コムスプリングス旅情記





「・・・・・・・・・・・・」

参考文献を取りにいくついで、サボリ魔の様子を窺おうとオスカーの執務室に入ったアーネストは
物珍しい光景に思わず目を瞠った。なにせ、あのオスカーが誰に言われるまでもなく、しっかりと執務机に
落ち着いているからだ。いつもだったら、頭を下げたってその場に留まる事はないのに。

「・・・・・・・・・・・・・・・・?」

不審に思い、アーネストは戸口に留めていたその足を、室内へと踏み入れる。
書類を読んでいるのか俯き加減のオスカーに気づかれぬようにと細心の注意を払い、気配を消して
ゆっくりと歩み寄っていく。そして目と鼻の先の位置まで近づくと、そうっと下を向いたオスカーの顔を覗き込む。
が、しかしオスカーはアーネストに気がつかない。それほどまでに集中しているのか?と一瞬アーネストは
感心したものの、よくよく見ればオスカーの目線は書類ではなく、空を見ている。ただ単にぼうっとしているだけ。
そうと分かってアーネストは持っていた文献で憎き紫頭を殴ろうと腕を振り上げた。その瞬間。

「そうだ!温泉に行こう!!」
「はあ?!」

がたんと勢いよく立ち上がったオスカーの思いもよらぬ素っ頓狂な発言に思わずアーネストの腕も止まる。
妙な格好のまま、文献を持った左手が空中に空しく浮いたままになった。しかし、オスカーはまだどうやら
アーネストの存在に気づいてないらしく、立ち上がった時の姿勢で何やらぶつぶつ呟いている。

「何で今まで気づかなかったんだろう。そうだよ、何か足りないと思ったら裸の付き合いを忘れてた」
「・・・・・・・おい、お前一体何の話を・・・・・」
「男だったら先ずは裸の付き合いだよね。さっそくローランディアに連絡つけなきゃ!」
「・・・・・・おい・・・まさかお前・・・・・」

独り言は尚も続き、しかも徐々にテンションが上がってきている。そして聞いているうち、オスカーの言っている
言葉に聞き捨てならぬ単語が混じってきていた為にアーネストの細い片眉が引き攣った。彼が、ローランディア人で
用のある人物なんてたった一人しか思い浮かばないからだ。それは。

「カーマイン、都合つくといいなぁv」
「――!!」

やはり、と思う一方で予想通りの名前が出てきた事に、アーネストは腹が立ち、宙に浮いたままだった腕を
先ほど以上の速さで振り下ろす。そして見事に分厚い本の角は、目指した紫頭の頂点へ物凄い音を立てて
ぶつかった。当然、それの齎す痛みは計り知れない。ゆえに響く悲鳴にも似た苦痛の叫び。

「〜〜〜〜〜ったあぁぁっ〜!!!」
「目は覚めたか、色ボケ」
「あ、アーネストいたの!?ってゆーか痛いよ、何すんの!!」
「煩い。貴様の煩悩だらけの脳みそを戒めてやったんだ」
「へぇ、それはどうも有り難う・・・・なーんて言うと思ったかこのヘタレ!!」

殴られた頭を押さえつつオスカーが怒声を上げれば、やはり瞬時に返ってくるアーネストの怒声。

「言ったな、この身長ドーピング男が!!」
「!ドーピングじゃありませーん。これはれっきとしたヘアスタイルですぅー」
「だったら次の身体検査時にはちゃんと髪を下ろすんだな。その髪で5センチは稼いでるだろう!」
「(ぎくっ)そんな事ないよ!っていうか僕これから温泉行くんだから邪魔しないでよ!」
「誰が行かすかぁ!!仕事が終わってない上に、カーマインを連れて!?殺すぞ!!」
「いーやーだー行くったら行くのー!!」
「駄々っ子か貴様は!!俺の目が黒いうちは絶対行かすものか!」
「それ言ったら君の目なんて初めから黒くないじゃないか!!っていうか何が何でも行くの!癒されたいの!!」
「俺だって癒されたいわ阿呆!!」
「じゃあ、君も来たらいいじゃないかー!!」
「!!」

はたっと掴み合いで言い争っていた二人の動きが止まる。そして、互いに胸倉さえ掴み合っていなければ
恐らくぽん、と手を打っていただろう。ラベンダーの瞳も、真紅の瞳も今だけは同じ輝きを灯している。

