※初めに。


この話は、アーネストとオスカーが兄弟で、しかも吸血鬼となっております。
原作はもう、一切関係ないと言っても過言ではありません。そして「月夜の宴」の続編です。
それを踏まえた上で「うん、大丈夫」というタフなおぜうさんは下へスクロールして下さいませ。





















月下の宴








キラキラと宝石箱をひっくり返したような満点の星空とその輝きに埋もれることなく、仄かに光る望月。
今夜のように綺麗な月が出る日には決まって二対の影が現れる。蒼と紅、本当に対照的な色彩の影。
月光を浴びてくっきりと色を落とすそれは、既に日課となっているのか、いつも同じ場所にやって来る。
華栄な王都の古城に近しい、街の中でも一際大きな屋敷の二階に住まう、とても綺麗な青年に逢う為に。

闇色の滑らかな髪に相反するような白磁の肌、華奢でしなやかな肢体、椿色の唇に、金と銀、色違いの
双眸。そのどれもが彼を際立たせ、また儚げに見せる。風一つでも吹けば掻き消えてしまいそうな程に。
実際にそんな事はありもしないだろうが、彼の姿を一度でも見た事がある者は皆、例外なく思ってしまう。
もちろん、彼の元へ訪れる二対の影も。人の血が通わない、人々の間では架空の生き物と認識されている、
影―吸血鬼であろうとその感性は人間とそう変わりない、という事か。

それはともかく影、もとい二人の吸血鬼は今宵も木々を伝い、青年の部屋へと外から侵入を図ろうと
したのだが、その青年の部屋のテラスに白い人影を見つけ、思わず立ち止まる。が、それは白い夜着を
纏った、その部屋の主である事に気づき、ふわりと軽い動作で目の前へと舞い降りた。バサバサと音を立て
夜風に藍色のマントが舞う。月明かりの下、色違いの瞳が吸血鬼を見上げる。その白皙の顔に浮かぶのは
ほんのりとした笑顔。だが、冷たい空気に長時間晒されたそれはもはや白を通り越して青い。吸血鬼の
片割れの手が青年の青褪めた頬へ伸ばされた。

「・・・・・・大分冷えてるな。この寒さの中、一体何をしてるんだ」

抑揚のない低い声。短い白銀の髪の合間から緋色の、まるで焔のように温かな瞳が覗き、見下ろす。
隣に立つラベンダーの瞳も同様に青年を見下ろした。その瞳は吸血鬼らしからぬ優しさを帯びて。
二色の視線を受けて青年は今まで閉じていた口を開く。

「・・・・・今日は月が綺麗だから・・・・二人が来るかと思って・・・・・待ってた」

敬語を遣うな、と二人の吸血鬼に会う度に口煩く言われただけあって、初めて会った頃より大分
砕けた口調。それだけでも吸血鬼二人にとっては喜ばしい事であったけれど。それ以上に今の言葉の
なんと甘やかな事か。思わず、身体を冷やすような真似をするなと怒ろうかと思った二人も微笑む。

「待っててくれたのかい?それは嬉しいねぇ・・・。
でも、今日は寒いんだからせめて上着くらい着てて欲しかったな、カーマイン」
「全くだ・・・・・・・風邪を引いたらどうする」

怒鳴る事をせず、穏やかな二色の声。そしてふわりと、蒼いマントが青年の肩へと掛けられる。
白い夜着が藍色ですっぽり覆われた。

「・・・・・ありがとう・・・・アーネスト、オスカー」
「お安い御用、てか脱いだのはアーネストだけど」
「そうだ、お前は脱いでないくせに答えるな、オスカー」
「はん、露出狂の気があるんじゃないのぉ、誰かさんには」
「・・・・・・・・・・・・俺の事を言ってるんではなかろうな愚弟よ」
「よくお分かりで。自覚あるんじゃない。
何なら僕がしょっ引いて差し上げましょうかお兄さん?」
「・・・・・・・・・・あまり冗談が過ぎるとその無駄にでかいピアスを引き千切るぞ貴様」
「うっわ、ドメスティックバイオレンス!暴力はどうかと思うよアーネスト!」
「お前の言葉が既に暴力だ!!俺は露出狂などではない!!」
嘘つけー!半裸だったじゃん、半裸だったじゃん!!(Uで)
「ばっ・・・・黙ってろ!!むしろ息の根止めてくれる!!」
「ひゃんふぁいふぁんはーい(犯罪反対ー!!)」

