若様はド天然?





エピソード1:


それはエリオットの王位奪還を果たして直ぐの事。
エリオットの即位祝いとジュリアのお披露目を兼ねたバーンシュタイン城内でのパーティの席にて起きた。
お馴染の顔ぶれが揃う中で、功労者の少年カーマインとパーティの主役の一方ジュリア、それにインペリアルナイトの
二人が一箇所に集っている。質こそ違えど、造形の美しい美形集団は華やかな城内でそれ以上に目立っていた。
そんな彼らへ兵士たちが遠巻きに憧憬の眼差しを向け、一体彼らはどんな話をしているのだろか、などと
僅かに浮き足立ちながら思いを馳せていたりした。

実際は。

「いやぁ、ジュリアンがドレスね。普段が普段なだけにちょっと違和感あるなぁ」
「失礼だな、リーヴス」
「いやいや女性らしくて素敵なんだけどね。やっぱり剣を振るってるイメージが先行してるというか」

悪気はないんだよ?とシャンパン片手にオスカーはジュリアのドレス姿について感想を述べた。
対するジュリアは着慣れぬ服と隣に立っているカーマインを気にしつつ、やや不服そうに言葉を返す。
確かに、自分は女性らしさがないかもしれないが、何もこれから散歩に誘おうと思っている相手の前で言わなくても、と
唇を尖らせながら。そんなジュリアの熱い視線に気づかない鈍感なカーマインはオスカーから渡されたグラスに
小さく笑みを漏らした。

「俺、ジュースじゃなくて平気なんだが・・・」
「おや、君は未成年なのにかい?」
「・・・・・母が、酒に強くて。偶につき合わされるんでね」

少し前までは、敬語で話していたカーマインだったものの、同席しているオスカーとアーネストに必要ないと
声を揃えて言われたため、なるべく砕けた口調で話すよう心がけていた。それでも硬いといえば硬いのだが。

「へえ、ローランディアの宮廷魔術師殿がザルとは意外だなぁ。一度お会いしたけど、美人だよねえ」
「・・・・・それは、どうも・・・・」
「なんだい、照れてるのかい?勿論君も綺麗だよ?」
「は?!」

身内への賞賛の言葉に照れていたカーマインは、今度は自分へと矛先が及んで金銀の綺麗な相違の瞳を
瞠って驚いた。それから戸惑うように視線を彷徨わせれば、オスカーだけでなくジュリアもアーネストも
その言葉にうんうんと頷いていて、居たたまれず、血が透けそうなほど白い面を朱に染める。
そんな彼の姿に立ち会う一同の思う事は一つで。

(((可愛い・・・)))

見る者が見れば、獲物を捕らえるかのような眼差しで俯き加減のカーマインを見下ろす三人。
カーマインの知らぬところで危機が迫っている。知らない方が幸せであろう事は確かだが。
ふと、じっとカーマインを見遣っていたオスカーが一度ドレスアップしたジュリアへと視線を移す。
それからすぐにカーマインへと戻し、言う。

「ねえ、ジュリアンがドレスアップして美少女デビューならカーマイン君も出来そうだよね」
「「「は?」」」

オスカーの突飛な発言に、今度は彼以外の三人の声が揃う。

「いやだって、この美貌だよ。女装したら当然の如く似合うでしょう!」
「そうだな、そう言われればカーマインならば似合うかも知れんな。女の私より小柄なのだし」
「ジュリアン、それは酷くないか?」
「事実だろう。それに顔立ちも中性的だし、整ってるし。イケるんじゃないか?」

ククッと、笑いながらオスカーに増長するジュリア。カーマインは二人から囃し立てられて何とも言えない表情を
浮かべた。ふと、話に加わってこないでいるアーネストと目が合う。無意識に、カーマインはアーネストなら
助けてくれるのではないかと、視線で訴えかけた。それを受けてかどうかは知らないが、黙っていた
アーネストが一歩前に足を踏み出す。

