夜が怖い、とても怖い。 嫌な事全て思い出すから、一人ぼっちになってしまうから。 夜が怖い、とても怖い。 ―――眠るのが怖い・・・・・。 眠れない眠り姫 「・・・・・・・・・・ッ!」 ハッと目が醒めた。 部屋はまだ薄暗く、夜明け前だと察するのは容易で。 そっと額に触れればしっとりと汗に濡れている。他に髪も、服も全て。 もう、こうして何度夜中に目を醒ました事だろう。 時折、この身体に、脳に刻まれていった様々な経験が、出来事が思い出したかのように夢に姿を現す。 その大体が悲しかった事、辛かった事、苦しかった事で。夢に見る度に身体は震え、痛みを覚える。そしてその悲しみや苦しみ、 痛みから逃れるように目を醒ます、その繰り返し。一度目を醒ましてしまえば、疲れを癒す為の深い眠りにつく事は出来ない。 浅い眠りでは却って疲労が蓄積するだけ。しかも自分一人だけ起きている状態は一人ぼっちになった気さえして。 誰が見たって悪循環の繰り返し。しかも改善策が全く見えない曲者だ。眠りに対し、差して執着はないから、 そういった点で辛い事はないけれど、やはり身体に響く。日に日にやつれていく自分、心配する周囲の人々。 いつだって笑っていて欲しいのに、俺のせいで大好きな人たちから笑顔を奪ってしまっている。 それは過去を夢に見る以上に辛く、悲しい。だから、無理にでも眠ろうとするのに、眠れないでいる。 睡眠薬を飲んだところでどうも薬が効きにくい体質のようで、殆ど効果はなかった。 そんな事を繰り返していれば、結末は誰にでも分かる。 眠る事が出来ず、夢を恐れる身体は疲労、ストレス、その他あらゆるものを溜め込み、やがて壊れてしまう。 救世の騎士、カーマイン=フォルスマイヤーが執務中に倒れたという報せが各地に広まるまでに差して時間は要さなかった。 ◆◇◆◇ 「・・・・・不眠症だって?」 要休息を言い渡された、ベッドの上に横たわっている俺に問うかのように穏やかなテノールが鼓膜を打つ。 その背後では黙しながらもやや心配そうな緋色の目が此方をじっと見ていた。どちらも隣国の重鎮、誉あるインペリアルナイト。 多忙な筈の彼らが何故二人も揃って自分の屋敷にいるのだろうか、とふと疑問に思う。それが顔に出ていたのか 紫色の制服の方―オスカーが柔らかな笑みと共に答えてくれる。 「知らないのかい?世間は特使殿が倒れたって話で持ちきりだよ?僕らはその見舞いに来たわけ」 「・・・・・本当は陛下やジュリアンたちも来たがっていたが・・・・まぁ、俺たちが代表で来たというわけだ」 オスカーの言葉に補足するように緋色の制服の方―アーネストが繋げる。オスカーはにこにこと笑顔で、アーネストは 憮然とした表情で腕を組んでいて、二人とも相変わらずだな、と思う。しかしそれ以上に多忙の合間を縫って わざわざこうして見舞いに来てくれたという事が何だか嬉しい。思わず口元に笑みが浮かぶ。 「・・・・・有難う、二人とも・・・・」 心からのお礼を告げれば、二人は少し目配せしてからオスカーは笑みを深め、アーネストはふいと横を向く。 後者は、多分照れているのだと思う。表情の機微が判別し難い彼のそれも流石に見分ける事は難くはなくなってきた。 そして前者の方は・・・・どういたしまして、という意味なんだろう。どちらもあまり多くを語らないのは、それだけ 気持ちや言葉を大切にしているからなんだろうと思うのは、身勝手な推測だろうか。そんな事を考えていれば、 ベッド脇に椅子を持ち込んで座っているらしいオスカーの腕が自分の額へと伸び、そのまま触れられる。 かと思えば柔らかに枕へと頭を沈められた。要は寝ていろ、という事だろうか。 「寝不足なんでしょう?眠くなったら僕らの事は気にせず寝ていいよ」 「・・・・・・別に今は眠くない。無理に寝ようとすれば逆に疲れるし・・・・もう少しいてくれないか」 ね?と首を傾げばオスカーから返ってくるのは苦笑、アーネストから返ってくるのは小さな溜息。これはひょっとして 呆れられているのだろうか。