未だに屋敷のテラスにて。アーネストがオスカーの首に腕を絡めてチョークスリーパーを決める。
対するカーマイン、これも日常茶飯事と特に止める事もなく二人の動向を見守っているばかりで。
しかし、現在の時刻を考え、これ以上騒ぐと家の者が起きてくる可能性がある、とカーマインはさっと
あるものを取り出す。かの有名な吸血鬼が嫌う三大道具の一つを・・・・・・

「二人とも、近所迷惑だから静かに」

しぃっという掛け声と共に取っ組み合う吸血鬼の前に掲げられる神々しい銀のロザリオ。
しかし大ダメージを受けないようにと小指くらいのとても小さなそれ。喧嘩の絶えない二人を鎮める為に
いつからかカーマインはこっそりと首に下げ持ち歩くようになっていた。

「ッ、まぶし・・・・!」
「わー!ごめんごめん、喧嘩しないからそれしまってぇ〜!!」
「アーネストもオスカーも喧嘩する時は静かにね?」

にこり、微笑んでいながらも細いたおやかな腕には銀のロザリオ。向けられるアーネストとオスカー、苦手な
ロザリオ・・・十字架に身を縮込ませて怯える。傍目から見れば奇妙この上ない状態。二人が静かになったのを
頃合にカーマインはロザリオを自分の服の下へとしまう。

「うん、静かになったね」
「そりゃ十字架向けられれば静かにもなるよ・・・・」
「と・・・・とにかく、お前も風邪を引くと拙い。部屋に戻れ」
「・・・・・ん」

出逢った頃はもっと大人しくて素直だったのに、と思いつつ何度もここを訪れその度に喧嘩していた自分たちに
非があるかと二人は諦めて溜息を吐く。そう、この吸血鬼兄弟を相手にしていれば自然と逞しくもなるものなのである。
そのくらい直ぐに喧嘩をしだすし、何分喧しい。それでも大声で怒鳴ったりしない辺り、結局カーマインは甘いのだ。
ロザリオを躊躇なく出すのはどうかとも思うが。





****





カタンと音を立て、窓を開くと三つの影が室内へと入ってくる。一人は部屋主のカーマインのもの。もう二つは
二卵性の双子、アーネストとオスカーのもの。冷え切った外とは違い暖炉に火のくべられた室内はほこほこと暖かい。
カーマインは自分に掛けられたマントを暖炉の付近で温め、掛けてくれた本人、アーネストへと返す。

「これ、ありがとう」

朗らかに礼を告げれば、無表情にも淡い変化が浮かび、口元にはうっすらと笑みすら刻まれ。

「礼には及ばん」

やはり抑揚はないものの先程よりもずっと優しい声が返ってくる。それを隣りで聞いていたオスカーはぼそりと。
出た・・・・天然タラシ」と毒づいて。しかし、アーネストも比較的地獄耳な為「何だと?」と睨みを利かせる。
が、前方でカーマインがごそごそとまた胸元を漁っているのを見て、二人は今にも掴みかからんばかりの腕を下げた。
そう、何度も十字架を見せられては目が潰れる!と内心では冷や汗をかきながら。

「夜中に喧嘩なんてしちゃ駄目だからね?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・御意」」

ことり、首を傾げながら言われて『この人最強』と思わずにはいられない程フリーズする二人。
が、オスカーの方が先に我を取り戻し、ぷるぷると首を振る。その際彼の両耳で大きなピアスがちりりと軽やかな
音を立て揺れた。

「・・・・・そ、そういえば身体、冷やしてたよね、君」
「え、うん・・・・ちょっと」
「そっかそっか、じゃあオニイサンが暖めてあげるv」
「・・・・・・・・・え?」
「ほーら、おいでー」

