逢いたいと思う気持ちは。 一種の中毒にも似ていると、そう思った。 指先の痛み 時々ぴりぴりと指先が痛む。 軽い神経痛のような、曖昧な痛み。 初めはそれがただの疲れからくるものだと思っていた。 けれど一向に治まらぬそれはいつしか己に一抹の不安を抱かせるようになって。 ひょっとしたら僕の身体はこのまま際限なくおかしくなっていくんじゃないか。 そう思ったら肩が震えた。 戦場で討ち死にするのならば、騎士として本望だが、原因不明で死ぬなんて御免だ。 かといって今のところさほど大騒ぎするほど体調が悪いわけでもなく。 ただ、指に痺れが奔るだけ。少し手を振れば簡単に治る。 「・・・一体何だと言うんだ」 顎に手をやって少し考えてみる。 思い当たる事。身体に悪い事・・・・? (ない、よな・・・・何も) うんうん唸っているとまたぴりりと指先が痛んだ。 「本当に・・・・・何なんだこれは・・・・・・」 はあ、と息を吐いて軽く手を振り、いつものように痺れを取ろうとしたところでそっと背後から声を掛けられた。 マーキュレイ・オーディネル同盟軍の先陣で戦う自分には到底聴くことは出来ないだろうと思っていた、人の・・・。 そして気付く。自分はこの声こそを聴きたいと、ずっと願っていたのだと。 「・・・・・・アルフォンス・・・・・・?」 黙ったままの自分を訝しむように語尾の上がった少し高めの青年の声。 同時にサラッと髪の流れる音がして。自分の背後にいるその人が何をしているか見る事は出来ないが、 気配で首を傾いでいる事が判る。きっと幼くあどけない表情を浮かべながら・・・・・。 「・・・・クレヴァニール」 その顔を見たいと、すぐにでも振り返りたかったがそれでは彼を驚かせてしまうだろうと思い、出来るだけゆっくりと 後ろを向く。そうすれば肩に小さな少女を乗せた、予想通りの人物が視界に映って。 その瞬間、指の痺れが身体中の力と共に綺麗に抜けていくのが判った。 「・・・・やあ、久しぶりだね」 部下が近くに控えているので必死に【オーディネル卿】であろうとするのだが、彼に逢えた嬉しさからつい、口元が 綻んで【アルフォンス】になってしまう。そんな僕につられるようにして目の前の彼と、彼の使い魔も優しく微笑した。 「・・・・・今日は、どうした・・・・・?」 いつもだったら仲間の者を連れている彼が今日は使い魔以外誰も連れていない。 まさか彼一人で遺跡巡り、という訳にもいかないだろう。僕の疑問が伝わったのか彼は少し困った風に表情を歪めて。 「クリストファーが、アルフォンスの元気がないって言ってたから・・・・・」 「・・・・・・・・・・・・・え?」 「何かよく、難しい顔をしていると・・・・聞いたし・・・・・」 大丈夫か?と緋色の髪の青年は白く、しなやかな指先を伸ばしてきて。 その指先を捕らえたいな、などと馬鹿げた事を思いつつ黙って受け入れる。 心配してくれた事が、嬉しかった。伸ばされた指先が嬉しかった。きっと僕は情けないくらい笑ってる、筈・・・・。 「・・・・大丈夫。時々指先が痛むだけだから・・・。それに今は治ま・・・・・あっ」 「え、どうかしたか。どこか、痛い・・・?」 「あ、いや・・・その・・・・・」 そうだ。先程彼の・・・・クレヴァニールの顔を見てからずっと指先の痛みは治まっている。 まるで飢え渇いた者が欲しかった何かを得たかのように・・・・。そして唐突に全てを理解した。 僕は・・・・彼に逢いたかったんだ・・・・。 思えばこの痛みはオーディネルでイライザ嬢に同行する彼を見送ってから・・・・彼と最後に会った時から起こるように なっていた。つまりは逢いたいと思う気持ちが、自分に危険信号を送るかのように痛みとして形になって現れたのだ。 それはまるで一種の禁断症状か、中毒にも似た・・・・。 「うん、本当に大丈夫。でも心配してくれるならこうして時々会いに来てくれると嬉しい」 「・・・・・・・・?それは構わないけれど・・・・・」 「どうやら僕には医者よりも君が必要なようだからね」 「・・・・・・・・・・・・・・・?」 「判らなくていい、今はまだ・・・・・ね」 そう言う僕の言葉の真意が全く掴めていない彼は、ただひたすら愛らしいと思えるくらい首を傾いでいた。 願わくばどうかそのまま無垢でいて欲しい。何にも気付かず。幼子のように。 君に中毒を引き起こしてる、そんな無様な僕に気付かないでいてくれ。笑っていてくれ。 「・・・・・それよりそろそろ戻ったらどうだい?皆を待たせてるんじゃないのか?」 「え、ああ!そうだ近くを通りがかって貴方を見かけたから寄ったけど・・・・イライザとか怒ってるかもしれない」 「彼女は少し気が短いからね。それに怒ると怖い」 「ではマスター、怒られる前に戻りましょうか☆」 「あ、ああそうだなピティ。でも・・・・多分怒られるだろうなぁ」 言葉の真意を汲み取られぬように、本当はもっと傍にいて欲しいくせに帰るよう促す。 そうして使い魔と何か楽しそうに話しながら遠ざかっていく細い背中を未練がましく見送り続けた。 視界から完全に彼が消えるとまたぴりりと指先が禁断症状を訴えかけてくる。 しかも今まで以上に強く。 「・・・・・・ほんと、情けないな僕は・・・・」 ―――自嘲染みた小さな呟きは風に溶けて消えた。 fin おお、クレ初登場! でもまた微妙な出来ですね。 頼むからホントやる気出して下さい自分v |
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