Ear duster





傭兵団の蜂起から一年以上が過ぎた頃。
世界は漸く平和を取り戻し始めたと誰もが思っていたのだが、現在バーンシュタイン上層部に於いて
少々面倒な事態が起きていた。

「・・・ベリセリウス家の護衛?」

赤絨毯の先、部屋の奥の中央に座す国王の足元で招集されたインペリアルナイトの双肩と称される二人が
同時に首を傾げていた。その様子に苦笑を浮かべつつ若き国王は言葉を継ぎ足す。

「正確に告げるならば、ベリセリウス家ご令嬢の護衛、です」

付け足された言葉に、更に二人の首は傾く。

「・・・・・貴族の護衛とは、何故こんな時期に・・・何かありましたか?」
「傭兵団も落ち着きましたし、今は賊が出没した等の報告は受けておりません。ねえ、ライエル将軍?」
「ああ、そのような報告は受けていない」
「お二人が仰る通り、我が国は現在平和、と言っていいでしょう。今度の件は事件性のものではありません」

幾分、気を抜いたかのような国王の口調に、やや緊張を露にしていたライエルの眉間の皺が解れる。
次いで隣りに立つリーヴスを見遣ってから彼も同様の事を考えているだろうと思い、二人の意見として口を開く。

「エリオット陛下、事件性でないと言うのであれば、一体何故護衛をしなければならないのでしょう?」
「・・・・そうですね。平たく言うのであれば、それはベリセリウス卿の口実、でしょうね」
「・・・・・・・・は?」
「おや、ご存じないですか?ベリセリウス卿は少々お身体を悪くされてましてね。
そろそろ家を継いで欲しいみたいなんですが、生憎と彼には娘さんしかいらっしゃらない・・・・つまりそういう事です」
「・・・・なるほど。護衛は形だけで、一人娘を私かライエル将軍とお近付きにさせよう、というわけですか」

ナメられたものですねえ、と吐き捨てるように告げたリーヴスに一瞬、ライエルは窘めようとしたものの、気持ちは
分かるので溜息を吐く程度に留める。貴族というものは、大抵が己の家を守るために必死になるもの。その為には
家柄のみを重視した婚姻すら結ぼうとする。それは腐敗しきった貴族の因習。家の為に差し出される者の気持ちも、
中身を見てもらえない相手の気持ちも、何も考えていない、人の想いを踏み躙る行為。そんなものを幾度も二人は
経験してきている。だから、思わず悪態をついたリーヴスにライエルは何も言えなかった。代わりに、そんな自分たちを
見下ろしている若き君主へと視線を注いだ。目だけで、問うように。

「・・・・・目的が分かっていて何故貴方たちにそれを命じるのか、という顔ですね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「我が国が荒れた時、ベリセリウス家には多大な活躍をして頂いています。その事を無碍には出来ません」
「・・・・・・分かりました。『護衛』の件は果たしましょう」
「お願いします。思惑あっての依頼です、向こう方の気が済むまでこの任務は続くでしょうが・・・我慢して下さい」
「「御意」」

蒼の騎士と紅の騎士は同時に跪いて苦笑を浮かべる主へと頭を垂れた。





◆◇◆◇





一方その頃、ローランディアで働き詰めだった青年は、漸く賜った休暇をどう過ごそうか迷っていた。
職務中はどうしても睡眠時間が削られる為に、休暇こそその損なった睡眠時間を埋めるものにしようか、
それとも趣味の読書に充てようか、または何処かに出かけようかと思考を巡らせている。

「・・・・・どうしようか。でも休暇に休暇をどう過ごすか悩むなんて馬鹿らしい気もするし・・・・」

うーんと一つ唸って疲れたようにボスリと背後のベッドに身を投げ出す。白いシーツの上に漆黒の髪が広がった。
そのまま瞼を閉じて眠ってしまおうかと思った瞬間、不意に頭を二人の人物が過ぎる。

