姫君ごっこはいかが?





ドン☆と。

仕事明けに久しぶりに実家に戻ってきてみれば。
そんなふざけた効果音が聞こえそうなほど華やかに飾られた大きな箱と、メッセージカードらしき封筒が
机の上に置かれていた。何だろう、と首を傾げつつ箱を開いてみれば、その謎は更に深まる。
別に中身が何か分からないわけではない。ただ、自分とはまるで縁のないものではあるが。一体これをどうしろと
いうのか。分からず、取りあえず封筒の方へと腕を伸ばす。恐らくこれに何らかの詳細が書かれているのだろう、
そう思って。白い封を開ければ、中身はレースと花であしらった本当に自分宛か?と問いたくなるほどまあ、
いうなればファンシーというかエレガントなメッセージカード。疑問は残るが宛名は確かに自分宛なのでざっと目を通す。

「・・・・・・・は?」

読み終わってそんな台詞を思わず吐いた。何故ならカードの内容が色々可笑しかったから。
流石にこれは自分の見間違いだろう、そう結論付けてもう一度文面へと目を遣る。すらすら目を幾度も走らせて。
しかし、何度読み返しても先ほどと全く同じ事が書いてある・・・ような気がする・・・・と言いたい。認めたくない。
今度は箱の中身を再確認するが、やはり先ほど見たのと同じ。盛大に溜息を吐いた。

「・・・・・・・これを俺に着ろって言うのか??」

ぴろり。何か嫌なものでも持つみたいに片手で摘み上げたそれは、いっそ嫌になるくらい立派な、そう立派過ぎる
華やかな真紅のドレス。もっと正確に言えばローズレッド、形はシンプルでありながら胸元や裾にはパールビーズや
フリル、薔薇のコサージュが誂えてある。素人目にもそうとうお高いドレスだという事が分かってしまう。
しかも用意のいい事に黒髪のウィッグに金の髪飾り、同じく金とルビーで作られた首飾り、耳飾りがセットになっていた。
もう一度溜息を吐く。そして叫んだ、胸に溜まる不満を吐き出すように。

「何でこんなの着てパーティに出なきゃならないんだ!!母さんのバカー!!」


今思った。親の悪口言ったのこれが初めてだ。いや、しかし、言いたくなる俺の気持ちも分かって欲しい。むしろ分かれ。
どこの世界に『国王主催の、公式なパーティに息子に女装して参加しろ』と言う母親がいる。しかも国内では五指に
入るほどの地位を持つ彼女が。溜息に留まらず、頭痛までしてきた。胃も痛い。ああ、そうかライエルはいっつもこんな
感じなのか。何気に凄いな彼は。こんな状態でいつも過ごしているなんて。そのタフな心身に思わず拍手を贈ってしまうほどだ。
それはともかく。最後の確認の為、もう一度血眼になってカードを読み返す。

その内容は。

『親愛なるカーマインへ

お仕事いつもご苦労様です、カーマイン。この後は貴方は暫く休暇でしたね。
しかしその間に近日、コーネリウス陛下のお召しで公式な交流会が催されます。特使である貴方には特に参加して欲しいとの事。
休暇中の貴方が断れる理由はありませんので、謹んでお受けして下さい(この意味、貴方なら判りますよね?)

しかし、交流会とは名ばかりなのも確か。滅多にこの手のパーティに参加しない貴方が顔を出せばこぞって貴族の連中方々が
貴方との婚姻を取り付けようとするでしょう。それが嫌なのはよく分かります。ええ、母さんも大事な貴方を顔と財力くらいしか
誇る事が出来ないそこらの貴族の娘にあげるのは非常に遺憾です。故に、対策として私、我ながらいい事を思いつきました。
このカードが添付されていた服を着てパーティに出る事です。勝手に違う服を着て行っちゃダメですからね?
もしも違う服を着て来ようものなら私にも考えがあります。それでは長くなりましたがこの辺で。風邪など引かないように
気をつけて。

サンドラより』

というもので。
・・・・・・・・・何だか気遣われている気がしないのは気のせいですか母さん。明らかに母さんの私情ばかりが目に付くのですが。
おまけに考えがあるって・・・・脅しですか?俺は今ほとほと泣きたくなっております。どこら辺がいい考えなのかも分かりません。
というか絶対俺で遊んでるよね!?何だ、女装って。本当に泣くぞ・・・・・!!女々しくたっていい、泣かせろ!!
などと母に対する不満を一心に心中で叫び続けるものの、確かに休暇中ではパーティを拒む理由がない。そんな中で
断ろうものなら、絶対に目を付けられる。自分の名に傷が付く。俺はそれでも構わないのだが。同時に俺の名に傷が付くという事は
母であるサンドラの名にも傷が付く。下手をすれば宮廷魔術師見習いとして宮廷で働く妹もその座を剥奪されるかもしれない。
そうなると、自分勝手な行動は取れない・・・・。