「・・・・・そうか、そうだな。俺も行けばいいのか」
「そう、そうだよ。本当なら君なんて邪魔極まりないけど、カーマインと温泉行くためなら我慢するよ」
「何か、腹立つ事を言われてる気がしてならないが、まあ聞き流してやろう。それはともかく」
「そう、それはともかく」

言葉尻が珍しく揃う。

「「さっさとカーマインを捕獲してこよう」」

時折発揮させるとてつもない以心伝心は本日も絶好調だったようで。
綺麗にハモった二重奏は、そのままの勢いで次の行動に残る。そしてもぬけの殻となったオスカーの執務室の
書類の上にはこんな書置きが一つ。

『ウェインへ
僕とアーネストでちょっと出かけてくるから後はよろしく☆
                君の大先輩オスカー=リーヴスより』

「・・・・・・・やられた」

偶々オスカーに用があって執務室にやってきたウェインの声が他に誰もいない室内に空しく響いた。





◆◇◇◆





「何で俺はこんなところに連行されてるんだ?」

両脇にインペリアルナイト双肩を携えて、というか双肩に携えられている青年のぼやきにも似た呟きが落ちる。
まあ、それも無理はない。久しぶりの休暇を自分の領地で楽しんでいた中で、いきなりそこへ自分と同じく多忙の身である筈の
友人たちが現れたかと思えば、何を言う暇もなくそのまま両腕を抱え上げられ、コムスプリングスまで連れてこられれば
誰だって同じ反応を返すものだろう。いや、人によっては怒るなり何なりするだろうが。それはともかく。

「・・・・・なあ、オスカー、ライエル、俺今更逃げたりしないから腕、離してくれないか?」

この体勢結構キツいんだよね、と半ば宙に浮いた形になっている青年―カーマインは右のオスカーと左のアーネストを
交互に見遣りながら言う。見上げられた二人は顔を見合わせ、そしてそっとカーマインの腕を解放する。
ストン、と久しぶりに地に着けることの叶った足は軽やかに着地音を奏でた。靴裏に地面の感触を感じ取り安堵した
カーマインは改めて自分を拉致したとも言える二人の顔を覗き込む。

「で、一体どういう事なんだ?」

やや非難の色が滲む声音に口が達者な方、すなわちオスカーが返す。

「えっとね、いっつも重労働で疲れてるだろう君に少しでも疲れを癒してもらおうと思って・・・・無理やり拉致ってみましたv」
「拉致ってみましたって・・・・・あのなあ」
「っていうのは建前で〜。本当はね。よくよく考えてみたら僕と君は親友同志なのに裸の付き合いがなかったなあと思って」
「・・・・・・・・裸の付き合い?」
「おや、知らないのかい?男も女も親友同志ならば一度は互いの裸を見せ合わなければならないのだよ。ねえ、アーネスト?」
「そうなのか、ライエル?」

二人に問われて、正直者の代名詞とも言えるアーネスト=ライエルは暫し逡巡する。オスカーの述べた事は非常に偏った
意見だ。別段、絶対しなければならない事ではない。あくまでその方が親友っぽい、といったレベルの話だ。事実アーネストは
オスカーの裸とやらを見た事はない。というか、見たいとも思わない。いや、もっと言えば見たくはない。けれどここで違うと言えば、
カーマインは帰ってしまう可能性もある。折角ここまで連れてきたのにそれは勿体ないとアーネストは腹を決めた。
多少、良心が痛むものの無言で頷く。

「・・・・へえ、そうなのか。知らなかった」
「そういう事。大体ウォレス殿やアリオスト殿にゼノス君に陛下、延いてはウェインやハンス君、
それにアーネストまで君の裸を見てるのに僕だけ見てないのは納得できないよ!絶対!!」
「え、ああそうか。オスカーとは温泉とか来た事なかったか」

着替えとかも一緒にした事ないしな、とカーマインは言われてみればと納得している模様。それを客観的に見ている形に
なっているアーネストは裸の付き合いやら親友同士の儀式云々と言うより単にオスカーはカーマインの裸が見たい
だけなのでは?と訝しむというよりはどちらかというと蔑みの眼差しでぺらぺらと口八丁手八丁でカーマインを操作している
オスカーを睨みつけていた。当然オスカーはその視線に気がついていたが敢えて無視し、カーマインの手を引いて
コムスプリングス名物の温泉宿へと歩き出す。半分はオスカーの監視のつもりでついてきているアーネストは少し慌てて
その後を追っていった。





