―――春が似合う彼の人は、まるで嵐のようだった。 はるのあらし それはうららかな昼下がり。 バーンシュタイン王国名物、と言っても過言ではないでこぼこコンビが睨み合いながら書類整理を していた時の事。ちなみに顔を合わせれば喧嘩ばかりしている二人が何故、同じ部屋で仕事をしているかというと、 そうでもしないと小さくて頭の紫の方―オスカーがすぐに逃げ出すからである。 彼は本日も大きくて頭の白い方―アーネストの様子を窺いながら、なんとか逃げ出す手はないかと考えを 巡らせていて。それを空気で感じ取ったアーネストは緋色の眼光を細め、視線で人を殺すかのようにねめつけ、 押し留める。非常に威圧的なそれをなんとか跳ね除けつつ、オスカーは仕方ないとばかりに溜息を吐いて 目前の書類へと意識を移した。 カリカリカリカリカリ 窓辺から溢れる暖かな陽射しには気がつかないフリをして、懸命に積み上げられた書類に判を押し、 サインを書いて、部隊編成をこなしていくも、かれこれ四時間は机に向かいっぱなし。 それくらいいつもの事、と余裕のあるアーネストとは対照的に普段から仕事をサボる癖のあるオスカーは もう耐えられない、と勢いよく立ち上がった。 「・・・・・・・・・どこへ行くつもりだ、オスカー」 じっと書類に目を遣りつつアーネストはピシリと言い放つ。それはまるで鬼上官か何かのよう。 「僕がどこへ行こうと君には関係ないでしょ?」 「莫迦者、大アリだ。大体誰が仕事を手伝ってやってると思ってるんだ」 片付いた書類の角を揃え、丁寧にファイルへと閉じてからクルリとアーネストは椅子に座ったまま振り返る。 「言っておくが俺の分はもうとっくに終わってるんだ。これ以上俺の仕事を増やすのは止めて頂こう」 「なんだいそれ!僕は君に手伝ってくれなんてひとっことも頼んでないよ!」 「だったら手伝われなくてもいいようにやれと言うんだ。それに俺が見張ってないとお前はいっつも逃げ出すだろう!」 「だって嫌なんだもん!!」 「嫌だ、嫌だと言って済むと思うなよ?お前、こんな事を続けていればそのうちクビだぞ!!!」 ガタン、とアーネストも立ち上がる。その際少々書類の山が崩れたが、それには全く気を留めもせず。 「いい加減、そんな小姑みたいにガミガミ言うの止めてくれる!?こんの世話焼きババアっ!!」 「ババ・・・・・!?自分の職務もこなせんような体たらくがよくもそんな事言えたものだな!」 だんだんと論点がずれてきている事にも構わず二人は言いたい放題喚き散らし、 終いには互いの制服の胸倉を掴み出す。 「言ってくれるねアーネスト。何ならここで勝負つける?」 「望むところだ。今日こそは決着付けてくれる!!」 鼻先が触れ合わんばかりの距離でガンを飛ばしあう二人の耳に控えめにドアを叩く音が聞こえた。 その音にバッと二人は振り返り、今まで散々怒りのボルテージを上げた声で。 「「今忙しい!後にしてくれ!!」」 本当は仲が良いんじゃないのか、と思うほどキレイにハモる。 ここまでキレている二人を止められるのは今は亡き、リシャールくらいか。 が。 「あ・・・・ごめん。また今度にするよ・・・・・・」 二人の怒声ですっかり意気消沈した声がドア越しに投げ掛けられた。 穏やかで優しいそれの主は――― 「「か、カーマイン!?」」 再び寸文の狂いなく重なる叫び。 アーネストとオスカーは慌ててダッシュし、それはそれは素晴らしいコンビネーションでドアを開く。 その間、コンマ一秒。とても仲が悪いとは思えない。 「・・・・・あ、アーネスト・・・・オスカー・・・・・・・・」 帰ろうとして背を向けていた漆黒の髪の青年がこちらを向く。金と銀のオッドアイは不思議そうに揺らいで。 「今、忙しいんじゃないのか・・・・・・?」 ちょっと拗ねたような響きにでこぼこコンビは情けないぐらいに項垂れた。 「す、すまん。喧嘩の弾みでつい・・・・・。まさかお前だと思わなくて・・・・・・・・」 と、これはアーネスト。オスカーも申し訳なさそうに。 「ごめんね。君だと判ってたら絶対あんな事言わなかったんだけど・・・・・・・・」 大の男二人が本気でシュンとしている図にカーマインは楽しそうに笑う。 「あはは、いいよ別に。でも、本当に忙しいんじゃないのか?」 彼らの背後にある書類の山を見遣り、コテンと細い首が傾げられた。とても愛らしく。 本当の事を言えば、この上もなく忙しい。休んでいる暇もないに等しい。 だがしかし。 「そ、そんな事ないよ。丁度これから休憩しようかな〜って思ってたところだし。ねえ、アーネスト?」 にんまりと笑い、オスカーは渋い顔をしているアーネストの脇腹を軽く小突く。 目が合ったところで柔らかな相貌はとぉっても優しげに見上げて(睨んで)きて。長年付き合いのある親友の 無言の脅しほど恐ろしいものはないアーネストは顔を少し青くし。 「・・・・・あ、ああ。今から休もうと思っててな・・・・・は、はは・・・・・・・」 思いっきり引き攣った笑みで返すのに、カーマインは「本当!?」