まあ、そうだろう。騎士であり、特使であり、しかも世間的には救世主と呼ばれる男が 自己の体調管理すら侭ならぬのだから。国の誉れと称される彼らから見れば、今の自分は呆れられたとしても仕方ない。 何だか急に自分がとても恥ずかしい人間のような気がして二人から視線を逸らそうとすれば顎を掴まれる。 クイと今まで見ていた方向に顔を固定された。 「・・・・寝ないんだったら顔を逸らさないでくれる?」 「・・・・・・・・どうして」 「だって僕ら、見舞い・・・・って言うか君の顔を見に来たんだから。ねぇ、アーネスト?」 「・・・・・・俺に話を振るな・・・と言いたいところだが今は同意しておこう」 「素直じゃないねえ」 「・・・・・・・余計なお世話だ」 「ふふ、僕は人の世話を焼くのが好きなんだよ」 「俺はそんなもの要らん」 いつも通りのいっそ小気味いいほどの遣り取りが行われている光景を目にすると何処かほっとする。 流石に見舞いで来ているので随分控えめだが。それでも眠れずに強張った身体がほんの少しだけ解れていく。 喧嘩している様がほっとするなんて、俺って結構酷い奴なんだろうか。でも、この二人だからこそ、と いうのものが確かにある。彼らの場合は負の感情をぶつけ合ってるわけじゃなく、建前を取り去った 本音をぶつけ合ってるから。そういうのは上流階級だとか権力のある人間同士ではとても稀有だから、 見ていて少し羨ましくなってしまうのかも。俺には年の近い友達はいないし、だから余計に。 その輪の中に混ざりたいと、思わされてしまう。そんな思いを形にするように、いつも俺の口からは笑みが零れる。 笑っちゃ悪いとは思うんだけど勝手に、まるで反射反応みたいに。 「ほら、カーマインに笑われちゃったよ?」 「・・・・・・・・俺のせいか?」 「君が素直に頷いておけばいいのに妙な言い回しするからー」 「いや、俺は二人の遣り取りがおかしいと思ったんだけど・・・?」 「「・・・・・・・・・・・・・・」」 オスカーの言い分に訂正を入れれば途端に二人は苦虫を噛んだような表情になる。そういうある意味 息の合ったところも笑いを誘うな、と笑みを深めればこつりと額を小突かれた。今度はオスカーの横から身を 乗り出すようにしてアーネストが。小さな子の悪戯を咎めるようにして。暖かい手が触れて、小さく息を吐く。 硬くて少しゴツゴツした手指が柔らかく触れてくるから、何となく大事にされているような気さえして、 身の程知らずと言われるかもしれないけど照れてしまう。頬に熱が溜まる。恥ずかしくて顔を逸らそうにも 顎を捉えられていてはそれも叶わず。困った風に顎を掴んでいる張本人を見上げれば笑顔で躱された。 やはりオスカーはどうにもやり手だ。こういう時は専らアーネストに頼る他ない。見上げる相手を緋眼の長身へと 移せば、無言ながらも意思の疎通は出来たようで、アーネストは一つ咳払いをしてから低い音を為す。 「・・・・・・その辺にしておけ、オスカー」 「何でさー」 「・・・語尾を伸ばすな。・・・・・カーマインが困っている」 「分かってるさ、そんな事」 「・・・・・・・分かっているのにやるのかお前は。悪質だな」 げんなりと疲れたように一言漏らしてアーネストは此方を見下ろす。何も言わなくても「役に立てずにすまない」と 言っているのがその眼差しから何となくだが分かる。別に気にしなくてもいいのに、とは思うけれどそういうところが きっとアーネストのいいところだろうから、微苦笑を返すだけに留まった。それから、先ほどから思っていた事を 二人に問うてみる。 「・・・・なあ、二人はいつまでいるんだ?」 「・・・・・・・おや、ひょっとして迷惑かい?」 「あ、違う。そうじゃなくて・・・・えと、忙しいんじゃないのか?」 いつまでもいて大丈夫なのか、と聞き直せば色彩の違う青年二人は顔を見合わせてゆるりと首を横に振る。 つまりは大丈夫だという事だ。なら良かったとそっと胸を撫で下ろすと、二人分の手のひらが一方はふわりともう一方は くしゃりと髪を撫でていく。