溜息を一つ吐く毎に、

幸せが一つ逃げると言う。









薄幸吐息





キリキリキリキリ。

今日も今日とて胃が痛い。

キリキリキリキリ。

仕事、仕事、胃薬、仕事。仕事、休憩、胃薬、仕事。

・・・・・・・・・俺は機械か。


何が悲しくてこんな無機質な生活を送らねばならないんだ。色気がないどころか人として
大切な何かが欠けている気がしてならん。大体今日で四日は寝てない。ちょっと自分が凄いとすら
思えてしまう。視界は霞むし、目の下のクマは消えない。おまけに以前以上に胃が痛む。
それもこれもバーンシュタインが誇る問題児が二人に増えたからか。

その問題児の一人は・・・・・敢えて言わずとも察しはつくだろうが俺の親友、というかむしろ腐れ縁の
オスカー=リーヴス。そしてもう一人が我らが新王、エリオット=バーンシュタイン陛下。
はっきり言って俺、アーネスト=ライエルの日常はこの二名によって日々掻き乱されている。
しかもだ、今となっては国外追放されていた時の方が幸せだったとすら思えるほどだ。これはもう、
末期と言ってもいいのかもしれない。

・・・・・・・・・ああ、また胃が痛み出した。誰かどうにかしてくれ。
そんなどうにもならない事を思いつつも毎度お世話になっている胃薬に手を伸ばす。
二、三錠手にとって常に机の端に置いてある水差しからグラスに水を注いで口に含んだ瞬間。


バターン!

アーネストぉぉぉっ!!
「ぐっ!!??」

ドアを蹴破る勢いでオスカーが室内に入ってきた為、危うく噴き出すところだった。
危ない、危ない。いくらなんでもそれはナイツとしても一貴族としても画的にマズイだろう。
口元を軽く拭い、息を整えてオスカーへと視線を移す。

「・・・・・い、イキナリ何だお前は。ドアはもっと静かに開けろ。というかノックくらいしろ」
「は、それどころじゃないよ。大体優雅に胃薬飲んでる場合じゃないんだって!」
「どこが優雅だ。飲まずに済むものなら飲みたくないわ。本気で言ってたら病院送りにしてやるぞ、お前」
「それはどうかなって、んな事言ってる場合じゃないんだって本当に」

いつもの下らん(←自覚はしてるらしい)与太話が続くかと思えばそうでもないらしい。
オスカーの普段は思わず殴りたくなるほど飄々とした顔は珍しく焦燥めいていて。

「何だ・・・・・・どうした?」

よほど緊急な用事かと一つ咳払いをして顔を引き締める。
・・・・・・・・が。

「陛下が、エリオット陛下がまた脱走したんだよ!」

あまりに毎度過ぎる事にガクリと首が下がる。
いや、一家臣として主が玉座を空ける事を馴れ合いになどしてはならないのだが。
それでも両手で足らぬほど抜け出され、その度に兵を率き連れ探しに出るこちらの身にもなってほしい。

キリキリキリキリ。

また胃が騒ぎ出した。まあ、これだけ事が起こり続ければ薬だけでは対応しきれまい。
深々と溜息を吐いてのろりと立ち上がる。いつもの事ではあるが、そ知らぬフリなど出来ない。
今までは無事に帰還頂いたが今度もそうとは限らん。脱走先で好からぬ連中に攫われでもしたらそれこそ一大事。
国の今後を左右しかねない。

「・・・・・・・俺は城下街を探す。お前は・・・・・一応北の森の方を探してくれ」
「あ、うん。見つかったらこっぴどく叱っておいてよね、筆頭サマ?」
「馬鹿にしているのか?・・・・・・・・ああ、お前と遊んでる暇はないな。一刻も早く陛下に戻って頂かねば」
「ホ〜ント、仕事滞っちゃって困るよね〜」

・・・・・・・・それは俺の台詞だ。
だがしかし、本当にオスカーに構っている暇などないので無視しておく。
取り敢えず第二部隊と第五部隊を連れて行くか。部隊長らを招集して・・・・、いやその前に留守をジュリアンに
頼んで・・・・・・本当に骨が折れるな。

「・・・・・・・まあ、これもナイツの仕事、か・・・・・・・・・・」

本日二度目の溜息を吐きながら、俺は執務室を後にした。さてさて、今日はあと何度幸が逃げる事やら・・・・。












一方その頃。

件の国王陛下は隣国の騎士様と仲良く王都内髄一のカフェでお茶をしていたりする。
ぱくぱくと店内で一番人気を誇る苺ミルフィーユを口に運びつつ、目前で柔らかな微笑を湛える
麗人を嬉しそうに眺めていた。

「僕、前からこうして貴方と二人きりでお茶したかったんですよv」

にっこりと無垢なエンジェルスマイルを浮かべつつ聞く者が聞けば口説き文句のような台詞を吐く。
言われた当の本人、カーマインは困ったように苦笑して。

「・・・・・・・それはいいけど。まさかお前、また抜け出したりしてないよな?」

さらりと流す。と言っても本人にその自覚はないが。カーマインのそんな鈍さは百も承知、むしろ
その鈍いところにさえ惹かれているエリオットは変わらず微笑んで。

「だったらどうします?」

悪びれず首を傾げる。普段、王座に座っている時には決して見せない甘えた態度。
カーマインは再び困ったように、呆れた風に眉を寄せた。しかし言の葉を紡ぐ声はとても穏やか。

