知らなかった。
気がつかなかった。
自分の事なのに。



―――その時が来るまで、ずっと・・・・・






新たな風






「大変です!オーディネル卿の部隊が前線で孤立しました!」

サンセールの地下遺跡を探った後、村から出た途端にオーディネル派の兵士から受けた伝令。
もともとオーディネル軍はヴァルカニア軍に比べ、圧倒的に兵力が少ない。いくら将であるアルフォンスが
優秀であろうとも、その兵力差を埋めるのは困難な事であるとは少しでも戦歴を持っている者ならば
誰でも察しのつく事。それでも、彼ならば大丈夫だろうと何気なく、思っていた。それは自分のミス。
傭兵家業を年若いとはいえ何年も続けていたというのに、とクレヴァニールは唇を強く噛み締めた。

やはり、遠回りになっても遺跡巡りを中断してオーディネル軍の、アルフォンスの傘下に入っておくべきで
あったのだと今更ながらに後悔する。自分一人が加わったところで戦況を覆す事など出来やしないだろう
けれど、少なくともアルフォンスの盾になるくらいは出来ただろう。そこまで思ってクレヴァニールは
首を傾ぐ。それは自分がオーディネル兵というよりも将であるアルフォンス個人の身を案じているから。
確かに兵士一人よりも優秀な将軍であるアルフォンスを優遇するのは当然であろうけれど。
しかしきっと自分はアルフォンスがただの一兵卒であっても同じように心配するであろう自覚がある。
おかしな話だ。だが、今はこんなところで呆然としている暇はない。一刻も早く彼を救わなければ。
気づけばクレヴァニールはオーディネル兵が援軍を申し出る前に仲間を引き連れ、前線へと赴いていた。






◆◇◆◇






「将軍!」

ヴァルカニア、そしてその軍門に下ったかつての仲間、ヴァレリーを制して最前線についた時、
アルフォンスは既に敵将であるミュンツァー卿と向かい合っていた。しかも悪い事に敵側の方が兵が多く、
周囲を包囲されている。これでは討ち取られるのは時間の問題。少しでも敵の兵を割けさせるため、
クレヴァニールはわざと大声でアルフォンスに呼びかけ、注意を引き付ける。

「!君たちは・・・!これは心強い援軍だ」

余裕など全くないはずなのに、援軍なんて自分を含むたったの四人なのに。彼は心底嬉しそうに叫んだ。
それだけでクレヴァニールは胸が熱くなるのを感じる。本当に自分たちを信じてくれているのだと。
その言葉だけで、自分は戦う事が出来る。クレヴァニールはアルフォンスを救うため、普段ならばあまり
好まぬ戦いに積極的に取り組んだ。一人でも多くの敵を屠り、少しでもアルフォンスの荷を減らすのだ、と。
今まで以上に慎重に、果敢に、苛烈に指揮を採る。そしてようやくミュンツァー卿とその側近だけを残す
ところまで来ると、クレヴァニールは自分を除く他の仲間に回復と敵の増援の相手を任せ、アルフォンスの間近へと迫る。

「オーディネル卿!」
「・・・クレヴァニール」

アルフォンス側近の兵を守りつつ、声を掛ける。敵の槍を弾き、相手の疲労を誘いつつ、防御に徹する。
本当ならば自分も前に出てアルフォンスと肩を並べて戦いたいが、きっと彼は自分の手で決着をつけたい
だろうから、ただ後方で魔法を唱え、回復、援護に力を注ぐ。そんなクレヴァニールの考えを見透かしたのか
アルフォンスはふわりと一度微笑し。

「ありがとう」

言って先ほど以上に、剣を振るう。それから長い時間鬩ぎあっていたが、実力以上に想いで勝っていたので
あろうアルフォンスに軍配が上がる。ミュンツァーがただただ感服したような瞳で傷口を押さえながら、
銀髪の合間から垣間見える哀しげな琥珀の瞳を見上げていた。

