平和維持軍なんてのは、武器をちらつかせて大陸を鎮めてる気になっている偽善者の集まりだ。
俺たちを監視するだけで一切手を貸さない、そんな連中。だから当然の如く嫌いだった。
そのはずなのに、俺は一体・・・・・どうしちまったんだろう。

アイツに出会ってからの俺は―――何かがおかしい。




嫌いになれない理由





「ギャリック大尉」

ガイラナックに突如現れた新種のスクリーパーを、よりにもよって奴を追ってきたらしい平和維持軍の連中と共闘する
はめに遭い何とも言えない心境の中、四苦八苦しつつも奴を倒して一息吐いていると維持軍の中の一人が声を掛けてきた。
これがクライアスだったら聞こえないフリをしたかもしれないが、違う奴だったので仕方なく振り返る。
青い髪の妖精を連れた・・・・何て名だったか・・・そういや聞いた事ねぇな。とにかく妖精を連れたまだ十代くらいの男。
そいつが他の連中から離れて俺に話しかけてきていた。一体何の用だというのか。今までの対応の仕方で
充分こいつらに好意的でないのは分かっているはずなのに。

「・・・・・・何だ」

故に、自分が吐き出した声は刺々しく冷たい。更々友好的になどなってやらない。そんな自己主張も交えている。
それでも話しかけてきた男は引いた様子がない。ルーファスみてえな女顔のくせに案外肝は据わっているのか。
ほんの少しだけ見直してやりながらも、やや苛立たしげに先を促す。

「俺は今の件の事後処理をしなきゃなんねえんだ。用があるならさっさとしろ」
「あ、はい・・・用というか・・・怪我をされてます。大丈夫ですか?」
「・・・・あ゛?」

ここと維持軍の男が自分の手の甲を指差して見せるため、俺は不可解に思いながらも自らの手の甲を見遣った。
するとそいつの言う通り、先ほどの戦闘でいつの間にか負ったのか傷があった。とはいえ、わざわざ心配されるほどの
傷でもない。スクリーパーと一戦交えたにしては掠った程度のもの。どういう事だと睨みつけてやれば、
臆した様子もなく男は言う。

「あのスクリーパーは未知のものです。どんな毒があるかも分からない・・・例え小さな傷でも放っておいては危険です」
「そうだよ、あのスクリーパーは危ないんだよ!」
「・・・・・は、そうかよ。だが、他人の心配するよりも前に自分の心配をしたらどうだ」
「・・・・・・・え?」

あの新種のスクリーパーの脅威とやらを説くと説いて聞かせてくれるお節介な男と妖精。
だが、ツンと鼻を突く鉄錆びの匂いを嗅ぎ取って俺は眉間に皺寄せる。そういえばこいつはスクリーパーを弱らせる事が
出来るらしく常に最前線で戦っていた。そうともなりゃ、誰が一番怪我をするかなんて目に見えている。
紅い服のせいで分かりにくいが何処か怪我をしてるんだろう。探るように目を細めて目の前の男を一瞥する。
そうすればアームガードの下から僅かに血が滴っているのが見えた。予想に食い違いはなかったらしい。

「・・・・誰かの心配なんてもんは自分に余裕のある奴がするんだな!」
「あ、ちょっとぉ!待ちなさいよぉ!!」
「・・・・いや、いいよコリン」
「でもぉ!あの人感じ悪いよ〜」

悪態をついてからその場を離れると妖精が喚いてるのと、男が何処か諦めたような呟きを漏らしているのが聞こえた。
どうやらあいつは俺に対して文句を言うつもりはないらしい。本当は少しくらい嫌味を返されると思ったんだが。
まあ、今はそれよりも・・・・・。

「おい、ルーファス!」
「ギャリック。まだ居たんですか?」
「悪いかよ。それよかお前傷薬持ってただろう、寄越せ」
「何処か怪我でもしたんですか?」
「・・・・・・そうだよ」

スクリーパーの元となった人間の死体の搬送をしていた維持軍の傍にいたルーファスを見つけ、傷薬を貰う。
不思議そうな顔をしているのは、例え傷を負っていたとしても俺が奴から薬を貰う事なんて今までなかったからだろう。
やや碧い瞳が好奇な色を帯びているが、無視して踵を返す。どうせまだその場を離れられないはずだ。
その間に一つ用事を済ませてくるとしよう。

