じわり、じわり。 侵食するかのような暑さは。 人の人格を捻じ曲げるほど苛立たせるものらしい。 灼熱DAY 「・・・・・アッヅ――ぅ」 梅雨が明け、陽射しは強くなる一方、それと同時に蒸し上がる空気。茹だるような暑さが夏の始まりを告げている。 そんな中、窓を全開にして制服の襟元を緩め、手でパタパタと自分を仰ぎながら非常にだらしない格好でぼやく男が一人。 量の多い紫髪からはうっすらと汗が流れている。彼は恨みがましく窓の外の太陽を睨み、椅子の上で全身を寛げた。 完全にだれていると言っていいだろう。それは無理もない。ただでさえ暑いのに着ている服は春夏秋冬変わることない 厚手の長袖、しかも重ね着。何度となくシャワーを浴びてもそんな格好をしていれば幾らでも汗は噴出してくる。 いっそ脱いでしまいたいくらいだが、彼の立場上それは許されない。だから、最後の砦宜しく文句を言って気を紛らわせて いるわけだが・・・・・ 「暑い暑い、連呼するな」 ピシリと。夏場にはそぐわない冷え切った声が気晴らしを打ち消す。椅子にぐったりと凭れ掛かっていた紫髪は明らかに 不満を柔和な顔全体に滲ませて、突然降って沸いてきた声音の方へ頭を擡げる。翡翠の碧眼には、轟々と燃え盛るような 焔の色をした瞳に身体中の色味を持っていかれたのではないか、と思ってしまうほど髪も肌も色素の薄い長身の男が 映り込んだ。これほど蒸す真昼時に、そうとは思えぬほど涼しげな鉄面皮を晒している彼に、碧眼は更に細められる。 「・・・・・こーんな暑い日に相変わらず君は涼しそうだね、アーネスト」 「・・・・・・・涼しいわけがあるか。俺だって暑い。が、気の持ちようでどうとでもなる」 「そんなの君くらいでしょー。機械だってこんな日には調子崩すって」 「努力をせん怠け者の言葉に耳を貸すほど俺は暇ではないんだが、オスカー?」 さらりと嫌味に嫌味を返しながらアーネストはどうやらオスカーの部屋に書類を取りに来たらしく、真っ白い紙が散乱している 執務机の上から目的の物を探し出すとすぐさま踵を返そうとする。 「あー、ちょっと待ったアーネスト」 「・・・・・・・・・?」 しゃきっとしない声に呼び止められて不思議そうにアーネストは振り向く。それにオスカーはえへらと笑って。 「ついでに机の上の書類全部持っててよv」 「・・・・・・・・・寝言は寝て言え」 「ひどいなー、親友の僕がこーんなに弱ってるんだよ?少しくらい労わってくれてもいいじゃないか」 「・・・・ああ、そうだな。暑さでどうやら頭がおかしくなっているようだ。いい病院を紹介してやろうか?」 酷薄な、笑みすら湛えるアーネストの言葉にオスカーの口元がヒクと引き攣る。汗と共に青筋が白い面に浮き出た。 「言うじゃない、白頭」 「しろっ・・・・、誰がだ誰が」 「君以外に誰がいるって言うのさ白頭」 「二度も言うな、しかも強調するな天然パーが」 「・・・・・・言いやがったね」 天然パーマならまだ許せる。馬鹿もまあいいだろう。しかし天然パーは頂けない。暑さで既に苛立ち気味だったオスカーは ぷつりと切れた。微笑みに邪悪な輝きが混じる。背後では禍々しい空気が渦巻き、ほんの少し、室内の温度が下がった 気がした。しかし、対するアーネストも髪の色を指摘されると年甲斐もなく機嫌を悪くする性質で。茹だるほど暑く、蒸す 最悪な空気の中で、暑苦しいほどに何だか熱くなっている。近寄ればその熱さに溶けてしまいそうだ。むしろ寄りたくない。 じりじりと互いに距離を詰める。メンチを切りあう姿はさながらゴミ溜めに押しやられた不良そのもの。いや、どちらかと 言えば互いにガキ大将を主張する子供に近い。 「今謝れば、溜飲を下げてやっても構わないけど?」 「お前に詫びるくらいならば、腹を斬る方がマシだな」 「・・・・・・・・・・かっわいくなーいねぇ」 「それは結構。大体お前に可愛いなんぞ思われたくない、気色が悪い」 「僕だって君なんか可愛いなんて思いたくないよ!それに君が可愛かったらこの世の全ての人間が可愛いさ!!」 