ガチャン 不吉な音が響くと同時、俺の背後であ〜あ、と他人事のように肩を竦めるクリストファーと ビキビキと青筋を立てる、それこそ鬼なんじゃないかと思うほど怖い顔をしたイライザが立っていて、 俺は彫像のように、見事に凍りついた。 Deceiving attacking 「ほ、本当にすまなかった、イライザ!」 床に頭を打ちつけるが如き勢いで、腕を組んで仁王立ちする館の主に土下座をする。 しかし何の応えも返ってこない。そぉっと視線を上げた。いや、上げようとした。が、ドスンと目前に 振ってきたイライザの武器であるスピアに思わず本日二度目の硬直をする。 「・・・・・・い、イライザ・・・・さん?いや、イライザ様?」 毒を垂れ流されるような冷たく重い雰囲気に気圧されながら、それでも何とか機嫌を伺おうとする。 まあ、伺いなんてしなくたって最悪、なのは確実だろうが。震えそうになる身体を何とか押さえ込んでいると スラリとイライザは静かに床に突き立てたスピアを抜いた。 「・・・・・クレヴァニール、貴方が割った花瓶、すっごーく値打ちモノだって知ってるわよね?」 「あ、ああ。本当にすまなか・・・」 「謝って済むと思って?」 声の響きにドスが入ったのが分かる。一瞬、彼女は本当にお嬢様なのだろうかと疑ってしまった。 そんな物思いが知れてしまったのかイライザの眉間に更に深い皺が刻まれる。俺は再度土下座した。 「す、すまない。代わりに何でもするからっ!」 「・・・・・・・・・・・聞いた、クリス」 「しかと」 「・・・・・・・・・・・・・え?」 「じゃあ、何でもやって頂きましょうか、クレヴァニール・・・?」 今まで黙って突っ立ていたクリストファーも加わり、俺は二つの視線に閉じ込められる。 どちらも口元に妙な笑いを浮かべていて、ブチ切れているよりはっきり言って怖い。嫌な予感が心身を襲った。 そして同時に腹が立つ。何故かといえば、俺がイライザの大事にしている花瓶を割った原因に大きく 関係しているのがクリストファーだからだ。それがしれっとした顔で何故か俺を責め立てる側にいる。 腹が立たない方がおかしいのではないだろうか。 「ちょ、ちょっと待て。イライザにそう言われるのは仕方ないとして何故クリストファーも混じってるんだ!?」 「そりゃあオレが割ったわけじゃないし?」 「だが、俺が花瓶を割った原因は大いにお前に・・・・」 「あら、クレヴァニール。まさか言い訳するわけじゃないでしょうね。ここに来て」 「・・・・・・・・・・・え、いやその・・・・」 コツリと高い長靴の足音を響かせてイライザが一歩前に出てくる。もちろん、腕を組んだまま。 じりじり歩み寄られて、俺はまるでライオンに追い詰められたうさぎのような心境になってしまう。我知らず、 目が泳ぐ。しかし、目を逸らそうとすれば「クレヴァニール・・・?」と低い声で呼ばれ、結局前を向かねばならない。 「クレヴァニール・・・確かに貴方が花瓶を割った原因はクリスにあるかもしれないわ。でも」 「・・・・・・・・・で、でも・・・・?」 「原因を作ったのはクリスだとしても、事実割ったのは誰かしら・・・・?」 何とも言えない微笑で責められる。そして確かに原因を作ったのはクリストファーにしろ、花瓶を割ったのは 俺に他ならない。故に何も言い返す事が出来ず。俺は観念した。 「・・・・・もう、好きにして下さい」 そんな非常に情けない声が床にまだ欠片の散乱している広い回廊に小さく響いた。 ◆◇◇◆ 「・・・・・・で、何でこうなるんだ」 本当に、贖罪になるというのなら、何でもやろうという意気込みはあった。 しかし、今させられている格好を思えばそうもいかない。あの後、パンパンと両手を打ち鳴らしたイライザの 合図でクリストファー、それにイライザの屋敷の執事であるレヴァンさんに俺の姉であるレジーナまで加わって 羽交い絞めにされたかと思うと、ズルズルとイライザに命じられるままにある店まで引っ張って行かれた。 どんな店かといえば、今現在俺がいる場所。最近自分の領地である『シア』に出来た一軒のカフェ。 ここの店は紅茶、珈琲の味が絶品なのともう一つ。メイド姿の女給さんが名物の店だ。ここまでいえば俺の身に 何が起きているか何となく察する者もいるだろう。 