君に届け <後編>



「・・・・ふう」

ジークヴァルトを倒し、ザーランバより維持軍基地に戻る途中、戦闘に於いてもっとも活躍した青年は
疲労の滲む吐息を零した。白い頬は青褪め、長い前髪が濃く影を落としている。

「どうした、ゼオンシルト?元気ねえじゃねえか」
「ジークヴァルトの分身体を引き付けておく為、もっとも動いていたのだから当然でしょう」
「ゼオンシルトさん、辛かったら言って下さいね、私キュアを唱えますから」
「すまないな君にばかり負担を掛けて。私にももっと戦う力があればよかったのだが・・・」

一度は自分の元から離れて行ってしまった仲間たちに一斉に気遣われ、ゼオンシルトは内心で少し戸惑った。
差し伸べられる腕が温かくてとても嬉しいと思う反面、もしかすればまた彼らが自分から離れてしまうのではないかと
思うと指先が震えそうになってしまう。彼らの事は勿論信じている。それでも一度傷を受けた心は敏感に涙を流す。
怖い、寂しいと叫びながら。花のように綺麗で優しくて同時に酷く頼りない、自分を取り巻く世界が、確かに
在ったはずの自身の居場所を見失わせていく。その恐ろしさは、いきなり首元に刃を突きつけられるよりも上で。

それでもゼオンシルトはそんな自分の内側で喚き立て、絡み合う複雑な感情を笑みで押し殺した。
心配を掛けたくない、嫌われたくない。そんな感情が自分と皆の間に厚い壁を築いていく事に薄々気づいていながら
止められなくて。何処までが本当の自分で、何処までが偽りなのか自分自身ですら把握出来ていない。

ただ、彼ならば本当の自分を見抜いてくれるかもしれない。
ゼオンシルトは仲間たちに元気に振舞いながら、脳裏にこのグランゲイルの何処かにいるであろう青年の姿を
浮かべた。口の悪い、短気で、けれど責任感が強く、優しい彼。この間会ったばかりなのに、また会いたいと
思っている自分にゼオンシルトは苦笑した。まだ手のひらにあの日の感触が残っている。

よく考えてみれば、誰かと手を繋いだのは初めてかもしれない。父も母も早世してしまったゆえ、ゼオンシルトは
誰かの温もりに包まれる、という事を知らなかった。祖母はとても優しかったが、悲しげで。
本当に心穏やかに安心出来た事はなかったのかもしれない。それが、あの青年――ギャリックに腕を引かれた時、
ゼオンシルトは酷く安堵した。あまり好かれてないのは分かるけれども、嬉しくて。

仲間たちに背を向けられた直後だった事もあって、ゼオンシルトの中でギャリックは特別な存在になりつつある。
少しでも傍で、笑顔が見たい。声を聴いていたい。そっと触れたい。望みは果てもなく込み上げて。
一体彼は今何をしているのだろう、とゼオンシルトは知らず遠くに思いを馳せた。



◆◇◆◇◆



一方その頃、件の青年はといえば。

「ギャリック様、何をしているんです。早くおいでませ」

ぐいぐいと途中まではロッティに引き摺られるままになっていたギャリックはゼルドックまで
来たところで踏み止まった。ロッティが何を言っても首を縦に振る。

「駄目だ、やっぱ無理だ」
「往生際が悪いですよ、ギャリック様!」
「んな事言ったって、今まであんな態度取ってたのに今更仲睦まじくなんて出来るか」

俺はそこまで器用じゃねえ!と息巻きながらギャリックは堂々と腕を組み言い放つ。
そんな偉そうに言われても、とついつい突っ込みたくなるほどに所作だけは立派。ぱたぱたと中空で羽を
はためかせているロッティはふうと一息吐いた。基本的にギャリックは言い出したら聞かない。
ルーファスと同じくらい、頑固な性質で。こうなっては仕方ないとロッティは幾分か譲歩した提案を試みる。

「でしたらギャリック様、何かプレゼントをなさってはどうでしょう」
「あ?」
「ギャリック様は口下手さんですから、親愛の気持ちを贈り物で示されては?」
「口べ・・・余計なお世話だ、大体そんな気の利いたものなんて持ち合わせてねえ」