◆◇◇◆





近場にアーネストの別荘がある、という事で部屋は取らずに温泉にだけ入る事にした一行は、露天風呂と繋がっている
大浴場の暖簾を潜る。ちなみに脱衣所で服を脱ぐ際、「見るな!」とカーマインが服を脱ぐ様をじっと見ようとしていた
オスカーの目を塞ぎ、後ろからアーネストが羽交い絞めにしていた事は言うに及ばぬ事であったか。まあ、そんな過程を
得てカーマインが服を脱いで腰にタオルを巻き終えてから、ぶっすうと頬を膨らましたオスカーと横目で彼が可笑しな真似を
しないようにと目を光らせているアーネストもカーマイン同様、服を脱ぎ腰にタオルを巻く。後の二人は別に裸を見られて
恥ずかしいなどとは思わないが、まあ暗黙の了解というか礼儀だろうと、そうしているに過ぎない。湯気で曇る、ガラス戸を
ガラガラと音を立てて、開く。

「・・・・・いつも思うが・・・・ここは客が少ないな」
「へえ、そうなのかい?僕、そういえば温泉なんて入った事ないから分かんないや。っていうかもう貸切状態だね」

カーマイン以外に誰一人といない浴場を戸口で半ば観察するように見ながら、遅れて二人は中に踏み入る。
濡れた足元に足を取られることなくスタスタとカーマインが腰掛けている洗い場まで近づく。

「あ、二人とも遅かったな」

先にぱしゃぱしゃと掛け湯をしていたカーマインがオスカーとアーネストに気づいて言う。それには二人して
曖昧に返事を返す。それから何事にも抜け目のないオスカーが一番端に座っているカーマインのすぐ隣りの椅子に
腰掛けた。それを見届けてから更にオスカーの隣りにアーネストが位置取る。その後はじっとアーネストはオスカーの
動向を見守っていた。居心地が悪くなってオスカーは後ろを向く。

「ちょっとさっきから何?」
「・・・・・・・お前が可笑しな真似をしないように見張っているだけだ、気にするな」
「気にするなって気になるに決まってんでしょ。折角羽を休めに来てるっていうのにさ!」
「喧しい。疚しい事があるから視線が気になるのではないのか?」

憮然と、腕を組んだまま告げるアーネストにオスカーは一瞬うっと息を呑むけれども、すぐに開き直って横の
カーマインの方を向く。当然アーネストの緋色の視線が付きまとっているが気にしない。それどころかとんでもない事を言う。

「あ、カーマイン。背中流してあげようかv」
「え・・・・・?」
「おい、オスカー」
「うるっさいなー。このくらいの親睦くらいさせてよ!君は保護監察官かい!?」
「似たようなものだ。大体、カーマインが嫌がっている」
「そんな事ないよねえ、カーマイン?」
「え・・・・いや・・・えっと・・・・・・」
「カーマイン、嫌なら嫌とはっきり言っていいんだぞ?」

オスカーに半ば強制されるような形になって戸惑っているカーマインにアーネストは助け舟を出す。
それに後押しされてか、カーマインは湯気に関係なしに朱色に染まった頬で遠慮がちに答える。

「あ、あの・・・・嫌って言うかちょっと恥ずかしい、・・・から・・・・ダメ」
「「・・・・・・・・・・・・・・・」」

ダメ、の部分がどうやら本当に恥ずかしいらしく大分上ずった言い方になる。おまけに身を隠すように捩り、
頬が紅い。あまりに可愛らしいその様に思わずオスカーもアーネストも固まった。それに慌てるのはカーマイン。
困った風に首を傾げる。

「え、っとあの・・・・何?俺、何か変な事言った・・・・?」
「・・・・・・・・あ、いやいや、そっかそっか、じゃあ無理強いはしないよ、ごめんねえ」

先に復活したオスカーが疑問符を頭上に浮かべているカーマインに返す。アーネストの方はあまりこういうものに
免疫がないらしく、オスカーに結構な力で腹部に肘鉄を食らうまで惚けた顔をしていた。そして覚醒すると同時、一瞬
呼吸が出来なくなり咽る。それをカーマインが心配そうに見遣ってくるが何でもないと首を振って躱した。
それから誤魔化すように双方とも身体を洗い始める。カーマインもよくは分からぬが、二人に習って身体と髪を洗う。
一通り身体を流すと、三人は漸く湯船に浸かる。