「いや〜、かーわいいなクレちゃんv」 「なっ、誰が可愛い上にクレちゃんだ!!」 「誰ってお前以外に誰がいるんだクレヴァニール」 「そういうお前は何でここにいるんだ、クリストファー?」 優雅に、足を組んでカフェ内の一席に座ってこちらを楽しそうに見遣っている男に問えば、 ひらひらと手を振られる。いつも思うがコイツは本当に人の話を聞いていない。本当、腹の立つ男だ。 「・・・・だから!何でいるんだお前は!」 「あー、イライザに逃げないよう見張っとけって言われてるんだがな」 「・・・・な、それでなんでお前が見張りなんだ」 「いやあ、クレヴァニールの可憐な勇姿を是非とも拝んでいたくてなあ、立候補してみたv」 「すんな!」 あまりの事に思わず怒鳴れば、シンとカフェ一体が静まり返る。客や他の女給さんたちの視線が痛い。 誤魔化すように曖昧に笑った。そうすれば興味をなくしたのか各々先ほどの状態に戻る。それを見届けてから 俺は俺が注目される原因を作ってくれたクリストファーへと向き直った。 「もう、いいから帰れお前」 「そういうわけにはいかんだろう?いやあ、それにしてもメイド服似合うなクレヴァニール。家でも働くかあ?」 「・・・・・次それ言ってみろ。顔の原型が分からなくなるほど殴ってやるからな」 「わあ、怖い。オレ顔が売りなんだからやめてくれよクレちゃんv」 「・・・・・・・だからクレちゃん言うなと言ってるだろう!」 先ほどの件から学習して少し抑えた声で怒鳴りつけるがクリストファーは全く堪えない。 ちなみにもう分かっていると思うが。俺はイライザの花瓶を割った罰として、このメイドが売りなカフェにて メイドの格好でバイトさせられている。もちろん、旅に戻るまでの休暇の間だけ。でなきゃ困る。 白のカットシャツの上に漆黒のフリルスカートを履き、更にその上に白のエプロン、下には黒タイツに黒のブーツを 履かせられ、それだけでは男だと分かってしまうのでご丁寧な事に清楚感を漂わせる緩い三つ編みのウィッグと レジーナが嬉々として行ったメイクで、クリストファー曰く完璧なメイドさんルック、らしい。 ちなみに何故罰ゲーム?がメイドさんの格好でアルバイトなのかといえば、最近イライザの始めた何でも屋の依頼で 出来立てで人員不足な店の女給を手伝って欲しい、というものがあったかららしい。そんな事、頼まれたイライザが やればいいのにと思う事だが、プライド高い彼女はどうしても自分より身分の低い証である使用人の服だけは 着たくなかったようで、丁度いいとばかりに俺に回ってきてしまったのだった。俺にとっては迷惑な話でしかないが。 「はあ、でもなあやっぱり納得いかないよな・・・」 「まだ言ってるのか?いいじゃないか似合ってるんだし。似合ってなかったらそりゃ嫌だろうけどさ」 「・・・・・だったらお前が代わりにやったらどうだ?お前も女顔なんだ、似合わない事はないと思うが?」 「冗談。女の子は好きだけど、だからって女性の格好するのは御免だね」 「お前・・・。大体、お前が悪いんだぞ。花瓶割ったのだって・・・・」 本当に思い出しても腹が立つ。俺がこんな格好しなきゃならないのは、こいつがわざわざイライザの 屋敷にまで遊びに来た挙句、いつものようにしつこく付きまとってきたからだというのに。 どんなについてくるなと言ってもついてくるし、終いには抱きついてきて。あまりの煩わしさに腕を振って 払いのけようとしたその瞬間。へらへらしてるくせに妙に動体視力がよく、身のこなしの軽いヤツが 腕を避けるから、本当はクリストファーに当たって止まる筈だったそれが廊下に飾られた花瓶に勢い余って ヒットして・・・・ガシャンと割れてしまったわけだ。まあ、室内だという事を考えていなかった俺も悪いが、 大部分はクリストファーが悪いと思う。絶対。 「ったく、後で覚えてろよクリストファー」 「そーんな可愛い格好で凄まれても怖くないぞクレヴァニール」 「貴様、また可愛いって言ったな。本当に殴るからなっ」 「おいおい、いいのか?今お前は店員でオレはお客様だぞ?」 例え非が此方にあったとしても立場が悪いのはお前の方じゃないのか〜?とにやついた顔で言われれば いっそある種の殺意すら沸いてくる。