最近は、憂えた表情が目立つから。 ほんの少しの休息くらいあったっていいだろうと。 そんな兄貴心を出したのが全ての失敗だった――― クリスさんの長い一日 「おーい、アルフー」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 連日連戦。少ない私兵を指揮して最前線で戦う我が弟君に声を掛けても、最近はすぐに返事が返らない。 いざ戦場となればそんな事は絶対にないのだが。それ以外の時はぼへーっと口から魂でも抜け出てるのではないかと 思わず心配になるほど呆けている。それでも彼は自分と同じく年の頃合は二十五。立派な大人なので放っておいても 平気だろうと思っていたのだが、毎日のように自分の間近で溜息なんぞ吐かれては否が応にも気になってしまうのは致し方の ない事だろう。元より色々と不平や不満を溜め込みやすい性格だ。勤勉で冷静、毅然とした態度で全てを補っていても本来 アイツは指揮官なんて向いてない。士官学校時代はアルフよりも俺の方がロイヤルガードに向いていると言われてたくらいだ。 いくら実力があってもアイツは自分に自信がない。それはリーダーとして不適切。おまけに優しすぎる。口に出す事はないが、 指揮官として敵を屠る事にお綺麗な良心が痛まない筈がなく。きっといつも、一人きりで傷ついているんだろう。 「っかー、だから放っておけないんだよなぁ・・・・」 がりがりと髪を掻き毟って。目前で名を呼んだにも拘らず、琥珀の瞳は虚ろに空を彷徨っている自分と同じ顔した 弟の顔を覗き込む。かなりの至近距離に立ってもアルフは俺の存在に気づかない。おいおい、こんな時敵に襲われでも したら一巻の終わりだろうに。何とか自分に気づかそうと頭へと手を伸ばすがしかし、一度それで頭突きをかまして逆に 痛い目を見た事を思い起こし、慌てて手の位置を軌道修正させる。髪を目指していた手を下げて、顔の中心部である 筋の通った鼻をきゅむと摘んだ。数秒間はそのまま変化がなかったが三十秒ほど経った頃に、漸くアルフの虚ろな 瞳が俺を映し出し、ぱしっと乱暴にならぬ程度の力で手を撥ね退けられた。 「〜〜っ、に、兄さん・・・・何するんだ、苦しいじゃないか!!」 「呼んでも反応返さないお前が悪い」 「へ?兄さん、僕の事呼んでたの・・・・?気づかなかった」 ケホケホと鼻を押さえられていた分、呼吸が乱れたらしいアルフが軽く咽ながら言う。我が弟ながらこういう時は全く二十五の 青年には見えない。ガキの頃と何一つ変わっちゃいない姿がそこにある。思わず笑んだ、可笑しくて。するとアルフは首を傾ぐ。 そんな仕種もまるで子供だ。暫くそうしてクスクス笑っていると流石に痺れを切らしたのか、アルフが声を掛けてきた。 「兄さん、ちょっといつまで笑ってるんだい。それに僕に何か用があったんじゃないの?」 「ん、ああ。ちょっといーい事思いついたんでな、耳貸せアルフ」 「・・・・・・・・・・・いい事?」 「そ、いい事」 ちょいちょいと人差し指を曲げて、呼び寄せればそこは流石に素直な弟君。言われるままに耳を近づける。 そこへ声を落とす。別にそんな事をせずとも、ここはアルフの仮眠所なので他に誰もいないから盗み聞きされる事もないのだが。 まあ、気分だ気分。そのまま内緒話宜しく、用件基い、とある提案を囁く。提案、それは早い話、互いに入れ替わるという事。 「―――と、いう事なんだが、どうする?」 「どうするって・・・・バレちゃわないかな」 「一日くらい平気だろ?それにバレたとしても俺だって兵の指揮は出来る」 「それは知ってるけど・・・・・本当にいいの?」 「おうよ!ちったぁ骨休みしとけ、でないと近いうち倒れるぞお前」 にっと笑いながら言ってやれば。俺がこの目前の瓜二つの弟に弱いように、アルフも兄であるこの俺に弱い。 まあ、兄だとか弟だとか言ったところで双子な訳だが。まあ、それは置いといて、俺にあまり強く出れない素直で従順な弟は 多少、生真面目な良心が痛むようだがコクンと頷く。どうやら交渉は成立のようだ。 「じゃあ、宜しくね、兄さん」 「ああ、任せておけ。お前はしっかり休みを満喫するんだぞ?」 その言葉を皮切りに、俺たちは互いの衣装を取り替える。弟のロイヤルガードの紅蓮の服と、俺の同色のラフなシャツ。 対照的な服はいくら顔が同じとはいえ、取り替えてみると多少違和感がある。それにしても襟が詰まって堅っ苦しい服を着るのも 随分と久しい。首が絞まる服ってのはどうも苦手だ。