光と闇。

二つの極端な未来を示唆されたために、
17歳になるまで王都からどころか屋敷からも殆ど出たことはなかった。
それ故、当たり前だが恋愛なんてしたことがない。

―――なのに、今置かれているこの状況はなんなのか。

右手に堅物、左手に優男。

二人共通していることは、俺を『愛している』らしい。
男同士で一体何を馬鹿なことを言っているのか。
何処かに馬鹿につける薬はないものかと探しても見つからず。
今日も今日とて、二人の馬鹿げた争いが繰り広げられようとしていた。

―――全く、迷惑な話だ。

思うのに、半ばその状況を楽しんでいる自分もいるのはさてどうしてか。
その下らなさがいっそ愉快なのか、それとも・・・?



女王陛下の恋愛事情



ローランディア王国唯一の騎士兼大使。

それだけに留まらず領主としての仕事もあり、カーマイン=フォルスマイヤー卿は多忙を極めていた。
正直こんなに忙しいのならば、いっそ領地を返上してしまいたいとすら思うことも少なくはない。
しかし、以前の何もない草原ならばともかく、現在はもう劇場やら美術館やら様々な建物が建ってしまっているため
今更それを返上することは叶わないだろう。ただ王都すら凌ぐ発展した娯楽都市となっているため、売却するという手も
なくはないのだが、流石に自分で作った街を他人の手に委ねるというのも何と言うか気が進まない。
何だかんだで愛着があるのかもしれない。

結局、カーマインは忙しくとも騎士も大使も領主も滞りなく務めなくてはならず。休暇も滅多なことではもらえぬ辛い日々を
送っていた。が、本日半月ぶりに二、三日ほどではあるが休暇を賜った彼はやっと好きなだけ寝れる、と日干しされた
ふかふかの毛布に包まれて昼寝をしていたのだが、屋敷内に響く呼び鈴の軽やかな音。誰だ、と毛布の中で眉間に
皺寄せるものの、よほどのことでなければ執事のミネルヴァが対応してくれるだろうと起き上がることなくベッドの上で
再びぬくぬくと惰眠を貪る領主の青年。しかし、呼び鈴が鳴ってから数分後、数度ドアを叩く音が聞こえ。

「若君、お客様です」

通りの良い低音が無常な言葉を告げる。執事のミネルヴァがわざわざ言いに来るのだから、相手は無視など出来ぬ
権力者か何かか。ただでさえ、ここは領主の屋敷ということで取り入ろうと商人やら、縁談を持ち込む貴族の出入りが
少なくないがそういった相手の場合、カーマインが疲れているのを見越してミネルヴァは失礼のない程度に追い返してくれる。
そのミネルヴァが追い返さないということは、緊急事態が起きたか、追い返すことなど出来ぬほどの権力者か、カーマインが
心許せる相手―主にヴェンツェルとの戦いに赴いた面々のどれかだ。

まあ、今は相当に疲れているので正直、友人たちであったとしても会うのは億劫だったりもするが、居留守を使うわけにも
いかないかと諦めてカーマインはのろのろと身を起こす。随分と長いこと寝ていたので直には働かない頭を小さく振り
軽く上着を羽織るとドアの鍵を開け、廊下に出る。

「!」

すると、てっきり玄関か応接間で待ってると思われた客人が執事の真後ろに立っていた。しかも目立つのが二人。
銀髪の長身に、紫髪の優男。タイプの違う整った顔が並ぶと何ともいえない威圧感があるのは何故か。
緋色の瞳と灰蒼の瞳が対照的な色を睨んでいたかと思えば、部屋主が出てきた途端、一斉に視線を動かす。
そして我先にと足を踏み出してくる。

瞬時にカーマインは面倒くさいのが来たと思った。出来ることなら追い返したい部類の。
アーネストとオスカー。隣国バーンシュタインの騎士たち。国の誉れと呼ばれ文武に長け、また心技体も優れた者―と
言われているが、実際深く付き合ってみると本当にそうなのかと疑いたくなることもしばしば。
大体、心身共に優れているとお墨付きをもらったお貴族様が何をどう間違えると男に求愛するようになるのかが分からない。
否・・・案外貴族には同性愛の気がある者も珍しくはないと聞くには聞いてはいたが――まさか自分に対してそういう感情を
向けられるとはカーマインは夢にも思わず。困惑しているというのが正直な気持ちだった。