ガシリ、手を組む。といっても友好の証でもないし、共同戦線を結ぶとかそういうわけじゃない。言うなれば、組み手。 喧嘩をするために互いに組み合っていると言うのが正しい表現か。ギリギリ、骨が鳴るほどに互いの指先に力を 込め、押す。競り負けぬように、と足元では無駄なほどに踏ん張りを利かせている。相撲でも取っているようだ。 じんわりと額を汗が伝う。 「あっつ〜、ったく、何でこんな、暑い日にこんな暑苦しい事しなきゃ、なんないんだろう、ねえ」 「嫌なら、さっさと負けを、認めればいいっ」 力の限り互いを押しているので、声が無様に途切れる。咽喉が絞まって時折妙な掠れが混じった。 「君に負けるなんて、僕のプライドが許さない、ね!」 「奇遇だな、俺も、だっ!」 「痛っ!ちょ、何すんの、さ、この・・・馬鹿力ぁ!!」 グキ、と。渾身の力をアーネストが腕に込めたため、オスカーの腕が嫌な音を立てる。しかし、本当に負けるのが嫌なのか 痛みを堪えてオスカーは尚もアーネスト相手に食い下がる。それでも力の差は歴然だった。ふっと力を抜いた瞬間、 オスカーは圧倒的な力に競り負けて床に尻餅を着く。 「いったぁ」 「・・・・・・・か弱いな、オスカー?」 「ふん、馬鹿だけに随分と馬鹿力だねえ君は」 「貴様っ」 パンパンと手を打ち合わせて余裕の笑みを浮かべていたアーネストのこめかみにはっきりと血管が浮き出る。 あと少し刺激しようものならぷっつりと切れてしまいそうだ。それでも何とかアーネストは理性で以って荒れ狂う自分の 精神を押さえ込んだ。足元でオスカーはすっかり不貞腐れている。何か言ってやろうかと身を屈めようとした瞬間、 狙い済ましたかのように戸を叩く音がした。緋色と碧の視線が一斉に扉へと向けられる。 「・・・・・何をやってるんだ、お前たちは」 「「ジュリアン」」 あまりに珍しい人物の姿に思わず色違いの二色の声がハモる。そしてその直後、互いに物凄く不本意そうな、それでいて 嫌そうな表情をする。戸口でジュリアンがそんな二人の様子を呆れた瞳で傍観していた。 「全く、この暑い中よくそんな喧嘩するエネルギーがあるな、お前たち」 「まあ、これでもインペリアルナイトだからね〜」 「これでもって・・・・お前な。それにそれは答えになってないぞリーヴス」 「まあまあ、ジュリアンそう堅い事言わないで。でないとここの白頭みたいに頑固になっちゃうよ〜」 「貴様、まだ言うか!!」 「いい加減にしておけ、ライエル。お前の頭が白いのは事実だ」 「・・・・・・・・・・ッ!!?」 思わぬジュリアンからのオスカーへの援護射撃にアーネストは内心「いじめだ!!」と声を高くした。大体、身体的な 事を攻撃対象にするのは人権侵害だ。アーネストは悔しそうに唇を噛むが、オスカーとジュリアンを敵に回しては 圧倒的に自分が不利なので、深く深呼吸し、無理やりにでも落ち着こうとする。そして乾いた唇を開いた。 「・・・・・・ジュリアン、何の用だ」 「ああ、そういえば。どうかしたのかい?」 「用というか・・・お前たちに預かり物をしている」 そう言う彼女の顔はどこか不満げだ。男二人は首を傾げる。そして渋々といった感じでそれぞれの手に白い封筒を 手渡し、用は済んだとばかりにくるりと服の裾を翻した。 「あ、ちょっとジュリアン、これ何〜?」 「自分で確かめろ」 呼び止めるオスカーに吐き捨てるように呟くとジュリアンはさっさと部屋から出て行ってしまった。取り残された二色が 黙って手にした封筒に目を留める。そこに見慣れた名前と印を見つけ、眼の色が変わった。 「・・・・・・成る程、道理でジュリアンが不機嫌なわけだ」 「って言っても僕らに来るんだから、彼女もしっかり受け取ったんだろうに」 「・・・・・・・あいつにとっては所詮、男はライバルでしかないんだろう、いろんな意味で」 ぽつり、と漏らしてアーネストは封を丁寧に切り、中身を取り出す。そしてざっと内容に目を留めた。自然、頬が緩む。 