両腕を広げてマントがバサリと音を立てる。華麗に微笑み、見事に下心を隠しながらオスカーはしっかりと
待ちうけ体勢。それを見て戸惑う漆黒の青年。だがオスカーの笑みが深くなると、蜘蛛の巣に掛かった蝶の如く
おずおずと広げられた腕の中に近づく。しかしあと一歩というところで背後の影が動き、紫の頭目掛けて長い脚が
宛がわれた・・・・・・所謂、『踵落とし』である。

ガスッ

「・・・・・・・ッ、いったぁ〜!!」
「何やってるんだお前・・・・変態か」
「・・・・・・・・・喧嘩?」
「いや、これは教育的指導だ」
「・・・・・・・・・どこが!本気で蹴っただろうアーネスト!!」
「馬鹿な真似をするお前が悪い」

恨みがましそうな視線を向けてくる紫色の瞳を軽く避けながら腕を組み憮然とするアーネスト。
カーマインは喧嘩だったら止めなければ、と身構え中。服の上からロザリオを握り締める、よりも前にひょいと
小さな子供でも抱き上げるような軽い動作で身体を持ち上げられる。

「ひゃっ」
「・・・・・・大人しくしてろ」
「あー、アーネストずっこい!」
「狡くて結構。・・・・・・・全く何の為に暖炉があるんだか」

そう言ってアーネストは抱き上げたカーマインの身体を暖炉の前にあるソファへと下ろしてやる。

「・・・・・待っていてくれるのは有難いが・・・・それで身体を壊されたら困る」
「・・・・・大丈夫、だよ?」
「大丈夫じゃないでしょ。こんなに身体冷やしておいて」

ぺたり、暖かな手に囚われた指先は手と変わらずに暖かな、オスカーの頬へ当てられる。確かに他人の熱に
触れると如何に自身の身体の冷え切った事か。カーマインは何とも言えぬ表情で口を閉ざす。

「今日は身体が温まったらそのまま寝ておけ。夜更かしは身体に毒だしな」
「え〜、帰るのぉ、つまんなーい」
「お前が言うなオスカー、気色悪い」
「いやあ、だってこのまま帰っちゃったら僕ら何しに来たのさ」
「・・・・・・・・俺はカーマインの顔が見れただけで満足だが」
「・・・・・恋愛貧乏性って奴かい?も〜、これだから奥手は」
「なっ、奥手言うな!俺はお前と違って慎ましやかなだけだ」
「は、どうだか!」
「何を・・・・っと」

肩を竦めて侮蔑な態度を取るオスカーに怒鳴りかかろうとしてアーネストは慌てて口を噤む。
今は深夜。家の者が起きてきたら自分たちは恐らく二度とここに来れない。そんな意識が働いたのともう一つ。
妙に静かになったなと横目を走らせれば、先程まで複雑な顔をしていたカーマインがすうすうと寝息を立てている。
どうやら自分たちを待っている間、ずっと外にいたせいで体力を消耗してしまったのだろう。そう結論付け、毒を抜かれた
吸血鬼二人は顔を見合わせた。

「帰るか・・・・」「帰ろうか・・・・・」

カーマインの少し幼い寝顔を見て、起こすのは可哀想だと思い、やはり力のあるアーネストの方がその細い肢体を
抱き上げ、そっと部屋の奥にあるベッドへと横たえる。本当に顔を見に来ただけとなってしまった。





*****





「う〜ん、それにしてもこの子、本当に僕らを怖がってないんだねえ」
「・・・・・・・・・・仮にも吸血鬼なのにな」
「そこが愛らしいんだけどさ。でも今は良くても将来的には襲われるかもって危機感はないのかなぁ?」
「・・・・・お前ならやりかねんがな。・・・・・俺は一族の血に負けるつもりはない」
貧血王の君が言うとカッコつかないよね」
「何とでも言え。この子の血を吸って吸血鬼なんぞ不便な身体にするつもりはない」