ギャリックの疑問にロッティは丁寧に答えるが、当人からの反応はあまり芳しくない。
それでもロッティはめげなかった。自分の勇者が本当に望んでいる事を叶えてあげたくて。
根気よく、説得を続ける。

「何も凝った物でなくてもいいのではないでしょうか。心さえ篭もっていればそれであの方は喜んで下さいますわ」
「・・・・・・・・・・・・・」
「あの、ルーファス様から頂いたメダルなどはどうでしょう。信頼と親愛の証だとお聞きしました」
「ああ・・・・友情のメダルとか言うあれか?いやしかし・・・・」

ごそごそとロッティに言われて現物を懐から取り出したギャリックは元から寄っている眉間の皺を更に深くした。
まじまじとブルーグリーンに光る古ぼけたコインのようなそれを見つめる。何か、表面に古語で綴られているが
所々欠けてる上、滅多に見る事がない言語ゆえ、読めない。まあ、それはどうでもいい。問題は。

「・・・・・もう既に奴から貰っといて言うのもなんだが男が男にプレゼントって・・・気色悪くねえか?」
「何故ですか?」
「何故って・・・・まあ、いい。だが実際問題、いきなり友情の証だ、なんて渡されても困るだろ、普通」
「それが、コリンさんの勇者様にとって縁深い物でもですか?」
「・・・・・・・・・・?」

いつまでも渋るギャリックに焦れたようにロッティは彼の手のひらの上に置かれているコインの上へ飛び立つ。
小さな手でその表面に触れると長い睫を伏せて精神統一を行う。妖精の中でも限られた者しか扱えぬ、過去を
見通す力で以ってメダルに込められた思念を感じ取る。その中にゼオンシルトの縁者を見つけ瞳を開く。

「やはり・・・・あの方に近い波長を感じると思えば・・・。そのメダルは昔あの方のお母様がお持ちだった物です」
「・・・・・・何だと?」
「離れ離れになってしまった子を愛しむ優しい気持ちが流れ込んできます。それはとても尊い・・・・」
「・・・・分かった。これはアイツに渡す。俺が持ち続けているよりもよほどいいだろう」

ぎゅと一度握り締め、ギャリックは立ち止まっていた足を動かし始めた。何だかんだ言って結局お人好しなのかも
しれない。とはいえ、男らしい口調とは裏腹に顔中が真っ赤になってしまっている。そんな彼の様子をロッティは
微笑ましく見守った。ぱたぱたと羽を広げてゆらゆら揺れる紅蓮の制服の後を追う。けれど、ふとギャリックがまた
立ち止まったので不思議そうに首を傾ぐ。ロッティの豊かな髪が流れるのを横目で見遣り、ギャリックは非常に
言い辛そうにしながら口を開いた。

「・・・・ろ、ロッティ・・・・その、頼みがある」
「何ですか、ギャリック様?」
「いや、その・・・こんな面で街中を歩けねえからお前がアイツを呼んできてくれないか?」
「・・・・・・・え?」

こんな面とは一体どんな顔か。ロッティはこそりとギャリックの顔を覗き込む。すぐに反らされてしまったが
未だ嘗てないほど熟れたトマトのように紅い。ひょっとしたらそれ以上かもしれない。ロッティは納得した。
本当に、仕方ないといった体で苦笑しながらこくりと一つ頷く。

「分かりました、ギャリック様。待っている間に何を言うかお考になるといいですわ」
「なっ、ロッティ!」

待て、と伸ばした腕はしかし小さな淑女を捕らえる事は出来ず。空しく空中で留まる。
ぽつんと取り残されたギャリックはどうしてこう自分の周りにはおせっかいな奴しかいないのかと誰にでもなく
文句を言う。それと同時恵まれている自分を自覚してなんとも言えぬ表情で笑った。

「・・・っかし、何を言えばいいんだ?」

散々突っぱねた態度を取ってきた相手に今後は仲良くしよう、なんて口が裂けても言えない。
かと言って今のままの状態は避けたい。せめてもう少し、友好的な関係を築けたなら・・・そんな事を考えている
自分をギャリックは柄でもないと嘲笑いながら、それでも手にしたメダルを大事そうに手の中で暖めていた。