「ん、アーネスト?」

気づいたオスカーが振り返り。

「あ、アーネストもカーマインの女装、似合うと思わない?」
「肩幅があるものの、それくらいドレスのデザインでどうとでもなるしな。だろう、ライエル?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

オスカーとジュリアから同意を求められ、アーネストは小さく首を傾ぐ。縋るような異彩の瞳を一度見て
事もなげに言った。

「女装なんぞしなくても、そのままで充分可愛いじゃないか」

「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」

至極真面目に。低い声が告げた内容に盛り上がっていたオスカーとジュリアも黙り込む。
それから二人して肩を竦め、やれやれと言った感じに首を振る。

「あのねえ、話の腰を折らないでよ、アーネスト。君の的外れな発言のおかげですっかりシラけちゃったじゃないか」
「・・・・・・・・・?俺が何か変な事を言ったか?思った事をそのまま言っただけなんだが・・・・」
「あー、もういいよ。ジュリアン、それにカーマイン君アーネストなんて放っておいて向こうで仕切り直そう」
「・・・・・・・そうだな。おい、カーマインお前も早く来い」
「え・・・・でも・・・・」

場を壊したアーネストを置いてオスカーとジュリアはさっさと別の場所へ移動しようとする。
しかし、カーマインは戸惑うばかりで。アーネストと先に行ってしまった二人を交互に慌しく見比べた。
彼らについていってもどうせからかわれるだけだ。それにアーネスト一人を置いてけぼりにするのは可哀想というか
何となく良心が咎める。そんなカーマインの思いが顔に出ていたのか、アーネストは気遣わしげな視線を
カーマインへ送った。

「行きたいなら、行くといい。俺の事は構うな」
「えと・・・・ついていってもどうせからかわれるだけだし・・・・」
「そうか?」

じゃあ、好きにするといい。そう淡々と告げる割には、何処となく嬉しそうだとカーマインは思った。
パチパチと長い睫を瞬かせる。それから、アーネストにつられるようにほんの少し笑う。
しかしふと先ほど言われた言葉が気になった。

「あ、そういえばさっきの・・・・・・」
「ん?」
「いや、『そのままで充分可愛い』、とかその、あの・・・男が言われても・・・・・」

別にアーネストを責めるつもりはないが、まあ今後同じような事があった際、気に留めておいて欲しくて
カーマインは注意しようと思ったのだがその前に、アーネストが口を開いた。

「可愛いものを可愛いと言って何が悪い」

堂々と、むしろ窘められる事に対し憮然とした様子で吐かれた言葉。
それを受けたカーマインは言葉を失う。パクパクと形の良い唇を、水面で呼吸する魚のように動かして。
真正面で彼の様子を見下ろしているアーネストは何故カーマインがそんな顔をするのか分からないらしく
きょとんとしていて。

「・・・・・・・・・(どうしよう、フォローのしようがない)」
「・・・・?」

隣国の騎士の天然発言にどうしたものかと、カーマインはただただ頭を抱えたのだった。





エピソード2:


時期は随分すっ飛んで。
ヴェンツェルの蜂起から一年が経ち、世捨て人同然の生活をしていたアーネスト=ライエルが
ウェイン一行に拾われて(?)間もない頃。


「どういう事だ?」

強行軍が続き、野宿ばかりだった旅も久しぶりに宿を取ることが出来、少しはましになると思った矢先。
パーティメンバー八名に対し、取れた部屋はたったの三つ。そんなわけで三人、と二人に分かれてそれぞれ
部屋に割り振られたまでは良かったのだが。

「シングルベッド一つしかないな」

宛がわれた部屋の扉の前でアーネストが呆然と呟いた後ろからひょこと頭だけ乗り出したカーマインが
僅かに見える室内の様子を言い放った。少し、困った風に。

「ウェインの話じゃ取れたのは大部屋二つと個室だったか?じゃあ仕方ないのかな」

ソファかなんかある?と前に立っているアーネストに確認を取れば横に首を振られた。
半ば予想済みだったのかカーマインはそう、と一言漏らしてアーネストの背中を少しだけ押す。

