恋する騎士様 マーキュレイの英雄たちがここ、オーディネルを訪れてから数日後。 彼らをリーゼルまで送り届けて屋敷に帰ると俺の片割れ、弟のアルフォンスが息を荒げて駆けて来た。 「兄さん!」 「よう、可愛い我が弟君。今帰ったぞ」 軽い口調で返すと、弟は眉を顰め、どこか浮かない表情。 ひょっとして俺の身体を心配しているのだろうか。 まあ、確かに途中マーキュレイの英雄殿たち、強いて言えば愛しのクレヴァニールにいい所を見せようと はりきりすぎて少々体調を悪くした。が、ミュンツァーから薬を受け取ったから大したことにはなっていない。 しかしこの出来の良い我が弟のこと。 きっと最愛(多分)の兄が心配で居ても立ってもいられなかったのだろう。 この年にもなって兄離れ出来ぬとは仕方ないなと思いつつ、安心させてやろうと思う俺もそうとう兄馬鹿なの かもしれない。とにかくアルフの不安を取り除こうと口を開きかけた、その時。 「兄さん、マーキュレイの英雄殿は無事か!?」 「・・・・・・・・は?」 予想もしてなかった弟の台詞に俺の口を突いて出る言葉は酷くマヌケなもので。 そんな軽く放心状態の俺の肩をアルフは強く掴み、再度言う。 「だから・・・兄さんが送っていった彼らは無事なのか!?」 っておい、ちょっと待て。 俺の心配してたのと違うんかい! 病弱なお兄様がちょっと無理してクレヴァニールたちの護衛も兼ねて遠出をしたというのに。 お前は血を分けた身体の弱い兄より、五体満足なお嬢様方を心配するのか、我が弟よ。 ―と、腹の中で毒づきつつも口に出しては言わない辺り、俺は良き兄だといえるだろう。 まあ、俺の強さを身に染みて知っているアルフとしては戦闘に不慣れな筈の彼らを心配するのが道理であるの かもしれない。そう結論付けた俺は今度こそマトモな言葉を吐く。 「・・・ああ、大丈夫だ。この俺が送って行ったんだ、大事があってたまるか」 胸を張って言った答えにアルフはほうっと身体の力を抜く。 大概、こいつは心配性なんだよな〜。ま、そこら辺がこの出来の良い弟の長所であって短所でもあると若干心配 しているのだが。何だかんだで俺も結構な心配性なのかもしれんなと少し笑っていると。 急にアルフが黙りこけて、もとい固まっていることに気付く。 「おい、どうしたんだアルフ?」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 声を掛けても応答がない。 そういやこいつ考え込むと周りが見えなくなるんだったけ。 集中力があるというか何というか。 このまま放っておいても構わないが肩を掴まれているし、何より自分からすれば少し頼りない弟が心配であるため もう一度声を掛けてみることにする。ああ、ホント俺ってイイ兄貴。 「おい、アルフ!アルフ、聞けっつの!」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 声を荒げて呼ぶが、無反応。 はあ、仕方あるまい。俺は大きく息を吐くと肩に掛かったアルフの手を外し、思いっきり頭を振ってアルフの額に自分の それをぶつけてやった。いわゆる頭突きって奴だ。 ゴンッ!!! 「あたっ」 「いいいっ〜〜!!!」 凄まじい音と共に激しい痛みと痺れが全身を駆け巡る。 あまりの痛さにジト目で弟の方を見遣るがあいつは軽く額を摩っただけで痛みが引いてるようだった。 というかあいつ頭固すぎだろ!?けしかけた俺の方がダメージ受けてるってどういうことだよ!? そんな理不尽な怒りに身を支配されてるところに。 「・・・・・・・・何、兄さん」 「・・・・・・・・何、じゃねえよ・・・・って、つぅ」 あー、痛い。ホント痛い。 もう絶対こいつには頭突きなんてしないぞ。 俺は額を押さえた侭の姿勢で吐き捨てるように告げる。 「・・・・・・ったく、一体何考えてたんだお前。思いっきりフリーズなんかして」 すると。 「え、僕固まってた?」 暢気な弟の声が返ってきて。 自覚、ないのかこの男は。ここまで鈍いといっそ面白いぞ? 「・・・・・・・とにかく言ってみろ。物によっては相談に乗ってやれるぞ」 世間知らずな弟に比べれば俺は様々な事情に精通している。当然見識も広い。 それをアルフも判っているのか少し逡巡しつつも、話し出した。 「・・・・うん。あの、マーキュレイの英雄殿のことなんだけど・・・・」 「ん、クレヴァニールたちがどうした?まだ心配か?」 「それもある。・・・・・けど・・・・・その、兄さんは誰かのこと考えると頬が熱くなったり胸が苦しくなったりとか、する?」 