「やあ、カーマイン。ご機嫌麗しゅう。今日も君は綺麗だね」
「全くご機嫌麗しくない。むしろ不快だ」
「女じゃあるまいし、綺麗だなどと言われて嬉しいはずがないだろう、馬鹿め。
―――いつ見ても可愛いな、カーマイン」
「・・・・馬鹿はお前もだ」

どうやって追い返そうかと考えてる隙に、素早く両手を握られ本人たち曰くの『挨拶』を受け、賛辞の言葉のつもりらしい
それにカーマインは嫌そうに返事を返す。特に理解しているようで全く理解していないアーネストに対して冷たいのは
いつものことなので彼本人は大して気にしていないらしく、機嫌を損ねるどころか熱い真摯な視線を寄越してくれる。
これが年頃の乙女ならば美形二人に迫られ夢のような状況なのかもしれないが、男に生まれたカーマインにとっては
夢は夢でも悪夢に近い。しっかりと握り込まれた手をじっと睨み、離すよう無言の圧力を掛けてみるものの、一向に相手に
動きはなく。仕方なくカーマインは自力でそれを振り払った。

「・・・勝手に手を握るな」
「あ、ごめんね。君の手が白魚のように綺麗でつい触りたくなって」
「お前はホストか。そういうのはいいと言ってるだろう。と、言うか何し来たんだお前たち」

何を言っても突然沸いてきた客には効きそうにないのを見て取って、時間の無駄だとばかりに用件を聞こうとするカーマイン。
その白皙の端正な顔は眉間に皺寄りどう見たって機嫌が宜しくないのは分かるだろうに、一歩も引く様子のない
隣国のインペリアルナイト。執事のミネルヴァはもう我関せずといった様子で茶を淹れにその場を後にしていた。
助けのない状況でカーマインはどうせ言っても帰らないのだろうと、仕方なく部屋に二人を招き入れ。

「・・・・で、本当に何しに来たんだ。暇じゃないんだろう」

ソファに腰掛け、足を組むと溜息混じりに再度問うた。自分も暇ではないというニュアンスを持たせながら。
まあ厳密に言えば休暇中なので暇がないというわけではないが、出来ることなら普段寝れていない分を休みの日に
補っておきたいわけで。大した用でないのなら、寝かせて欲しいというのがカーマインの本心なのだが。
まあ、先ほど述べたように二人に帰るという素振りは見られない。どころかにこやかにカーマインを見つめている。

「・・・・・おい、いい加減にしないと怒るぞ」
「君が休みだって聞いて、会いに来たんだけど?」
「何度も言うが忙しいんだろう?それも二人同時に来たら残された面子がきついだろう」
「そこの馬鹿はともかく、俺はちゃんと仕事の調整をしてきた。問題ない」

そこの馬鹿、と隣に掛けるオスカーを顎で示したきり、目も合わせないアーネスト。元は親友のはずなのに、カーマインが
絡むとこの二人はどうも仲が悪いというよりも犬猿の間柄に見えてしまう。それだけお互いを意識し、互いに負けられないという
思いが強いのだろう。所謂ライバルということか。しかし、争われるカーマインにとってはそんなことは関係ないわけで。
むしろ張り合われても疲れるだけだ。一人だけでも厄介なのに、その厄介な人間が二人同時に言い寄ってくる。
鬱陶しくないわけがない。例え、相手が切れ者で、貴族で、見目良く、有能だったとしても、だ。

「・・・まあ、わざわざ頼んでもないのに来てくれた相手に言うのは何だが・・・。
俺も休みの日くらいはのんびり過ごしたいんだ。眠いし・・・本音を言えば用がないなら帰って欲しいんだが」

恐ろしく正直な言葉に一瞬客人二人は瞠目するものの、カーマインのそういう気性を分かっているのか怒ることはなく。
というよりもそういう正直なところに惹かれているのか、嬉しそうに見つめる瞳は細められ。

「全く、お前は正直すぎる。そんな調子では敵を作るぞ。まあ・・・そういう不器用なところも釣れないところも良いのだが」
「・・・お前はマゾか。ここまで言われて何故怒らない。その神経がそもそも理解出来ない・・・。
お前たち・・・地位もあるし、性格はともかく有能だし、見目もいいんだから、俺なんかに構わずいい人を見つけたらどうだ」
「性格はともかくって言うのが凄く気になるんだけど」
「・・・言っておくが俺はお前たちほどアクの強い奴は知らないぞ」