「・・・・カーマイン?」
「部屋に入らないのか?いつまでも廊下にいちゃ迷惑になるだろう?」
「それは、まあそうだが・・・」
「じゃあ、早く入って。ライエルが中に行ってくれないと俺も入れない」

そう言われてしまえば、アーネストはカーマインの言う事を聞かざるを得ない。戸惑いながらも室内へと足を
踏み入れた。キシリと古い床が軋む。

「うーん、本当に寝るだけ、って感じの部屋だな」

部屋の中に入ってのカーマインの一言。だが確かにその言い分は正しかった。何故なら部屋の中にあるものは
ベッド一台と窓、それからその近くに観葉植物の鉢が一つ、それだけ。ソファもテーブルも何もない。

「通りで安かったわけだな」

荷物を置いてアーネストは溜息混じりに言う。ウェインたちの大部屋もこれとそんなに変わらない状態だろうかなどと
考えながら。元が貴族なだけに相当小さくて粗野な部屋だとは感じるものの、少し前まで住まっていた小屋と
そんなに変わらないのでがっかりはしないが困ってはいる。その困っている原因と言ったら。

「寝る時どうしようか」

ぱふぱふとベッドの弾力を測るように触れるカーマインの言葉にアーネストはハッとした。それこそ困っている問題だ。
寝床。見たところ定員一名の部屋に二人。しかも、相手はよりによってカーマイン。他の面子ならば雑魚寝も
さほど厭わなかったが、カーマインとなれば話は違う。二人きりというだけで酷く動揺しているというのに、
このままではベッドも二人で共有する事になってしまいそうで。

「・・・・・・・俺は・・・床でいい」

どう考えても、カーマインと同じ寝床を使うなんて考えられないアーネストは少し考えて呟く。
別々に寝るとなればどちらかが床で寝るしかないからだ。となればカーマインにそんな真似はさせられない。
必然的に自分が、というのがアーネストにとっての最良の決定だった。しかし。

「ベッドで寝たらいいだろう。少し狭いかもしれないけど」
「いや、しかし・・・・」
「ライエルは俺と一緒にベッドを使うのが嫌なのか?だったら俺が床で・・・・」
「な、そんな事は言ってない!それにお前を床でなんて寝させられるものか!」

叫んでからアーネストは言ってしまったと思った。カーマインはにっこりと笑ってじゃあ決定と満足そうにベッドへ
腰掛けている。なるべくなら避けたかった寝床の共用は、どうやら避ける事は叶わなくなってしまったようだ。



◆◇◇◆



「・・・・・・・何、してるんだ?」

食事と湯浴みを済ませ、後は寝るだけとなった時、先にベッドの隅へと潜り込んでいたカーマインが入り辛そうに
しているアーネストに向けて言う。

「ほら、ちゃんとスペース空けたから。入っておいでよライエル」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ここ、と毛布をめくり上げ、本当に空いているスペースをカーマインが叩いてくるので、アーネストは仕方なしに
そこへと入り込む。それから気を静めるためか深呼吸をして、更にベッドの下へ置いておいた荷物を漁る。

「ライエル?」
「・・・・・気にするな」
「気にするなって言われても・・・・それ、何?」

荷物の中から取り出したらしい何か長い布のようなものをカーマインは白く細い指先で指し示した。
アーネストはそれには応えず、手にした布を無言で自分の目へと宛がい、頭の後ろできゅっと結ぶ。

「・・・・・・・目隠し?」
「ああ」
「ひょっとして、ライエルって少しでも明かりがあると眠れないタイプ?」
「ん、・・・・・・ああ、まあ」

本当は違うのだが、ここで合わせておかないと後で大変な事になりそうだとアーネストは曖昧に頷く。
実際は、カーマインの間隣でもし寝顔なんて見ようものなら、自分を抑えられる自信がなかったからだ。
まさかそうとも言えず、勝手に解釈してくれたカーマインに内心で感謝する。
アーネストの物思いを知らないカーマインは枕に頭を預けながら、目隠しをしているアーネストを見遣った。
何やら、面白そうにクスクス笑う。

