いつもいつも、手を伸ばすのに。
それは風のように指をすり抜け、雲のように掴めない。


―――けれど諦めようとは、思わない。







雲追い人









「お兄さん♪お暇?」

それはまさしく偶然に。通りがけに燃えるような、緋色の髪を見かけて条件反射で声を掛けた。背後から。
そしていつものように何処か億劫そうにその人物は振り返る。色白の綺麗な女顔に一目で分かるほど
はっきりと「面倒くさい」という文字を大々的に掲げて。もう慣れたからショックなんて受けてやらないけれども。
腰に手を当てて、お決まりのポーズで笑って躱せば、溜息を吐きながら赤髪の青年は眉間に皺寄せて、言う。

「誰がお兄さんだ。自分の年を考えて物を言ったらどうだ、クリストファー」
「久しぶりに会ったっていうのに相変わらずきっつい事言うなクレヴァニール」
「・・・・・優しくされたかったらまともな声の掛け方をするんだな」

阿呆、と年下である事を感じさせぬ口調でクレヴァニールは言ってくれる。自分にこんな風に接してくれるのは
ディアーナとイライザ、そして彼くらいだ。会うたび会うたびこんな全く成長しない遣り取りをしているが、
面倒がってはいるもののちゃんと相手はしてくれるのだからそんなに嫌われているわけではないと思っている。
本人に聞いた事はないから、その辺はよく分からぬが。まあ、聞いたところで「馬鹿か?」とでも言われて
お終いだろうとはこれまでの経験で容易に推測は出来たりする。それにしても自分で言ってて少し空しくなってきた。

空しさから逃れるように顔を逸らして何気なく空を見上げる。別に見るものは空でなくともよかった。
ただ、遠くを見たかっただけだから。けれど、そうして偶々見上げた青空に浮かぶ真っ白い雲を目にすると、
何かちゃんと意味がある事のようなそんな気がする。次いで無意識に風に流されていくそれに向けて自分の腕を伸ばした。

「・・・・・・?何やってるんだ」
「・・・・・・・・・んー、いや何となく?」
「お前はただ何となくでいきなり腕を上げたりするのか?」
「あー、じゃなくて・・・・・空を見て、雲を見たら・・・・何故か勝手に身体がな・・・・」

動いていしまったんだ、と。苦笑混じりに答えれば、てっきり呆れられるか笑われるかすると思ったのに、
クレヴァニールは綺麗な琥珀の瞳を自分と同じように空へと向けて「そうか」と一つ頷いただけだった。とんだ拍子抜けに
思わず口が開く。じっと上を向いている高い鼻梁が窺える綺麗な横顔を見つめる。不必要なくらい熱を込めて
見ているというのにクレヴァニールは気づいた様子もなく、ただ空を見上げていた。そして不意にポツリと声を漏らす。

「まあ、雲を掴んでみたいって気持ちは分かるかな・・・・」
「・・・・・・へえ、お前が?なんか意外だな」
「そう、か?小さい頃は兄さんと並んでよく手を伸ばしたけどな」
「・・・・・・・・・兄貴が・・・いるのか?初めて聞いたな」
「・・・・いや・・もう、いないけどな」

もういないというのは、この戦乱の世の中で意味するところは恐らく死別、だろう。何処にでも転がっている話だ。
それでも物憂げなクレヴァニールの顔を見ていれば、自分の事のように胸が痛む。もし、自分もアルフを失えば、悲しい
なんて言葉で言い表しきれないほど悲しい。悪い事を聞いてしまったなと思う。けれど、謝るのは何か違う気もする。
どうすればいいのだろうと黙っていると、不意にクレヴァニールが先ほど自分がしたように空に、否雲に向かって
手を伸ばした。それはまるで雲に何かを重ねて切望するように。

「・・・・・空も、雲も遠いな」
「・・・・・・・・・会いたいのか?」
「・・・・・・・誰に」
「・・・・・・兄貴に」
「・・・・・・・・・・そうだな、会えるものならな。けど、会えるわけもない」