窮屈な感じがする。アルフの奴、よくこんなもん毎日着てられるな。 こりゃ気づく、気づかない以前に俺が一日しか持たないな、そんな事を思いながら俺の服を纏ったアルフをさっさと仮眠所から 追い立てるように送り出した。 ◆◇◆◇ アルフと入れ替わって数時間。どの兵にバレる事もなく、順調に指揮官を勤める。兵の編成、兵糧の管理共に完璧。 俺も中々捨てたモンじゃないだろう。しかし、普段遊び歩いているだけあって、こう仕事尽くめというのも結構新鮮な ものだな。またこうやってアルフに替わってやってもよさそうだ。そんな事を書記官から手渡された書類に目を遣りながら 考える。ふと、ここで半ば追い出すように見送ったアルフが、人にプレゼントして喜ばれるものって何かな、などと 聞いてきた事を今更ながらに不思議に思う。誰かに贈り物でもする気なのか。俺に聞いてくるという事は大方、相手は 女性かなんかだろう。そう脳内で処理して手にした書類に印を押す。ペタペタ景気よく。単調な作業だが、より綺麗に 押そうとか下らない目標を持つとそんな単調な作業も意外と楽しくなってくるものだ。またペタンと印を押す。真っ赤な印。 何かを思い起こさせる。何だったか。印を押しつつ考える。ああ、そうだ。 「クレヴァニールの髪の色に似てるな」 口に出して漸くしっくりくる。自分の想い人の髪の色もこの印のように鮮やかな緋色。脳裏を過ぎった綺麗な横顔に 思わず笑みを零す。そして、今頃何をしているだろうか、そんな事に思いを巡らせたがしかし。少し嫌な事を思い出した。 そう、弟は控えめで奥手だから何も目立った事をしないのですっかり忘れていたが、あの堅物なアルフォンスも自分と同じく 緋色の髪の青年に想いを寄せていた。そして俺と入れ替わる事で手に入れた休暇に急に贈り物の話など切り出した、 それの意味するところはつまり。 「・・・・・まさかクレヴァニールのとこに行ったのか・・・・・?」 思わず手にした印を取り落としそうになる。ちゃんと掴んだが。ああ、そうだ。戦乱の日々に疲れた男が何を求めるか。 そんなもの決まっている、愛しい人に逢いたいと願うに決まっているだろうが。何故その事に今まで気づかなかったんだ、俺は。 しかもプレゼント持参で逢いに行くなんぞまるでプロポーズでもするかのようだ。いや、まさかそこまではいかないだろう。 何てったってあのアルフだ。こういう事にはさっぱり免疫がないんだ。どうしていいかなんて分からない筈。だからこそ俺に プレゼントしたら喜ばれるものは何か、なんて聞いてきたんだろうし。無難に花がいいんじゃないかと返してやったが。 いくらなんでも男が男に花を貰ってコロッといく訳もないだろう。そこら辺は安心か。いやしかし。自分で入れ替わりを提案した 手前大声では言えないが羨ましい。俺だってクレヴァニールに逢いたい。逢ってハグしたい。そんな事すれば多分殴られる のは分かってはいるけれど。はふうと一息、大きな吐息を吐く。苦しい襟元を緩めながら。 「ま、たった一日だし・・・・・いっか」 そう呟き、仕事を再開する。やってしまった事はもう仕方ないし、アルフじゃ到底、クレヴァニールを落とせやしないだろう。 そう結論付けて。しかし、この時の俺は気づいてなかった。この日入れ替わってしまった事が己にとって取り返しの付かない 大ダメージになる事など。それを知るのは、休暇を満喫したアルフが戻ってくる頃だった――― ◆◇◆◇ 「只今兄さん」 「ん、ああ・・・・お、かえりアルフ」 そろそろ深夜に差し掛かるといった頃合に俺の服を着たアルフが帰ってきた。普通に挨拶しようと思ったが、何か 妙にキラキラしたというかご機嫌オーラに包まれてる彼の姿に思わず声が途切れ途切れになる。つーかごっさ嬉しそう だな、お前。何、その締まりのない顔!?俺が言えた義理じゃないかもしれないが。緩みすぎだろう、頬とか。 それにそのキラキラオーラ、何か俺の肌にグサグサ刺さって痛いんですけど―!!、とは流石に思っても言えない。 故に乾いた笑いで出迎える。脳内では何故アルフがこんなにご機嫌か試行錯誤を繰り返し。しかし、何度それを 行っても辿り着く答えはたった一つ。 「・・・・・・アルフ、お前クレヴァニールに・・・・逢ったのか?」 恐る恐る尋ねれば、キュラっと妙な輝きを放ち子供みたいな表情でアルフは微笑む。うーん、肯定の言葉をしゃきりと 返されるより分かりやすい。ついで、あまり聞きたくはないが気になる事を重ねて問う。 