と瞳を輝かせた。 ぱっと花が咲いたような微笑にアーネストとオスカーはほっと息を吐いて。 ((・・・・・・・・・・・可愛い・・・・・・・・・・・・)) この笑顔の為ならば、どんな無茶でもしよう、などと思いながら。 「とにかく中へ入ったらどうだ?」 「そうだよ。用事なら中で聞くからさ」 先程からドアの外に立ちっぱなしのカーマインに室内へ入るよう、促す。 対するカーマインはうん、と素直に頷いて。 「じゃあ、お邪魔します」 親しき仲にも礼儀あり、と言わんばかりに小さくお辞儀して入ってくる青年の姿に二人は目を細めた。 来客用のソファへと勧めて、オスカーは紅茶を淹れに一度部屋を出て行く。不穏な気配を出す男が去って安堵した アーネストはカーマインの正面へ腰掛け、口を開く。 「・・・・・で、どうした?」 座っただけでは余る長い足を組み、上の方の膝へ肘を置いて頬杖を突く男にカーマインはちょっと小首を傾げて。 「うん、大した事じゃないんだけど・・・・二人にちょっと相談があって、ね」 「何だ?」 「えっと、オスカーが戻ってきたら言うよ」 「・・・・・・そうか」 そう言いながらも俺一人では不服なのか、と心中でぼやく。 しかし。 「あ!別にアーネストだけじゃ頼りにならないとか言ってるわけじゃないよ!?」 同じ話、二回も聞くの嫌でしょ?、とカーマインは慌てて両手を振った。 若干頬を赤くしてのその台詞は沈んでいたアーネストを浮上させるには充分すぎるほどで。 アーネストは嬉しそうに、滅多に見せぬ微笑を返した。 と、そこに。 「ちょっと、僕がいない間にカーマインに色目使うの止めてくれる?」 バンと荒々しくドアを開き、茶を淹れに給湯室へ行っていたオスカーが帰ってきた。 「・・・・・・・・色目・・・・・・?」 オスカーの言葉を理解出来ないとでも言うようにカーマインが反芻する。それに。 「な、何でもない。気にするな・・・・・・」 バツが悪そうにアーネストが応えた。常は凛としている緋色の瞳がほんの少しだけ頼りなげに揺れている。 そんなアーネストをしっかりと見咎めながらオスカーはソファの間にあるテーブルへと紅茶とポットを乗せたトレイを 置き、身を堅くしている長身の男の首根っこを掴んで引き寄せ、ぼそっと耳元に一言。 「・・・・・・そんなに地獄を見たいのかい、アーネスト?」 低い響きにアーネストはブンブンと必死に首を振る。恐る恐る、座っている為、自分の上にある女性的な相貌を見上げた。 すると淡く微笑する青灰の瞳はなにやら黒いオーラを出していて。アーネストは今後起こり得るであろう惨事に心から涙した。 「・・・・・・どうしたの、二人とも?」 急に二人でこそこそ話し出した男たちの姿に不審を抱いてオッドアイが尋ねる。 「ああ、何でもないよ。それより紅茶、早く飲まないと冷めちゃうよ?」 掴んでいたアーネストの襟元を乱暴に放してオスカーが柔らかく言う。アーネストは軽く咽ながらも何とか息を整えて頷いた。 「うん・・・。でも二人と一緒にお茶したいから、俺だけ先には飲めないよ」 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・/////」」 何て可愛い事を言ってくれるのだろう、とアーネストとオスカーは互いに顔を見合わせ、そして素早く席に着いた。 そう、この愛らしい青年を困らせてはいけないのだ。懸命に己に言い聞かせ、出来るだけ仲の良いフリをする。 「と、とにかくお茶にしようか。あ、ほらお茶請けにクッキーも持ってきたから」 「そ、そうだな。で、カーマイン何か相談したい事があったんじゃなかったか?」 不自然に笑みを零す男たちの姿にカーマインは疑問を抱きつつも、まあ無理やり納得してカップに手を伸ばす。 香ばしい香りの湯気に色違いの双眸を和めて、口内を紅い液体で湿らした。 「・・・・・美味しいね、これ」 「あ、そう?そう言って貰えると嬉しいなぁ。それで、相談があるんだって?」 「・・・・え、うん。あの、さ・・・・・二人に訊きたいんだけど・・・・・」 「何だ?」 「何でも言ってごらん?」 遠慮がちな青年へ出来るだけ優しく問う。 「・・・・・二人って・・・・好きな人とか、いる・・・・・・?」 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」」 好きな人がいるか、と言われてもそれを発した当人の事がお互い、好きなのだが。 そう、直球で言っていいものかと二人は再び顔を見合す。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・いないの?」 「え、いや・・・・・・いるには・・・・・いるが・・・・」 「・・・・・・・・うん・・・・いるって言えばいるけど」 彼はどうなのだろう。そんな事を考えつつも、アーネストとオスカーは歯切れ悪く返事を返す。 