二人同時に髪を弄られては当然、ぐしゃぐしゃになる。ムッと唇を尖らせれば、戯れに 突き出たそれをオスカーによって摘まれた。プルプルと顎を掴まれながらも頭を振って唇を摘む指先を払えば 残念そうに引っ込められて。先ほど以上に乱れた髪は両手が空いてるアーネストが細い指先で梳きながら 直してくれた。離れていこうとする指先を目で追っていれば、視線に気づいたのかアーネストの引き結ばれた唇が ほんの微かにだけれど笑みを象る。滅多に笑う事のない彼の微笑は思わず目を奪われてしまうほど綺麗なのだと 果たして彼は知っているのだろうか。いっそ教えてあげたいくらいだけど、でも教えたらアーネストなら凄く照れるんだろうな、 と容易く想像出来る。その時のきっと赤面しているであろうアーネストの顔を思い浮かべれば何故か笑いが込み上げた。 そして込み上げてくるものの侭に口角を持ち上げれば、やっと今まで掴まれていた顎が離される。 「・・・・・・オスカー?」 「いや、もう押さえてなくても大丈夫そうだと思ってね」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・?」 「様子も少し落ち着いたようだし」 良かった、と安堵の息を漏らしながら再度オスカーの手が俺の黒髪に差し込まれる。アーネストのものよりは少し 小さくて柔らかな手のひらが優しく這わされる。その心地よさに目を細めればオスカーは更に嬉しそうな顔をして。 つられて俺まで嬉しくなってしまう。それから指先は頬へと移って。肌を流れるように撫で、最後にそっと頬に口付けられた。 一連の所作が貴婦人へと向けたもののようで、妙に恥ずかしい。また顔を逸らそうかと思ったが、それでは先の繰り返しに なりかねないので仕方なく大人しくしていた。けれど頬に熱は灯った侭。ひょっとしたら変な顔をしているかもしれない。 二人の目にはどう映ってるのだろうと様子を窺えば二人とも溜息を吐いていた。もしかしてまた呆れられているんだろうか。 それともからかわれた?だとしたらそれはあまり面白くない。何か、意趣返しに二人を困らせる事は出来ないだろうかと 思考を巡らせる。そして浮かんだのは病人の立場を利用して二人に我侭を言う事だった。ちょっぴり罪悪感を 覚えつつ、思いついたそれを実践に移す。 「・・・・・・なあ、二人はお見舞いに来てくれたんだよな」 「ああ、そうだが」 「そうだけどどうしたの?」 突然の問には各々の回答が返ってくる。それを聞くともなしに聞きながら更に質す。 「じゃあ、何かお見舞いの品とかってある?」 見た感じ手ぶらなのが分かっていて尋ねれば返されるのはばつの悪そうな表情。恐らく仕事の合間を縫ってきたから、 そういうものの用意をする暇がなかったんだろう。別にそれはいいのだけれど、彼らに仕返しをするとなればここを利用 しない手はない。心の中で湧き上がる悪戯心に逆らわずくすりと声を漏らした。 「だったらお見舞いの代わりに俺の言う事聞いてくれる?」 「・・・・・・・構わん、何でも言え」 「僕も構わないよ、何でも言ってごらん?」 「本当?だったらねぇ・・・・・・」 彼らの性格なら断る事はないだろうと半ば予想していたとはいえ、あまりにもあっさりと承諾されて逆に悪い気に なるが、もう言ってしまったのだからしょうがない。ここは開き直ってしまおう。顔に笑顔を貼り付ける。自分の唇が 一体どんな望みを紡ぐのかと一身に見下ろしてくる二人に俺は言った。 「俺、もうずっと眠れてない・・・っていうのは知ってるよな?」 「もちろん」 「じゃあ、ね。二人には俺が眠れるようにしてもらいたいんだけど」 「・・・・・・と、言うと?」 「ん?例えば・・・・・・子守唄歌ってくれたりとかって・・・・してくれたりしない?」 その言葉は流石に予想してなかったのか二人の瞳は各々見開かれた。ついで先に気がついたオスカーがアーネストの 襟を掴んで数歩下がると何か話し出す。