キヲク 「桜が、見たいな・・・・」 寒さに凍えていた木々に若葉が芽吹き、晴れ渡った青空の下、艶やかな花々が咲き乱れ始めた頃。 迷いの森の奥深く、獣すら寄りつかぬ樹海に建てられた山小屋に住まう男の元に訪れていた青年はぽつりと呟く。 その言葉を聞いて自分より低い位置にある漆黒の髪を背後から指先に絡めていた男は小さく首を傾いだ。 「桜・・・か・・・・・?」 「ああ、そろそろ見頃だろう?」 「・・・・そうだな・・・・そういえばこの近くに桜の樹があった気がするな」 とはいえ、まだ花もついてない頃に見かけた程度で正確な場所は覚えていないが、と苦笑混じりの低音が耳を擽り、 青年は僅かに抱かれた腕の中で身を捩る。それからゆっくりと振り返れば、真上には穏やかに己を見据える緋色の瞳があり、 目が合うとそれは更に柔らかく細められた。何か、とても愛おしいものでも見るように。 「・・・・・・どうした、カーマイン?」 不意に口元に笑みを刻んだカーマインを不思議に思い、男は元々近かった顔を更に寄せて問う。 吐息が触れるほどに縮まった距離にカーマインは小さく首を振りながら答えた。 「・・・・いや、アーネストの瞳が何だか前より優しくなった気がする・・・」 「・・・・・・・そんなにキツい目をしていたか?」 「うーん・・・キツいって言うか・・・・・・優しくなったよ」 「なら、お前のおかげだろうな・・・それは・・・・」 言いながら、アーネストはカーマインの額へそっと口付け、無防備な指先へと自分のそれを絡ませる。 「・・・・・俺は、お前に出逢わなければ誰かを愛しむ事も・・・心から笑う事も出来なかった」 「そんな・・・俺は何もしてない」 「そういうところがお前のいいところだな・・・・・」 「・・・どういうところだって・・・・・・?」 「・・・・・・・・・そういうところだ。それより・・・・・」 桜はどうする?と自らが手にしている細かな指を自身の頬へと触れさせると幾分ずれてしまっていた話題を戻す。 対するカーマインはやや意外そうに二色の双眸を瞬かせた。 「・・・・え、いいのか?」 「・・・・・・・見たいのだろう、桜が。一応まだ謹慎中の身だが、そう遠くもないのだし・・・構わないだろう」 「でも、場所覚えてないって言ってなかったか?」 「・・・・どうせここにいても本を読むか眠るくらいだろう。だったら桜を探すのも悪くない」 「そう、か・・・?」 「そうだ。それにナイツに復帰が決まっているのに小屋に篭もりっぱなしでは身体が鈍る」 苦い口調で呟かれた言葉にカーマインもつられて苦笑する。ついでアーネストに攫われた指先を取り返すと ゆっくりと立ち上がりドアの方へと一歩足を踏み出す。アーネストはそんなカーマインの一挙一動をひたすら目で追う。 まるで立ち上がる気配のない男の様子に気づいたカーマインは振り返ると何ともいえぬ曖昧な表情を白皙の面に乗せた。 「・・・・・・・何?」 「手」 「・・・・・・・・・・・・自分で立てるだろう?」 座ったまま上にある異彩の双眸を見上げてくる緋眼が一体何を考えているのか質してみればたった一言だけ返ってきた。 彼との付き合いが少ない者にはまず通じないが、カーマインには彼の言わんとした事が理解出来る。 立ち上がるために手を貸して欲しい、そう言っているのだと。別に立てないわけでもないのに、とカーマインは少し呆れた風に アーネストを見下ろす。しかしその程度で態度を改めるアーネストでもない。結局カーマインの方が折れた。 「・・・・・・ほら、手」 「・・・・・・・・・ん」 伸ばされた手を掴むとアーネストは漸く立ち上がる。そしてカーマインの手を握ったまま歩き出した。 「・・・手、繋がなくても俺は迷子になったりしないんだけど?」 「繋いでいたいだけだと言ったら?」 「・・・・・少し・・・嬉しい、かな?」 「素直で宜しい」 「何だそれ・・・・・」 他愛もない会話と笑い声を残し、二人は小屋を後にした。 ◆◇◆◇◆ 「・・・・ほら、あったろう?」 あのまま、手を繋いで迷いの森の中を数時間捜し歩いていた二人は漸く目当てのものを見つける。 アーネストの記憶が曖昧だったので思いの外、時間は掛かったものの、そんな事は頭から吹き飛んでしまうくらいに 見事に咲き誇る、大樹に実った白い花――桜。木枝を彩る花そのものも勿論美しいが、散りゆく姿は更に雅で。 何処か雪のようにも見える大気を優雅に舞う花弁を金銀と緋色が追う。 「・・・・・・・綺麗」 「ああ。季節が限定されている上に、珍しいものだから余計にな・・・・」 貴重に思える、と繋ぎつつアーネストの視線はまだキラキラと目を輝かせて桜を見上げているカーマインへと注がれている。 確かに桜は美しいとは思うものの、彼にとってはあくまで二の次にすぎない。それよりも珍しく幼い表情を見せている カーマインの方がアーネストには目の保養になっていた。知らず、口元が綻ぶ。本当は桜などよりもその表情を見たかった からだろう。アーネストの頭の中には、カーマインしか存在していない。桜の花弁など殆ど見えていないに等しかった。 「・・・・・・・・重症、だな」 「・・・・え、何か言ったか?」 「いや。何も」 折角、春先ともなれば誰もが目にしたがる桜を目前としているのに、カーマインの事しか見えていない自分を異常に感じた アーネストはひそりとぼやいたが幸いな事に本人の耳には入らなかったようで。