◆◇◆◇◆



未だに何て言ってメダルを渡そうかと考え続けていたギャリックの耳にギシギシと階段を降りてくる複数人の
足音が届いた。先に戻ってきたロッティから報告を受けていたのでその足音がゼオンシルトらである事は分かっている。
びくりと広い肩が震えた。今にも紅くなりそうな顔を精一杯、顰める。とてもこれから好意を示そうと思っている
人間には見えない表情。優しくもなく、穏やかでもなく、ただただ不機嫌。呼ばれたゼオンシルトは何かお叱りでも
あるのかと身構えてしまう。

せっかく会いたいと思っていた矢先、呼び出されて驚きながらも喜んでいたのに、ギャリックの態度が
そんなゼオンシルトの期待を失わせる。そうとは知らないギャリックは緊張して震えそうなのを堪えようと
必死で拳を握る。それがまたゼオンシルトの目には怒りに震えているように見えて、思わず自分を呼びに来た
ロッティの顔を見た。彼女の方はにこにことまるで母親がこの成長を見守るかのような眼差しでギャリックを
見ていて混乱してしまう。

「・・・・あ、あの大尉。一体何のご用で・・・・?」
「あー・・・・それは・・・・・・・?!」

何かを言いかけてギャリックは固まる。今まで緊張していたせいかゼオンシルトの事しか見えていなかったが、
彼の後ろに妖精であるコリンを初め、クライアス、メルヴィナ、ファニル、ランディが立っているのを見咎め、
ぐるんとロッティの方を向き直り小声で叫ぶ。

「おいロッティ、どういう事だ。妖精の奴は仕方ないとして、何でクライアスやその他諸々まで一緒にいやがる」
「え、ええ・・・皆様ギャリック様のところへ勇者様一人を行かせられないと仰られて・・・・」
「なんっだそりゃ。俺がアイツに危害を加えるような野蛮人に見えるとでも言いてえのかアイツら!」

非常に不服そうに怒声を上げる様はどう見ても野蛮人に見えるが、ロッティはそんな彼に対し申し訳なさそうに眉を寄せた。
それからフルフルと小さく首を振る。

「ギャリック様は野蛮などではありません。ただ・・・少し不器用なだけ。
皆様もきっと分かって下さいます。ですからお怒りにならないで下さい、お願いです」
「・・・・〜〜ッ、もういい。お前、こっち来い」
「え?」

こそこそと何やらロッティと耳打ちしあっていたギャリックから急に呼ばれ、ゼオンシルトは驚きに目を瞠った。
どうしていいか分からずおどおどとしていると焦れたようにギャリックが腕を引く。その瞬間ゼオンシルトの背後にいた面々、
主にクライアスが腕を掴んでいる男を睨み据えるが気にしない。

「おい、お前。ジークヴァルトを倒したそうだな。奴は我が国にとっても脅威だったからな、褒美をくれてやろう」
「え?あ、あの・・・・」
「いいからさっさと手を出せ!」
「は、はい」

いきなり呼び出されて何かと思えば、彼の口から非常に意外な言葉が出てゼオンシルトは何を考えるでもなく、
言われるがまま、素直に手を出した。びしりと差し出された腕にギャリックは僅かに口角を上げる。
それでも顰めっ面を保ったまま、何の色気もなくメダルを渡すというよりは寄越す。

「・・・・・じゃあ、確かに渡したからな。行くぞロッティ!」
「ギャリック様?!」

仲良くなるのではなかったのか、と言いたいがもし実際に口に出せば絶対に不興を買うだろう。
ロッティは迷った挙句、さっさと宿から出て行ってしまったギャリックに視線を遣り、そしてゼオンシルトに向き直る。
恐らく照れにより、本当の気持ちを告げられなかったであろうギャリックの補足をする事にした。

「コリンさんの勇者様、ギャリック様はあのような言い方ではありますが、本当はとてもその
メダルを渡す事に勇気を出された筈なのです。ですから、どうか・・・ギャリック様を嫌いにならないで下さいね?」
「あ、えっと・・・・」
「ギャリック様は貴方の事を信頼し、親愛しておられます。そのメダルはその証。
それに・・・そのメダルは嘗て貴方のお母様が手にしていた物。だからどうしてもギャリック様は貴方にそれを
渡したかったのだと思います。それを忘れないで下さい。それでは」