ナイツとは精神面でも優れているとは聞くが、それは単に忍耐力の問題なのではないかとカーマインは思う。
優しいといえば二人とも優しいとは思うが、同時に普通の人間よりも冷徹な面も確かにある。この二人は、優先順位を
つけられる人間だ。そして一番大切なもののためなら、それ以外のものに対し恐ろしいほど冷たくなれる。
確かにその点では心は強いだろう。だがもし、その他を切り捨ててでも守りたい何かを失った時、彼らはきっと脆い。
現にアーネストは今でこそ笑うことが出来ているが、少し前までは世捨て人同然の生活を送っていた。
大切な親友を失ってしまったから。その過失はカーマインにも少なからずある。それなのに目の前の男たちはカーマインを
責めるでもなく、逆に好きだという。おかしな話だ。というのはカーマインの理屈でしかないけれど。

「・・・とにかく俺は眠い。用がないなら寝る」
「そんなに眠いのか。なら眠るといい」
「・・・は?」

妙なことを言うアーネストに対し、形の良い柔らかな唇からは間抜けた声が漏れた。お前は俺に会いに来たんじゃないのか。
言葉なく目だけで問えば、普段全く笑わない仏頂面が綺麗に微笑み。

「会いに来たと言っても、顔を見られればいいという程度のものだったからな。
寝顔をじっくり見させてもらえればいい」
「・・・・・断る」
「!何故だ?!」
「お前たちの目の前で寝るなんて危なっかしい真似が出来るか。
何をされるか分かったものじゃない。セクハラ男たちめ」

不覚にも昔はこのナイツたちに憧れていたカーマインは、警戒心なく付き合っていたが、一度ならずその隙を突いて
セクハラを受けているため、どうしてもそれ以来、彼らを信用することは出来ず。

「酷い言い草だねカーマイン。アーネストならいざ知らず、僕ほどの紳士が他にいるかい?」
「おい、オスカーそれはどういう意味だ。お前が紳士?頭の悪い発言もそこまで行くと笑えるな」
「はっ!何の文句があるって言うの。大体君は女性のエスコートもロクに出来ないくせに偉そうなんだよ」
「俺は貴様と違って手当たり次第、女に手を出すような真似はしたことがないんでな。扱いが分からずとも仕方あるまい」
「誤解してもらっちゃ困るけど、女の子の方から寄って来るんだよ勝手に。まあ、僕が魅力的過ぎるのが問題なのかもね」
「問題なのはその異様なまでの自信とナルシズムだろう。ああ、汚らわしい」

しっしと隣の男を払う銀髪、負けじと絡む紫髪。いつものことであるが、二人揃うと大抵このような下らぬ張り合いを初め、
しかも一度始まると長い。喧嘩なら他所でやれとカーマインは心から思ったが、下手に口を挟んで矛先がこちらに向かって
きても困ると黙って様子を見守っている。

それにしても。

―――よく飽きないな。

毎度、似たような口論を行っている二人にカーマインは半ば呆れ半分、感心半分といった心境だった。顔を合わせれば
こんな小競り合いは当たり前。内容に大きな変化があるわけでもない。それなのに、毎回毎回全力でぶつかり合う二人は
迷惑この上ない一方で、見ていて少し愉快でもあった。

―――俺を巻き込まないでくれれば・・・見てる分には面白いんだが。

意地の悪い感想。未だ目の前で繰り広げられている下らない激昂をそっと運ばれてきた紅茶を口に含みつつカーマインは
観察していた。客観的に見て、黙っていればアーネストもオスカーも端的に言っていい男なのだ。それこそ女性に騒がれそうな。
強い瞳に長い睫、鼻梁は通り、薄い唇、細い顎。容姿だけ見れば文句のつけようもなく整っている。個性の強すぎる性格が
それを打ち消してしまってはいるが。

―――勿体ない。

まっとうに生きれば何処に行こうと女性はついて回るだろう。仮にも二人はインペリアルナイト。その強さは半端なく、
家柄的にもかなりの名家と聞き及んでいる。実力があり、権力がある、それだけでも十分女性にとって魅力的だろう。
それに加えてあの派手な見た目。普通に考えてモテない方がおかしい。実際かなりモテているのだろう。
街中を歩いていると彼らの噂をしている女性をカーマインはよく見かけた。それなのに、それなのにだ。

―――幾らでも相手を選べる状況で何故俺なんだ・・・?