「・・・・そういえば、最近全然逢ってないな」

己も彼らも多忙の身。偶の休暇もなかなか揃う事はない。

「・・・・・・今日も仕事だろうな・・・・でも・・・・・」

逢いたいな・・・・、と幼げに呟いた青年はゆっくりと身を起こすと寝転んでいたベッドから抜け出していた。





◆◇◆◇





「お初にお目にかかりますわお二方。私はオーウェン=ベリセリウスの娘、シェリンダ=ベリセリウスと申します」

軽やかな笑い声と共に挨拶の口上を述べる二十歳前後の女性に、護衛を申し付けられた二人の騎士は
社交辞令の枠内で礼を返す。数多の貴族の中でもベリセリウス家といえば名家として知られている。その令嬢ともあれば、
流石に躾が行き届いているらしく、一つ一つの仕種が流麗で美しい。面立ちもやや勝気な雰囲気が漂うものの、美人に入る
整ったもので、外巻きの長い栗毛やエメラルドグリーンの大きな瞳が人目を引く。普通の男性であれば多かれ少なかれ
好意を持ってもおかしくない容貌をしていた。

しかし。愛想を振りまく彼女に愛想を振りまかれている男二人はといえば、全く持って関心がないのか
軽く相槌を打って、すぐさま仕事の話に移ってしまう。

「では、ミス・シェリンダ。挨拶も済んだ事ですし、護衛の件について少し確認したい事がございます」
「あら?もうお仕事のお話ですの?私、ライエル様ともリーヴス様とももっとお話したいですわ」
「・・・・しかし、ミス・シェリンダ。私共は貴女の護衛を任されているのであってしっかりと打ち合わせをしておく必要が・・・・」
「私が良いと言っているのですよ。それともお二人は私と話すのはお嫌なのかしら?」

にっこりと微笑みつつも何処か責めるような瞳を向けてくるシェリンダに主に話を進めていたライエルはうっ、と
小さく呻きそうになるのを何とか堪えて隣りに立つリーヴスへと助けを求める。自分が話し相手には向かないとよく分かって
いるから。それが分からぬほど浅い付き合いではないリーヴスはポンとライエルの胸を軽く叩くと一歩前に足を踏み出した。
シェリンダの顔がリーヴスへと向く。

「シェリンダ嬢、お話でしたら私がお相手になりましょう」
「リーヴス様が!嬉しいですわ。でも・・・・ライエル様は・・・?」
「・・・ああ、彼はですねシャイなアンチクショウなんで会話は苦手なんですよ」
「・・・・・・・・・・・誰がシャイなアンチクショウだ」
「誰って君でしょ、君。社交性に欠けるインペリアルナイト筆頭殿の」
「なっ、貴様・・・仮にもクライアントの前でよくもそんな事が言えるな、無礼な!」
「そういう君だって大きな声出してるじゃない。全く以って説得力ないよ!無礼者!!」
「貴様ほどではない!!」
「何を〜っ!!」

思わずいつもの口喧嘩を始めてしまった二人の様子を最初は驚いたように見ていたシェリンダは次第にわなわなと
肩を震わしだした。彼女の様子に気づいたライエルとリーヴスはしまったとでも言うように顔を見合わせ、互いを非難する目で
見遣ったが、シェリンダは二人の予想を裏切ってふっと息を漏らし、声を出して笑い出した。

「「・・・・?!」」
「フフ・・・ごめんなさい。お二人の喧嘩が面白くて・・・・仲が宜しいんですのね」
「「・・・仲良くなどありません!」」
「「・・・・ハモるな!」」
「息もぴったりではありませんか。羨ましい事ですわ」

ころころと笑うシェリンダに少し戸惑いながらも、ライエルとリーヴスは僅かにほっとする。
大概の貴族の令嬢といえば気位が高く、少しでも失礼に当たる事をすればすぐに気分を害して、散々な我侭放題をする
ものだが、目の前の女性はそういう点ではなかなか大らかで、特に機嫌を損ねた様子はない。むしろ此方に好感を
抱いているようにも見える。それはそれで心に決めた相手がいる二人にとっては困った事態ではあるが。
そして困り事、というのは案外重なるもので。タイミングの悪く護衛相手とはいえ女性と一緒にいるところへ二人の
心に決めた相手がやって来てしまう。

「あ、アーネストたち居た・・・・って・・・・あれ?」

バーンシュタイン城の大ホールの階段前に立っているライエルたちから三十メートルほど先の城門前に姿を
現した青年、カーマインはローランディアからわざわざ会いに来た自身の親友兼恋人に当たる彼らを認め嬉しそうに
微笑んだものの、その隣りで何処か親しげに話す女性の姿がある事に気付くと一気にその笑みが凍りつく。
早歩きだった足もその場に縫いとめられたかのように動かない。思考が鈍り、頭の中ではただ何故・・・?という
言葉だけが木霊している。