不便な身体。それは自分では死ねない不老長寿の身体か。それとも日の光を浴びると灰と化す呪われた身体か。
そのどちらでもなく他人の血を吸わねば自我を維持できぬ事か。判別はつけ難いが、確かにいずれも人の身には
辛いとしかいいようのない事であろう。だが、そうすると一つ問題が生じる。それは極端な人と吸血鬼の生の長さの違い。
吸血鬼は長命、人間は短命。この青年は吸血鬼の二人よりも何倍も早く老い、そして死ぬ。その事実にこの男は
耐えるというのか。そんな意味合いを込めてオスカーは問う。

「・・・・・僕らとこの子は生きる時が違うのに、人間のままで在って欲しいの・・・・?」
「ああ。確かに人の生きる時は短い。だが、その代り何度でも転生する」
「・・・・・・・・・・・・・はあ、成る程ね」
「いつか会えなくなっても・・・・また遠い日のいつかに出会うことは・・・・出来るだろう?」
「アーネストは結構ロマンチストだよねえ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

似合わない、そう続くかと思って眉根に皺を寄せる白銀にラベンダーの瞳は笑って見せて。

「・・・・・ま、偶には兄貴らしい事も言うよね君は」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
「僕もこの子には人間でいて欲しい・・・・かな」

他人の血の味を覚えて欲しくない、呟いて二つの視線が青年の安らかな寝顔へ移る。
とても清らかな心の、醜い所業で生き延びる吸血鬼を見ても怯まない、強い青年。しかしその寝顔は
とてもあどけなく、やはり儚い。そっと二つの手のひらが漆黒の髪へと伸び、ゆっくりと撫でた。

「「おやすみ」」

重なる二音。ふわりとマントを翻し、踵を返す。そしてまた窓から外へ帰ろうとしたその時。

「じゃあ、お邪魔しま・・・・ぐえ
「・・・・・・・・・?何だオスカー変な声を出す・・・ぐっ!?

急に二人の首が絞まる。首を絞めているのは吸血鬼のトレードマークともいえる藍色のマント。
足を止めてちらりと力のかかる後方を仰ぎ見れば、そこにはベッドの上ですうすうと眠るカーマインの姿。
そしてよく目を凝らせば、彼の両の手のひらには二人のマントの裾が握られている。

「・・・・・い、いつの間に・・・・・?」
「てか、離してくれないと帰れない、よねえ・・・・・」
「離すといっても・・・・・まだ寝ていては力尽く、というわけにはいかんだろう」
「じゃあ、どうする・・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

マントの裾をガッチリ捕まれた二人はうんうんと唸りつつ、結局・・・・・・・

「まあ、朝になる前には帰れるだろう・・・・・」
「急げば・・・・陽が差す前には何とか、ね・・・・」

吸血鬼のマントは、別に飛ぶ為のものではない。闇に溶け込むよう、身を隠す為と、万が一朝になった時、
自らを陽射しから護る為にあるのである。つまり夜の間に自分たちの屋敷に帰れればマントがなくとも問題はない。
そう判断した二人は自身の首元の紐を外して、ぎゅうとそれを握り締めるカーマインの元へと残すことにした。
そしてトンと窓から跳んだ紅と蒼、二つの影は月明かりの下、闇へと溶け、健やかな寝息を立てる青年の白いベッドは
二つのマントによって蒼く染まっていた。




―――その後も何度となく紅と蒼の影はこの屋敷に現れ続けたという・・・・・。






fin…?





月夜の宴の続き、というわけですがカーマインさんの敬語は結構厳しいので
いつの間にか随分砕けております。そして強く逞しい子になりました(おや???)
出来れば最後までギャグの路線で行こうと思ったのですが、偶には静かに終わったれ、と
思いましてややシリアスチックに。でもシリアスになりきれないこの曖昧さ(痛)
・・・・・・・ほ、ほのぼのって言っておきます。むしろ言い張ります!!(黙れ)
これともう一つキリを承っておりますのでギャグはそちらに注ぎ込みたいと思います!!
それでは高橋様39000Hit有難うございました。そして遅くなってすみません〜。

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