顔を歪めてカーマインは、それまで憧れていた友人たちにある日突然告白―というよりは求愛を受けた日を思い出す。
はっきり言ってその衝撃たるや、口にすることは出来ぬほど。両目に加え口すらぽかんと開け放って呆然としてしまった。
まさか、親友だと思っていた者から・・・男から好きだの愛しているだの言われるとは想像すらしておらず。
自分はそんなに女々しいのだろうかと要らぬショックまで受けた。

「・・・カーマイン?」

思考に嵌っているのか、声を掛けられても気づかない。かと思えば漆黒の長い睫毛はやがてうつらうつらと瞬いて。
相違の瞳はゆっくりと閉じられていく。意識のない四肢がずり落ちるようにクッションの上に落ちた。

「カーマイン!」
「大丈夫?!」

突然、崩れ落ちたカーマインを心配して二人は駆け寄り、柔らかなオフホワイトのクッションに埋もれた白皙の頬に
手を潜らせ頭を持ち上げる。具合が悪いのかと思ったが呼吸は安定し、熱があるわけでもない。

「・・・・寝てる、のか?」
「そういえば眠いって言ってたよね」
「なら寝かせてやらないとな・・・どれ」
「あ!」

言葉通り、眠ってしまっているカーマインを移動させるために細い肢体の下に腕を差し込もうとするアーネストを
背後のオスカーが阻む。

「・・・・何だ、急に大声を出すな」
「ずっるいよ、僕が運んであげる」
「はっ、そんなもやしみたいな腕でか?」
「・・・・なんだって?」

カーマインをベッドまで移動させる役目を争って、いい年した大人たちは彼らに憧れる子供たちをドン引きさせるほどに
低レベルな喧嘩を始める。ソファで寝て風邪を引いたら可哀想だという心優しさからというよりは、各々愛しい相手を
お姫様抱っこしたいという欲求のみの行動なのだが。そんなどうでもいいとすら言える戦いを知らぬカーマインはすやすやと
クッションを枕に健やかな寝息を立てている。

その真横では、身体的な面で侮辱されたオスカーが全身からどす黒いオーラを放ち、正面の男を鋭く睨み据えている。
口元はうっすらと笑ませながら。きらり。室内にも拘らず、優男の指先では闘争心に応じて武器化するリングウェポンが
煌いている。殺る気だと、感じた緋眼は鋭く対照的な灰蒼色の瞳をねめつけ。

「・・・・まさかと思うがこんなところで殺る気か?」
「弘法は筆を選ばず。自信があるなら何処で戦っても一緒だろう?」
「お前如きに負ける気など全くしないが・・・流石に室内で・・・しかもカーマインの傍でとは・・・悪ふざけが過ぎる」
「僕は至って真剣だけど。大体君は邪魔なんだよ。木偶の棒」
「チビ」
「言ったな、コノヤロウ」

顔つきもそうだが身長をかなり気にしているらしいオスカーは、アーネストの挑発に見事に乗っかり。完全にリングを
鎌に変形させると他人の屋敷というのも忘れて同じ国の誉れに対して斬りかかる。鎌という武器はその形状と大きさ、それに
重さ故に数ある武器の中でも扱いが難しい。が、オスカー=リーヴスという戦場の死神の手に掛かれば、その鎌すら
まるで体の一部のように滑らかな動きで且つ力強い一撃を放つ。対するアーネスト=ライエルもリシャール亡き今、歴代
ナイツ最強を誇るだけあり、悪条件なフィールドも物ともせず、鋭い軌道を描く大きな刃を軽く受け流し、攻撃に転じる。
二つの三日月がぶつかり合い互いを喰らい尽していく。静寂な室内には健やかな寝息と生々しい剣戟だけが響いていた。

「チッ、流石に筆頭だけあって一筋縄では行かないか」
「当たり前だ。お前なんぞに負けたとあれば、ナイツを辞めざるを得ん」
「だったらさっさと負けて幕から降りてくれないかい。君の出番はもう要らないだろう?」
「抜かせ!要らんのは貴様の無駄な喋りだ」

ニ振りの剣で器用に斬り込みを受けていたアーネストだが、いい加減焦れてきたのか自ら仕掛けに掛かる。
強い踏み込みから薙ぎ払う長刃は常人ならば胴体を真っ二つにしていただろうが、慣れと女顔からは想像出来ぬ力強い
腕力でオスカーは何とか攻撃を受け止めたものの、相手はかなりの怪力を誇るため、勢いを殺しきれず、身体が後方へと
吹き飛ぶ。そしてその際の驚きからリングウェポンの武器化が解けてしまい。