それは内容故か、それとも差出人故か。どちらとも付かないが、どちらにしろアーネストにとってその手紙は好ましい ものであった。また、オスカーにとっても。 「そういえば、もう暑中見舞いの時期だったっけねえ」 「・・・・・・・・・・・・暑いからな」 「君が言うと何か信憑性がないなぁ」 「・・・・・・お前が言うと無駄にだらけるな」 「暑い日にだらけるのは人の性でショ? そんなのも分からないからいつまで経ってもカーマインに(想いに)気づいてもらえないんだよ」 「・・・・・・・・・っ、それはお前もだろうオスカー。自称色男が聞いて呆れるな」 「「・・・・・・・・・・(コイツ)」」 ぱちと、視線が合えば火花が散る。彼らの背後では錯覚か灼熱の焔が踊っているように見えた。・・・・・暑苦しい。 というか見苦しい。床に座り込んでいたオスカーが立ち上がる。それを緋眼で追いながら、アーネストは手紙を懐にしまう。 大事なものを守るかのように。 「・・・・二ラウンド目、突入する?」 「吠え面かいても知らんぞ?」 「ま、言うだけならタダだよね」 「・・・・・・・・・・・ほざけ」 嫌味と挑発の応酬に、本日二度目の組み手が執り行なわれた。 ・・・・・仕事しろよ、お前ら。 ◆◇◆◇ 「何やってんだ」 日が暮れ、空がオレンジ色に染まり始めた頃、一陣の風宜しく冷涼な声音が降ってくる。 それはオスカー=リーヴスの執務室にて、床にうつ伏せに叩き伏せられた上に背中に乗り上がられ、片腕を捻りながら 両脚と両腕で締め上げられているアーネスト=ライエルとそれをやっている部屋主、オスカー=リーヴスへと 向けられたものだった。ギリギリと腕を締め上げる音と、ギブアップを告げる床を何度も叩く音がその穏やかな声を 迎える。異様な光景だった。 ・・・・・・っていうか本当に何やってんだお前ら。 「やあ、カーマイン久しぶりだねv」 「ああ、久しぶりオスカー・・・・って何やってるんださっきから」 アーネストの背に乗ったままオスカーが、部屋に入ってきたカーマインへ人懐っこい笑みを浮かべる。 しかし、カーマインには床上でさながらプロレス状態になっている妙な格好の二人の方が気になるようで。 まあ、常人ならそうだろう。至高の存在と謳われた一人前の男二人がプロレスなんてしてたら、奇異なものを見るような 目になったところで文句の言いようがない。 「ははは、ちょっとしたスキンシップさ」 「スキンシップ・・・・って何かライエルが凄く顔色悪いんだけど」 「え〜、アーネストは元々死人みたいな顔色だから気のせいじゃない?」 「・・・・・っ、カー・・・・・」 必死に苦痛の声を飲み込みながら、それでもオスカーに何とか罵声を浴びせようと、組み敷かれ、片腕を変な方向へ 締め上げられているアーネストは微かに声を漏らすが、痛みのためか体勢のせいか、見事に掠れる。ちゃんとした 言葉になる前に吐息に潰された。そんなわけで、ろくに反論すら出来ないアーネストに気づきながら、それを幸いと ばかりに完全に無視しながらオスカーはカーマインとの会話に意識を向ける。 「で、何?どうしたのカーマイン」 「・・・・・(いいのかな)、いや、こっちに仕事があったついでに寄ったんだけど・・・・そういえば手紙は届いたか?」 「ああ、さっきジュリアンに預かったけど〜?有難うね、忙しいだろうにわざわざ」 「いや・・・・あ、あのライエル・・・・・」 「大丈夫、大丈夫vこの程度で根を上げるほど柔な男じゃないよアーネストは」 「・・・・・おま、えな・・・・」 やっと抵抗の言葉を搾り出せたアーネストは必死の形相が却って男ぶりを上げているか。のほほんと楽しげな 愉快そうなオスカーを鋭く睨みつける。が、その程度で臆するほどオスカーは奥ゆかしい性格ではなかった。 「相変わらず、なっまいきだねアーネスト」 ギリギリ、明らかに押し負けているのに、毅然とした態度が崩れぬアーネストにオスカーの加虐心が煽りたてられた ようで、締め上げる力が先ほど以上に強くなる。