きっとどっちが歌うかを話し合っているのだろう。二人の歌というのは どんなものか気になる。わくわくと二人の後姿を見遣る。そうすれば相談は終わったのか二人がベッド脇に戻ってくる。 アーネストが一歩そこから引き、何故か両耳を押さえた。 「・・・・・アーネスト、何やってるの?」 「・・・・・・カーマイン、悪い事は言わん。耳を塞いでおいた方が利口だぞ」 「・・・・・・・・は?」 「ちょっと、アーネスト失礼な事言わないでよ。じゃあ、カーマイン僕が子守唄歌ってあげるね」 そう言ったオスカーの背後ではアーネストがまるでこの世の終わりかのような顔で俺を見ていた。ジェスチャーで「耳を塞げ」と まだ言っている。一体どういう事かと首を捻っていたが、オスカーが歌い出して直ぐに理解した。 「・・・・・っ!」 ・・・・・言っては悪いのだろうが。アーネストの忠告通りに耳を塞いでいれば良かったと思う。確かにオスカーの声はいい声だし、 発声も腹の底から出てて綺麗だとは思うけれど・・・・・困った事に音程は面白いほどに正規のそれから外れている。 何処をどうしたらそんなになるんだと突っ込んでやりたいが怖くてそれも出来ない。というか音痴という自覚がないのが一番怖い。 オスカーが歌い終わった頃には俺の耳はじんじんと痛み、頭の中はくわんくわんと揺れている。不意にアーネストと 目が合った。物凄く悲しそうな目をしている。それにもうリアクションを返す余裕はなかった。それほどまでにオスカーの歌は 何かを超越している。取りあえず二度と自分からは歌ってと言わないようにしようと心に決めた。そんな俺を余所に 歌いきったオスカーは満足げな表情で「どうだった?」と尋ねてくる。はっきり言って、聞けるものではなかった。まだ耳鳴りが 拭えない。しかし自分から頼んだ手前文句は言えない。結局俺はオスカーに苦笑いを返す事しか出来なかった。 「あ・・・ありがと・・・・ね・・・・・」 「また聞きたかったらいつでも言ってね」 「え・・・・・あ、うん・・・・・。覚えとくよ」 言葉を濁して曖昧に答えれば、オスカーの背後でアーネストが首を振った。 「カーマイン、はっきり言ってやった方がいいと思うんだが・・・・」 「いや、うん・・・・・流石にそれは、ね・・・・・・」 「二人して何の話してるのさ」 「え、いや・・・・何でもないよ・・・・・」 本人を目の前にして音痴なんて言えず、目を逸らすしかない。しかも元からほとんどなかったに等しい眠気が更に 遠ざかったのが分かる。まあ、俺の場合、眠れないと言うよりは眠った後が怖いのだけど。それを告げるのは弱みを 晒す事のようでまだ少し抵抗がある。彼らには自分の殆どを見せているつもりだが、弱みだけはどうしても 見せる事に躊躇してしまう。見栄なんて張ったってしょうがない事は分かってる。けれどこれは見栄とはまた何か 違う気もした。虚勢を張りたいというのはきっと彼らと対等でありたいから、そして要らぬ心配をかけたくないから。 それはやっぱり見栄とは少し違うんだと思う。では何だと聞かれると答えようもないけれど。 「カーマイン、どうした・・・?」 「え、あ・・・・・」 「まだ耳おかしいのか?」 「いや、違うから・・・・・大丈夫」 「そうは言っても顔色が悪い。もし本当に俺たちが邪魔なら遠慮せず言え」 これ以上お前の眠りを妨げられん、と本当に心配してくれる声音に胸が締め付けられるような気がするのは何故だろう。 ウォレスやルイセたちとはまた違った安心感が彼らにはある。それに付け加え、僅かな切なさ。これが意味するところは 一体何なのか。分かりそうで分からない。ただ、また頬に熱が競りあがってきている事と心臓が脈打つ間隔が狭まってきて いるという事は分かる。ひょっとすれば睡眠障害以外にも別の病気に掛かっているのかも。そこでハッとする。 そういえば、俺は彼らを困らせる為に我侭を言おうとしていたのではなかっただろうか。それなのに結果として 自分が困らされているような気がする。