『あの人、嫌いです』

ノーストール遺跡裏でグランゲイル軍の大尉、ギャリックと衝突したファニルが漏らした一言。
滅多に誰かを悪く言う事のない彼女の台詞だったからか、妙に俺の耳には残っていた。
いや、それだけじゃない・・・のかも、しれない。
――――多分、俺は・・・・・・



嫌いになれない理由





忙しい日々を駆け巡って、漸く一心地ついた頃。休暇を貰った俺は妖精コンテストに熱意を燃やすコリンの
トレーニングのためにグランゲイル王国のゼルドックを訪れていた。過去の行いから、この街は平和維持軍に
対して風当たりが強いけれど、それも仕方のない事だとは思っている。俺も維持軍の所属だけど、急遽
入隊した事もあり制服を着てないせいか、それとも珍しい妖精を連れているせいか他の維持軍の人よりは
辛く当たられる事もなかった。

通り過ぎる人々に軽く会釈しながら妖精コンテスト会場のある宿屋を目指している最中、俺の目前を
飛んでいたコリンが急に声を上げた。小さな身体に不釣合いな大きな声に驚き、思わず足を止め、上を見る。
淡く碧い光の珠へと視線を向ければ、細い首が振り返って言う。

「ゼオンシルト、隠れて!」
「え?」
「いいから早く!もたもたしないの!」

妙に慌てた声音に促され、訳が分からずとも近くの物陰へと身を隠す。地面に片膝着いて再びコリンを仰ぎ見る。
視線に気づいたのかふわりとコリンは俺の眼前へと舞い降りてきた。急に視界を占める存在にパチパチと瞬きを
繰り返していると、髪の一筋を小さな手によって引っ張られる。

「痛っ、何コリン?」
「何、じゃなーい。アンタってば本当にぽけーとしてるんだから。おかげで見つかっちゃうとこだったでしょ」
「見つかるって・・・誰に?」

質しつつも物陰から頭を出して先ほどコリンが見ていた方を見遣る。そうすれば、大股に闊歩している一人の
青年の姿が映った。紅いマントの下に白と黒の制服を纏ったグランゲイル軍の将校――ギャリック大尉。
彼を見つけて漸くコリンが隠れろと言った意味が判った。けれど。

「何も隠れる事ないじゃないか」
「だぁって、あの人アタシたちに会う度怒るじゃない。触らぬ神に祟りなし!」
「それはそうだけど。でも・・・・」

俺はあの人、そんなに嫌いじゃないんだけどなと続けたかったのだが、睨みつけてくる赤紫の瞳にそれは
憚られた。大体何故、と訊かれたらその理由を答えられそうにない。自分でも分からないのだから。出くわす度に
あからさまに嫌そうな顔を向ける人を嫌いだと思えない理由なんて。そんな事を考えていたら、いつの間にか
ギャリック大尉が自分たちが隠れているすぐ近くまで来ているのに気づき、コリンに隠れる必要はないと言って
おきながら、つい条件反射で身を翻してしまう。

「・・・・アンタ、言ってる事とやってる事違うわよ」
「な、何となく・・・・」

あははと曖昧に笑って何処か呆れた様子のコリンを誤魔化してみる。しかし、コツリと思いの外大きく響く
ギャリック大尉の靴音にそれも続かない。慌てて唇を引き結んだ。コリンも身を隠すように俺の頭へと伏せる。
隠れている事がばれれば、きっと何か良からぬ事でもしてたんだろ、などと疑われるのは目に見えていたからだ。
互いに息を飲む。木々の梢すら耳に届くほど静まり返った空間に、大尉の低い声が通る。

「そんなところで何をしている」
「「――!!」」

ばれた!と思い無駄だと分かりつつ身を縮込ませるが、何時まで経っても大尉が近寄ってくる気配はない。
コリンと顔を見合わせそぉっと、物陰から少しだけ頭を出す。見れば彼は俺たちのいる方角とは違う場所を
見上げている。一体何を見ているのだろうと気になり、更に身を乗り出してみた。大尉はそれでも此方に気づかない。
よほど今見上げている方角のものに集中しているらしい。かと思えば、苛立たしげに舌打ちして。

「おら、さっさと降りて来い!・・・・・・・・・・・・テメェで登っといて降りらんねぇのかよ・・・・」
「「・・・・・・・?」」
「・・・・ったく、しょうがねえな」

やれやれと肩を竦めたかと思えば、ギャリック大尉はどうやら見上げている木の上にいる何かの元へと行くため、
邪魔なマントを脱ぐと、いとも容易く目の前の木へと登っていく。木枝が人の体重を受け止めて撓り、
葉擦れの音を零す。その直後大尉は腕に何かを抱えて先ほどまで足を着けていた地面へと降り立った。
独特の形に切り込まれた服の裾が舞い上がる。そのまま腕の中の何かを地に下ろすと大尉は脱ぎ去ったマントを
何事もなかったかのように着た。俺とコリンは彼の一挙一動を見守りつつ、彼が地に下ろしたものを凝視する。
それは―――

「「・・・・・・猫?!」」

意外なものの姿につい声を荒げてしまう。俺とコリンは大声を出してしまってから慌てて互いの口を押さえあった。
まあ、コリンの手じゃ俺の口を押さえられはしないけれど。動作で、何となく。流石にばれたかと思いきや、
ギャリック大尉は猫しか見てない。よほど大事な猫なのかと思うが、将校様が飼うにしてはあまり綺麗とは
言えない猫の姿にあれ?と疑問を感じた。何と言うかあれは飼い猫というよりも野良猫のような・・・・。
考えを巡らせていれば、再度大尉の声が落とされる。