カーマインはそんな二人の様子にただただ慌てるばかりで。 「ちょ、二人とももうやめ・・・・」 「大丈夫、大丈夫、これは男の勝負だからv」 「何の勝負って、何かライエルが可哀想だよっ」 「・・・・・・・・・・・っは、スカー、覚悟、しろ・・・よ」 カーマインの、心配しきった声に後押しされたのか、捕らわれた腕をアーネストは乱暴に振り払って、空いているもう 一方の腕で強かに床を打って、オスカーを跳ね飛ばしながら立ち上がった。片腕を押さえて、吐息を弾まし、 きつい視線で床に再び座り込んだオスカーを見下ろすアーネストは鬼気迫る、平たく言えば物凄く怖い雰囲気。 嘗てないくらいの彼の姿にオスカーとカーマインは物怖じしない性格だと言うのに、少しだけ後退る。 「ちょ・・・・何か怖いよ、ライエル」 「そ、そーだよ。何か連続殺人犯みたいだよ君ぃ」 「・・・・・誰の、せいだと思っている・・・・オスカー?」 低い、呟き。笑わない口元。影の落ちた紅い瞳はまるで血の色。背後に背負った空気は堕界の門番のように澱み、重い。 カツカツとゆっくり歩み寄る様が更に不気味で、ゴキリと一度痛めつけられた方の腕を鳴らしてオスカーの眼前で 立ち止まる。酷薄に、禍々しく哂った。 「さて、三ラウンド目、逝ってみようか・・・・オスカー?」 「・・・・・・・・・・・・・・ひっ!」 這うような声で、呟いてアーネストの指先に嵌められたリングウェポンが輝き、手のひらには銀色の長剣が二振り 握られ、オスカーは本当に珍しく怒髪天をついたらしい親友の姿に身体中の血の気が引く音を聴く。断末魔の悲鳴が響いた。 ◆◇◆◇ 「・・・・・・・すっきりした」 清々しい表情で、どこかうっとりとした吐息で緋眼が告げる。長い足元にはちょっと原型を留めていない紫髪。 キラキラ、未だ嘗てないほどアーネスト=ライエルは輝き、オスカー=リーヴスはボロボロ。そして彼らの背後で カーマインが呆然と立ち尽くしている。どうやら、気の持ちようでどうにでもなるなどと言っていたアーネストが 一番暑さに苛立っていたようだ。先ほどの彼の暴れぶりと言えば、いつも傍若無人なオスカーが思わず可哀想だと 思ってしまうほどで。彼という人間のイメージが大きく崩れた。カーマインの中ではアーネストは常に被害者で、 それでもいつも人を労わる優しい人だという印象であったのだが・・・・・ 「ら、ライエル・・・・・?」 「ん?何だカーマイン、そんな隅に寄って」 「え、っと・・・・・いやその・・・・・・お、怒ってる・・・・・?」 「何がだ?」 先ほどの彼があまりにも強烈だったらしく、カーマインはびくびくと怯えつつアーネストを見上げる。しかし、見上げた彼の 顔はとても穏やか。いつもの彼だ。それを確認して少し息を吐くカーマインだが、床に伏しているオスカーを見て苦虫を 噛み潰したような表情になる。 「どうした、カーマイン?」 「あ、いや、何でもない。げ、元気そうで何よりだ」 「?ああ、俺は元気だが?」 ふんわり、微笑まれてカーマインは混乱する。いやしかし、機嫌を損ねてはならない。とっさに本能が働き、カーマインも 恐る恐る微笑む。ぎこちない笑みではあるが。 「邪魔者も静かになったところだし、茶でも飲むか?」 「え、う・・・うん、アリガト」 邪魔者、というのはきっとオスカーの事だろう。確かに静かになった。返事をしつつ、カーマインは内心ではずっと こう思っていた。真に恐れるべきはオスカーではなくアーネスト=ライエルか、と。そして夏の暑さはこうも人の人格を 変えてしまうものかと。夏の終わりを切に願ったのは、言うまでもない。 あれ、落ちてない・・・・。 fin…? 何というか、萌えも甘さも何にもありませんね(爆) 単にアーネストとオスカーの喧嘩話を書きたかっただけなのです。 もう少しくらいカーマインと絡ませればよかったですね・・・反省です。 |
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