「・・・っわ」

急に腕から重さが抜けて、バランスを崩すと幸か不幸か、カーマインが寝ているソファへと倒れ込み。
ぐにゃりとした柔らかい感触を身体の下に感じた。

「あ・・・」
「貴様・・・っ!」
「う・・・ん・・・?」

別に意図したわけではないが、偶然にもオスカーの倒れた身体は後ろで寝ていたカーマインへと被さり。
僅かに眉を顰めた愛らしい寝顔が目と鼻の先にある。吐息が自分の肌に触れてプレイボーイを自負していたオスカーも
ついつい動揺に目を見張った。こうして間近で改めて見ると、普段から綺麗だと感じていたカーマインの顔は思っていた以上に
艶やかで同時に印象的な瞳が伏せられた今、危うげな幼さがそこに存在している。常々凛とした、大人びた雰囲気の彼の
可愛らしさを讃えた寝顔は男が弱いギャップを感じさせて、思わず魅入る。

「う、っわぁ・・・改めて見ると凄い可愛いなぁ・・・」

少し開いた柔らかな桜色の唇は、理性で押さえようとしてもつい触れたくなってしまう。元々恋愛面に関してはかなり
自分に対して甘いオスカー。欲求のままにふっくらした口元に触れた。軽く撫でると指先に熱い吐息が掠める。
調子に乗ってそのまま口内へと指を含ませようとしたところ。

「やめんか、馬鹿者!」
「ってぇ!」

力いっぱい、その場にいたアーネストに殴られる。あまりにも強い力だったため、頭蓋が変形したのではないかとオスカーは
思う。実際、頭蓋ではないが針金のように硬くセットされた髪はぐしゃりと崩れてしまっていた。

「ちょっと・・・この髪のセットにどれだけ時間掛かってると思ってるの」
「何時間も費やすほどいい髪形には全く以って思えんが」
「はっ、これだからセンスのない人間は。大体何だいそのぱっつん。月に何回散髪してるの?」

君の髪の毛伸びてるところ一度も見たことないよ、と酷く馬鹿にしたような口調でオスカーは笑う。まあ、彼の性格からして
本当に馬鹿にしているのだろうが。対してアーネストは白い柳眉を吊り上げ。

「インペリアルナイトたるもの、常に身だしなみを整えて然るべきだ。そんなことも分からんのか?」
「国外追放時に寝癖でうろついていた御仁のお言葉とは思えませんねえ、アーネスト=ライエル卿?」
「パックだ、髪のセットだに掛ける時間があるなら真面目に働いて欲しいものだがな、オスカー=リーヴス」
「常に努力して美貌を保つのが美しい者の努めですので。・・・ああ、ライエル卿にはお分かり頂けませんかね」

にっこり。毒のある笑み。返されるのは目で人が殺せるほど威圧的な眼差し。

「本当に、お前という奴は一々癇に障る男だな・・・?」
「有難う。そういう君もね」
「お前のような減らず口はカーマインに似合わん、さっさと手を引け」
「君のような朴念仁に彼を幸せに出来るとは思えないね。君こそさっさと諦めてくれない?」
「「断る」」

牽制にお互い声を揃えて否を唱える。

「恋愛というのは幸せに出来るかどうかではない、相手を如何に愛しているかだろう?」
「つまり君は彼を幸せに出来る自信がないんだ?」
「先に何があるか分からぬ世の中で絶対など何処にもない。俺は自信なんて言葉で慢心する気はない」
「・・・君のそういう理屈っぽいところが嫌いなんだよね、僕」
「俺はお前の他人を小馬鹿にした態度が気に入らん」

胸倉を掴み合って激昂する二人の間、ずっと眠っていたカーマインだったが流石にその騒がしさに半分ほど覚醒し、
薄目を開けて。

「・・・・煩い」

一言だけ寝起きの低い声で言い放つと再び瞼を落とす。今にも拳を繰り出そうとしていた二人は呆気に取られ。
何となく互いに顔をつき合わせて・・・興が殺がれたように手を離した。そして同時に真下の黒髪を見つめる。
はっきり言って綺麗で可愛い上に艶かしい。が、時折口が悪い。アーネスト曰くそこがまた可愛いのだそうだが。
喋るとまた怒られそうなので、無言で大の男二人は息を潜め、想い人の寝顔をじっと眺めている。傍目から見れば
非常に異様な状況である。