「・・・・・・・・・・ッ」

覚悟は、あった筈なのに。自分は彼らと同性で、しかも彼らの大事な親友を死に追い詰めるような真似までして、
更にそんな自分でも愛しんでくれる二人のどちらかなど選べなくて、彼らの同意があったとはいえ二人共好きという
贅沢な答えを出して二人共と恋人関係を結んでいるくらいだから。いつかは彼らもやはり女性の方が良いと
離れてしまうかもしれないとは思っていた筈なのに。それなのに、怖くて身体が震えてしまうのは何故だろう、と
カーマインは震えの止まらぬ指先と、女性と親しげに話すライエルとリーヴスとを交互に見比べながら試行錯誤する。
もしも、彼らが今話している女性を好きであるのなら、自分が身を引きべきだとは分かっているが、今まで彼らと
過ごした日々を思えば到底自分にはそんな事は出来ないとも思う。解放してあげなければと思う一方で絶対に彼らを
自分から離したくないと思う自分がいる。それに気づいたカーマインは居ても立ってもいられず駆け出していた。

「アーネスト、オスカー」
「「・・・カーマイン?!」」

シェリンダを相手にしていたライエルとリーヴスは突然耳に入った愛しい者の声に状況を忘れて叫ぶ。
その二人の声に驚いたシェリンダは彼らの視線の先を追う。そこにいるのは短い黒髪の世にも稀な瞳を持つ、
女の身である己よりも遥かに美しい青年がいて。パチパチと数度大きな瞳を瞬かせる。そして彼の瞳の特徴から
ハッとしたように口元へと手を当てた。

「・・・・・もしや貴方様は光の救世主様?」

シェリンダの問い掛けにカーマインはやんわりと微笑みながら頷く。

「ええ・・・自分でそう名乗った事はありませんが・・・・・失礼ですが貴女は?」
「あら、これは失礼致しました。私はベリセリウス家長子のシェリンダと申しますわ。以後お見知り置きを」

ライエルやリーヴスにしたようにシェリンダは挨拶と共に丁寧にお辞儀をする。その綺麗な姿勢にカーマインは
彼女の育ちの良さを痛感して益々内心で焦りだす。勢いでこうして彼らの輪の中へと飛び込んできてしまったが、
話の途中で割り込むとは随分と失礼をした事になる。一応謝った方がいいだろうかと思うものの、いざ恋敵になろうか
という女性を目の前にしてしまえば、言葉が出てこない。それどころかどうしたらこの女性をライエル達から引き離せる
だろうかなどと考えてしまう始末。そんな自分が醜い、嫌だと思うのに素直に謝れない。そうして人知れず悩んだあまり
カーマインが出した答えは、どうせ素直になれぬのなら、とことん彼女の邪魔をしてしまおうというものだった。
その答えの元に先ず自分を戸惑いがちに見遣ってくる手近にいるライエルへとそっと身を寄せる。

「・・・・シェリンダさん・・・はどうして此処にいらっしゃるんですか?」

探るように質しながらもカーマインはライエルの腕に柔らかに手を添えて彼の広い肩口へと自分の頭をすり寄せるように
預けた為、真っ白な制服に漆黒の髪が絡まる。その立ち居振る舞いはどう見ても友人にするスキンシップの域を超えている
ように見えた。当然、自分たちが恋仲にある事を世間には公にしていないライエルはカーマインのそれに慌てる。
勿論嫌なわけではないし、普段そのような事を滅多にしないカーマインの何処か甘えた態度は嬉しい。恋仲にある事を
公にしていない事だって別に自分が好奇な目で見られる事を厭うての事ではなく、相手のカーマインの立場を思っての為で
ある故、もし彼が困らないのであれば表沙汰にしてしてしまいたいくらいだった。そうでもしなければ、彼がいつか誰かに
攫われてしまいそうで不安になってしまうから。しかし、それとこれとは話が違う。幾ら露見しても構わないと思っていても
今は仕事の真っ最中で、仕事相手も目前にいるとなれば戸惑わない方がおかしい。現にまるで恋人にするかのように
甘えているカーマインの姿に仕事の依頼主であるシェリンダは困惑していた。