「・・・おい」
「あ!」
「あ、ギャリック大尉・・・・」

まだそこらをふらふらしていた先ほどの男の傍まで寄って声を掛ける。妖精の方が何やら嫌そうな顔をしたが
気にしないでおくか。男の方は、長い睫を震わし、ただでさえでかい瞳を更に大きく見開いてる。
俺が声を掛けるのがそんなに意外なのか?まあ、こいつが俺をどう思ってようがどうでもいいが。
どうせ維持軍の人間なわけだしな。とはいえ、借りは返しておかなきゃ気持ち悪い。

「おら、塗っとけ」
「・・・・・え?」
「え?じゃねえよ。怪我してんだろ。みっともねえから手当てなりなんなりしろ」
「はあ・・・あの・・・・」
「・・・・・・・・〜〜ッ、トロくせえな!」

怪我している事を隠しているのか、なかなか薬を受け取ろうとしない男に焦れて血が垂れてる方の腕を取り、
アームガードを引き剥がす。そうすれば生白い腕と俺なんかよりもよほど酷い傷が現れる。思わず顔を顰めた。

「うっひゃぁ〜、いったそう〜。ゼオンシルト、どうしたのよそれ!」
「さっきの戦闘でちょっと・・・・」
「っとに。他人の世話焼いてる場合じゃねえだろ」

掴んだ腕を離そうとしている男の腕を押さえつけて血を拭いながら薬を塗りつける。ルーファスが持っていたこれは
グランゲイルで一番の良薬だ。それだけ早く傷を治せるものの、染みる。だから俺はあまり使わない。
ゼオンシルトと呼ばれた男は、やはり染みるのか普段は温和そうな顔を、険しくしている。

「・・・・・・っ」
「我慢しろ、早く治したいならな」
「大丈夫?ゼオンシルト」
「・・・・ぅん、大丈夫だ、コリン。それに・・・ギャリック大尉、有難うございます」

妖精に心配されて曖昧に笑んでいたゼオンシルトとやらは、急に俺に向き直って礼を告げた。
本当に急なもんだから驚いて・・・・一瞬固まってしまう。うっかりすれば、顔も紅くなってしまいそうで慌てて後ろを向く。
これだから慣れねえ事なんてするもんじゃねえんだ。そんな状況を作ってくれやがったゼオンシルトを恨みがましく
思いながらも、さっさとこの場を離れたくて城の方へ戻ろうとするとマントの裾を掴まれた。

「・・・・ッ、何だよ!」
「大尉の傷も薬を塗らないと・・・・」
「俺はいいんだよ、俺は!」
「良くない!」

今度は逆に俺の腕を取られた。ひ弱そうな見た目の割りになかなか力はあるらしい。そういえばスクリーパー討伐隊の
一人だったな。失念してたぜ。そんな事を考えていれば、噂の傷薬を手の甲に塗りつけられた。思っていた以上に染みる。

「・・・・・ぃ、っ」
「あ、すみません」
「・・・・・仕返しのつもりか?」
「そ、そんなつもりは、全然・・・・」
「ゼオンシルトがそんな事するわけないでしょ!」

痛みのせいか、つい八つ当たりのような言葉を発してしまう。いつもの悪い癖だ。そうは思うものの言ってしまったものは
もう取り返しようもない。それどころか奴の妖精が喚くもんだから更に続けてしまう。

「うるせえな。同じ妖精でもロッティとは大違いだなテメエは」
「なーんだーとー!!ほんっとグランゲイル軍って感じ悪ーい」
「コリン、いいから。ギャリック大尉すみません」
「・・・・お前も、妖精のサポーターならもう少し躾するんだな!」

無理やりに掴まれていた腕を引き剥がし、今度こそ城へと戻るため歩を進める。そんな俺に文句を言い続けている妖精を
ゼオンシルトは宥めていた。ちらりとその様子を視線だけで振り返って見遣る。ふと俺の視線に気づいたのかゼオンシルトが
此方を向く。緋色の瞳が俺を捉え、あろう事か柔らかに微笑む。その表情が不覚にも可愛く見えて・・・・・。
心臓が僅かに跳ねる。

「馬鹿か、俺はっ」

今胸中を過ぎった言葉を否定するように頭を振る。それでも頬に篭もる熱がそれを否定してくれない。
そんな顔をしている自分を見られたくなくてやや俯き加減に、早歩きで城へと急ぐ。が、その途中で一番声を掛けられたくない
奴に捕まってしまった。

「ギャリック」
「ルーファスか・・・」
「先ほど渡した傷薬、返して頂こうと思いまして」
「あ、ああ・・・・ちょっと待て・・・・・・あ」
「どうしました?」

今思い出したが、あの薬はまだゼオンシルトが持っているはずだ。取り返すのを忘れていた。とはいえ、そんな事をルーファスに
説明すれば絶対色々と聞いてくる。くだらない事まで根掘り葉掘り。それは御免だ。御免ではあるがだったら何と言えば
こいつを納得させられるのか。考えたところで良案が浮かばない。結局、情けないが。