しかし、「注文お願いしまーす」と声を掛けられてしまえば雇われの身としては そちらを優先するほかない。クリストファーをギッと睨みつけて俺は注文を取りに行こうと長いドレスの裾を 翻して向き直り、自分を呼ぶ別の客の方へ行こうとすればクンと腕を引かれた。 「・・・・わっ」 「まあ、本当に、そう怒るな。可愛いのは確かなんだから、さ」 「み、耳元で戯言を垂れるな、ばか」 「そりゃ酷い、本気なのに」 急に後ろから引き寄せてきたクリストファーに、耳へといつものような恐らく口説き文句を囁かれて、その吐息で 身体がざわつき、思わずうろたえてしまう。息が触れた左耳を押さえながら文句を言って、逃げるように先ほどの 注文を取りにいく。スカートがヒラヒラして歩きにくい上、足元がスースーして気持ち悪いが、ちゃんと働かねば イライザに怒られる。それだけは嫌だと俺はあくせく働いた。それにしても。長らく傭兵なんてやっていたから、 こういう仕事は生まれて初めてだが、格好さえ気にしなければ注文を聞いて、品物を運ぶという割と単調な仕事も なかなか楽しいものだ。おまけに色んな事を考える暇もないほど忙しいというのにも救われる。ここが人気店だというのは 確かなようだ。しかし、である。仕事が波に乗って楽しいと思い出した直後、楽しくない事が待っていた。 「お姉さん、可愛いねえ。これから暇?」 注文を取りに行った席にて、これまた生まれて初めてな経験・・・でもないが、男に軟派されてしまった。 どうやらメイドさん目当ての男性客の一人のようで、しかも何だか悪そうな雰囲気が漂っている。とはいえ、俺は先ず お姉さんじゃない。どっかのバカみたいにそれでもいいなんて言われたら面倒だが。ここは正体をバラしてしまった方が この人のためなんだろうか。いやしかし、正体をバラして騙された!!などと騒がれてもそれはそれで困る。 第一は恥ずかしい。そして第二に男だとバレたら恐らくクビだ。三日間だけの仕事とはいえ、途中でクビになどなろうものなら イライザにどやされる。彼女はまだ駆け出しの何でも屋だ。仕事を選んでいる暇もない。どんな些細な依頼でも 受けねばならないし、成功させねば報酬はもらえないし、おまけに悪い評判が立つ。それは避けねばならない。 ではどうやって断るか、を考える。普通に断ってしまった方がいいんだろうか。いつもクリストファーにするように。 「・・・・・申し訳ありませんが、まだ仕事がありますので」 「いいじゃないか、クビになってもこの程度のバイトならすぐ見つかるだろう?」 「いえ、そういうわけには行きませんので。それよりもご注文を・・・・」 しつこいな、と思いつつもなるべく平静を保って告げた言葉に、半ば予想していた事だがいい反応は返ってこない。 それどころか、強引に腕を掴まれた。 「・・・・・ッ!」 しかし。それ以上の事をされる前に背後から現れた人物の背へと庇われてしまった。 「あ、クリストファー・・・・」 「困るねえ、お兄さん。他人の彼女に手を出しちゃ」 「は、お前何言っ・・・・・むぐっ」 勝手に彼女呼ばわりされた事に文句を言おうとすれば、それより前にクリストファーに口を塞がれる。 うーうー唸りながら足掻いてみるがびくともしない。普段飄々としているくせに、こいつは本気を出せば俺より 力が強い。それを改めて思い知らされる。そしてそんな啖呵をきった男の横顔を見遣れば、珍しく真顔。 俺の腕を掴んだ客を本当に殺気の篭もった瞳で睨み据えている。 「これ以上彼女に何かするようだったらオーディネル家の全ての力で以ってお前を潰すからな」 「げっ、オーディネル家ってあのオーディネルか!?冗談じゃない。もう何もしないって」 「そうか、ならいいけど。まあ、次はないと思えよ」 最後にしっかり牽制して、クリストファーは俺を抱えたまま後退する。珍しく、こいつの裏の顔を見てしまった 気がする。ちゃんとしていれば、確かに他人が言うとおりいい男、なんだろう、一応。だからって口説きに 乗ってやったりはしないが。 「・・・・おい、クリストファーいい加減に離せ、仕事が出来ん」 「ああ、もういいぞ仕事しなくて」 「はあ!?」 「あ、何だもしかしてお前気づいてないのか?実はお前が割った花瓶って複製のやっすいやつなんだぞ?」 