それでは作戦失敗だ。じゃあ、どうすべきか。考えて思いついたままに口を動かす。 「・・・・・帰っちゃ駄目」 言って、直ぐ近くにあったアーネストの手を両手で掴んで離さないでいると、今まで殆ど無表情だったアーネストが ほんのちょっとだけだけれど、頬に朱色を乗せて細い眉根に皺を寄せ、照れたような、困ったような顔をした。 「・・・・・・・・ぁ・・・・・・」 「・・・・・・・・・・おま、えは・・・・そういう事をあまり不意打ちで口にするな」 「・・・・・・・えっ?」 「だから、それが周りにどうとられるか、もう少し自覚した方がいい・・・・・」 「何が?」 「・・・・・・・・・・もういい」 追求するとアーネストは疲れた吐息を吐き出すと空いた片手で顔を覆い隠す。そのアーネストをオスカーが横目で 楽しそうに見ていた。一体何だと言うんだろう。分からず首を傾げればアーネストの代わりにオスカーが笑いながら。 「気にしなくていいよ。そういうところが君らしいんだし」 答える。何が俺らしいんだろう。もう一度首を傾げば「秘密」と戯れにこめかみへとキスを受ける。何か今日、俺こんなの ばっかりな気がする。甘やかされているというか何というか。確かに甘やかされるというのは心地がいい。けれど 本当は俺は甘やかされるのではなく、対等でありたいと思う。それでも優しい二人の視線に絡め取られてしまえば、 そんな物思いすら何処か彼方へと消えてしまう。甘やかされる事の心地よさに流されてしまう。それではいけないと 分かっているのに。真綿で包まれるような優しさに結局のところ甘えてしまいたくなってしまう。どうしようもない。 こんな事で頭を悩ますのはとても馬鹿らしい事なのかもしれないが、そういう性分なのだから仕方がないと言えば仕方が ないんだろう。知らず、面に出ていたらしいそれに気づいた二人に心配される。 「どうしたの、カーマイン」 「本当に調子が悪いのではないか?」 「いや、大丈夫・・・・・」 「本当に?睡眠障害って結構心的要因が大きいんだよ?何か悩んでない?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・」 やや厳しい声音で問われた言葉に何も返せない。俺の眠れない原因はそこにあるから。 けれどそれをいうという事は弱みを露にする事。対等でいたい人たちの前で。呆れられるかもしれない。 それが怖い。過去の出来事を夢に見るのと同じくらいに。けれど真摯な瞳が嘘は許さないと見下ろしてくる。 この瞳の前に立たされるととても苦しくなる。嘘が吐けなくなる。結果、黙る事しか出来ない。けれど。 「・・・・・お前が黙すと言う事は、肯定しているという事だな」 「・・・・・・・・・・!」 アーネストの溜息混じりの低音に核心を衝かれた。思わず目を瞠る。そうすれば呆れられるでもなく怒られるでもなく ただぽんぽんと優しく頭を撫でられて戸惑う。本当にこの人たちは俺を困らせるのが上手いと思う。たった一言で 俺は平静を保つのが難しくなっている。 「どうしても、言いたくないなら言う必要はないが・・・・そうでないのなら話せ」 「そうだよ。偶にはさ、年上を頼ってよ、カーマイン」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 こういう事を言われてしまうと、どうしても敵わないな、と思わされてしまう。何を隠していてもいつもこの二人には 見透かされてしまう気がする。それだけ、きっと彼らは俺の事を見ていてくれるんだろう。それはとても嬉しくて。 同時に少しだけ、そんな彼らに今更気づく自分が情けなくて、何とも言えぬ表情を浮かべたのが自分でも分かる。 そしてそんな表情は彼らに気を遣わせてしまうであろう事も。その考えは違う事なく形にされる。そっと労わるように 硬い手のひらが頬に添えられた。 「お前が困る必要はない。それに俺たちに気を遣わなくていいんだ。