「全く。自分で餌も取って来れねえような奴が勝手にうろうろすんじゃねえ!」
「・・・・・・猫にまで怒ってる」
「いや、あれは怒ってるというより・・・・」

心配しているんじゃないだろうか。コリンの言葉に思わずそう返してしまった。確かに口調は怒っているとしか
表現しようがないが、行動や彼の表情を見ているとやはり猫の事を心配しているように映る。
ふと、普段の彼を思い浮かべ、目の前の彼と比べてしまう。そのギャップが何だか微笑ましくて口元が緩む。
くすくすと漏れ出てしまいそうな笑い声を抑えていると、大尉は猫と視線を合わせるためか長身を屈める。

「ほらよ、飯持ってきてやったぜ。ちゃんと食えよ」
「にー」
「あ、てめっ好き嫌いしてんじゃねえ!だから何時まで経ってもそんな貧相な体なんだぞ」
「にー、にー」
「こら、都合悪くなるとすぐに鳴くんじゃねえ!」

わざわざ持って来たらしい小さな一口サイズのサンドイッチを地面に放ってやりながら、具のトマトを前足で
跳ね除ける猫に人間の子供に言い聞かせるように叱り付けるギャリック大尉を見ていて俺はやっと分かった。
俺がこの人を嫌いに思えなかった理由。分かった途端、余計に笑えてしまった。

「はぁ・・・あの人、猫には結構優しいのかなぁ」
「違うだろう、彼は多分誰にでもああなんだよ」
「ああって・・・・?」

コリンの呟きに口を挟むとすぐさま質問を投げて寄越された。それに何て答えようか首を少し傾げる。

「何ていうか、天邪鬼っていうか・・・不器用っていうか・・・・」
「素直に好意を示せないって事?」
「うん、まあそんなところ」
「変な人ぉ。人間ってやっぱ変わってるのねぇ」

見も蓋もないコリンの言い様に、苦笑を漏らす。彼女は妖精であって、人間ではない。それ故、人間には分かる事が
理解出来ない事も少なくない。その代り、人間には分からない事を分かっている事もある。だから、互いに
教えあう必要があるんだろう。感情的で何処か落ち着きのないギャリック大尉の隣りに穏やかなルーファス大尉が
在るように。自分にはないものを学びあって初めてそこに絆というものが生まれるのだろう。俺もそんな絆を目の前の
小さな存在と結びたくて、コツリとコリンの額を突付いた。

「コリン、あの人は変わってるというよりは・・・・恥ずかしがり屋さんなんだよ多分」
「恥ずかしがり屋〜?」
「そ。だから、あの人の言葉はそのまま鵜呑みにして怒っちゃだめだと思うな」
「え〜、難しいよぉ〜」
「大丈夫、コリンならそのうち分かるようになる」

俺にだって時間は掛かったけど、分かったんだから。そう告げて突付いた額を今度は撫でる。俺の指先が行き来する度、
彼女は擽ったそうに目を細めた。そんな彼女の様子を嬉しく思いつつ、もう一度俺はギャリック大尉の方を向く。
するとはぐはぐと彼から分け与えられた食事を口にしている猫を、いつもの仏頂面とは掛け離れた笑みで見守っていて。
瞬間、あれ?とまた思う。何故かと言えば、彼の口元に刻まれた笑みから目が離せない自分がいるから。

「・・・・あ、れ・・・・?」
「どうしたの、ゼオンシルト〜?」
「あ、いや・・・・どう・・・したんだろ・・・・」

自分でも分からなくて、言葉が尻切れになってしまう。押し寄せてくる混乱に頭を髪がぐしゃぐしゃになるほど抱えた。
だって何か変なんだ。全身が赤くなってる気がする。しかも、何でかあの猫になりたいなんておかしな事考えてるし。
尋常じゃない。ひょっとして疲れが溜まって熱でも出してるんじゃないだろうか。ああ、そうかもしれない。
今までろくに休んでなかったし。そうだ、そうに決まってる・・・・・と思う。半ば言い訳のような事を考えつつ、俺は
スクッと立ち上がった。そしてギャリック大尉に気づかれぬよう、そっとその場を離れる。

「ちょ、ゼオンシルト?!」
「・・・・寝る」
「寝るってちょっとぉ!トレーニングは?!」
「明日な、明日。今日はもうだめ・・・・」
「もうだめってアンタねー!」

ふらふらとした足取りで、宿屋を目指す。初めの目的とは別の目的で。そんな俺に納得出来ないのかコリンは
ずっとぽかぽか俺の頭を叩いていたが、彼女の力じゃ大して痛くないので気に留めず、まっすぐと部屋を取って
ベッドへと沈む。最後の最後までコリンが俺の髪を引っ張っていたけど先ほどの馬鹿な考えを忘れるのに必死で
痛みを感じる余裕すらなかった。


いつもいつも怒っている彼、刺々しい彼。
でも嫌いになれない俺。何でかなんて簡単な事。
だから敢えて答えは・・・・・

―――言わないでおこう。





fin





ギャリックの考察にしようと思ったら思わずギャリ←主に(あれ?)
嫌いになれない理由は後日ギャリックバージョンも書きたいと思います。
個人的にギャリはものすごくおせっかいで可愛い性格だと思ってます(病んでる)
そしてゼオンシルトの性格がまだちょっと定まってません(泡)

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