「ふうん、やっぱり家の浴槽とは違った感じだねえ」
「ああ、オスカーって温泉は初めてなんだっけ?いいよねえ、偶には大勢で入るのも」
「今日のところは三人だがな」
「三人だって一人に比べれば大勢に入るよ」

大勢、のところをアーネストが指摘すれば、カーマインがやや剥れながら言い返す。その子供のような
言い様と表情に微かにアーネストは笑う。しかし、彼の機嫌を損ねさせる気など毛頭ないとでも言うかのように
軽く両手を挙げてから、苦笑交じりにカーマインの頭を撫でる。

「まあ、そうだな。何にせよ、俺はお前が楽しいのならそれでいい」
「ちょっと保護監察、さり気なくカーマイン口説かないでよ」
「誰が保護監察だ。それに口説いた覚えはない。妙な言いがかりはやめろ」
「言いがかりなんかじゃないよ!僕だってまだ我慢してカーマインにノーッタチだったのに!」
「・・・・・・・・・・・ふぇ?」

ぺしい、とカーマインの濡れた漆黒の髪に触れているアーネストの手を払ってオスカーはキッと、不服そうに
眉根に皺寄せているアーネストに睨みつけてからすぐさまカーマインに向き直り。

「見てよ、この滑らかな肌!この肌理の細かさはシルクにも匹敵するね!ああもう、触りたいって言うか触る!」
「ひゃっ」
「あ、貴様!」

矢継ぎ早に告げた口上のままにオスカーがカーマインの男とは思えぬほど綺麗な触り心地のよい肌、
肩口をなぞる。いきなり触れられて驚いたのかカーマインは大きく肢体を跳ねさせ、顔を染めた。
しかし、指先に極上の感触を覚えてしまったオスカーは横で睨みを利かせてくる保護監察、もといアーネストの
制止すら跳ね除けて更に肩口の下、鎖骨の辺りを撫でる。敏感な箇所にオスカーの指先が当たって
カーマインは思わず、といった態で熱い吐息と共に、喘ぎにも似た艶やかな声を上げてしまう。

「・・・・・・ふ、あっ・・・・」
「「・・・・・・・・!!」」
「・・・・や、も・・・オスカー、変なとこ触る、な」

軽く息を乱して、カーマインは逃げるように先ほどのカーマインの媚態を真正面から見てしまい、固まっている
アーネストの後ろに隠れる。大きな背中にひやりとした、しかしやはり滑らかな肌触りのカーマインの指先が触れて
今まで焦点が合っていなかったアーネストが我に返った。ゆっくり、後ろを向けば、顔と言わず、温泉に浸かって身体が
温まったのか全身を綺麗な桜色に染めているカーマインがいて。しかも眉を寄せた何ともいえぬ表情が艶かしい。
つられるようにアーネストまで紅くなる。

「ちょ、・・・・おい、カーマイン?!」
「カーマイン、駄目だよ、そっちは危険だよ〜」
「嫌だ、オスカーの方がよっぽど危険だろう!ライエルはそんな事しないぞ。な、ライエル?」
「いや、ちょ・・・・離れろ、カーマイン・・・・でないと・・・・」
「やっ、離れたら俺またオスカーに意地悪される!!」
「えー、違うよカーマイン。意地悪なんてしたつもりないって。もう、怖くないから出ておいでよ」
「やっ!」
「?!」

ぎゅうとカーマインに背後から抱きつかれて、濡れた吸い付くような甘い素肌が背筋に触れる。その心地よさに
アーネストは先ほど以上に紅くなってしまう。幾ら、普段理性的で動じないアーネストといえど、男だ。しかも相手は
好意を寄せる者ともなれば身体が本能的に反応してしまっても無理はない。しかし、それでもなけなしの理性が
アーネストに歯止めをかける。うっすらと額に汗を浮かべながらもアーネストは自分に張り付いているカーマインを
強引にならぬよう気を配りながら自分から剥がす。

「・・・・・・・あまり、こういったところでくっつくな・・・・・」
「・・・・・何で・・・・・・あ、嫌・・・・だった・・・・?ごめん」
「ち、違うそうではな・・・・?!」

しゅんとしてしまったカーマインに違うと言い聞かせようとしてアーネストはカーマインの顔を覗き込むものの、
そこには濡れた漆黒の髪が頬に、首筋に張り付き、普段は真っ白い肌を上気させ、更にはトドメのように色違いの
美しい瞳に涙を浮かべる、いやに扇情的な色香を醸し出す美貌があって。収まりかけていた本能がまた表に
顔を出そうとしているのが分かる。今度ばかりは抑えるのがしんどそうだと、アーネストは「すまん!!」と
浴場に響くほど大きな声で謝ると、勢いよく湯の中から立ち上がった。

