ほら、よくいるだろう?

普段は生真面目なのに、酒が入った途端に別人になる人。

困った事に今現在、そういう人が目の前にいたりして。


―――どうしたものかねぇ?

酔っ払いの介抱なんてした事ないんだけどなあ・・・・。

思考に没頭していれば絡んでくる腕に、俺はもう何度目か判らない溜息を吐いた。


―――本当にどうしよう・・・・・




酒は飲んでも呑まれるな





「おーい、もういい加減どいてくれ」

ずしりと俺の上に乗り上がっているいつもより高い体温に、自分ではどうしようもなくって、本人に呼びかけてみる。
ああ、でも効果はないっぽいな。というか聞いてるのか、この酔っ払い。もういい加減身体も痺れてきたんだけどな。
体重差一体いくらあると思ってるんだ。重いんだって、もう。自分より一回り以上大きな身体を押しのけようと両腕に
力を込めてみても、渾身の力で以って厚い胸を押し返してもびくともしない。別に俺が非力ってわけじゃない。
見た目は細い、細いって言われるけど、女の子の一人や二人くらいなら担げるくらいの力はあるんだ、これでも。
それなのに、この自分の上に乗っている男はいとも容易く俺を押さえ込んでくれるわけだ。馬鹿力もいいとこだな。

あ〜、もうだめだ、完全に目が据わってきてるよ、この男。どうする?殴るか?とにかくどいてくれって。
もう一度、今度は肘を使って押し返してみる。足も使うかいっそ。おいおい、嘘だろ、いくらなんでも片手で押さえ込む
なんてどんな力だよ君は。ほんっと馬鹿力だな!腹立つって。大体何でこんな事になってるんだっけ?

・・・・・・・あ、そうか俺が自分用の酒を勧めたのが原因か。じゃあ自業自得ってわけか?いやいやいや、俺だけが
悪いわけじゃないだろう。アーネストがあまりにも酒に弱すぎるんだって。だって、たったのグラス一杯だぞ?
そりゃあ、俺も未成年のくせに結構な高濃度の酒を飲んでる自覚はあるけどさ。それでも普通よりちょっと強いくらいだぞ?
むしろこんなの嗜む程度で、いつもならもっと強いのを飲んでるところだ。でも人に勧めるからってそれでもまだ
弱いものを選んできたんだ。なのに、一杯飲みきってこれは酷いだろう。

「おい、アーネスト、本当にいい加減にしてくれ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・嫌だ」
「嫌だじゃないだろう!駄々っ子か!」
「駄々っ子でも何でもいいからここがいい」
「だーめだって、重いんだから降りろ!」
「お前が軽すぎなんだ」
「それはいーから。身体中痺れて痛いんだって」
「だったら解してやろうか?」
「は?ちょ、コラ、どこ触ってんだ!セクハラで訴えるぞ!」

おーい、誰かこの酔っ払い何とかしてくれ。というか、さっきより状況が悪化してるかも。さっきまではまあ、ソファの上で
まあ、上に乗っかられてる・・・・うん、素直に言うと押し倒されてるだけだったんだけれども、何か今度は身体に触って
きてるんですけど。しかも触り方ヤラシイし。取り敢えず殴っておくか。息を吹きかけてグーで勢いよく振り被って頭を殴る。
おし、手の動きは止まったな。そうそう貞操を奪われてたまるか。にしても随分性格変わるなあ、本当はこんな奴だったり
したら詐欺もいいとこだね。違うって分かってるからいいんだけれども。

「も、どかないともっと強く殴るぞ?」
「・・・・・・・冷たいな」
「・・・・・・・・ん〜?」
「偶には構ってくれてもいいだろう」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」

何をらしくない事言ってるんだこの男は。声もどこか寂しそうな・・・・・・・・って、何か擦り寄ってきたし。額を俺の首筋に
埋めて、いつの間にか抱きついてきていて。・・・・・・・・・ひょっとして甘えてるのか?気色悪いとは言わないけど何か意外と
いうか慣れないというか。そんなにぎゅうぎゅうしがみ付くもんじゃないよ。息が苦しいって。全く、酒の力って怖いな。
何とか宥めようと顔を覗き込めば、捨てられそうな子犬みたいな紅い瞳とぶつかって。・・・・・・・・・俺まで酔いが回ったか?
こんな図体のデカい、大の男が(多少)可愛く見える、なんて。仕方ないから頭をゆっくり撫でてやって。そうすれば
余計に密着してくる四歳年上の、しかも普段は取り澄ましたオニイサン。あれなのか?普段は甘えを許さない厳しい性格
だから、酔うとタガが外れて甘えが表に出てくるのか?まあ、甘えられるのも悪くはないけどね。どいてくれさえすれば。