ぺこりと一礼し、ロッティはギャリックの後を追う。ゼオンシルトは、そんな彼女を呆然と見送った。
そして手のひらの中のメダルを見下ろす。キラキラと不思議に輝くそれ。そしてその意味と、母の面影。
考えれば、考えるほどそのメダルが如何に自分にとって価値の在る物か分かるというもの。
とっさにゼオンシルトは駆け出していた。

「おい、ゼオンシルト、何処へ!?」
「クライアス、皆!ごめん少し待っててくれ!」
「ちょ・・・おい!」

クライアスの制止も聞かずゼオンシルトも階段を駆け上り、宿から出て行く。金色のふわふわとした髪が揺れる。
慌ててぱたぱたとギャリックを追うその様はまるで主人についていく犬のようで。心なしか腰の辺りに尻尾が見える。
それはともかく、少し離れたところにギャリックの姿を見つけ急いで駆け寄り一言。

「待って下さい、ギャリック大尉!!」
「?!」
「あの、お礼を・・・」

声を掛けても立ち止まる気配がないので、グッと目前で揺れる紅蓮のマントをゼオンシルトは引っ掴む。
掴まれたギャリックは突然自分の身体が後方に傾いだので当然驚く。声にならずに目だけをゼオンシルトへ向けた。

「あ、あの大尉・・・・」
「・・・な、なんだ。引っ張るんじゃねえ」
「あ、すみません。その、メダルのお礼を・・・」
「いらん、妙な気を遣うな。褒美だと言っただろう」
「でも、嬉しかったんです。だから、お礼を言わせて下さい。有難うございます」
「・・・ッ・・・勝手にしろ」

一瞬、朗らかで可愛らしく微笑んだゼオンシルトにギャリックは怯む。油断すれば今すぐにでも頬が染まりそうに
なって、慌てて顔を逸らす。そんな彼をゼオンシルトは困惑気味に、ロッティは生暖かく見守る。何とも言えぬ空気の中、
ギャリックは言うか言うまいか悩みながらも口を開いた。

「あ・・・・あー、言っておくがあれはその・・・・いや、何でもねえ」
「・・・何ですか、言って下さい」
「・・・・・・お前が持っているのが相応しいと思ったから渡した、それだけだ」
「・・・俺が、ですか?」
「何だよ、その面は・・・・」

驚いているかと思えば、嬉しそうに口角を上げているゼオンシルトがいてギャリックは不審そうに眉を寄せる。
それにゼオンシルトは逆に「何がですか?」と返す。

「何がって・・・・何にやけてんだ」
「嬉しいからです、勿論」
「嬉しいって何がだよ」
「貴方の気遣いが」
「は?」
「気にして貰えて嬉しいんです」

それは一体どういう意味だろう。ギャリックは思わずそんな事を考える。裏を返せばそれはゼオンシルトが
ギャリックの事を気にしているという事だろうか。そう思うと自然、頬に熱が込み上げてきて。沈没。

「あの、ギャリック大尉?」
「るさい、さっさと行け」
「・・・・・・すみません」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・何でそんなお前、ヘコんでんだよ。っとにしょうがねえな。構ってやるから、元気出せ」
「!」

照れ隠しに突き放せば想像以上にショックを受けているらしいゼオンシルトに結局ギャリックは折れた。
ぽんぽんと柔らかな髪へ手を乗せ、軽く撫ぜる。その様は猫と犬のようで。微笑ましい。見守っているロッティの
口元にも笑みが刻まれる。本来の予定とは全く違うが、目的は果たせた・・・・・ように思う。
後はただ、想いが届いてさえいれば。


言葉に出来ないこの想い、どうか君に届け。


そんな事を思ってかギャリックは優しく微笑み、ゼオンシルトの髪を撫で続けていた。


fin


どんだけ間を開ければ気が済むんだ貴様はというほど
遅くなりましたが一応前後編終了です。相変わらずこの二人は進展が遅い、遅い。
うっかりコリン書くの忘れてしまいましたが、ロッティがいるから(身体は)平気かーと
思ってそのままにしてみました。もうそろそろ進展しようぜ!(お前次第だろうさ)


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