人間、【顔】じゃない性格だ。 そんな奇麗事をよく耳にするが。 性格と言うのは図らずも人相に滲み出るものである。 だから、結局は【顔】なのだ。 ならば。 通りがけ、一瞬だけ目にしたとても綺麗に、優しく微笑む燃え立つような赤髪の青年は。 きっととても綺麗な心を持っているのだろう。男なんて興味もないのに、何故か酷く印象に残って。 一方的に見知って、それだけに飽き足らずいつかまた出会えるならいいと身勝手な思いを抱いている。 これは果たして単なる興味か、それとも――― 世界反転 例の事故以来、時折上手く動かない身体を。弟にはそのおかげで妙な柵に縛られずに過ごす理由になると。 笑って告げたものの、どこか心の奥底で重荷に感じていた。だから、最近ではきっと知らず知らずのうちに女性を相手に する事でその暗い暗雲のような心を誤魔化しているのではないかと、そんな事を思う。自分が相手にしてきた女性は それぞれ遊びでなく、本気で平等に愛していたけれど、誰一人として特別に愛した事などない。それはまるで神が 人間に与える愛情のように平らに広く、そんな愛情に女性は皆満足してくれていたけれど、内心自分だけが 取り残されたように、密かに冷めていた。 弟や旧知の仲の者にはそれは本当の愛じゃないと言われる。複数の人間を同時に愛する事など出来やしない、と。 それが例え愛だとしても、相手の女性たちの望む恋愛感情による愛でなく、本当に神のような親のような親愛で あるのだと。想いのベクトルが違えている、そう一蹴されて確かにそうなのかもしれないと思う自分がいる。 相手にした女性の名前を全て言えるし、好きなものも言えるけれど、そんな彼女たちの誰か一人でも頭の中を 占め続ける事などない。口に出してしまえば失礼な話だ。しかし、そこまで思って一人だけいたな、と思う。 女性ではないし、別に好きだと言うわけではないけれど。サウドリックへ向かう途中、アリシアによく似た少年を 伴ってデュルクハイムへと向かっていく一人の青年。本当にただすれ違っただけなのだけれど。供の少年に向けて ふわりと今まで目にした事がないほど綺麗に微笑んだ彼が、あれからもう数日と経っているのに未だに忘れられない。 世の中にはあんなに優しく笑える人間がいるのかとただ驚いて。出来る事なら、またその微笑を、以前よりも 近くで見てみたいとそんな事すら思っている。 「・・・・ただの、好奇心・・・・だよ、な?」 男なんて興味はない。だから、こんな風に名前も知らない青年の事ばかり考えるのは、単に諸国漫遊しているうちに 知識を深めていくのが趣味のようになったのから来る好奇心だと、そう言い聞かせる。大体顔しか知らないんだ。 話した事などないのだから、声も知らないしどんな性格をしているのかも知らない。唯一知っている顔から勝手に こんな性格なんではないかと推測しているだけ。何も知らない相手を、しかも同性に惹かれるほど自分は 女日照りではない。気のせいだと、ふるふる首を振った。そうではないと思い知らされるのはこれより数日後。 イライザへのとある報告を持ってマーキュリアへと足を運んだ時だった。 ◆◇◆◇ 「何だ来客中か」 マーキュリアから出てすぐ東にある旧知の令嬢、イライザの屋敷へとやって来ると山吹色のドレスに身を包んだ 彼女は数人の男女を相手にしていた。誰だと思い、すうと見渡せば見知った顔が三人。自分が声を掛けた紫髪の 一風変わった服装の少女と、アリシアによく似た少年、そして例の緋色の髪の青年。内心、とても驚いていたが、 相手はきっと俺の事など知らない。下手に声を掛けたって不審がられるだけ。だから、少女の方へと挨拶し、 それから時折青年を目に留めながら、イライザへと彼女の故郷がデュルクハイムに制圧された事を報せる。 その際、彼女がとても怯えた風にしていたから、少しでも彼女の事を知っている自分が励ますべきだと、イライザの 客である青年たちを街へと送り出したが、内心イライザを心配する気持ちと青年が気になって仕方ない、そんな どうしようもない気持ちが綯い交ぜになっていた。 「・・・・・・彼らは、何で君のところにいるんだ?」 イライザが元来の気丈さを取り戻し始めた頃、ふとそんな事を問うた。 そうすれば「またフレーネちゃんにちょっかい出す気!?」と怒られた。そうじゃない。少女の事でなく、訊きたいのは 青年の事。しかし自分の事をどうしようもない女タラシと思い込んでいる彼女にとっては、自分は少女の事を気にして いるようにしか映らないのだろう。これではきっと何を尋ねても碌な答えは返ってきそうにない。俺はふうと一息吐く。 イライザに聞けないのなら、自分で直接彼に聞くしかない。そんな事を思っていると、マーキュリアの方から何やら 悲鳴のようなものが聞こえてきて。何かあったのかと剣を握り駆ける。話を聞く前に何かあってたまるかとそんな 事を思いながら・・・・・・。 ◆◇◆◇ 懸命に駆けて、どうやら事は港の方で起こっていると知ってそこへ急ぐが、本当に街の警備係りレベルの 兵士たちでは到底デュルクハイムに適いやしないだろうと思っていたのに、そこは特に荒れた様子もなく、 おまけにデュルクハイム軍の姿も見えず。どうした事かと警備隊長のベイカーへと視線を送れば「もう終わりました」 と嬉々として告げられる。