アーネストはカーマインに気づかれぬように 小さく息を吐く。それからふと気づいてそっと己の腕をカーマインの漆黒の髪へと伸ばした。 「・・・・!何・・・?」 急に触れられてヘテロクロミアが見開かれる。 「・・・・・・・髪に花弁がついてる。真っ白だ」 答えながらアーネストはカーマインの髪を彩る真逆の彩の花弁を一枚一枚丁寧に取り去っていく。 けれどその途中カーマインの手がそれを遮った。 「・・・・・・ん、どうした?」 「髪、白いんだろう?」 「ああ・・・・桜だらけだ」 「・・・・・だったら、もう少しこのままでいい」 「・・・・・・・・何故?」 手を止められた理由が判らずアーネストが首を傾げればカーマインはやや言いにくそうにしながらも、じっと見下ろしてくる 紅い視線に耐えられず、口を開く。心持ち白皙の滑らかな頬が朱に色づいたようにアーネストの瞳に映った。 「・・・・・・・アーネストの髪の色と一緒だろう?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・お前でなければ嫌味に聞こえるな、それは」 白じゃなくて銀なんだが、と苦笑しつつもその顔に浮かぶのは嬉々としたもので。そっと色の変わったカーマインの頬を撫でる。 その擽ったさに細められた違え色の瞳が愛おしくて、撫でるだけに留まらず口付けも落とす。微かな笑い声がその場に響いた。 「擽ったいって・・・・」 「我慢しろ。もう少ししたらこんな事も出来なくなる」 「・・・・・・ああ・・・・そうだな、お互い忙しくなるからな、これから」 「今のうちにお前で満たされていたい・・・・・」 「なんか・・・・冬眠前に食い溜めする熊みたいだな・・・・」 クスクスと笑いながらもカーマインは桜の花弁のように止め処なく降り注いでくる口付けを抵抗するでもなく受け入れる。 額にも瞼にも頬にも耳にも、最後に口にも余すところなくアーネストの薄い唇が触れては離れ、また触れて。 いつしかカーマインの瞳にも桜は映らなくなっていく。ただ、目の前に立つ男の姿だけが鮮明に焼きついて、離れない。 自然と腕が伸びていた。無意識のままにカーマインの指先はアーネストの背中へと回される。 「・・・・・・俺も、今のうちにアーネストに触っとこう」 「ああ。好きなだけ触れておけ」 「・・・・桜、見に来たはずなのに・・・おかしいな・・・・」 「・・・・・・・そうだな」 おかしい、と言いながらも互いを腕に抱いたまま離さない。暫くそのまま二人は抱き合っていたものの、時間が経つにつれ 冷たくなりだした風に気付き、低音がカーマインの耳元へと落とされた。 「・・・・風が出だした。そろそろ戻るか?」 「・・・・・・・ああ、そうだな。暗くなったら視界も利かなくなるし・・・・でも・・・・」 「でも、何だ?」 「いや、何となく名残惜しくて・・・多分、もうすぐ君とあまり会えなくなるからかな・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「本当は、どうしても桜が見たかったわけじゃないんだ。ただ、俺は・・・君が復職する前に何か、思い出が欲しかったんだ」 「・・・・・・・・何故?」 ぷるぷると頭を振って、故意に乗せていた花弁を払うと、カーマインはアーネストから少し離れ、後ろを向く。 その様子から、恐らく照れているのだと知りアーネストは急かす事なく、カーマインの言葉を待つ。その間も休む事なく 白い花弁は散っていく。一体どれだけの桜が散ったのか、数える事もままならぬ程の間を空けて漸くカーマインは口を開いた。 「・・・・・・どうして、俺は君との思い出が欲しかったか・・・言うのは凄く恥ずかしいんだけど・・・・」 「・・・・・・・・・・ああ」 「・・・・君がナイツに戻って、忙しい日々の中、滅多に会えない中でも・・・・ふとした瞬間に思い出して欲しいから・・・俺の事・・・・」 忘れないで欲しかったから、と次第に小さくなっていく声で告げられた内容には流石にアーネストも頬に熱を帯びた。 片手で顔を覆いつつ上を向き、長い息を吐き出す。それから目前の華奢な背中を柔らかく腕に閉じ込める。 「・・・・・・・!」 「随分と可愛い事を言う。・・・・・・桜の魔力か・・・?」 「・・・・・・・・・・・・そう、かも・・・・しれない・・・・。普段は多分こんな事、言えないだろうから・・・・」 「ならば、また来年も桜を見に来たいものだな」 「・・・・・・・・何だそれは・・・・」 「・・・・・こんなに可愛い姿を見せられれば、一年は確実に脳裏から離れないだろうからな・・・・・どんな時も」 「・・・・・・・・・・・!」 だから、また来年も見に来よう、と愛しさと甘さを存分に含んだ科白を受けて、カーマインは小さく一度だけ頷いた。 桜の樹の下で交わされた約束は、花の香よりも甘く、散り行く花弁よりも艶やかに色づく――― 愛してやまない君とのキヲク。 fin お花見するアー主でというリクエストだったのですが・・・花あんまり見てないですね。 アーネストにとってはカーマインがお花ですから(夢は寝て見な!) なんだかいつにも増してベタベタしてますが・・・・春だからという事でお許しを(理由になってねえ) |
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