「・・・・どうかしましたか、シェリンダさん?」

知ってか知らずか、僅かに眉間に皺を寄せているシェリンダにカーマインは優しい声で気遣うような言葉を囁く。
その間も微動だに出来ずにいるライエルの腕をカーマインは引き寄せキスでもするように自身の口元にその腕を
触れさせる。全く以っていつものカーマインらしくない。そうは思いつつ、ライエルは内心ではそんな風に甘えて触れてくる
カーマインが愛おしくて仕方なく、何とか緩みそうな顔を引き締めるだけで手一杯だった。それ故、仕事の依頼主を前に
ぴったりとくっついてくるカーマインを振り払う事など出来ずにただひたすら黙って彼の様子を見守っている。背後から羨むを
通り越して妬むリーヴスの視線を感じながら。とはいえ、このままでは色々と埒が明かない。

もう少しこのままでいたかったが目の前の仕事をこなさなければこの愛しい青年に触れる事すら侭ならぬと、溜息を一つ
漏らしてライエルはそっと自分の肩口を埋める漆黒の髪へと撫でるように指先を触れさせてからふわりと拒絶と取られぬ程度に
力を込めて自分から離した。カーマインの金と銀の瞳が上目遣いに自分を見上げてくる。泣きそうなほどに潤んだ
それは理性をぐらつかせるには充分過ぎるほどの力が籠っていた。ライエルはシェリンダに詰め寄られた時よりもずっと
はっきりと困惑に呻く。それからぎゅっと目を瞑ってからそっとカーマインの耳元へ唇を寄せる。

「・・・・カーマイン、すまんが今は取り込み中だ。もう少し待・・・・」
「どうして・・・?俺がいたら迷惑・・・・・?」
「違う、そうではなくて今は職務中で・・・・・・」
「仕事の方が・・・・その女性の方が大事だから・・・・・?」
「・・・・・・ッ!」

蚊の鳴くような声でライエルの言葉を遮ったカーマインの科白でライエルは漸く、いつになく大胆に人前で自分に触れてくる
カーマインの異変の理由に気づく。どうやら彼はライエルが護衛相手の女性に気があるとでも誤解しているのだろう、と。
そんなわけがないのに。ライエルもリーヴスも周りの自分たちに言い寄ってくる女性など全く目に入らぬほどカーマインを
愛しく想っているのに。彼にはそれが分からないのだろうかと眉を顰めた。次いで今まで一度も見せなかったとても優しく綺麗な
微笑をカーマインへと向け、告げる。

「余計な心配をするな。俺は・・・俺もオスカーもお前以外の誰にも心を動かされない」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・嘘だと思うのならオスカーにも聞いてみるんだな」

最後に呆然としているシェリンダと彼女を宥めているリーヴスの目に届かぬようにライエルは不安そうにしている
カーマインの白い耳朶へと口付けてから身を離す。密やかな接触にカーマインは暗かった肌色をうっすらと朱色に
染め上げ、何事もなかったかのように毅然とした姿勢を築くライエルを見上げ、それからこちらを向いたリーヴスの
ラベンダーの瞳を捉える。脳裏には先ほどのライエルの言葉が浮き上がり、カーマインはそっとライエルの背を回り込み
今度はリーヴスの服の裾を掴んだ。その指先が微かに震えている事に気づいたリーヴスはシェリンダのフォローを
目配せでライエルに任すと、カーマインへと向き直り首を傾ぐ。

「・・・・・一体どうしたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」

上手く答えられそうもなく、カーマインは自分へと伸びてきたリーヴスの手を取るとライエルにそうしたようにその指先を
自分の口元へと触れさせた。当然リーヴスもこのような事をカーマインからされる事は稀有なので驚いた。瞳を軽く瞠る。
けれどもすぐに持ち直すと食えぬ笑みを自分の口元へと敷いた。

「なんだい、今日はいつになく積極的だね。しかも人前で・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ひょっとして・・・・やきもちかな?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん」