「・・・・・・だから俺ってシスコンとか言われるんだよな・・・・・」

ガクリ、と肩を落として呟く。他人に言われるまでもなく、自分が妹に対しとことん甘いのは自覚している。
しかし幼い頃から培われたクセはそうそう抜けるものではないのだ。グローシアンという事で、大人からも子供からも奇異なものを
見る瞳で見られ、隅っこで怯えていた妹を庇うのはもう自分にとって反射反応に近い。仕方のない事なのだ。そして今回も。
母と妹を護る為には・・・・・・・かなり納得が行かないが、仕方のない事なのだろう。はあぁぁと本日三度目。不満ではなく
諦めの溜息を吐いて俺は着付けを頼む為に妹の部屋の戸を叩くのだった。







◆◇◆◇







「・・・・・・恐ろしい」

ぽつっとそんな言葉が漏れた。それはもう、誂えたかのようにジャストフィットなドレスに対しての。
自分でも服のサイズなんてよく分かっていないのに、ぴったりと肢体に合わさるベルベットの生地。一体いつの間に
俺は測量(それをいうなら測定)されたのだろうか。家に帰らず殆ど研究塔に詰めている母の姿を思い浮かべ眉根に
皺を寄せるが、実を言うともう既にパーティ会場に着いてしまっているので、すぐに表情を元に戻す。
慣れないヒール、長い裾、重いフリルに悩まされつつも不恰好にならぬよう細心の注意でもって歩を進める。
城門の憲兵に招待状を差し出せば、名前を確認して憲兵はカチッと。さながら氷のように固まった。
まあ、無理もない。いつもの俺とは到底結びつかない格好だ。

「ふぉ、フォルスマイヤー様!?」
「・・・・・・しっ、騒ぎたい気持ちは分かるが、騒がれると困るんだ」
「いや、しかし・・・・・ええっ!?」
「・・・・・・・・文句なら・・・・サンドラ殿に言ってくれ」

言えるわけないではないですかー!?と叫ぶ憲兵の・・・・あ、この人ウォレスの部隊の・・・確かゲルマンさんだ。
とにかく彼の口をドレスと同じくベルベット生地の手袋を填めた手で押さえつける。むぐぐっとくぐもった声を漏らす彼に
少し上目遣いに首を傾いで。

「・・・・・頼むから黙っててくれ、な?」

今現在、そして自分が何者であるかを含めて口止めすると何故か彼は顔を赤くして魂でも抜けたような表情をして
「御意」とだけ言った。・・・・・・何で急に顔を赤くしたんだこの人。病気か?

「・・・・・?具合が悪いなら休んだ方がいいぞ」
「は?」
「いや、顔が赤いから」
「フォルスマイヤー様・・・・・少しは自覚した方がいいですよ」

げんなりと言い放たれ、扉を潜らされる。半ば追い立てるように会場内へ入れられたのは何故だろう。まあ、いいか。
中に入れば見慣れている王城の大広間とはいえ、普段はこれほど人はいないので多少瞠目する。右も左も綺麗な、
というか煩いくらいに鮮やかな色彩のドレスを纏った女性たちやタキシード姿の男性たちで溢れかえっている。

取りあえず、こんな服を寄越してくれた母のところにいって文句の一つでも言ってやろうと裾の両脇を持ち上げて
ターンするものの、いつの間にか周りをずらりと囲まれていた。あちこちに人がいて気配に気を配るどころではなかった
せいもあるか。しかし何だろう、正体がバレたか。いや、それ以前に。やはり男が女の格好をして気づかれない筈がない。
という事はつまり、今自分を取り囲んでいる者たちは、明らかに不審な自分を追い出そうとでもしているのだろうか。
それは少々困った事になる。どうしようか迷っていると、囲んでいた者の中から一人、一等華やかな召し物をした
年若い―といっても少なくとも俺よりは年上だろう―青年が声を掛けてきた。