「・・・・・ぅ、・・・・ん」
「・・・寝息がエロいなぁ」
「下賎な想像をするな」
「知ってるかい、そういうこと言う奴の方が想像力豊かなものだよ」
「ほう、俺が下賎だと言いたいのか?」
「それ以外に何が?」
「貴様・・・っ」

懲りずに喧嘩を始めようとする二人だったが、もぞりと背後で身じろぐ気配にびくりと肩を振るわせた。
先ほどの様子からも分かる通り、カーマインという青年は寝起きが宜しくない。下手に騒いで起こしたとなれば
怒られるのは目に見えていた。いい大人が年下、しかも想い人に怒られるというのは結構凹む。
結果、二人は姿勢を正し、床に正座してカーマインを起こさぬようじっとしていた。

「・・・・ところでいつまで僕らはこうしてればいいの?」
「別に、無理に起こして嫌われたいのなら好きにするがいい」
「・・・・・・・・・・・・」

嫌われたくなかった二人は、一体自分は何をしているのか、疑問に思いながらもただただ、部屋主の目覚めを待ち続けた。



◆◇◇◆



窓の外から西日が差し始めた頃、漸く相違の瞳はゆっくりと開かれた。
ソファで寝たので少しばかり身体が痛い。起き上がって伸びをすると、間近に他人の熱を感じた。
何だと思い視線を下げれば、ソファの縁に白と紫の髪が広がっている。床に正座し、頭だけソファに凭れ掛かる妙な姿勢。
何をしているんだとカーマインは首を捻った。

「・・・・寝てるのか?」

こんな妙な格好で。変な奴らだと思ったものの、もしかしたら本当にずっと人の寝顔を見ていたのではないかと
カーマインは思った。悪趣味だと顔を歪めるが、今日のところはそれ以上のことはされていないようでホッと胸を撫で下ろす。
酷い時は本当に酔っ払いのように性質が悪いのだ、この男共は。

「・・・寝てれば無害なものだな・・・」

起きている時の騒々しさと比べて今のとても静かなこと。すうすうと安定した呼吸で眠っている顔は、常とは違って
多少なりに愛嬌がある。特に威圧的な瞳をしているアーネストの寝顔は妙にあどけない。普段はそんな気など全く起きないが
カーマインはつんと頬を指で突いてみる。全体的に硬質そうな印象があったものの、流石に頬は柔らかい。何とはなしに
ぷにぷにと起こさぬ程度の力で更に数度突付く。小さく唸り、睫毛を震わせる姿は幼げで、つい悪戯心が沸いた。

「確かここに・・・ああ、あった」

一度ソファから降りて、机の引き出しを漁ってあるものを取り出すとカーマインは再びソファに膝を立てて座り。
二つの寝顔を見比べにやりと笑む。それから手に持ってきた――飾り付けようのリボンと花を互いの髪に結びつける。
銀髪には映えるように紅いハイビスカスの花飾りを。紫髪には白地に茶色の刺繍が入ったリボンを可愛らしく蝶々結びで
括りつけ。男前だの美形だの騒がれている男たちの情けない姿を独り占めしてプッと噴出す。

こんな姿を彼らを妄信するバーンシュタイン国民が見たらどう思うのだろうか。想像するだけで愉快だった。
そして起きた時どんな反応をするだろうかと妙な期待を抱く。気づかなかったらそれはそれでかなり愉快なことになるだろう。
いつもいつも迷惑を掛けられているのだから、このぐらいしたって罰は当たらないはずだ。カーマインは思う。
にまにまと楽しそうに寝顔を見つめる。そうして数十分と過ぎた頃。ふと届く寝言。

「・・・・イン」
「・・・ん?」
「す、き・・・だ・・・」

むにゃむにゃとろれつの回らぬ口調でそんなことを言われてカーマインは一瞬言葉の意味を図りかねる。
が、脳にその言葉が到達するとぼっと音が鳴るほど顔を真っ赤に染め上げ。

「・・・ッ、んなっ・・・」

なんてことを言うのか。しかも寝言で!とカーマインは寝言の主のアーネストを睨みつける。夢の中ですらいつもと
同じようなことをしているのかと思うと頭痛がする。そっとこめかみの部分を手で押さえていると今度はオスカーから。