「・・・・・あまり家臣を困らせるな。特にアーネストは心配性で苦労性なんだから。もっと大事にしてやれ」

優美な物腰でカモミールティーを啜りつつ黒髪の青年は言う。何でもない調子でありつつも、口にした
相手をひどく大事に思っている響き。当然エリオットにしてみれば面白くない。むうっと頬を膨らませ
ほんの少し、口を曲げる。

「カーマインさんって・・・・随分ライエルさんに親切なんですね」

僕妬けちゃいますよ、などと言いつつ内心でアーネストの左遷を考えてたりする。しかし。

「・・・・・・そうかな?ああ、でも彼に限らず大事に思う人には優しく在りたいと思っているよ。勿論お前にも」

青年のその一言にぱあっとエリオットの顔が輝く。それはつまりカーマインにとって自分は大事なのだと
言われたようなもの。嬉しくない筈がない。

「・・・・・・・・で、本当のところはどうなんだ?」

再度尋ねられ、エリオットは少悩むようにして。

「はい実は・・・・・ちょっと抜け出してきちゃいました」

えへっと肩を竦め、ちろりと舌を覗かせて言うと年下にとことん甘いカーマインはふうと一息吐き、やはり
呆れたような表情で口を開く。

「全く、仕様がないなお前は。そのケーキ食べ終わったら送ってやるからちゃんと帰るんだぞ?」
「・・・・・・・・・・はあい」

渋々といった感じに返事をする少年王の蜜色の髪を撫でつつ、カーマインはあくまでも優美に口元に
弧を描き続けていた。














「・・・・・・・・・?あれは・・・・・・陛下とカーマイン、か?」

陛下の捜索を開始して早二時間半。部下と手分けして城下街を巡回し、一件のカフェで漸くその姿を発見した。
店の外からでは摺ガラスでよく見えはしないがチラッと見えた蜜色と漆黒、そして周囲に女性が詰め寄っている
様からしてハズレではないだろう。どちらも女性受けする容姿だ。実際姿は見えずとも周りの反応で大体の事は
分かってしまう。ただ、大勢でずらずら入っても営業妨害でしかないので、念の為部下には逃げ道を封じさせ、
自分一人で店内に入る。入った瞬間一斉に視線を注がれたが、まあナイツ服を着ていればそのような反応は
いつもの事なので気にしない。そのまま奥の方に見えた蜜色と漆黒を目指す。

「ああ、やはり陛下でしたか。それにカーマインも」

久しぶりだな、と漆黒の青年に声を掛けつつ、しっかりと彼の向かいに座す主君の腕を掴む。

「逃がしませんからね陛下」
「あ〜もう来ちゃったんですかライエルさん」
「早かったな。後で送ろうと思っていたんだけど」

陛下の方はつまらなそうに、青年の方は常と変わらず、いやどこか感心したような笑みで言った。

『見つけたらこっぴどく叱っておいてよね』
オスカーの伝言を思い出し、叱ろうかと思ったのだがここはカフェの一角。大声を出せば店に迷惑だろうし、
客にバーンシュタイン上層部の内部事情が筒抜けになってしまうので、今は取り敢えず黙っておく。

「・・・・・・・・とにかく、もうお帰り頂きますよ陛下」
「・・・・・・・・・・・・・うっ、酷いですよライエルさん・・・・・・・・」

出来るだけ冷静に言った筈なのに何故か陛下の目は潤んでいる。こんな公衆の面前で泣かれてしまっては
困るのだが。何とか宥めようとするも先制を打たれた。

「酷いですライエルさん。僕とカーマインさんが仲がいいからってそんな無理やり引き離そうとするなんて」
「はあっ!?ちょ、陛下何言って・・・・」
「いえ、分かってるんです。そうですよね。貴方ではしようにも僕みたいに甘えたりなんて出来ませんもんね。
そんな貴方怖くて見たくないですもの。やっかむのも分かりますよ」

相変わらずウルウルと瞳を揺らして微妙に失礼な事を言われてしまった。まあ確かに俺が陛下のような振る舞いを
すれば不気味だろうが・・・・・・・・・・・流されてどうする。
これはオスカーがよく使う手だ。相手を挑発し、都合の悪い本題から遠ざける。だから乗ってはいけない。

「そんな事を言っても無駄です。何を言おうがお戻り頂きます」

眉をつり上げ、そう返すと出来れば気付きたくはなかったが・・・・・・・しっかり聞こえてしまった。
天使のように愛らしい顔をした陛下がカーマインに気付かれぬよう小さく舌打ちしたのが。
全くいらんところばかりオスカーに似て困ったものだ。この分だと俺の胃痛は治りそうもない。三度目の溜息。
また幸が逃げた。