言いたい事が、たくさんあったのにと寂しげに囁いてクレヴァニールは掲げた真っ白い手をゆっくり下ろした。
思いを、諦めたとでも言いたげに。いつもの、彼らしくない。いつもの彼なら無理だと分かっている事でも努力せぬうちに
諦めたりなんてしない。周りが止めたって前進し続けるだろう。だから。

「・・・・・・そういうの、お前らしくないぞ」
「・・・・・・・・・?何がだ?」
「いつものお前は、例え不可能な事でももっとどっしり構えてるはずだ」
「・・・・だって仕方ないだろう。現世で故人に会う事は不可能だ」
「・・・・そうかな。案外お前が思ってるよりも遥かに近くで見守ってるかもしれないぞ。
後はお前次第じゃないのか。本当に、切に会いたいと思うなら、絶対会えると思うけどな、俺は」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

あまり他人の事情に口出しするのは好まないというのに、口が動いていた。どうにもらしくない彼を見るのが嫌だった。
悲しげな彼を放っておくのが嫌だった。雲は掴めないとはっきり断定されてしまうのが嫌だった。自分の彼への思いも
否定されたような気がして。風に乗って流れる雲のように自由で雄大な彼をひたすら追いかける自分の行為は全て
無駄だと言い切られたような気がして。口を挟まずにはいられなかった。すると。

「・・・・・お前は、兄さんがすぐ近くにいると思うかクリストファー?」
「いるだろ。お前が兄貴の事を大事に思ってるんなら、当然」
「・・・・・・・・見守って、くれてるのかな。だったら・・・・嬉しいな」
「・・・・俺がお前の兄貴の立場だったら絶対、傍にいる・・・お前は何だか放っておけないからな」
「何だそれは。・・・・・でも、一応礼を言っとく。有難うクリストファー」

はにかんだ笑みで返してくれるから、得したような気になる。それほど笑った彼の顔は綺麗だから。
滅多に笑いかけてくれないっていうのもあるけど。あ、またヘコんだ。それはともかく。綺麗な微笑を真正面という
特等席で拝んで気をよくした俺はついでに鈍い想い人に宣戦布告する事にした。

「なあ、クレヴァニール。礼を貰いついでに言っておきたい事がある」
「・・・・・・・・・何だよ、改まって」
「・・・・・俺も、どんなに困難でも雲を掴んでみせるぞ」
「・・・・・・・・俺もって、何だ」
「お前は、兄貴って言う雲を手にしてる。だから俺は、お前と言う雲を必ず掴んでみせる」
「・・・・・・・・・はあ?」
「絶対だからな、覚悟しておけよ?」
「・・・・・・・・馬鹿馬鹿しい」

結構、本気で言ったのに相変わらずクレヴァニールは綺麗さっぱり、いっそすがすがしいほど無視してくれる。
本当につれないな。それがまた、いいところだとは思うが。とはいえ、偶にはもう少し優しい言葉をかけてくれても
いいようなものだ。眉を顰めて少しだけ拗ねてみる。そうすればクレヴァニールは大きく溜息を吐いて。

「・・・・・馬鹿馬鹿しい・・・・が、まあいいだろう。やってみろ」
「・・・・・・・・・は?」
「俺を、掴めるかどうかやってみろ。それこそ雲のようにそう簡単には掴まってやらないけどな」

ニッと、先ほどとは違う類の笑みを口元に履き、クレヴァニールは自信ありげに俺を見上げる。
負けじと俺も笑った。出来うる限り、不敵に。

「・・・・上等だ」

腹に力を込めて告げた言葉には、二人分の笑い声が返ってきた。雲は案外、そう遠くないのかもしれない。





fin…?





えー、クリクレだと言い張ります(お前)
時期はブリュンティールの死後でありまだアルフォンスが生きてる頃になりますか。
何となくクリスとは喧嘩ではないにしろ、あまり甘くなりすぎず友達感覚な会話が
好きです。言いたい事をずばずば言い合えるというか。でも基本的に
立場が弱いのはクリスですね(哀れ)恐妻、かかあ天下万歳!(おい)
・・・・・・・にしても短いな。アレ??


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