「そりゃ、恋の初期症状じゃないか・・・・・」 「恋、の・・・・?じゃあ僕、恋、してるんだ・・・・」 目を剥く、とはまさにこのことか。 いつの間にか顔を赤くしている弟の姿にやや呆れたような呟きが漏れてしまう。 まさかこの堅物でしかも超が付くほど奥手な弟が恋をするとは。 しかもマーキュレイの英雄たち、ということはその相手は・・・・ 「何だお前、フレーネちゃんが好きなのか」 「・・・・・・・・・・え?」 彼らの中に女性はフレーネという少女がただ一人。 あの娘はイライザ嬢と違って大人しいし、年齢差が少々あるにしろアルフには似合いの女性だ。 ならば応援してやるのが兄の務めというもの。うんうんと頷いているとまた、アルフに肩を掴まれる。 「ご、誤解だよ兄さん!」 「はえ?」 誤解・・・・? ってことは好きなのはフレーネではなく・・・・ 「フレーネちゃん、じゃないのか?じゃあ一体誰・・・・」 誰だと言いかけてはたと思い出す。 そういえば、アルフが英雄殿たちの中で一番よく話していたのは、彼らのリーダーの・・・・ 「まさかクレヴァニール、か・・・・?」 まさかまさかと思考を巡らせ、アルフを見咎めれば先程以上に赤い顔。 思ったことが顔に出やすいアルフのその反応は肯定しているも、同じことで。 「ま、マジかよ!?」 「・・・・・・・・・・・うん」 今度は返答が返ってきた。 それにしても参った。まさかこの堅物が男に惚れるとは。 いやそれ以前に俺と同じ相手に惚れるとは思わなかった。 ああ俺、ちょっとショックのあまり立ち直れないかもしれない、そんな馬鹿なことを考えていると。 「・・・・・それでさ兄さん。僕、誰かを好きになるなんてこれが初めてで・・・一体どうすればいいのかな」 縋るような甘えるような、妙にまっすぐでキラキラした目をアルフは向けてくる。 やめてくれ、そんな瞳で俺を見るなって。 いくら俺が良き兄でも恋敵に塩を贈るような真似は・・・・・・真似、は・・・・・・。 キラキラキラキラ 悩みに悩みまくっている俺を知ってか知らずか(いや知らないんだろう)、ますます屈託のない瞳を向けてくる 我が弟、アルフォンス。冷たく突き放そうにも長年兄貴をやっている俺にはそれも出来ず。 にこっと笑ったアルフを見た瞬間、俺は・・・・落ちた。 「・・・・・・判った、判ったよ。口説きのテク・・・あ、いや上手な恋の仕方を教えてやる」 げんなりした俺の声音を気にも留めずアルフは本当に無垢な子供のように笑って。 「ありがとう兄さん。兄さんは本当に頼りになる、僕の一番の敬愛する人だよ!」 などと大袈裟なくらい感謝されて俺はもう、力なく笑うしかなかった。 ああ、神様。 これも今まで一人の女性に決めてこなかった罰でしょうか。 まさかこの非常に扱いにくい弟君と恋敵になろうとは。 俺はこの先の苦悩の日々を思ってその夜ちょっぴり泣いてしまった、 というのは・・・ここだけの話にしておいてくれ。 おまけ 「で、お前クレヴァニールのどこが好きなんだよ」 「え、そんなこと急に言われてもなぁ。 まず綺麗なところと、あの優しい声と瞳も好きだし・・・剣を振るう姿とか愚痴を溢しても親身に聴いてくれる ところとか、あ、微笑った顔も好きだな。それにちょっと人見知りするところも可愛いし、考え込む時顎に手を やる仕種とか、物を訊く時に首を傾げる仕種とかあと・・・・・」 「ちょっと待て。それまだ続くのかアルフ?」 「うん、まだまだあるけど・・・・どうかした兄さん?」 一向に留まることを知らぬかのように溢れ出てくる弟の言葉に、正直ちょっとしんどくなってきた。 というかここまできたらもう、ただのノロケだろう。他人のノロケほど身に堪えるものはないとこの弟は知って いるのだろうか。はあと溜息を吐く俺を無視してアルフはまた語り出した。訊いたのは俺だがこうして結局、 何時間もこのノロケに付き合わされるとは夢にも思わなくて。どうしようもない疲労感に襲われ、自分の未来 を憂える俺を一体誰が笑えるだろうか、いや誰も笑えまい。そんな妙な自信を抱く俺と、恋する弟君の恋路は なかなか困難なものだと思い知るのは、まだ先の話。 fin なんか二人ともアホっぽくなってしまいましたがどうなんでしょう。 一応クリスはとってもフランクなアーネストを、アルフはかなり無邪気なオスカーを イメージしながら書いてますのでこれからもクリスは苦労していくと思います。 |
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