「失礼、宜しいでしょうかご令嬢」
「・・・・・・・・!」

ご令嬢、そう言うのだからどうやら正体はおろか、性別も知れていないらしい。いや、待て。何で気づかない。
確かにドレスを着て、装飾物をつけて、髪もウィッグをつけて、更に何だかノリノリでルイセに化粧を施されはしているが。
どうして男が女装している事に気づかない?気づかれても困るが。そんな事を思いつつ、どう答えるべきか考える。
仮にも相手は貴族だ、多分。それなりに礼節を持って接せねば、後々面倒な事になるだろう。仕方なし、出来うる限り
丁寧にお辞儀し、声を女性を意識しながら絞り出す。裏声に近い。

「ええ、構いません」
「ああ、良かった。ならば、是非お名前をお聞かせ願えないでしょうか」

ふわり、微笑まれて名を問われる。人の名を聞く前にまず自分の名を名乗れ、言ってやろうかと思ったが、今自分は
たおやかな女性なわけだ。そうもいかないだろう。というよりも、名前、そういえば考えてなかった・・・・。馬鹿正直に
カーマインなどと答えられるわけもない。ルイセの名を借りるか?いや、それじゃすぐ偽名がバレる。困った。
きょろきょろ、視線を巡らせて誰か助けてはくれぬかと思わず逃避に走るが、何となく、周りは今声を掛けてきている
青年と同じ雰囲気を纏っている。ん・・・・?ひょっとしてこれはアレか。平たく言うと軟派されてるのか俺は?
いやいやいや、俺は男なんだが。どうか目を醒ましてくれないだろうか。しかしいつまでも名乗らぬのは失礼だし、
それに不信感を煽る。ここは適当にでも名前を作ってしまった方が得策か。

「・・・・ろ、ロゼリアと申します」

ドレスのモチーフが薔薇なので、そんな偽名を口にする。あからさま過ぎたか?しかし、そこらから「ほう・・・」だとか
感嘆にも取れる吐息が漏れているからそんなに変でもなかったようだ。さて、これからどうやってここを抜け出そうか。
この青年をやり過ごしてもまだ彼に続けとばかりに待機している男性たちの姿にいっそ恐怖すら湧き上がってしまう。
本当に、誰か助けてくれないだろうか。再び視線を巡らせば、ここより少し奥に見知った二人組みの姿を見つけ、思わず。

「も、申し訳ございません。連れの方がおりますので」

言えば、青年は表情を急変させ、言う。どうやらこの青年はなかなか地位が高いらしい。

「ほう、何方かな。私の誘いを断るほどの御仁か」

嘲笑すら湧き出そうな自信に溢れた声で問われて、果たして逃げられるか疑問なところだが、先ほど見つけた
二人組みの名を一か八か出してみた。

「ら、ライエル卿とリーヴス卿でございます」
「・・・・・・・・・・え!?」
「も、申し訳ありません。あの方たちをお待たせするわけにはいきませんので」

どうやら、バーンシュタインのインペリアルナイト勢の雷名は伊達じゃないらしい。彼らの名を口にした途端、自信満々な
青年を始め、周りを取り囲んでいた男性が波のように引いた。この機を逃すかと、駆けるまではいかないもののなるべく
急いで、先ほど見かけた彼らの方へと向かう。その間も声を掛けられそうになるが、聴こえないフリをして。
人波を掻き分けてポスンと、見知った背中へと抱きついた。

「?!」
「た、助けてくれ」

必死だったのでどっちに抱きついたのか分からなかったが、ヒールを履いた俺より背が高いみたいだから、多分ライエルの
方だろう。事情を説明しようと顔を上げるよりも前に、オスカーの声がその場に落ちる。

「おや、天下のアーネスト=ライエルに抱きつくなんてよっぽど度胸のある娘だねぇ、ね?アーネスト」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(固)」
「ちょっとちょっと、大の男が滑稽な姿晒さないでよ。そっちの娘も、そろそろ離した方がいいよ?この人そういうの免疫ない・・・」

ないから、そう繋げようとしてたらしいオスカーが急に言葉を切って、グイと俺の顎を掴んで視線を合わせる。
翡翠の碧眼が俺の顔を目に留めた途端、大きく見開かれて。次いで人目も憚らず大口開けて。