「・・・・・?」
「ライエルって、典型的なA型っぽいな。神経質だし、几帳面だし、真面目だし」
「それを言ったらお前もA型じゃないのか?細かいし、生真面目だし、理論的だ」
「そうか?俺、結構大雑把だと思うぞ・・・・それにしても仮面をしてる時も思ったけど、
そうやって目が見えないとちょっと別人みたいに見えるな。ライエルは」

それだけ瞳が印象的なんだろうけど、と眠気を隠しきれていない声に気づいたアーネストは手探りで
カーマインの声がする方に手を伸ばし、告げる。

「眠いのならもう寝てしまえ。明日も早い」
「ん、そうだな。先に寝かせてもらうよ。おやすみ、ライエル」
「ああ、おやすみ」

就寝前の挨拶を口にしてから数分後、アーネストの隣りからはすうすうと規則正しい寝息が聞こえてきた。
それにアーネストは安堵する。寝顔は見えない。ゆえに馬鹿な真似をしでかしはしないだろう。後は自分も寝るだけ。
漠然と思って。目隠しで覆われた目を閉ざす。一面に広まる闇。しかし、アーネストは一つ計算違いをしていた。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

視界が、一切遮断されていると今度は物音に敏感になってしまう。本人に、聞く気はなくとも。

「・・・・・ん」

カーマインが寝返りを打つ度、漏らす呻き声が、シーツを掻き混ぜる衣擦れが、安定した呼吸が耳について離れない。
どころか、姿が見えない分、余計にその様子を想像してしまい、とてもじゃないが眠れそうになかった。
しかも、更に寝返りを打ったらしいカーマインの手が、軽くではあるが、アーネストの肩に触れて。

「・・・・・・・ッ!!」

アーネストはその小さな刺激にも目に見えて震えた。そして予感する。このままでは自分は目が見えずとも
カーマインに手を出してしまう!と。それだけは避けねばならない。せっかく、こうして無防備になってくれる程度には
信頼して、気を許してくれているというのに。ここで間違いを犯せば、一気に信用は崩れる。
アーネストは慌ててまた手探りで荷物を漁った。今度は視界が利かないため、何度かベッドの縁から落ちそうになりつつ。

そのまま数分間、探し続けて漸く見つけた探し物を手にするとアーネストは更に手探りでそれを操る。
手にしたものは、ロープの代わりにもなりそうな長い紐だった。それをアーネストはぐるぐると前で交差させた
腕に巻きつけていく。目隠しで前が見えないので酷く不手際に。とりあえず手が出せないように出来ればそれでいいと。
そうして出来上がったのはとても不恰好な拘束。左右に引っ張って、外れないかどうか強度を確かめる。
結構な力を込めてもデタラメにきつく縛り上げたそれはびくともしない。

「よし、これでどうにか安心出来るな」

本当に安堵の息を吐いて、アーネストは起き上がらせていた身体をふかふかとまでは言わないものの、それなりに
柔らかいベッドへと預ける。視界が利かない中で無理をして疲れたのか、今度はすぐに眠りにつけた。

・・・・・かのように見えたがその実は。
手首を全くの加減なしで縛り上げたため、血行の流れが止まり、そのショックで失神しただけなのだが。
その緊急事態が露呈するのは翌朝、ゲヴェルの支配から逃れ今ではすっかり寝起きのよくなったカーマインが
目を醒まし、隣りで死人のように青褪めるアーネストを発見し大騒ぎした頃だったとか。

天然と言うより、最早馬鹿としか言いようのないアーネスト=ライエルの伝説が、また一つ出来上がった。



fin?




アー主(?)短編集にしようと思ったら妙な事に。
本当は某映画のようにエピソード3も入れたかったんですが力尽きました。
それにしてもアーネストがアホ過ぎます(愛です)
血行止まったら腕が腐るような気がするんですが、まあギリギリ間に合ったんでしょう。
そういう事にしておいて下さいませ(断る・・・!!)


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