「・・・・・もしかしてプレゼント、したのか」 「うん、兄さんが言ってくれた通り、花をあげたんだ」 「・・・・・・・・・・・よ、喜んでもらえたか?」 「うん、喜んでくれたよとても」 ふんわり微笑みながら言われてマジかよ!?とついつい叫びそうになる。普通、男が男から花貰って喜ぶか!? いや、まあクレヴァニールはちょっといやかなり?普通の青年ではないが。それでも男なら花を貰っても困るのが普通 だと思うのだが。ここまでくると一体何の花を渡したのが気になるのが人情というもの。そういうわけで質問が幾重にも 連なるが、また質す。 「ふ、ふーん・・・そりゃよかったな。で、何の花をやったんだ?」 「曼珠沙華の花だよ」 「・・・・・曼珠沙華ってつまり彼岸花って事だよな。アレって確か・・・・・」 死人華とか言われてるんじゃなかったけか?しかも毒があるとか聞いた気がするんだが。 「・・・・・・何?兄さん」 「いや、曼珠沙華はあまり縁起のいい花じゃないんだぞ、分かってるのか?」 「う・・・ん。知ってるけど、でもクレヴァニールに凄くよく映える花だし、それにお店の人が教えてくれたんだけど 曼珠沙華って別名相思華と言って【想うのはあなたただ一人】って意味があるんだそうだよ?」 それに天上華とも呼ばれているし、と何やらにこにこと説明してくれる。っておい、ちょっと待て。突っ込ませろ。 その意味を聞いてる限り、それって相手が意味さえ知ってればプロポーズも同然じゃないか。何、お前本当にあの超がつくほど 奥手で鈍くて消極的なアルフ君か!??何か俺が乗り移ってんじゃねえのか!??それとも服、服の魔力!?? ああ、突っ込みたい事がありすぎて何も言えん!!悔しい! 「・・・・・兄さん、どうかしたの?」 「いや、それだけにしちゃ随分とご機嫌だなと思ってな・・・・・」 急に話を振られてどうでもいい言葉を紡ぐ。それに対し、アルフは更に嬉しそうな顔をする。それはさながらよくぞ聞いてくれた。 そう言いたげな表情。そして俺は墓穴を掘った気がしてならない。目が遠いところを見る。 「うん、実はその後クレヴァニールと色々お店とか回ったんだ。喫茶店とかも一緒に行ったし」 「・・・・・・・・・・・・・へえ」 それはつまりデートしたという事か。お兄ちゃん泣きそう。 「クレヴァニールの事、色々教えてもらったよ。甘いものが好きだとか、雷が苦手だとか」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・ふーん」 「あと猫が好きだとも言ってたな。それで帰りがけに猫見つけて抱っことかしてたんだけど、その抱っこしてる姿が凄く可愛かったし」 「・・・・・・・・・・・・・・・・ほー(あー、それは俺も見たかった)」 「ちょっとした事でも本当に嬉しそうに笑ってくれるところが本当に可愛くて好きだなあ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 のろけの垂れ流しに知らず知らず返答がぞんざいになる。むしろ俺は今気を失ってしまいたい。他人ののろけほど耐え難い ものなんぞないだろう。それも相手は自分の想い人だ。もしこれをアルフがわざとやっているのであったら、その自分と同じ 造作の顔を力いっぱい殴った挙句、バックドロップを決めてやりたい。まあ、アルフは天然だからやらんが。 ふう、それにしてもコイツは普段殆どしゃべらないくせにのろけに関してはマシンガントークだな。イジメか。俺は泣くぞマジで。 起きてるのか半分寝てるのか分からない俺の状態には気づかず、尚もアルフは今日の出来事をひたすらしゃべっている。 今更だが、聞かなきゃよかったと思う俺はアホなんだろうか。ぎゅうと硬く目を閉じる。 それから数時間、俺はいつかと同じようにアルフの多少妄想入り気味の長ーい、のろけに付き合わされた。 何かもう一生分は聞いた。過酷だった。そしてイジメに限りなく近かった。可愛い弟に軽く殺意を抱いたりもした。 俺は今日より一日を長く感じた日は一度たりとも、ない・・・・・・・。 fin 何というかクリス不幸編? 良かれとやってした事が裏目に出ている兄さん(笑) アルクレにおける兄さんはひたすら可哀想な事になっています。 そして予告とかなり内容が変わってます、アラ。 その手の事はこのサイトでは度々起きますのでお気をつけを(コノヤロウ) |
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