「か、カーマイ・・・・・むぐっ!!」
「ちょ、静かに!!」

人の名前を叫ぼうとするものだから、慌てて口を押さえ込む。腰を解放されて安堵したのか、今度はライエルの方が
振り返り、俺の顔を覗き込み瞠目した。といっても彼は普段からそんなに反応が大きい方ではないので、よほど親しい
人にしか分からないだろうが。一応周りを気にしてくれているのか、大きな身体で俺を隠すようにしながら言う。

「・・・・・何て格好してるんだお前は」
「だ、だって・・・・母さん命令で・・・・・」
「・・・・・・サンドラ殿が?一体何をお考えなんだ・・・・・」
「そんなの俺が知らないよ・・・・」

ふう、と息を吐きつつ問いながらライエルは流れるような動作で俺の、オスカーの口元を塞いでる手を外して、
白を基調とした、いつもとは違う服の上着の内ポケットから、紫紺のハンカチを取り出すとそれで俺の指先を拭いていく。
手袋の上からそんな事したって意味がなさそうなものだが。不思議に思って首を傾げれば。

「・・・・・・消毒だ」
「何の?」
「あんな奴に触ったりしたら穢れる」
「ちょ、アーネスト失礼な事言わないでくれる!?」

そのまま、ハンカチを握らされて。手袋越しでも、いい生地だと分かる。俺はよく知らないけど、多分ブランド物なんだろう。
どうしようか迷っていれば、その間にも何故かライエルとオスカーは言うなれば(どっちがどっちかは置いといて)蛇と蛙の
ように睨み合っていて。少し、その場の温度が下がったようなそんな錯覚を引き起こす。

「ふ、二人ともどうした?」
「・・・・・・別に。それよりも、もっとこっちへ来い。ぶつかるぞ」
「あ、アーネスト抜け駆け!」

優しく、腰へと腕を添えられて、そのまま引き寄せられる。まるで本物の女の子のように扱われて我知らず、頬に熱を
帯びてしまう。そんな自分の顔を見られたくなくて、引き寄せられるままにライエルの胸に顔を埋めると、ルイセが嬉々として
アップさせた髪にするりと触れられる。乱さないように、あくまでも優しく静かに髪を撫でられ擽ったくて小さく笑い声を上げると
ライエルは手を離して少し、身を離す。

「せっかく、綺麗になっているのだから、隠していたら勿体無いだろう」
「・・・・・・・・・・はぇ!?」
「アーネスト、相変わらずボキャブラリーが貧困だねえ」
「何がだ、オスカー」
「こんなにドレスアップしてる彼・・・じゃなくて彼女に綺麗しか言えないなんてね」

当然の事を言ったって褒めてる事にはならないよ、そう言いつつオスカーが今度は髪に触れてくる。

「君は普段から綺麗だけど、こうして髪を結い上げて、化粧を施すとまた格段だね。他の女性が霞んで見えるよ」
「・・・・・・男が言われて嬉しくないぞ、別に」
「つれない事言う唇も紅が引かれて可愛いね。肌も砂糖菓子みたいだし。持って帰りたいなぁ」
「・・・・・・・・・・・・・・ッ」
「ドレスも、白い肌に映えてとてもよく似合っているね。本物の薔薇の花みたいだ」
「・・・・・・・・〜〜ッ」

すらすらとオスカーの口から女性を口説くかのような言葉が出て来て先ほど以上に紅くなってしまう。
恥ずかしくて俯こうにも、いつの間にか髪から頬へとオスカーの手が下りてきていて、それは叶わない。
まっすぐに、何だかいつもとは違うどこか熱を帯びた瞳で見つめられて落ち着かない。

「オ、スカー・・・・・あ・・まり見ないで・・・・くれ」
「何でさ、せっかく目の保養をしてるって言うのに」
「何でって・・・・・は・・・ずかし・・・・・ぃ」
「・・・・・・・・・・可愛いね、カーマイン」
「・・・・・・・・・・それくらいにしておけ、オスカー」

恥ずかしくて仕方なくて、思わず瞳をぎゅうと閉じて震えていると、静かに傍観していたライエルが止めに入ってくれる。
漸く解放されてほっと息を吐いて、火照った顔をどうにかしようとすると、スッと冷たい果実酒が入ったグラスを渡される。
サーモンピンクの綺麗な色。それを持っているライエルを見上げれば「要らないか?」と問われてぶんぶんと首を振る。
それで髪が乱れればオスカーが櫛を取り出して手早く直してくれる。

