
「これなら、何かあっても直ぐに起こせるし、地面で寝るよりマシだろう」
「・・・・・・・・・・・・・・?」

言われた意味が分からず、押さえられた頭を何とか動かせば真上に緋色の瞳。
少し視線を下げれば金鎖が揺れているのが映りこみ、真横を見れば均整の取れた白い腹筋がある。
反対側の真横を見れば、長い脚が伸びており、その先にはレザーのブーツ。
更に付け足せば俺の頭の下は少し柔らかい。それらをあまり良く回らない頭で考える。
そうして出た答えは。

「〜〜〜〜ッ//////!!」
「何かあったら起こす。それまで寝ていろ」
「な・・・うぇ、・・・・・なぁっ・・・・」
「何だ、何を言ってるか分からんな。さっさと寝た方がいい」
「!」

男の身で、しかも同性に膝枕をされてるその何とも言えない恥ずかしさに顔を赤らめるものの。
ライエルは気にした風もなく、むしろ急かすように俺の目に自分の手を置いて光を遮り、寝かそうとする。
そんな事されても余計に恥ずかしくなる一方なのに。と言うよりも眠気さえ飛んだ。

「ちょ、いいって!」
「何、遠慮するな」
「ちがーう!!」

叫んでも、ライエルの手は外されないし、俺の頭もライエルの膝に埋まったまま。
暴れてみてもそこから動けない。それでも恥ずかしさから逃れたいがために抵抗する。
そうして暫く根競べを続けた結果、まあ言わなくても分かるだろうけれども。


俺が二度目の敗北を帰し、膝枕されました。





・・・・・・・・・・・・・・意外と寝心地よかったけど。



翌朝、俺だけが非常に気まずくて、ライエルだけは笑ってて。




それはもう、何とも言えない。


アンフェアゲーム。





fin・・・?




72000打ウェ主のアー主ver.を書こうと思ったのですが、全然別の話になりました。
何だか珍しく、でもないですが筆頭がよく喋っています。そして珍しく強気。
ちょっと変わった話を書きたかったのでこれはこれで満足だったりします。
ウェ主小説と共に72000打を踏まれたお嬢さんに捧げます。
リクエスト有難うございましたー!


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