「・・・・・・落とした」
「はあ?」
「だから、落としたっつってんだろ!」

半分ヤケ気味に叫ぶ。それにルーファスはキレたのか、声を荒げた。

「そんな偉そうに言わないで下さいませんか!あれは私が重宝してると知ってるでしょう!」
「うるせえな。悪かったよ。今度買って返すから勘弁しろ」
「だめです、探してきて下さい!」
「な、なんでだよ」
「この大陸が枯渇してるというのに物を粗末にするのは許せません。探してきなさい、それが貴方の責任です!」
「・・・・・・・・・っ、わぁったよ、探してくりゃいいんだろ、探してくりゃあ!」

口では到底ルーファスに勝てないため、半ば押し切られる形で薬を取り戻しに行くはめになってしまった。
こんなはずではなかったのに。それもこれもあいつが・・・ゼオンシルトが話しかけてくるからだ。責任転嫁も甚だしいとは
思うがそう思うしか今の情けない自分を慰める事は出来ない。それよりも、俺はまたあいつに話し掛ける事が
出来るんだろうか。まだ心臓がさっきの余韻を引き摺ってる気がする。

「くそ、なんだって言うんだ・・・」

維持軍なんて、嫌いなはずなのに。珍しく、心配なんてもんをされたから気が緩んだとでもいうのか。
俺って奴はそんな単純な奴だったのか?いや、それよりも何よりも男の笑顔を見て顔を紅くしてる自分が信じられん。
女にすら興味なんて抱いた事もないってのに。ガシガシと頭を掻いていれば・・・・見つけてしまった。
とっとと帰ってりゃいいものを。一つ舌打ちして仕方なく奴の傍に寄る。

「おい」
「ギャリック大尉」
「・・・・・妖精はいねえのか」
「あ、コリンに何か用ですか?だったら呼んできま・・・」
「いや、いい。というか呼ぶな」

あいつは煩いから好かんと付け加えてやるとゼオンシルトは苦笑を漏らした。

「傷薬、持ってるか」
「あ、さっきのですか。そういえばお返しするのを忘れてました」
「・・・・借り物なんでな。返さないとルーファスが煩い」

何となく顔を見れずに言うと、差し出した手のひらに傷薬が置かれた。貸してやったんだから礼を言うのも
変だろうし、維持軍とはなるべく口も利きたくないのでそのまま来た道を帰ろうとするが、またマントを握られる。

「・・・・今度は何だ」
「あの・・・わざわざルーファス大尉から借りてきて下さったんですよね。有難うございます」
「・・・・・お前のためじゃねえ。見苦しいもん晒してるのが同じ軍人として気になっただけだ」
「それでも、有難うございます。ギャリック大尉」
「チッ、ぺこぺこ頭下げてんじゃねえ。みっともねえ」

どうして俺はこういう言い方しか出来ねえのか。頭が痛い思いをしながら、顔を隠す。今、絶対紅い。
そんな事維持軍の奴になんて知られてなるものか。しかし、背後でゼオンシルトが再び笑っている気配がして
その表情見たさに思わず振り返りそうになっている自分がいる。・・・ってなんだそりゃ!

「と、とにかく俺は忙しい。テメエなんかに構ってる暇ねえんだ!」

誤魔化すように告げて離れる。マントを掴んでいた手が何処か名残惜しげに生地をなぞった。
そんな態度を取られたら、何だか妙な気に駆られる。だが、これ以上調子を崩されるのは我慢ならなかったので
振り切った。躊躇いなく城へと戻る。その途中、俺が薬を探してくるのを待っていたらしいルーファスと
出くわし、取り戻してきたそれを奴へと投げつけた。

「ほらよ、薬だ」
「礼くらい言ったらどうですか、ギャリック」
「・・・・・アリガトよ。これでいいのか」
「まあ、貴方にしては上出来です。と言いたいところですが礼を言う時は相手の顔を見て言うべきです」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

ルーファスの言う事ももっともだとは思うが、今は顔を上げられない。紅いだろうし、変な面をしているだろう。
わざわざこいつにからかいのネタをくれてやる気はねえ。急いでるフリをして強行突破に出る。

「あ、ギャリック待ちなさい!」
「俺は急いでんだよ、後にしろ!」
「急いでるって、何かあったんですかギャリック?!・・・・・もう」

制止を掛けても止まろうとしない俺にルーファスが溜息を吐く。どうやら追ってくる気配はないので安心する。
本当に、こんな顔見られてなるものか。比較的紅くなりやすい性質だとは分かってはいたが、ここまで紅くなってるのは
初めてだろう。しかもその理由が笑わせてくれる。