「・・・・・・あ、ありがと」
「「どう致しまして」」

二人に対してお礼を言えば、綺麗にはもった二色の声。くすっと笑うと、オスカーとライエルはそれが不服なのか
何だかなんとも言い難い表情をする。それが可笑しくて益々笑ってしまう。しかし、周囲から感じる視線にそれも
長くは続かない。居心地が悪くて眉を寄せる。

「・・・・・どうした?」
「や、何だか・・・・皆に見られてる気がして・・・・・」
「まあ、気のせいじゃないとは思うけどね」

僕たち、目立つし。そう言いつつ何だかオスカーが口元はにこやかに笑っているのに、目は一向に笑ってない非常に
怖い表情で俺の背後を見遣っている。何かと思って振り返れば、ささっと背後で俺たちを見ていた男性たちが視線を逸らしていく。
何でか気になってライエルに聞こうとライエルの方へと視線を巡らせれば、彼もいつもよりも目を細め、眉に深い
皺を刻んでいる。二人とも何か不機嫌なんだろうか。首を傾いでいればぽんぽんと頭を撫でられて。

「・・・・・虫を追い払っていただけだ、気にするな」
「・・・・・・・・虫?」
「そうそう、でっかい害虫。気をつけてね?油断してると食われちゃうよ?」
「そ、そんなに大きな虫なんているのか??」
「・・・・・・・・・・・・お前は本当に鈍いな」

人を食べるくらいなのだからそうとう大きな虫なのだろう。正直、虫は好きじゃないので内心ビクつきながら、序に二人の
服の裾を掴みながら言った言葉にライエルが疲れたような溜息を吐く。だって、人サイズの虫なんてすごく怖いじゃないか。
そう抗議しようとすれば、今度は小皿に乗ったケーキを差し出された。

「・・・・慣れない人込みで、しかもそんな格好じゃ疲れたろう。甘いものでも食べておけ」
「う、うん・・・・ありがと。あ、でもグラス持ってるから置いてくる」

くるり、踵を返そうとすれば背後から伸びた腕に遮られる。振り返ればライエルが「俺が行く」と呟いて俺の手から
空になったグラスを奪っていく。そして空いた手にケーキの乗った小皿とフォークを置き、オスカーに「ちゃんと見てろよ」と
言い残し、グラスを回収している女中さんの元へとスタスタ歩いて行ってしまった。

「あ、別にあれくらい俺だって出来るのに・・・・・」
「・・・・・・・心配してるんでしょ。変な虫がつかないように」
「む、虫って、こんなとこにそんなわんさか湧き出るものなのか??」
「そうだねぇ、こういうとこにはがっついた小汚い虫が多いから、気をつけてね〜」

あ、僕たちといれば大丈夫だからvとオスカーは言って微笑む。虫が寄り付かない体質か何かなんだろうか彼らは。
よく分からないけれど、確かに慣れないところに慣れないドレス姿(慣れてたまるか)で疲れているので、ライエルが
持って来てくれたケーキに手をつける。こういった場所で出るものなので味は一流な上に、食べやすいよう、切り易く
なっている。一口大に刻んで口に含む。甘い味が広がって思わず微笑めば目前のオスカーが物欲しげに見てくる。

「・・・・・欲しいのか?」
「ん?まあ人が食べてるのを見ると美味しそうに見えるからね」
「・・・・・・・じゃあ、口開けて」
「おや・・・食べさせてくれるのかな?」

フォークに一口分刺してオスカーへと向ければ、妙に嬉しそうに微笑まれる。そんなに食べたかったのだろうか。
だったら自分で貰ってくればいいのに。そう思いつつ、口に含ませてやる。しかし、その差し出した指先を絡め取られ。

「ちょ、オスカー!?」
「んーひゃひかな(何かな)」
「ちょ、離して!」
「やーだ」
「やだってちょっ・・・・!」
「やめんか阿呆」

ほとほと困っていれば、ふわり後ろへ身体を引かれる。見上げれば、漸く戻ってきたライエルが立っていて。
もう指を掴まれたり、腰に腕を回されたりと何だか周りを気にしている場合ではない。何だって今日はこの二人、
やたらと俺に触ってくるんだろう。別に嫌なわけじゃないけど、こんな女の格好なんてしているせいか、いつもなら
平気な事が素直に受け入れられない。妙に恥ずかしい、というかドキドキする。可笑しい。

「や、離して・・・・」
「・・・・・・どうした、顔を真っ赤にして・・・・・」
「アーネストが嫌なんじゃないの?」
「・・・・・・あ、違っ・・・・そ・・・じゃなくて」
「・・・・・・・・・・・・・人目がそんなに気になるか?」
「・・・・・えっ?」