「・・・ーマイ・・・は僕と結婚するの・・・」
「誰がするかっ!」

またまた頭の痛くなることを言われて、相手は寝ているというのにカーマインは突っ込んでしまった。大体この男たちの認識は
おかしい。男同士で求愛した上、自分のことを嫁にしようとしている。一体何を考えているのか。むしろ何も考えていないのか。
非常識にもほどがある、とあまり人のことを言えないにも拘らずカーマインは思う。

ぷいっと腹立たしそうに顔を背け二人から視線を逸らすがチラリ、横目でもう一度だけ寝顔を見た。
本当のところを言うと毎回のように好きだのなんだの言われていると恐ろしいことに悪い気がしてこなくなってしまう。
男同士であるのに。それは成人するまでろくに屋敷の外へと出ず、家族以外の誰からもそう言うことを言われたことが
なかったからかもしれない。自分の半生を振り返り、カーマインは苦い表情をする。

「・・・何だかんだで振り回されているな」

本当に迷惑なら特使の権限でも何でも使って追い帰すことは可能だろうにそれをしない自分。人間関係に角を立てたく
ないからとか、外交に支障が出るからとか無理やり言い訳をつけてみても、最終的には纏わりつかれる今の状況を
少なからず歓迎しているというか楽しんでいる自分がいるのだろう。気づいてしまってカーマインの心中は複雑だった。

「・・・・全く」

自分自身に対し呆れた吐息を漏らし。

「今日だけは・・・特別だぞ」

気づかされてしまった想いがあるから。ソファに手を突き上半身を無理に折るとカーマインは起きている時にしようものなら
確実に調子に乗せてしまうだろう、キスをそっとそれぞれの額へと送ってやり。

「・・・正直鬱陶しくてしょうがないが、その熱意に免じて・・・俺を落とすチャンスをやろう」

まあ、頑張れよと寝ている二人に囁いたその表情は言葉の割りに酷く穏やかで綺麗な微笑を讃えていた。
そうとは知らぬ夢の中にいる二人は、いつもカーマインを巡って喧嘩ばかりしているとは思えぬほど仲良く幸せそうに
寝息を立てていた。



〜after〜


更に数時間後、ようやく目覚めた二人は起きて早々己の額に触れていた。
その様子を見てカーマインはおや、と思う。確かに二人は寝ていたはずだ。

「な、何をしているんだ・・・?」
「いや、夢の中でお前に口付けを受けたような気が・・・」
「夢だ、気のせいだ、勝手にそんな夢を見るな」
「ふ、不可抗力だろう!?」

額にキスの感触が残ってでもいるのか、実際にそんなことが起きていたとも知らず夢だと思っていても
幸せそうなアーネストにカーマインは冷たい言葉を放つ。それからもあさかオスカーもそうではあるまいなと
振り返ってみると、灰蒼の瞳と目が合い。

「・・・まさかお前も・・・」
「うん、君からちゅーされた上に×××までする夢・・・グハッ!」

放送禁止用語の混じった言葉を皆まで言わせずに二人分の肘が紫頭を襲う。

「人で勝手に下品な夢を見るなっ!」
「カーマインを汚すなっ!!」

ほぼ同時に同じようなことを言う。

「な・・・アーネストだって見てるくせに!」
「ばっ・・・そんなわけあるか!」
「・・・・お前たち・・・」
「「!!」」

せっかく、ほんの少し、ナノミクロンほど落とされてやってもいいかと思っていたカーマインだったが、
二人の今のやり取りにぷつりと切れ。ぷるぷると肩を震わせながら。

「二度と来るなーーー!!」
「「ぎゃあーーーー!!」」

最高レベルまで練り上げたメテオを二人目掛けて発動したのだった。
アーネストとオスカー、双方の思いが真に伝わる日はかなり遠いようである。



fin



アー→主←オスのギャグと言う事で書かせていただきましたがカーマインが非常に辛口です(笑)
それだけきっとナイツのお二人がしつこく付きまとっているのだと思います。
でもずけずけ言いつつ、そんなにいやじゃないというのが少しでも伝わっていれば幸いです。
ちなみに頭のリボンと花はお互い視界に入るので気づいているんですが、恥を掻かせようと
お互い黙っているので本人は気づかないという(酷ぇ)そんな二人です。

リク内容と大分違っている気がしてなりませんがみかん様に捧げます。
リクエスト有難うございましたー!!
Back