「・・・・・・・・・・・・・・え?」 ずるずると引き摺ったまま言ったクリストファーの言葉に耳を疑う。それは今までの自分の働きも恥も 全く意味もないといわれたも同然だからだ。だから、半ば責めるように聞き返す。 「それはつまり・・・・どういう事だ」 「だから、お前はイライザに騙されたんだよ」 「・・・・・・・・・・・・は?!」 「お前が割った花瓶は真っ赤な偽物。その辺で200RILくらいで売られてるようなやつ。大事なモンのわけがない」 「だって、じゃあ・・・・なんであんなに怒って・・・・・・」 「それはフェイクって事だ。ちょっとした彼女の悪戯心っていうのか?いっつもクールなお前の慌てた姿が見たかったんだと」 可愛い悪戯だ、怒ってやるなよ?とクリストファーは言いながら俺を抱えて、店を出る。店長にものすごい 愛想笑いをしながら。そしてその笑みを向けられた店長は俺を何処か気の毒そうに見ている。という事は、だ。 恐らくこの店の店長もイライザのグルだったという事か。 「・・・・・・・・皆して俺を騙したのか」 「そりゃ人聞きの悪い。ああ、あと女給が不足してるってのは本当だったんだぞ。人手が欲しいって言ってたのも事実だ」 「・・・・・・・じゃあ、どうするんだ。あのカフェ、大変じゃないのか?」 「ああ、それは大丈夫。俺が後で何人かバイトちゃん捕まえてくるから」 「・・・・・・・・・・・・軟派でか」 「そう、軟派で。これでもオレ、もてるからな」 「自分で言うな」 「本当にお前は厳しいな」 小憎らしい笑みを乗せるクリストファーを睨みつけるが、やはりというか全く気にしない。もう、罵詈雑言の類に 免疫が出来てしまっているようだ。それはそれで色々失敗した。しかし軟派で思い出す。 「ああ、そういえば。さっきは一応有難う」 「・・・・・・・・・・・・・は?」 「だから、・・・・・軟派・・・・っていうのか?庇ってくれただろ」 「ああ、それか。気にするな。レディが困っていたら助けるのは当然の事だ」 「誰がレディだ、馬鹿」 「だったら、お前が困ってたら助けるのは当然、に言い直そう」 「・・・・・・・・・・・・・・」 妙に神妙な声で言い直された言葉に、何故かほんの少しだけ、心臓が跳ねた。らしくない事を、言われたからか。 それともヤツの顔がいつにも増して凛としているからか。それとも、そのどちらでもないのか。まあ、どうでもいいけど。 「・・・・・・・・・何だ、オレの顔に何かついてるか?」 「・・・・・・・は?」 「さっきからずっと見てるじゃないか。あ、もしかしてあれか、見惚れてたのかクレヴァニール?」 「馬鹿は休みに休んだ上に俺以外の前で言え」 「キッツいな。いや、でもそれがお前なりの愛の形だって分かってるよ」 「殴るぞ?」 「やめろって、男前が崩れるじゃないか。大体、今はお前、可愛いメイドさんなんだからよせよ」 「可愛いは余計だ・・・・・・お前と話してると疲れるな」 「そうか?オレはお前と話してると楽しいけどな」 「・・・・・・・・ああそう」 がっしりと抱えられている腕を何とか外して脱出すると、いつものように憎まれ口を叩いて離れる。 クリストファーはそんな俺の後ろをついてきながら、いつものように「置いてくなよー」などとだらしない声を上げる。 ただ、いつもと違う事といえば、一つは俺がメイド衣装である事。そしてもう一つは。 何だか知らんが、ヤツの言葉で顔に熱が篭もってしょうがないという事だ。 その理由に、何となく見当はついている。それは分かってる。でも、まだまだ認めてなんかやらない。 もっともっと先でいい。もっともっと――― それから、今回の礼はきっちりイライザに返してやらないとな、とこっそり俺の後ろを歩くクリストファーの姿を 目に留めながら、俺は笑った。 fin 女装・・・・女装?イライザがむちゃくちゃ怖いなと後で思いました(笑) でもこの後に彼女はものすっごい勢いでクレに怒られます。悪戯も程ほどに。 そしてクリスは店員さんを集める為に公認軟派をしにいきます(オイ) メイド服はこの後どうなるんでしょうね〜(やりっぱなしかい) |
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