「・・・・・・・では帰りますよ陛下」

なるべく優しく告げると観念したのか陛下は深く項垂れて。

「分かりました、帰ります。僕、国王ですものね。そうですよどんなに仕事が辛かろうが休みたかろうが
国王ですものね。一般人だった僕がある日突然、国王と言われて色々と戸惑ったりした時、いつも支えて
下さったカーマインさんと少しでも一緒にいたいなんて我侭でしかないですよね。そうですよね・・・・・」
「・・・・・・・・エリオット・・・・・・」
「・・・・・・・・・・陛下」

十五の少年とは思えぬ寂しげな表情でそんな事を言うものだから思わず胸を衝かれる。
そう、彼はまだ十五歳。まだまだ遊びたい盛りであろう。それなのに毎日大人たちに囲まれ、城の中に半ば軟禁状態。
それが国王の性だとしても。ほんの一時の自由も許されぬというのはあまりにも辛辣すぎるのではないか?

「・・・・・仕方ないですね。夕方・・・・夕方までには必ずお戻り下さい。
それまでは王都内ならば自由を許します。カーマイン、陛下の事は頼んだぞ」
「え、ああ。それは構わないけど・・・・・・・・いいのか?」
「・・・・・・・・・・今回だけだ。陛下も、分かりましたね?」
「はい、有難うございます、ライエルさん」

年相応の嬉しそうな笑み。家臣としてこの判断は誤りなのだろうが・・・・・。
そうして笑ってくれるのなら少なからぬ事後処理と残業もよしとしよう。

「では、我々は引き上げますのでごゆっくり」

別れの口上を告げ、店を後にする。後でオスカーにでも色々と文句を言われるのだろうがその分俺が働けば
まあ問題はなかろう。また不眠記録を更新する事になりそうだな。四度目の溜息。



今日は幸を逃がしてばかりだ・・・・・・・・。













「よかったな、エリオット」

意外に甘いアーネストが引き上げるのを見送ってカーマインが言う。

「はいv・・・・・・・・やっぱりオスカーと違ってライエルさんはチョロイですねv
「・・・・・・・・・?今何か言ったか?」
「いいえ〜?あ、カーマインさん、この後も付き合って下さいますよね」
「あ、ああ。アーネストに頼まれたしな。どこに行くんだ?」
「えっとですね〜色々行きたいところはあるんですけど」
「おや?随分楽しそうだね。僕も混ぜてもらえないかな?」

嬉々としたエリオットが行き先を言おうとしたところに非常に聞き覚えのある声が重なった。

「「オスカー!」」

イキナリ現れた紫髪の男に二人(特にエリオット)は驚きの声を上げる。

「お、オスカーいつからいたんですか!?」
「いや〜、実はアーネストが来る前からここの死角でお茶飲んでたんですよv」
「・・・・・と、言う事はさっきの聞いて・・・・・?」
「ええ、一から十までしっかりと。言っておきますが僕はアーネストと違って簡単に騙されませんよ?」

にっこりと底の見えぬ笑みでオスカーは口を開く。対するエリオットも負けずに。

「騙すなんてとんでもないv大体オスカーこそお仕事サボってたんじゃないですか?」

お得意のエンジェルスマイル。柔らかく微笑しているのに有無を言わさぬ迫力があるのは何故か。

「いいえ〜、僕は陛下を一生懸命探しすぎて疲れたので少し休憩してただけですよ〜」
物は言い様ですねvでも僕はライエルさんのお許しが
出たのでいいんですよ。オスカーは帰らないといけないんじゃないですか?」
「いえいえ、陛下の御身が心配ですから。放っておくなんて忠義心厚い僕には出来ません」
「要するに僕をダシにしてサボりたいんですねvまあ、いいですけど。
僕をまだ探してる事にすればきっとライエルさんが僕らの分も働いてくれるでしょうしv」
「あ、それいいですね。じゃあ折角ですし一緒に羽を伸ばすとしますか」
「・・・・・・・・・二人とも・・・・・いつかアーネストに刺されるぞ・・・・・・?」

エリオットとオスカーの全く遠慮ないやりとりにカーマインはただ一人親友の未来を憂いて頭を抱えていた。








そして当のアーネストはと言うと・・・・・・





「・・・・・・・・・殺す気か・・・・・・・」

主君と親友の分の書類を加え、ありえないほど部屋中を埋め尽くす紙の海に本日五度目の溜息を大仰に
吐き出し、不眠記録自己新記録を打ち出すのだった・・・・・。



fin…?





はい、「黒いエリオットとオスカー」がリクだった筈ですが黒い・・・・・ですよね?(訊くな)
もう筆頭がメインなんだかエリ夫がメインなんだかさっぱり分かりませんが。
え、CP?エリ主のようなオスエリのようなアーエリのようなアー主なような・・・・・(どれだ)
もう好きな視点で見て頂きたい所存であります。相変わらず、出来るの遅い上に
拙い出来で本当に申し訳ございません(><)

クーリングオフばりばりオッケーイなのでいつでも突っ返しておくんなさいまし!
それではまめ鯖様、28888(・・・・でしたっけ/殴)のリク大変有難うございました〜!!

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