沈黙を守り通していたカーマインはリーヴスに嫉妬を指摘させると長い間の後にほんの小さな声で頷いた。
恐る恐るといったその彼の所作を見た瞬間、リーヴスの胸中を言い知れぬ喜悦と愛しさが込み上げた事は眉を寄せて
不安げにしているカーマインには伝わらない。本当に小憎らしいほどに鈍い。けれど、そこがまた深い愛情を注ぎたくなる
所以だとリーヴスは笑みを深くし、大丈夫とでも言うかのようにカーマインの頬へと自分の頬をすり寄せてから
ライエルがしたように照れたのか再び頬を染める青年の耳元へ直接声を落とした。

「君が心配する事は何もないよ。僕も彼も君だけを愛してるから」
「・・・・・・本当に?」
「おや、信じないのかい?だったら何百、何万回とでも言おうか?何なら彼女に直接言っても構わないよ?」
「・・・・・・・・・・・・え?」
「『僕とアーネストは君だけを愛してる。だから君の付け入る隙なんてないよ』って。彼女は単なる仕事相手だから構わないよ?」
「・・・・・・仕事・・・・相手?」
「そう、僕らの今の仕事は彼女の護衛でね。彼女が僕らをどう思ってるかは知らないけど僕らは彼女をなんとも思ってないよ」

淡々と誤解をしていたカーマインに事実を述べれば、すぐさまカーマインの顔は先ほどと比べ物にならぬほど真っ赤に
染まりあがる。恐らく自分のしていた誤解があまりにも恥ずかしかったからだろう。口をぱくぱくと開閉し、その可愛らしい
青年の様子をうっとりと覗き込んでくる紫の瞳から逃れるように顔を逸らす。そうすれば今度はシェリンダに慣れないながらも
落ち着かせようとフォローを入れていたライエルと目が合う。益々カーマインの顔は耳から首まで熱を帯びた。

「〜〜〜〜ご、ごめんなさい!!」

羞恥と彼らを疑ってしまった後ろめたさに堪えきれず、カーマインは全身を真っ赤にしながら特に紅い顔を両腕で覆い隠すと
二人が止める間もなく、脱兎の如く逃げ出してしまう。残されたライエルとリーヴス、それに彼らの護衛相手であるシェリンダは
暫し呆然とその場に立ち尽くしていた。次第に遠ざかっていく足音だけが静まり返ったホールに響く。そしてカーマインの
姿が完全に見えなくなったところで漸く一番順応能力の高いリーヴスが気を取り戻し、シェリンダへと何事かを告げようと
したものの、彼女の肩に手を触れようとしたその瞬間に、ぷぅ、と今まで大人しかったシェリンダが噴出した。その理由が
分からぬリーヴスと、彼女の噴出した音でやっと此方の世界に戻ってきたライエルとが不思議そうに彼女を見遣る。
紅蓮の視線と紫の視線がエメラルドグリーンを捉えれば、シェリンダの笑い声は更に大きくなった。

「あ・・・あの・・・・シェリンダ嬢・・・・・いかがなされました・・・・?」

突然の彼女の笑い声に戸惑いがちにリーヴスは問うとシェリンダは目に涙すら浮かべ、切れ切れに答える。

「ご、ごめんなさ・・・・い。あ、あまりにも聞いた通りで・・・おか、おかしくて・・・・・」
「は?聞いて・・・・?」
「私、実は貴方達と救世主様のご関係なら知っていたんですの。恋仲、なのでしょう?」
「・・・・・・・!な、何で知って・・・・?!!」
「ごほ、ふ、あー、おかしい。皆様はご存知ないのかしら。一部では有名ですのよ」

未だに引かぬ笑いに苦しそうにしながらシェリンダはとんでもない事を言い出す。ライエルとリーヴスは目を丸くし、
何とも言えぬ冷や汗をかきつつ、彼女の言葉を待った。

「私、よくサロンに足を運ぶのですけど、そこで親しくさせてもらってる方に聞いたのですわ」
「サロンって・・・城のすぐ傍の貴婦人方の集うあのサロン・・・ですよね?」
「ええ。そこに顔を出してる方は大体知ってると思いますわ。聞いた当初こそ皆落ち込んでましたけど・・・・・」
「当初はって・・・・今はどうなんですか?」