「・・・・・・まさか私を倒すとは」
「・・・・・・・・・ミュンツァー」

ミュンツァーに返す言葉が少し震えている。クレヴァニールはたまらない気持ちになった。
自分も傭兵という身の上、同じ経験を何度もした。つい先ほども。彼を救うためにヴァレリーと戦った。
そしてヴァレリーは今目前で倒れ伏しているミュンツァー卿に心酔している。彼が死ぬ事があれば、きっと
とても悲しむ。こんな時、どうして戦争なんてあるのかと思わずにはいられない。でも、今はアルフォンスの方が
ずっと苦しんでいる。俺はヴァレリーの命を取ったわけじゃない。でも彼は、そうじゃない。まだ微かに
息をしているミュンツァー卿ももう、長くないだろう。その心情を思うと俺も苦しくて仕方ない。やがて、僅かに息を切らし、
ミュンツァー卿の援護をするために来たのだろう、シルヴァネール卿が顔を見せる。
彼女は「この借りは必ず返す」とアルフォンスに向けて言い放ち、ミュンツァー卿と共に離脱していった。







◆◇◆◇







「・・・・・ミュンツァー・・・・・・シルヴァネール」

ぽつり。一人取り残された子供のようにアルフォンスが呟く。彼だってこうなる事を望んでいたわけではない。
本当はヴァルカニアに留まって、圧倒的な力でマーキュレイを制すれば結果的に一番流す血を抑える事が
出来たはずなのだ。それをしなかったのは、旧知の間柄のアリシア姫のためなのだろう。そんな事を
クレヴァニールは、寂しげなアルフォンスの背中を見つめながらに思った。そしてそれを思った途端、
ズキリとさっきとは違う種の痛みが胸を過ぎる。ぎゅうと締め付けられるような、錆びたナイフで切りつけられる
ような鈍くて不快な痛み。息をするのも苦しいくらい。

「・・・・・・・クレヴァニール?」

黙って険しい顔をしたクレヴァニールを不審に思ったのか、アルフォンスは振り返る。
振り返った顔にはもう、痛みの色はなかった。ただ、クレヴァニールに対する心配そうな気遣うような瞳。
それはクレヴァニールを特別な感情で想っているからこその表情なのだが、それを知らないクレヴァニール
本人にとってはそれはアルフォンスの元来持ちえる優しさから来る表情にしか思えなかった。

「・・・・な、んでもない・・・・」
「・・・・・・・・でも、顔色がよくない。疲れたか?」
「本当に、何でも・・・貴方こそ・・・・・辛いだろう」

だから俺の事は気にしないで、とクレヴァニールは告げる。その通りではあったが、クレヴァニールの事の方が
心配であるとどうしたら伝わるのだろう。アルフォンスはほんの少し表情を曇らす。

「・・・・・僕は、確かに今・・・・辛いけれど・・・でもそれ以上に・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・?」
「君が辛そうな事の方が・・・・苦しい」

さらりと暖かで大きな手が緋色の燃え立つような髪を撫でる。そのまま、頬へと手は下り、ほんの少しだけ
色づくそこを柔らかく包んだ。思いもよらぬアルフォンスの行動にクレヴァニールは目を見開く。
黄金の瞳にはその言葉通り辛そうな、しかしどこか切なそうな瞳で自分を見るアルフォンスの姿が映る。
何故そんな瞳で見るのだろう。クレヴァニールは居心地が悪かった。しかしそれ以上にバクバク心臓が
高鳴るのを感じる。何でだろう、必死に考えるが分からない。内心で混乱していると再び、声が落ちて。

「元気を出して・・・なんて僕が言うべきじゃないけど、でも元気を出して欲しい」
「・・・・・・・・アルフォンス」
「僕は、君の笑ってる顔が好きだから。僕を少しでも気遣ってくれるなら・・・・微笑っていて」

そう口にして、アルフォンスは微笑む。その顔を見た瞬間に、クレヴァニールは顔を真っ赤にしてしまった。
心臓が自分のものでないように喚きたてる。そして唐突に理解した。何故、自分はアルフォンスの身だけを
ずっと案じていたのか、アルフォンスが守っているのがアリシア姫だと思うと苦しいのか、何故、自分を見つめて
いると思うと胸が騒ぐのか・・・・・。分かった途端、とても恥ずかしくなり、クレヴァニールは慌てて顔を伏せた。

