TRAPxTRAP




「よお、クレヴァニール」

休暇中、マーキュリアの街並みを一人歩いていると最近では聞き慣れた、低めの明朗闊達な声が自分を呼ぶ。
瞬間、またか・・・・と思ったものだが、相手をしないわけにもいかず、仕方なしに返事を返す。

「・・・・クリストファー」
「何だ何だ、そのシケた返事は」

溜息混じりの呼び名に返ってくるのは明らかに不満そうな顔と声音。
まあ、そう来るだろうなとは予測していたけれど。ずかずか、こちらに歩み寄ってくるクリストファーに
俺は悪びれた様子もなく、視線を向ける。

「・・・・会う度妙な事を言われれば、こういう態度も取りたくなる」
「妙な事って何だ?」
「・・・・・・自覚、ないのか・・・・・」

はあ、とまた一息。いっそ頭痛すら覚えてしまう。いかにも不思議そうな表情で俺を見遣りながら
クリストファーは更に近づいてくる。・・・・・・寄りすぎだ、お前。

「・・・・近い」
「いやいや、綺麗な顔は間近で拝みたい性質だからな」
「・・・・・・・また、妙な事を言う・・・・」
「ん?何だ、妙な事ってこれの事か」

顔を合わせる度に、逐一まるで女性を口説くかのような、やれ綺麗だの可愛いだの言ってくる男を
軽くねめつける。毎日のように女性を侍らせている彼にとっては既にそれが挨拶のようなものなのかも
しれないが、女の身ならともかく男が言われて気持ちのいい台詞ではない。そこのところを彼はちゃんと
理解しているのかどうか・・・・かなり謎だ。

「俺は素直な気持ちを告げているまでなんだけどな〜」
「・・・・・・・どうだか。むしろ迷惑だ」
「おやおや、つれないなぁ相変わらずお前は」

両手を掲げて首を振る、という随分とオーバーなリアクションを返しつつ、クリストファーはこの程度の
悪口雑言など常の事なので特に消沈する事もなく、マイペースに話を続ける。

「まあ、つれない方が口説き甲斐はあるがな」
「・・・・・・・・・・・下らない事を言うな、疲れる」

本気の割合が強めの冷めた物言いをしてみるが、やはりクリストファーは表情を曇らせる事なく。
むしろ先程より嬉々として口角を上げる。どうも彼は自分とのこういった遣り取りを楽しんでいる節が
あるようだ。こちらとしては迷惑でしかないのだが。

「今度は下らないと来たか。可愛い顔して可愛くない事を言ってくれるな」
「・・・・・・・・・そういう台詞を吐く前に、自分の胸に手を当ててみたらどうだ、クリストファー」
「ん〜?俺の胸もおんなじ事を言ってるけどな〜。ま、そういうとこがまた可愛いんだがv」
「・・・・・次にそれ言ったら殴るからな」

いつも通り、可愛いを連呼する男にふつふつ怒りが込み上げてくるが、相手にしていたらキリがないので
軽く牽制しつつ流す事にする。今更だが、ここに仲間やピティがいなくて良かったと思う。毎度こんな事を
言われてるなんて知れたら恥ずかしくてしょうがない。

「・・・・ふーん、怒った顔も可愛らしいモンだな」
「・・・・・よーし、お前歯ぁ食いしばれ」
「おおっ!?ちょ、クレヴァニールさん?暴力はどうかと思うぞ!!」

まるで学習能力のない男の開け放たれた服の胸倉を掴んで拳を振り上げてみれば、クリストファーは
少しだけ慌てた風に手を上げて「どうどう」などとこちらを宥めるような言葉を吐く。全く、怒らせて
いるのは誰だと思っているんだこの男は。

「人の話を聞いてないお前が悪い」
「いや、俺はちゃーんとお前の言う一言一句聞き逃しちゃいないぞ?ただ本能にはどうしても抗えないんだって!」
「・・・・・・・馬鹿馬鹿しい。大体、男を口説くのは嫌いだったんじゃないのか?」
「ああ、嫌いだ」

未だに胸倉を掴まれたままの状態で、銀髪の男はきっぱりと言い放つ。それに一瞬瞠目する。
何故かと言えば・・・・・

「・・・・・随分矛盾した事を言うじゃないか、クリストファー」
「・・・・・・・・・・ん?」
「今現在、男の俺に口説き紛いな台詞を紡いでいるのは何処のどいつだ?」
「ああ、そういう事か」

ポンと手を打って、さも今気が付いたという感じで、クリストファーは言う。毎度思うがこいつのこの
白々しさはどうにかならないのだろうか。そんな事を思っているとまた頭を悩ませる科白が落とされた。

「俺は確かに男を口説くのは嫌いだが・・・美人を口説くのは好きなんだv」
「・・・・・・・・・・・・・そんな事言われても全く嬉しくない」
「何だよ、誰だってブサイクって言われるより綺麗って言われた方が気分良いだろ?」
「・・・・・まあ、それはそうだが」
「事実、綺麗で美人なんだしお前」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「お、もしや照れてるのかクレヴァニール」