「あ、ライエル・・・・どうし・・・・」
「の、逆上せたから俺は先に上がる」
「え、大丈夫・・・・?」
「平気だ。それより、お前も逆上せぬうちに上がって来い。それからオスカー、余計な真似はするなよ!」
「だーいじょうぶですー」
「カーマイン、何かされそうになったらすぐに呼べよ?」
「もう、アーネスト煩い。さっさと上がっちゃいなよ!」

ばしゃばしゃと追い立てるようにオスカーはアーネストに向かってお湯をかける。それにアーネストは一喝してから
浴場から出て行く。ガラガラと入ってきた時と同じくガラス戸を開けて脱衣所へと足を運び、ぴしゃんと勢いよく扉を閉めた。
浴場内の湯気立つ熱さから解放されてほう、と大きく息を吐く。それから紅くなった顔を片手で押さえながら。

「あ、危なかった・・・・・・」

危うく、カーマインの無意識な色香に男の本能を表しそうになってしまった事を反省しつつ、その前に離れられて
安堵する。そのまま暫く、先ほどのカーマインの様子を思い出して惚けていたが、身体が寒さに震えだした事に気づき、
服を着た。そして中で何かあったらすぐに対応出来るよう扉のすぐ近くに腰掛けた。

一方、浴場内では。

「いやー、それにしてもやっぱりカーマインって肌が綺麗だよねえ」
「・・・・・・・・もう触るなよ?」
「えー、後もう一回だけ!・・・・・・だめかい?」

ものすごーく低姿勢を装ってオスカーはカーマインの顔を覗き込む。ちなみに両手を組んで、首を大きく傾げ、
尚且つ、その顔には懇願の色を載せている。カーマインの人の好さに訴えかけるかのようなそんな表情。それにやはり
カーマインは逡巡しつつも動かされる。ばつが悪そうに横を向いて小さく溜息を吐くと小さな声で。

「後・・・・一回だけだぞ」

言う。まさにオスカーのドツボに嵌まってしまっている、と鈍いカーマインは気づかないのであろう。そしてドツボに嵌めた
張本人は何とも言えぬ妖しい笑みを口元に履いていた。

「じゃあ、遠慮なくv」
「・・・・え、ふやぁ・・・・っ」
「うわ、本当に全身滑らかなもんだねえ」
「・・・・・・んっ・・・・ちょ、また変なところ触っ、てぇ・・・やめっ・・・・」

許可を貰ったという事と、近くにアーネストがいない、という事でオスカーの手は大胆にカーマインの脇腹に触れる。
カーマインはぞわりとした感触と擽ったさに大きく身を捩る。ばしゃりと湯が跳ねた。しかし、それだけでは済まず、オスカーの
手は更に下方、ビクビクと跳ねつつあるカーマインの細い脚へと向かう。

「あ、こら!一回だけって言っただ・・・ふぁっ」
「指が離れるまでが一回、でしょ?」
「ち、違っ・・・・ひゃん!・・・・ちょオスカーいい加減に・・・・・」

這い回る指先から逃れようと必死に暴れてみるものの、流石と言うか何と言うかオスカーの身のこなしは素早く、上手くいかない。
その間も身体を走る悪寒にも似た妙な感覚にカーマインは顔を紅くし、息も切迫させながら、時折喘ぐ。その壮絶な色気に
オスカーも中てられそうになる。が、しかし。

「ら、ライエル助けてー!!」
「・・・・・・あ」

アーネストが出て行く際に言った言葉を思い出したのか、カーマインは助けを呼ぶ。当然、すぐにでも対応出来るように、と
扉のすぐ近くで控えていたアーネストはそのか弱い声を耳に拾い、ガラッと出て行くときの数倍もの速さでガラス戸を開け、
入り口の辺りに積まれていた桶をオスカーの頭目掛けてそれはとても素晴しい速度とコントロールでもって投げた。
そしてお約束のようにオスカーの顔面にそれはヒットする。