「・・・・・・クレヴァニール?」
「あ、いや・・・何でも、ない!!」
「何でもないって事はないだろう。いつも落ち着いてる君が・・・・ひょっとして熱でもあるのか?」
「あ、やっ・・・ひゃあ!?」

伏せていた顔を強引に上げられて、その上コツンとクレヴァニールの額にアルフォンスのそれが
触れてきたものだから、当然ながらに細身の肢体は大きく跳ねる。声が裏返ってクレヴァニールは更に
羞恥の念を深めていく。早く離れて欲しくて、押し返してみるが、意外とアルフォンスは力強く、押さえつけ
られてしまう。

「熱はないようだが・・・・やはり少し休んだ方がいいのでは?」
「や、休む、休むから!離してくれ!!」

未だに間近にあるアルフォンスの顔。彼はきっと朴念仁なのだろう。それが想い人であろうとなかろうと
基本的に人の顔が真正面にあるのは緊張するものだ。しかもクレヴァニールはアルフォンスへの想いを
自覚してしまったから尚更緊張する。顔はもう、白い部分が残らぬほど紅く染まっていた。

「そうか、でもここではろくに休む事も・・・・」
「い、いいから!お気遣いなく!!」
「何をそんなに慌ててるんだ、クレヴァニール」
「だから何でもないってー!!」

これ以上、アルフォンスの近くにいるのは心臓に良くないと、慌しくクレヴァニールは踵を返す。
それから少し離れたところで既に休んでいる仲間の元へと戻った。またしてもポツンと取り残される形に
なったアルフォンスは首を傾げ、そして見るものが見れば、しょんぼりと項垂れる犬のような表情で。

「・・・・・・ひょっとして・・・・嫌われちゃったのかなあ」

仲間の元へ去っていたクレヴァニールに向けてか、ただの独白か。どちらともつかぬ呟きを漏らしていた。






◆◇◆◇





「マスター、どうされたんですかぁ?」

アルフォンスの元から帰ってくると使い魔のピティが声を掛けてくる。クレヴァニールは使い魔とその主は
精神を共有しているという事を思い出し、何とか落ち着こうと試みる、が。

「・・・・・・マスター、やっと気づいたんですねえ」
「・・・・・・・・・・・・・・は?」

既に遅かったのか、ピティは普段なら絶対しないにやりという擬音すら聞こえそうな性質の悪い笑みを零すと、
そっとクレヴァニールの耳元へと飛んでいって、囁く。

「私はずっとマスターがアルフォンスさんの事、気にしてたの知ってますよ?」
「・・・・・・・・はあ!??」
「いやー、マスターもようやく自覚されたんですね。よかった、よかった」
「へ、ちょ、ピ、ピティ!??」
「今までは自覚がなかったので、マスターは自分の気持ちを隠さなかった・・・・つまり駄々漏れだったというわけです」
「・・・・・・・・・・・・・・ッ!!???」
「私はいつでもどこでもマスターの味方ですから!協力がご入用の時は遠慮なく言って下さいね!」
「〜〜〜ピティ!!!」

ふわーと上空に飛び立ってしまった自身の使い魔を諌めようとするが、聞く耳持たずといった彼女の態度に
クレヴァニールはそれでも暫くは追い掛け回していたが、やがて無駄な事だと思い、諦めた。
それからずっと前からどうやらあったらしいアルフォンスへの想いに、どうしたものかと深々と息を吐き出す。

「・・・・・・気づかなきゃよかった」

緋色の髪を掻き揚げ、漏らした言葉に返る返事はなく、殺伐とした戦場に。ただ、さあっと。
新しい風が一陣吹きぬける。それは何かの始まりを予感させるには充分すぎるほど爽やかなものだった。






知らなかった。
気がつかなかった。
自分の事なのに。



―――貴方の事が好きなのだと・・・・・・






fin…?




あら、クレさんの仲間が誰も出てこなかったわ(刺)
このままでいくと確実にクリス兄さんの出番がありませんね。
もうアルクレとクリクレ(妙なCP表記だ)は別物にしようと思います。
話とか台詞とかすっかり忘れてしまったのでシナリオコレクション
引っ張って来て書いたのは内緒です(バレてるー!!)

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