上手く、答えられずに縮こまっていると急に視界が反転する。何かと思う間もなく、俺の身体は、ライエルの腕の中に
固定されてしまう。これはひょっとしなくてもお姫様抱っことかいうやつなんじゃないだろうか。今の服装が服装なだけに
洒落にならない。それ以前にひたすら恥ずかしい。さっき以上に頬が熱い。おまけに周囲の人の視線が痛い。
ぎゅうとライエルにしがみつく。

「ちょ、ライエルぅ下ろして!」
「下ろしたって注目は減らないと思うがな。外に出るぞ」
「あ、アーネスト待ってよ」

ライエルが俺を抱き上げて、俺はずっとライエルの肩に顔を埋めて隠し、オスカーが道を確保していく。ざわざわと
周囲の男女が何やら色々騒いでいる。恥ずかしくて堪らないから、彼らの会話の内容なんて耳に入ってこない。だから
余計に変な事を言われているのではと想像してしまう。更にライエルに強く抱きつけば、優しく背を撫でられ「大丈夫だ」と
低く耳打ちされて。あまりに甘い響きにきゅうと胸が締め付けられた。それから深呼吸を繰り返して。肩から感じる
温もりに集中すれば、ゆらゆら、宙を揺られる感覚が妙に心地よくて。ゆっくり瞳を閉じる。そうして人波を別ちながら、
テラスへと向かい外に出れば、痛々しい視線から漸く逃れる事が出来たので、一息吐く。






◆◇◆◇






「・・・・・・ごめん。何かつき合わせちゃって」
「・・・・・・・・・・何がだ」
「えっと、だって二人ともパーティ、全然楽しめてないだろう」
「ここにこんな美人がいるんだから、それだけで充分だけど。ね、アーネスト」
「・・・・・・そうだな。大体俺たちは別に好んでここに来ているわけでもないしな」

単に国の代表として来ているだけだし、挨拶回りも済んでいるから問題ない、と淡々と状況を説明してくれるライエルと
俺に笑いかけて「気にする事ないよ〜」と言ってくれるオスカーに何だか嬉しくなってくる。その気持ちと、今している
格好のせいか、妙に背を押し出されて。ふわっと左のオスカーに、それからちょっと大変だけど右のライエルにちゅっと
軽く音を立てそれぞれの頬へ口付ける。恥ずかしいけれど、感謝の気持ちを表せば二人は顔を抑えてそっぽを向いて。

「・・・・・え、嫌だった?」
「「・・・・・・・違う」」

いくら女の子の格好をしているとはいえ、やっぱり男からキスされるのは嫌だったかと慌てるが、二人同時に
否定してきたので取りあえず安堵。でも一向にこっちを向こうとしない二人に困ってしまう。

「・・・・・全くこれだから天然は困る」
「そうだね、何か嬉しいような生殺しのような・・・・」
「・・・・・二人とも何の話をしているんだ」
「「・・・・・・・・・別に」」

また重なる二色。それに笑って。女装なんてさせられて、物凄く不安で嫌だったけれど、こうしてこの二人が傍にいて
くれるならそんなに悪くもないのかもしれない。いや、またやれって言われても絶対断るけど。テラスの外に出て夜風を
受けながら俺は当初の目的―母に文句を言う―を忘れて、少し、はしたないくらいに笑い声を立てた。
そして俺たちは宴がお開きになるまで、ずっと世間話なんかを続けて。帰りも心配だからと送ってもらったりした。

しかしそのせいで後日、インペリアルナイト双肩が一人の少女を巡っての三角関係だとかいう噂が三国間に実しやかに
囁かれ、肩身の狭い思いをするとはこの時誰も想像もしなかった。ちなみに、全ての元凶である母は先に帰ってたらしく、
二人に送られて帰ってくる俺を見て「両手に華ねv」などと暢気に笑っていたのを付け足しておこう・・・・・。






fin




「アー→主←オスカーで1主女装で、虫除けになる双肩とその二人の様子に落ち着かない1主」
というアンケートにて頂いたネタを使用させて頂いたのですが、大分頂いたネタからかけ離れて
しまったような・・・・・・。ねえ?(誰に聞いてんだ)しかも無駄に長い・・・!!どうにもなりません!!
せめて挿絵的なものがあれば分かりやすいんですかね??描くか?(無責任発言ー!!)

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