お前は大事な・・・・友なのだから」 「そうだよ、親友なんだから遠慮なんてしないで。あ、でも押し付けてるわけじゃないからね?」 本当に言いたい事だけはちゃんと言って?と足されて困惑が泡となって消える。俺は一体何を思い違いを していたのか、と。弱みを隠してどうやって対等になると言うのか。本当に弱い自分すら晒さなければ対等になど なれやしないのに。今までそんな事に拘って・・・・愚かだと思う。不意に泣きたいような気になった。 でも心配させてしまうから実際に泣きはしないけれど。代わりに微笑む。出来る限りに。そして腹は決まった。 「ごめん、二人とも。俺、本当は眠れないんじゃなくて・・・・眠るのが怖いんだ」 「・・・・・・・・それは、何故?」 「夢を、見るから・・・・・今までの辛かった事、悲しかった事、全部・・・・・」 「・・・・・・・・・・そうか」 「自分の罪を忘れるなと言い聞かせるように、何度も、何度も・・・・。 それで目を醒ませば、一人取り残される。俺はそれが怖い。夢を見る事も、一人ぼっちにされる事も・・・・」 そんな事、されなくても一生忘れようがないのに。それでも夢は一瞬たりとも罪を忘れさせないようにと記憶を 掘り起こし繰り返し見せ付けてくる。それから逃れようと目を醒ましても夜闇にたった一人取り残されて。 追い詰められていく。一筋の光すら見えない常闇へと。それが恐ろしくて、一人きりの孤独を抱えてでも眠りを 拒絶する。そして壊れていく身体。朽ちるまできっと終わらぬ咎めの連鎖。それが恐らく俺に課せられた罰。 逃げずに、受け止めるべきなのかもしれない。分かっているのに逃げ道を探してしまう。無意識に救いを求めてしまう。 今もそう。どんなに粋がっていても結局俺はこの二人に救いを求めている。手を彼らに向けて伸ばしている。 そして彼らはいつも伸ばされた手を拒まず・・・受け取ってくれていた。今も強く。 「・・・・・大丈夫、そんな夢、もう君が見ないように見張っててあげる」 「もし夢を見て、途中で起きても俺たちがずっと傍にいる。お前は一人じゃない」 「そう、だから安心してお眠りよ、お姫様」 宥めるように優しい口調の中にオスカーの独自のからかいが混じる。何処を取ったら俺が『お姫様』になるんだか。 それでも面白いくらいに彼らの言葉で気が軽くなっていくのが分かる。知らず強張っていた身体の力が抜けていくようだ。 安らいでいく気持ちの中、無意識に二人の手を取る。どちらの手もとても好きだから。 「・・・・・ねえ、このまま寝付くまで二人の手、握っててもいい?」 「何なら添い寝したげよっか?」 「・・・・・・・・・・・・・・・おい」 オスカーの軽口にアーネストが睨み返す。その間、握っていた二人の手が強く握り返された。 「・・・・・どうした、嬉しそうな顔をして」 「お、ひょっとして添い寝OKだったりする?」 「違う。ただ、幸せだなぁって思ったんだよ」 くすくす、笑いながら握り返された手を空に上げて軽く振ってみる。そうすれば自ずと自分の言いたかった事が 伝わったのかオスカーもアーネストも春の木漏れ日のような、そんな微笑を浮かべて見返してきた。その笑顔が 余計に自分がいかに果報者かを思い知らせて。夢を見るのが怖いだとか、一人ぼっちになるだとかそんな事はもう 頭から抜け落ちて。疲労に疲労が溜まった身体はゆっくりと眠りの淵へと向かっていく。 「・・・・・・・俺が、起きるまで傍にいてね・・・・」 「ああ、大丈夫だからもう何も気にせず眠れ」 低音が鼓膜を擽る。とても耳触りのよい声。その声の発生源を目で追おうとすれば大きな手のひらが視界を 柔らかく遮断した。もう、眠れという事だろう。確かにかなり夢現を彷徨いかけている。今なら眠れそうだ。 光も遮られ、心地よい闇に意識を預ける。 「・・・・・・・・ちゃんと、いてね」 「ちゃんと番をしている。心配するな」 「そうだよ、そんなに心配なら誓いでも立てようか?」 「・・・・・・・え、誓い?」 