「・・・・・もう、構ってあげるからどきなさい」
「・・・・・・・・・・本当に?」
「何だ疑り深い。本当に酔うと性格変わるな。ほら降りて」
「・・・・・・・・・・・・・むぅ」
「むぅじゃないの、しっかりしなさいアーちゃん」
「・・・・・・・・・アーちゃん言うな」
「もう、酔っ払いは寝なさい。添い寝してあげるから」
「・・・・・・・・・んん」
「はいはい、いい子だね、アーちゃん」

ようやく身体の上から降りてくれたアーネストに一息ついて、少し狭いけどソファの上に二人並んで寝る体勢。
まだちょっと寂しそうなので、手を握ってやったりして。これで正気に返った時、今までの醜態の数々を教えたら
一体君はどんな顔をするんだろうな。それを考えると少し楽しみだなあ。

そうしていつの間にかすうすう寝息を立ててる彼にこっそり笑って。いつもの厳しい彼とは対照的な酔った彼。
こんな彼の姿はきっと親友のオスカーも知らないんだろうなあ、なんて一頻り笑うとこちらもつられて眠くなってきた。
取り敢えず、起きた時の反応を楽しみに、俺も寝かせてもらうよアーネスト。起きたらせいぜい覚悟してね?




―――それじゃあ、おやすみ




*蛇足*




ズキズキ、頭が重い気がする。
まだ目蓋を持ち上げる事すら出来ないけれど。
漂う酒気と、覚えのある甘い香に何となく程度に己の状態を知る。


確か、そう。例の突然現れる青年が土産に、と花の香がする珍しい地方酒を持ってきて。
そんなに強くないし、美味しいからという理由で勧められるままにそれに口を付けた。あまり酒に強くない
性質であるから加減をしながら。そして青年の言う通り、多少甘めだが旨い酒だと感じた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・で、どうしたんだったか。
グラス一杯は空にした。そこまでは覚えている。その後一体どうしたのか。今判っているのは酔って自分は
客人がいるにも拘らず寝てしまったという事。それから・・・・・・ああ、そういえば一度頭に強い衝撃を受けた
気がする。何でだ。ひょっとして殴られたのか?そうだとしてその経緯がさっぱり思い出せない。

・・・・・・・考えてても仕方がないか。未だに閉じたままだった目を何とか開くと霞んだ視界に映るのは綺麗な顔。
印象的な左右色違いの双眸は閉じられていて。先程鼻腔を掠めた甘い香の正体は今眼前で眠っている青年で
あったのか、と一人納得して。それから彼が何故自分の前、というか横で眠っているのか考える。
状況をもう少し把握しようと軽く周囲を見渡す。そうして視線を走らせると、まず自分たちは座るには大きすぎる、
二人で横になるには多少狭いソファの上に、上掛けすら掛けずに寝ていたという事実が判明して。呆れにも似た
吐息が漏れた。傍らのテーブルには半分ほど中身が減った酒瓶。もう一度青年を見遣れば自分の手をしっかり
握っている事に今更気付く。それを外すのは勿体無いとは思いつつ、せめて彼に上掛けを掛けてやらねば、と
そっと外し、身を起こすと、その気配に気付いたのか青年が目を開けた。

「・・・・・・・・・あ、お早うアーネスト」
「・・・・・・・・・・あ、ああ」
「・・・・・もう、酔いは醒めたみたいだな」
「・・・・・・ああ。ところで・・・・・その、途中の記憶が全くないのだが、そ、その俺が何か・・・・しでかさなかったか?」

否定の言葉が返ってくる事を期待しながら、疑問を投げ掛けると、未だに寝そべったままの青年、カーマインの
口元がニッと何かを企むように歪んだ。まるで悪戯っ子のような表情。・・・・・・・嫌な、予感・・・・・・。

「ふうん、覚えてないんだ?」
「・・・・・・・・・・・ああ・・・・・た、頼むからその顔やめてくれ。不安になる・・・・・」
「・・・・色々してくれたんだけどねぇ、本当にセクハラまがいな事とか色々・・・・・」
「・・・・・・・・・う゛、ほ、本当か・・・・?」
「俺、アーネストが本当はあんな奴だったら、とか不安になったな・・・・」
「ちょ、本当に俺は一体何を・・・・・」