「えっ、いるの?誰!?」 ぱっちりと綺麗な両眼を見開く白皙の美貌に途惑うでこぼこコンビ。 「いや・・・・誰と言われても・・・・・・・」 「言ってしまいたいのはやまやまなんだけどね・・・・」 「?」 「それよりも、何故そんな事を訊く?」 話題を変えようと、少し矛先を変えてみる。 「あ、うん。俺、今度お見合いさせられるみたいで・・・・」 「「見合い!?」」 本日何度目かのハモり。回を増すごとにシンクロ度が上昇する。 「それで、さ。どうしても好きな人がいるわけでないなら受けるだけ受けなさいって言われてて・・・」 でも俺、そういう好きって良く判らないんだよねと軽く溜息を吐きながらカーマインが言う。 「・・・・・では見合い、受けるのか?」 神妙そうな顔つきでアーネストが質す。カーマインは困り顔で。 「出来れば受けたくないんだよね。断る理由がなかったら結婚させられちゃうかもしれないし」 そしたらこうしてこっちにも遊びに来れなくなるし。言い終わった表情はとても寂しげ。 「なら断っちゃいなよ」 「それはそうなんだけど・・・・あの、その・・・・・・」 「何だ」 「言いにくいんだけど、さ。相手が・・・・・・しつこくて・・・・・・」 「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」 「好きな人・・・・・連れてこない限り、こっちの話聞いてくれそうもなくって・・・・・」 「だったら僕らの事、好きになれば良いよ」 「・・・・・・・・!!?」 「おいオスカー、何言って・・・・」 「だぁって、しつっこくてどこの馬の骨だか判んない女より僕らの方がよっぽどマシでしょ」 アーネストの制止を払いのけ、オスカーは尚も言い募る。 「ね、カーマイン。その女性と僕たちだったらどっち取る?」 「そりゃ・・・・・オスカーたちの方を取るに決まってるじゃないか・・・・」 「でしょ?ね、だから僕らの事好きになっちゃいなよv」 にこっと笑って、カーマインの頬を撫でる。 「言っとくけど、僕らほど出来た男はいないと思うけどな。地位はあるし、お金もあるし、能力もあるし、見た目もいいし・・・・」 それに誰よりも君の事を大切に思っているよ?そう言ってオスカーはアーネストに同意を求める。 アーネストはどうしたものかと一瞬躊躇うが、カーマインを思っているという点に嘘偽りはない為、しっかりと頷いて。 「・・・・・・・・ああ、オスカーの言うとおりだ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・それ、ほんと?」 オスカーとアーネストの顔を交互に見遣ってカーマインは頬を紅潮させながら、訊き返す。 「こんな嘘吐いたってしょうがないじゃないか」 「まあ、それはそれとしてお前が望むならその縁談、ブチ壊してやるぞ?」 「・・・・・・・ッ、ありがとう二人とも。俺、凄く嬉しい・・・・・二人とも、大好きvvv」 ソファから立ち上がり、カーマインが二人に抱きつく。その細い身体を二人で抱き留めながら。 「まあ、お見合いの件は僕らに任せてくれていいから」 「徹底的に潰してやるから安心しろ」 「・・・・・うん、あ・・・・・あのね・・・・・・」 「ん?」 「俺、アーネストとオスカーなら・・・・・本当にそういう意味で好きになってもいいからね?」 「「!」」 さらりと爆弾発言。いい年した男二人は完璧にフリーズする。 「・・・・・って、あ!もう帰らなくちゃいけない時間だ。ごめんね、何か変な相談してっ」 「・・・・・あ、いや・・・・・力になれたのなら、何よりだ」 「・・・・・・う、うん。また何かあったら相談して・・・・・」 ぽけーっと惚けたままカーマインに相槌を返す。カーマインは微笑んで。 「じゃあ、またね」 そう言ってパタパタとまるで嵐のように駆けて行ってしまった。 そして部屋に残された男二人は。 「なあ・・・・・この場合、二人同時に好きになられたら、だな・・・・どっちに所有権が行くんだ?」 「・・・・・・さあ。取り敢えず縁談、っていうか彼のお見合い相手の女の家、潰さないとね」 「ああ、そうだな。二度と再起出来んようにしてやらねばな・・・・・・・」 心ここにあらず、と言った感じの面構えで物騒な事を淡々と話し続けていた・・・・・らしい。 ――ちなみにこの数日後、とある名家が妙な二人組みのお貴族様にそれはそれは酷い仕打ちをされたという。 fin…? 一周年記念に頂いた素敵なSSへのお礼にと「アーネストとオスカーで1主争奪戦」を 目指したわけなんですが、争奪してねー。しかも何か変な方向に話進んでるし。どうしたらいいの!? やっぱり下書きなしの一発書きは危険ですね!←どあほう まめ鯖様、要らなかったら遠慮なくぽいっして下さいね。返品も可ですからー(><) |
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