◆◇◇◆



「維持軍なんかに・・・・気は許さねえ・・・維持軍なんかに・・・・くそっ」

呪文のように何度も呟いて言い聞かせても、頭の中を過ぎるものに苛立ちが募る。その苛立ちを解消させようと
手近の壁に手を打ちつけた。途端にスクリーパーにやられた傷が痛んだ。

「・・・・ッ」

じっと傷口を見る。そういや、あいつに薬を塗られたんだったなと何気なく思うとまた思い出して顔が紅くなってしまう。
馬鹿みたいな無限ループに嵌まってしまう自分に嫌悪感を感じる。顔を押さえてその場に力なく蹲っていると
にーと小さな鳴き声が聞こえた。

「・・・・・あ?」

そろそろと見遣れば、足元に身体の小さな猫がいた。茶色掛かった金色の毛並みに赤い目の・・・野良猫。
その前足が、俺の手を引っ掻くでもなく、ただ触れた。まるで、あいつみたいに。よく見れば、色合いやちょっとした
表情があいつに似ている。

「なんだよ・・・懐くんじゃねえ・・・・」
「にー」
「・・・・・お前、捨てられたのか?」
「にー、にー」

猫に聞いたところで答えなんぞ返ってこないとは思うが、あいつと姿がダブって見えるせいか何故か話しかけてしまう。
光の加減か、紅い眼が心配そうに揺らいで見えて、猫にまで情けを掛けられて余計に情けなさが募るものの、猫に
罪はない。軽く耳の辺りを撫でてやる。

「にー」
「・・・・人懐っこい奴だな。媚びたって飼ってやれねえぞ」
「にー」
「にしても、ほっそい身体だな。ろくに飯食ってねえんだろ」

飯くらいならくれてやってもいいぞ。少しだけ笑ってやりながら言ってやれば、それだけは分かったのか身体を
摺り寄せてくる。現金な奴だ。だが、動物ならそのくらいの方が逆に可愛げがあるのかもしれない。

「よし、飯分けてやるからついて来い。あー・・・」

そういや、名前がねえなと気づいた。別に飼うわけじゃねえが、名前はあった方がいいだろう。
が、俺はそういうセンスは全くない。どうしたものかと首を捻る。

「・・・・・・見た目で言やぁ、あいつに似てんだよな」
「にー?」
「ゼオ・・・ゼオン・・・誰かに聞かれたら厄介だよな・・・・・シル・・・シルにすっか」

誰かに聞かれてもそう簡単にあいつと結び付けられないだろうと思い『シル』と名付けてやると、満足したのか
シルは鳴いた。人間だったらそれは笑顔に相当するのかもしれない。

「・・・・・・次会ったら・・・少しは優しくしてやるか」

シルを見ていてそんな事を思う。もし、この猫のように懐いてくれるというのなら。維持軍なんかに気を許したくも
ねえが、あいつ個人に限ってならもう少しくらい、優しくしてやってもいい。本人が耳にしたら渋い顔をしそうな事を
平気で考えている自分に笑う。ゆっくりと折っていた膝を立たせ踵を返す。

「おら、飯食いに行くぞ・・・・シル」
「にー」

鳴いて本当にとことこ付いてくる猫に笑いながら、登城前に兵舎の方へ有言実行してやるために足を運ぶ。
俺がこんなんになっちまった原因を作ってくれやがった存在を脳裏にそっと浮かべながら―――




平和維持軍なんて口だけの偽善者だと思っていた。
それは今も変わらない。そんな奴らが大がつくほど嫌いだった。
本当は過去形なんかじゃない。今も尚、続く感情。

それでも、あいつに限っては嫌いになれない。
その理由は何となく分かっちゃいるが馬鹿馬鹿しすぎて。
そう、あまりにもふざけすぎていて・・・・・


―――言う気になんか、ならねえよ。




fin





ギャリ→主です。ええ、もう誰がなんと言おうと!
そんなシーンねえだろと言われても!存在しなかったシーンを妄想してこその二次創作よ!と
言い張るつもりで頑張ります(何)一応ゼオンシルトバージョンに繋がるように猫さんを
出してみました。彼の方に出てくる猫さんはこっちの猫さんと同一です。
ギャリ主は自覚が早くてもくっつくのはまごまごしそうです。そして気づきましたが
当方のゼオンシルトは猫属性ではなく、わんこ属性だと思われます(笑)

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