「いったあ!!」
「カーマイン、早く出て来い!」
「う、うん」

アーネストに急かされてカーマインは顔を押さえてるオスカーから慌てて離れそのままの足で浴場から出て行く。
ぽすんと扉のところで待っていたアーネストにぶつかる。

「あ、ごめん」
「いや、いい。それより早く身体を拭け、風邪を引く」
「あ、ありがと・・・・」

濡れた身体でぶつかって多少なりにアーネストの服を濡らしてしまった事にカーマインは謝罪するが、ぶつかられた
当の本人は気にした風もなく用意しておいた大き目のバスタオルでカーマインの小さな身体を包んでやる。
そのまま着替えを促すと服を着たままで、オスカーの方へと一歩一歩近づく。

「・・・・・・あ゛、アーネスト・・・・ちょ、お顔が怖いよ?」
「地顔だ」
「いやいやいや、確かに元から強面だけどそれは流石に地顔じゃないでしょ」
「言いたい事はそれだけか?」
「あ、いやその・・・・何て言うか出来心?みたい・・・な・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・いや、もう本当・・・・・・・すみませんでした」

珍しく、本気で怒っているらしいアーネストから発せられる声も気も恐ろしくて、厚顔無恥とまで言われたオスカーも
流石にその恐ろしさに縮こまって素直に謝罪する。その様を見届けるとアーネストはフンと鼻を鳴らして。

「では、反省したところでオスカー。
このまま真っ直ぐ帰って仕事一週間コースか、陛下に此度の件を報告コース、どちらがいい?」
「・・・・・・・・・・!」

ずんと落ちるような低い声で抑揚なく紡がれたアーネストなりのお仕置きの内容にオスカーは湯船の中に
いるというのに身体を震わせた。はっきり言ってどちらも嫌だ。どちらもキツすぎる。しかし。しかしだ。カーマインを
最早崇拝視しているエリオットに今回の事がばれたら仕事一週間なんてものでは済まされるはずもない。
最悪左遷や降格、それ以上の罰則を科せられる可能性が非常に高い。ゆえに。

「・・・・・・・ま、真っ直ぐ帰って仕事一週間コース」
「では、さっさと用意をするんだな。それから、カーマインは情緒不安定なようだから俺が暫く預かる」
「ずっるー」
「何だ、口答え出来る立場か貴様は。何なら今すぐ陛下に報告する為に戻ってもいいが?」
「謹んでお断りします」

よほど報告されるのが嫌なのかいつになくオスカーは素直に言う事を聞く。そんなわけでオスカーは温泉から
上がって着替えを済ませるとすぐさまバーンシュタイン城へと帰還させられる。愛馬に跨る際、これからの苦悩の一週間を
思って常は飄々としているラベンダーの瞳にうっすら涙が乗っていたりするが、オスカーへの信用を今殆ど失っている
カーマインは此方も珍しく同情したりはしなかった。小さな幼子のようにオスカーを睨みつけているアーネストの背中に
隠れてしまっている。その光景を見て更にオスカーの眼差しは潤んだが、睨みつけるアーネストが非常に怖かったので
素直に馬首を返してオスカーはコムスプリングスを後にした。しかし、その内心ではいつかアーネストに復讐してやるー!と
大いに叫んでいたとは彼を見送っていた二人には知る事は出来なかったが。

「さて、馬鹿が帰ったところで、カーマイン。今日はもう遅いから俺のとこに来い」
「え、いいの?」
「ああ、部屋は余っているし、久しぶりにお前と色々話したい」
「・・・・・・うん、じゃあお邪魔させてもらうね」

紳士を地でいくアーネストに手を引かれてカーマインは、お招きにかかった、コムスプリングスの別荘街の中でも
一番大きな屋敷へと今宵は泊めさせて貰う事にした。そこではゆったりとした優しい時間を過ごす事が出来て、
カーマインもアーネストも随分と幸せそうだったが、突如姿を消した事になっているカーマインは領地に戻った際
ルイセや母にこっぴどく叱られ、アーネストに至ってはこの数日間いい思いをした分、復讐の鬼となったオスカーに
それはそれは総毛立つほど恐ろしい目に合わされる羽目になるとは、この時は双方とも思いもよらなかったという。






fin



アンケートで頂きましたネタをそのまま使わせて頂きました(爆)
とはいえ、アー→主←オスを書こうとするとどうにもこうにもアーネストを
贔屓したくなってしまうこの性が呪わしいです(笑)
なんだかもう、オスカーは「そうだ、京都へ行こう!」のノリな上、セクハラ王に
成り下がってますが愛ですよ、愛(本当かよ)
も、もう暫くしたらオス主もちゃんと書いていきたいと思いますので少々お待ちを〜(脱兎)

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