にっこり嬉しそうな顔をする、というかにやける男がムカついたので、パッと掴んだ襟元を離す。
いきなり離されて無防備な肢体は重力に抗う事なく地面にどすんと落ちた。ざまあみろ。

「いってぇ。急に離すなよ・・・・・」
「馬鹿な事ばかり言うからだ」
「なーんで信じてくれないかねぇ」

アルフには素直なくせに、とどこか拗ねた風に口にして、パンパンと服についた泥を落としつつ、
クリストファーは立ち上がった。

「アルフォンスは、お前と違っていい人だからな」
「あっ?聞き捨てならないな。俺だってめちゃめちゃいい人じゃないか」
「本当にいい人は自分でそんな事言わない」

呆れて物も言えなくなりそうだが、しかしそれはそれでクリストファーらしいとは思う。いつだって自信家で
ふてぶてしく、多少軽いがかなりの実力もあってなかなかに真面目な一面もある事は知っている。
だから、何だかんだで憎めない。妙な事さえ言ってこなければ、かなり好きな部類に入る奴だとも思う。

「・・・・・全く、俺をからかって何が楽しいんだか」
「だから、からかってなんぞいないんだが」
「そういう事は、もっと信用ある人間が言うべきだ」
「おや、俺はお前にはそれなりに信用されてると思ったんだが・・・・」

違うのか?言って今まで見せた事のないような、とても寂しげで見ようによっては悲しげな表情を
垣間見せるクリストファー。急に雰囲気が変わって動揺してしまう。

「あ、いや・・・その・・・・・」
「俺はいつもお前を信じている。でも、お前は俺を全く信用してくれてないのか・・・?」
「く、クリストファー・・・・・」
「名前も・・・愛称でいいと言ってるのに、相変わらずクリストファーだし・・・」
「・・・・・・・・・・うっ」

表情を変えず、少し俯き加減で痛いところを突いてくる、今は自分の目線より下にある銀髪を見下ろす。
いつも軽い雰囲気で話しかけてくるので、こういう態度を取られてしまうと慣れていないだけに戸惑う。
それに、軽い軽いと思っているものの、この男がこういう風に項垂れている姿を見るのはあまり好ましくない。
常のように馬鹿みたいに笑って、軽口を叩いている方がずっと良いとすら思えてしまう。だから。

「すまない、・・・・・クリス」

存分に謝罪の意味を込め、初めて彼を愛称で呼ぶ。しかし何の反応も返らない。焦って、どんどん下を
向くクリスを今よりも近くで覗き込もうとするとフルフル、小さく肩が震えている事に気づく。初めは泣いて
いるのかと思ったが、クツクツ咽喉が鳴る音が聞こえ、眉根に皺を寄せた。

「・・・・・ッ、クリス!!」
「・・・・・ふ、くくっ」
「お前、俺を謀ったな!!」
「ち、ちが・・・・ああでも・・・・クククッ」

悲しんでいるかと思えば、大いに楽しそうに笑っている男に頭が来て怒鳴りつければ、更に笑みを深め。
その事に更に文句を言ってやろうと思えば、ぎゅうと抱きしめられる。

「・・・・・クリス!?」
「別に、な。悪気があった訳じゃなくてただ、嬉しかったから笑ったんだ」
「はあ?」
「クリスって呼んでくれたろう?」
「・・・・・・だ、それは!!」
「・・・・・・・凄く嬉しい」

抱く腕に足される強さ。しっとりと、本当に嬉しそうに囁かれる言葉に我知らず、数度体温が上昇するのを
感じる。鼓動も僅かばかり早まっているかもしれない。そう実感するとますます恥ずかしくて顔が赤くなってしまう。
そんな事をすれば自分を腕に閉じ込めるこの男が喜ぶだけだと分かっているのに。

「・・・・・案外、期待しても良さそうだな」
「なっ、馬鹿じゃないのか!?」
「そうだな。恋する男は皆馬鹿になるのさ」
「〜〜〜こんの大バカヤロウ!!」

盛大に叫んでも、頬を深紅に染めていては逆効果。そうして頻りに笑いながら、ずっと俺を抱き続ける
クリスに最早何を言っても無駄か、と最終的に諦める事にした。きっと今後は今まで以上に妙な事を
言ってくるだろうけれど、しかしどうやらそれは本気らしいので好きにさせておこうと思う。結局、俺は
こいつを嫌いじゃないんだ。むしろ結構・・・・・

「好きなのかもなあ・・・・・」
「ん?何か言ったかクレヴァニール」
「な ん に も!!」

思わず呟いた台詞が危うくクリスの耳に入ってしまいそうになり、とっさに不機嫌を装う。
そうしてどんどんクリスの思惑に嵌まって入ってしまった俺が、彼に落とされるのはこれより少し後の事。





fin



すみません、お礼がこんな駄文なんて・・・・!!
クリクレなんて初めて書いたので色々勝手が掴めなかったのです(T□T)
す、少しでも何かの足しになって頂ければいいんですが・・・・ならないです・・・・よね?
・・・・・・・修行して参ります(何処にだ)

Back