何処か含みのある声音に嫌な予感を感じながらもリーヴスは更に尋ねる。彼の言葉にシェリンダは意地悪そうな
笑みを浮かべ、当事者のリーヴスとライエルへと交互に視線を送り、爽やかな笑みで爆弾を落とした。

「今実態を拝見して確信したのですが、貴方達なら男同士でもアリだわvと思ってしまいましたわ」
「「・・・・・・・・・は?!」」
「何て言うのかしら、美しい男性同士が愛しみ合っているかと思うと不謹慎とは思うのですが胸がトキめいてしまいますの・・・!」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
「皆が言っていた事、今まで全く理解出来なかったというのに・・・目前で見たら恥ずかしながら興奮して我を忘れてしまいました。
じろじろ見てしまって申し訳ないですわ。でもこれでリビエラに報告出来ますわね」

シェリンダの滔々と歌うように流麗な問題発言に石化していたライエルとリーヴスだったが彼女の台詞の中に混じっていた
知人の名前に勢い良く覚醒する。わなわなと震えてしまいそうなのを何とか抑えつつライエルが口を開く。

「・・・・ミス・シェリンダ。今、リビエラと言いませんでしたか・・・・?」
「・・・・・・・・・あ」

言ってはならない事を口にした、とばかりにシェリンダは素早く自らの口を両手で押さえた・・・が時既に遅く。

「・・・・・・そうか・・・・アイツが・・・・・」
「あ、あの・・・聞き間違いですわ。リビエラではなく・・・・・」
「リビエラって言いましたよね」
「・・・・・・・・・・・・・ッ!!」

何とか隠そうとするものの、リーヴスの底知れぬ恐怖を纏う悪魔の微笑みにシェリンダは押し黙った。

「どうして隠すんですか・・・・?」
「いえ、あのその・・・・リビエラが絶対に自分が言ったとは言うな・・・・と・・・・・」
「・・・・サロンに来ている貴婦人方は大体知っていると仰りましたよね?」
「・・・・・・・・え、ええ・・・・・・も、申し訳・・・・」

ありません、とシェリンダが告げる前にバキリと間接を鳴らし、怒気を露にするライエルの姿がエメラルドグリーンの瞳に
映りこんだ。そしてライエルは薄い笑みを浮かべるとシェリンダに向き直り。

「少し、用事を思い出しました。失礼しても?」
「・・・・・・・・え、ええ。ど、どうぞごゆっくり・・・・・護衛の方ももういいですわ!
父が早く結婚しろと煩くてお二方とお会いする為に頼んだようなものですし。貴方達を選んだのも噂の真相が
気になって確かめようと思っただけですから・・・・・・・あ、カーマイン様に宜しくお伝え下さいませ・・・で、では私はこれで!!」

長々と言い訳とも取れる言葉を矢継ぎ早に残すとシェリンダは物凄く怖い雰囲気を醸し出す二人の男から
逃れる為にドレスもなんのそのといった体で駆け出していく。そんな彼女の遠ざかる背を最後まで見送る事もなく、
自分たちの関係を断りもなく言いふらしている諜報部の女の下へと二人も走る。

その後、逃げ回るリビエラをとっ捕まえて報復をした後、誤解をしていた事や。そのせいで人前で自身の二人の恋人に
普段は絶対にしない振る舞いをしてしまった事の羞恥で来た足ですぐさま自邸に帰ろうとしていたカーマインを何とか
捕獲したライエルとリーヴスは感情が積もりに積もって終いに泣き出してしまった彼を文字通り蕩かすように愛しみ、
宥めると城へと連れて帰り甘い夜を過ごした―――と今回の件で懲りたと思われたリビエラの口から再びサロンの
貴婦人方の耳へ流出していた事を久しぶりの逢瀬に夢心地だった三人は知らない。





fin



74500打キリリク。「アー→主←オスの出来上がってる状態でナイツ連の護衛相手に
二人を取られない様に積極的にベタベタするカーマイン(略)」でしたが、どうなんでしょう。
アー主プッシュ根性が如実に出てる気もしますが(泡)いや、それにしてもよく読んだら
色々と問題のある言葉がチラホラ(甘い夜とか)まあ、そういう事なんだなと納得して
頂けると幸いです。書き直し、ドンと来いでございます。繭美様!(リテイク前提てお前・・・)

Back