そしてこうも早く片付けられた要因は彼らにあると、例のイライザの客である青年たちを 指し。それを聞いて失礼ながらに意外に思った。何故かと言えば彼らはたった三人。しかも一人は平均的な 女性よりも小柄で華奢な少女。もう一人はまだ碌に筋肉すらついてない年若い少年。唯一、年長な青年だって 一般男子より随分と細身の肢体をしている。そんな彼らにデュルクハイムを相手取るほどの力があるとは、と 驚愕しても別に可笑しくないのではないだろうか。言い訳めいた事を考えつつ、益々青年に興味が沸いて、 片がついたならすぐに戻ろうと思っていたのだが、思わず階段を降りて青年たちの下へと向かっていた。 「・・・・・よくも、無事だったものだ」 「ええ、僕たちはこう見えても傭兵ですから。こういうのには慣れてるんです」 ぽつりと感嘆とも取れる呟きに答えたのは一番年下らしい少年だった。どうやらこの中で一番コミニュケーション 能力が高いのはこの少年のようだ。チラと青年へと視線を向けると、少し戸惑ったような視線を返された。 それから小さく会釈して。どうやら礼儀正しいタイプらしい。品行方正、な弟と少し似たものを感じてうっすらと 笑みを浮かべると青年は一瞬黄金の瞳を見開いて、それから俺が初めて、一方的に彼を見遣った時と同じ、 とても綺麗な微笑を返す。華が咲くようなそれは、目前で見ると自分が思っていた以上に優しくて。 トクリ、悪くなった心臓が小さく疼くのを感じる。 「・・・・わざわざ、走ってきてくれたようなのに、出番を奪ってしまってすまないな」 先ほど来てすぐに、「俺が戦っていればあっという間だったのに」とそんな軽口を叩いた事へ対して言っているのだろう。 聞きようによっては嫌味のように取れる言葉も口調と、そして初めて耳にする穏やかな声音で打ち消される。 微笑み同様、声も所作も傭兵とは思えぬほど優雅で水面のように優しい。男にしておくのは勿体無い、というのが 率直な感想。女であったのなら、何の躊躇いもなく口説きに掛かっているだろう。残念だ。それはともかく。 何か返事を返しておかなければ悪い印象を持たれてしまいそうな気がして、内心慌てつつ、しかし表にはそんな 様子をおくびにも出さずに言う。 「ま、俺の美技をお見せ出来ないのは残念だが。大事がなければいいさ」 肩を大げさに竦めて見せれば青年たちから微かな笑い声が聴こえる。朗らかな、柔らかなそれは。 初めに感じた見た目の印象と変わらぬ内面を映し出していて。本当に彼が女でない事が残念に思える。 「そういう事だから、俺はそろそろ戻るとしよう。君たちも帰った方がいいんじゃないか?」 これ以上、話していると離れがたくなってしまいそうで、クルリと背を向ける。しかし肝心な事を聞き忘れていたので 首だけ振り返って。 「・・・・・ああ、そうだ。名前を聞くのを忘れていた。俺はクリストファー、君たちは?」 何かの縁もあるだろう、言って三人に名を問えば、少女はおずおずと、少年はハキハキと、そして肝心の青年は。 「クレヴァニールだ、よろしくクリストファー」 ふわり、先ほど以上に瞳を細めて、口元には淡やかな微笑。伸ばされた、男にしては随分造作の整った 細い腕を、花香に誘われるが如く受け取る。少しだけ力を入れて握ったそれは見た目の細さに反し、傭兵を やっているだけあって中々堅く、ゴツゴツしていた。それだけ仕事に責任を持って働き続けたのだろう。 決して握り心地は良くない腕だけれど、何故か無性に離す事が勿体無く感じられ、戸惑う。 俺は一体何をしているのだろう。そうも思うけれど、不自然なくらい長く青年、クレヴァニールの腕を 取り続ける。 「・・・・・・あ、の」 流石に、不審に思ったのか今まで特に何も言わずに大人しくしていたクレヴァニールが声を掛けてきた。 それに気づいて俺は漸く、細身の腕を離す。その瞬間、離れる体温が滑稽なほどに寂しく、恋しく感じられ 戸惑いは更に拍車をかけ、果たして自分は女性に誘いを断られた時もこんな思いをしただろうかと考える。 答えは否。俺は来るものは拒まず、去る者は追わない。だから断られても仕方ないと軽く笑っていた。 こんな風に寂しくなる事などなかった。だから、気づく。これはきっと――― ◆◇◆◇ 「すまなかったな、それじゃ、今度こそこれで」 じゃあな、クレヴァニール、そう言うのが精一杯だった。そう言わなければ自分が何をしていたか分かったものじゃない。 足早にイライザの屋敷へと戻る。ツカツカ、靴音を大きく立てて。背後から遠ざかっていく青年の熱に再び、 どうにもならない寂しさが付きまとうけれど、それでも足を止めずに。手に残る、微かな温もりと、目に焼きつけられた 淡やかな微笑を密かに持ち帰って・・・・・・・。 いつまでも、離れないんだ。 優しい微笑、穏やかな声、誇り高き戦士の手の感触。 だから、これはきっと好奇心などではなく――― ―――本当の愛を知らなかった俺の世界は、彼の微笑で反転した。 fin ちょこっと真面目風に。アンケートお礼でギャグとは言わずとも かなりクリスが軟派な感じですので、少しだけ引き締めてみました。 この時のクレは初対面なので控えめですが、クリスに迫られるようになってからは 随分とシビアな性格に変わっていきます(アレ) |
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