遠回しに、しかもやたらと含みのある言葉の羅列に眩暈がする。本当に何かとんでもない事をしでかしたのでは
ないだろうか。思わず互いの服を確認するが、皺は出来ていても乱れはないので安堵の息を吐く。取り敢えず
そっち方面の事は大丈夫なようだ。では一体何をしたというのか。

「・・・・・・・・押し倒された挙句、身体いっぱい触られたっけなぁ・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・う゛、すまん」
「まあ、それはいいんだけど」
「・・・・・・・・・・・は?」
「未遂だったから許してあげる(殴っちゃったし・・・・)」
「そ、それは・・・・・・・寛大な事で」
「うん、それより俺、アーネストが酔うと甘えるタイプだとは知らなかったよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?・・・・・・・・・・・俺、が??」
「そう、君が」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

甘える?この俺が?酔っていたとはいえ?
いや、有り得ない。画的に有り得ない。どう甘えたのかは知らんが、大の成人した男が四歳も下のこの青年に
甘えたと?それは自分で言うのも何だが・・・・気色悪いだろう。ひょっとして性質の悪い冗談か?とは思いつつ
言った当人を見遣るが、とても嘘を言っているようには見えない。と、いう事は・・・・・・・・本当に・・・・・・・・!??
ザアッと顔が一気に青褪めるのが分かる。

「・・・・・・・俺に擦り寄ってきたりとか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!」
「ぎゅうぎゅう息が詰まるほど抱きついてきたりとか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!?」
「それに『構ってくれ』とか言ってたなぁ・・・・・・」
「!!?」

とうとうと歌うように、すらすらと醜態むしろ痴態の数々を紡がれて、今度は身体中の熱が顔に集まるのが分かった。
確かに、なかなか逢う事の叶わない事を寂しく思っていたが、そんな無様な姿を晒していたとは思うはずもなく。
頼むから嘘だと言ってくれ、と半ば自分の耳を塞ぐようにカーマインを窺えばふんわり微笑まれて。

「・・・・・・・・甘えるアーネストは結構可愛かったけど?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・〜〜ッ!」

爆弾を、落とされた。それでも休みなく。

「・・・・・・・本当は甘えたいの?」
「あぅ、あ、いや、そ、そんな、事は・・・・・・」
「オスカーに教えたら泣いて喜ぶだろうなぁ・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・!そ、それだけ、は!」
「あはは、必死だな。ま、それは冗談だよ。だからほら、そんな情けない顔しない、折角の男前なんだから」
「・・・・・・・・・人をからかって楽しいか?」
「だって珍しくころころ表情が変わるから・・・・ああ、分かったって、ごめんごめん。そんなに睨むなって」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

睨むなと言われても、ここまでからかい倒されたとあっては無理な話。本当に羞恥で死にかねないほど恥ずかしい
思いをしたのだから。だがしかし、非はこちらにもあるのだから、と一つ息を吐いて。

「目を閉じろ」
「・・・・・・・・・ん?」
「それで互いに水に流そう」
「・・・・・・・・・・?それはいいけど・・・・・・・・・はい、閉じたよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・全く、鈍いな」

言われた通り律儀に、しかもその意味するところを解せず無防備な姿を晒す彼にほろりと笑って。
柔らかな頬を固定して、そっと唇を重ねる。驚いたように身を竦ませた細い身体に苦笑して身を離す。

「・・・・・・・・な、な、な、なにす・・・・・??」
「仲直り、とでも言っておこう」
「な、いきなりする奴があるか!」
「ちゃんと言っただろうが。『目を閉じろ』と。鈍すぎるお前が悪い」
「ちょ、アーネ・・・・・!」

ぱふっと、口を今度は指先で塞いで。

「あまり煩いとまた塞ぐぞ、口で」
「・・・・・・・・・・・・・・ッ!」

食って掛からん勢いだったカーマインもそれでぱったりと大人しくなり、笑いを誘う。それから思い出したように口を開く。

「・・・・・・もう、酒は持ってくるな」
「・・・・・・・・・・うん?」
「ただでさえ、あまり逢う事が叶わないんだ。酔い潰れている時間が勿体無い」

その間の記憶がないのなら尚更だ、と付け加えて言えば、酒に酔ったかのように朱に色づく青年の白い頬。
それが愛しくて、苦しくならない程度に小さな身体を抱きしめた。




Fin…?



勢いで書いたらいけません。
筆頭性格変わりすぎですね。本当は迫りモードを
書きたかったんですが、年齢制限があるといけないので(ん?)
こんなんになりました(きゃあ、痛い)

Back