何を何に誓うのかと聞き返せば、視界は依然遮られたままなので二人の様子は分からないが、何か小声で 合図をしているのが微かに聞こえる。何を言っているのだろうと耳を欹てた瞬間に二人の会話が途切れ、色違いの 二つの声が同じ言葉を紡ぐ。 「「我らの眠り姫の眠りは必ず守ると誓います」」 芝居がかった台詞が、落とされて次いで、一人が右頬にもう一人が左のこめかみにふわりと口付けた。 瞬時に顔中が真っ赤になる。何か言おうとすれば、唇に恐らく人差し指を当てられ静止され、黙る他ない。 視界を塞がれた状態で右と左を何とか振り仰ぐ。けれどそれに戻ってくるのは軽いトーンの笑い声だけ。 「ちゃんと誓ったからな、眠り姫」 「ふふ、さしずめ僕らはお姫様を忠実に守る騎士ってところかい」 「・・・・・・・・もう、二人とも調子いいな」 そんな呟きを漏らすと「これでかなり本気なんだがな・・・」と多分苦笑混じりにアーネストが囁く。だったら、嬉しいのにと 心中で思いながらゆるりゆるりと意識が沈んでいく。まだ何か二人が言っていた気がしたが、その声は段々と 遠ざかっていった。そうして自称『眠り姫の騎士』二人に囲まれて俺は随分と久方ぶりの安らかな眠りを迎え入れた。 そして騎士の守りがよほど鉄壁だったのかこれ以降、以前のような全てを蝕むような悲しい夢は見なくなった。 代わりに自分の手を握っていてくれる二人をよく夢に見るようになったのは何の兆候であっただろうか。 それを知るのはまだまだ先の話――― ◆◇◆◇ 〜after〜 「・・・・・・眠ったか?」 「寝たんじゃない?」 「・・・・・・こいつは情緒不安定になると途端に幼くなるな」 「幼いっていうか、無防備?まあ、どっちにしろ可愛いに変わりはないけど」 「・・・・・・・・それはいいが・・・・こうも簡単に心を預けられてしまうと・・・・・困るな」 「そうだねえ、今日なんか珍しく甘えてくれちゃって・・・・結構気が気じゃないんだけどなぁ」 「・・・・・お前はいつもと変わらず節操がなかった気がするが?」 「そんな事ないよ!今日は結構我慢した方だよ!笑顔でお礼言われちゃった時とか、 唇尖らせて拗ねてくれちゃったりした時とか、帰っちゃ駄目って言われた時とか、 もう本当押し倒した挙句、お持ち帰りしたいくらいの心境を精一杯の理性でもって押さえ込んでたんだよ! 他にもxxxして△△△して□□□したいくらいで・・・・・」 「やめろ、聞いてて恥ずかしい」 「何言ってんの、アーネストだって溜息で誤魔化してたけど、絶対頭の中ではよからぬ事考えてたんでしょ!」 「・・・・・・・・・き、貴様と一緒にするな」 「お、今動揺したね。やっぱりそうなんだ。やーい、アーネストのむっつりー」 「や、やめんか!!折角寝付いたのに起きるだろう。というかお前帰ったら絶対シメるからな!」 「ふーんだ、アーネストなんて怖くないもんね。何て言ったってアーネストはむっつりだもんね」 「貴様、まだ言うか・・・・!」 〜endless〜 fin 63000打を踏まれた高橋様に捧げます、 「アー→主←オスで甘えん坊カーマインが二人に甘やかされる糖分高めの話」 との事でしたか・・・・クリア出来ているのでしょうか!?(出来てないに1000票!) なるべくカーマイン像を壊さないように且つ甘えモードを引き出すのが 大変だったのですが・・・。却ってナイツ二人が壊れまくりだった気がします。 ▼補足ですが。 当家のオスカー様は音痴(しかもひょっとしたら運痴)という設定です。 楽器やら料理やら裁縫やらは何でも出来るんですが歌はからっきし駄目、という事で どうぞご納得されて頂きたい。ちなみにアーネストは普通です。歌に関しては(笑) と、何やら勝手な設定が入ったり相変わらず話のカテゴリがわかり辛かったりと 色々問題がございますが、思ってたのとちゃうねん!という場合は遠慮なく追試を お願い致します。ではー。 |
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