ドクドク、ドクドク。 身体中の血が、無性に騒ぐ。 何かに、呼ばれているみたいに。 凶暴な何かが、肉を突き破って表に顔を出そうとしている。 これはそう、きっと俺の中に眠るスクリーパーの細胞。 何かを求めて、何かを壊したくて堪らない衝動。 あまりの高揚感に身体から、熱が引かない――― 誰か俺を止めて。 安堵の腕 身体が、熱い。 穏やかな眠りの淵にいた筈のゼオンシルトは、いつまで経っても引かない熱に眉間へ皺を寄せた。 肌に纏わり付く汗と相俟って不快感だけが積もっていく。しかし不思議な事に、熱を出していると言うのに 寒気はあまり感じられなかった。何故だろう、疑問に思う。それと同時、鼻腔にいつか嗅いだ事のある香りが過ぎる。 何の匂いだったか。考えるよりも目を開けた方が早い。ゼオンシルトは重い瞼に力を込める。 「・・・・・・・んっ」 もぞり。身じろぐゼオンシルトに合わせてその身体の下の何かも動く。人肌ほどの温かさのそれは ベッドに比べて硬いが、なかなか心地よかった。本当に何だろう。ぼうっとした頭で考えつつ、更に瞼に力を込め、 漸くの思いで開けば。視界一面の紅。血ではなく光沢のある布。何処かで見覚えのある・・・・・ 「!!?」 半分以上、寝呆け眼だった瞳を大きく見開き、身体を起こして確認すればゼオンシルトが今まで下敷きに していたものの正体が知れる。暖かいのは当然、硬いのも当然、匂いに覚えがあるのだって当然。 何故ならそれは。 「ギャリック大尉?!」 「・・・・やっとお目覚めか。寝坊助が」 目の下にうっすらと隈を作ったギャリックが、ゼオンシルトの下で不機嫌そうな表情をしている。 上から退いた身体を避けるように自身の肢体をスライドさせ、ベッドから降りる。いつも綺麗にしている制服が ゼオンシルトに揉みくちゃにされたせいで皺が寄っていた。 「えっと、あの・・・あれ??」 「・・・・・・・・・・・・・・・」 事態が把握出来ずに居る蜜色髪の青年は、しきりに瞬いてギャリックを見つめる。しかし紅い視線の先に居る 青年はパタパタと制服を叩くのに夢中なのかゼオンシルトに見つめられている事に気づかない。 それが終わるとぼさぼさの頭を軽く手櫛で整え、それから頭上に疑問符を浮かべているゼオンシルトに気づき、 すいっと手を伸ばして、ふわふわした前髪を割って額に触れる。 「・・・・・・あん?まだ熱下がってねえじゃねえか」 「・・・・・・・・・・・?」 「朝は下がるもんだろ。熱冷ましも飲んだってのになんでだ?」 口開けてみろ、と要求して顎を支えつつ、喉の奥を確認する。 「・・・・喉は赤くなってねえな。風邪じゃなかったのか?」 「えっと・・・・・よく分からないんですけど・・・・」 「・・・・・敬語やめろって言ったじゃねえか」 「ふぇぇ?」 鋭く睨みを利かせたギャリックにゼオンシルトはいっそ間抜けとも思える調子で返す。 どうやら、熱が高すぎて昨日の事を覚えていないらしい。ギャリックは頭を抱えた。確かに正気では なさそうだとは感じていた。常のゼオンシルトなら何があってもギャリックを下敷きにして眠ったりしない。 そのおかげで下敷きにされた当の本人は眠れぬ夜を過ごしたというのに。 「・・・・・・・・・はぁぁ」 「どうしたんですか、大尉?」 「・・・・いい、お前は寝てろ。どっちにしろ熱が下がってねえんだ、大人しくしとけ」 「????」 説明するのも面倒なので、ギャリックはもう流れに身を任せる事にして口を閉ざした。 枕へと頭を押し戻されたゼオンシルトは不思議そうにそんなギャリックを見つめる。第一何故ギャリックが こんなところにいるんだろうか。平和維持軍は嫌いだ!と公言して一度も足を踏み入れた事がないのに。 熱の引かない頭で悶々と考える。しかし不意にその思考を掻き消すほどの、何とも言えない圧迫感を 感じた。言うなれば、身体中の血が沸騰するような、高揚感。何かに呼ばれている感覚。 「・・・・・・・ッ」 「・・・・?どうした」 様子が変わったゼオンシルトへギャリックが問う。それでも蹲るように身体を縮込めて、下を向いている顔を 上向かせようとギャリックは手を伸ばした。けれど。 「・・・・ゃ」 弱々しく、けれど確実にゼオンシルトの手はギャリックのそれを打ち払った。乾いた音がその場に響く。 こちらがそのような態度を取る事はあっても、逆など今まで一度もなかった故にギャリックは驚き目を見開くが、 それよりも更に気になる事があり視線を奪われた。 「・・・・・・お前、その目・・・・」 ギャリックの手を払うために微かに顔を上げたゼオンシルトの瞳は、昨日見た時と明らかに違っていた。 瞳孔が開き、敵意が感じられるそれ。もっと言うならば、何処かでその瞳に見覚えがあった。それはそう、まるで 興奮したスクリーパーのような・・・・。まさかと否定する一方で、ゼオンシルトの体内には確かにスクリーパーの細胞が 眠っている事を知っているギャリックは嫌な予感がして、唐突に立ち上がった。 「・・・・・・誰か人を・・・いや、ペルナギを呼んでくる」 「えっ?!」 「今のお前は明らかに変だ!アイツなら多分何とか出来る筈だ!」 曲がりなりにもこの大陸で一番の知恵者だ。他の誰に任せるよりも安心だろうとギャリックは部屋を飛び出そうとしたが、 ゼオンシルトがそれを許さなかった。いつものようにヒラヒラと揺れるマントの裾を掴み、引き止める。 思いの外、強い力で引っ張られてギャリックは足を止めざるを得ず。 「なんだ?!」 出鼻を挫かれた事もあって、幾分声高にゼオンシルトに怒鳴りつける。瞬間、ゼオンシルトは肩を大きく揺らして怯えた。 ギャリックが怖かったわけではない。別の何かに彼は怯えている。マントを掴む指先が繊細に震えていた。 何か理由がありそうで、ギャリックは軽く舌打ちを漏らして振り返る。腰を屈めて一言。 「・・・・どうした?」 先程よりも優しく問えば、未だに震えているゼオンシルトは蚊の鳴くような声で何かを呟く。聞き取れずにギャリックは 更に自分の身を寄せた。さらりと銀の髪が金の髪に掛かる。目と鼻の先ほどの距離になってもう一度ゼオンシルトの言葉を 聞き返せば、今度はちゃんと耳に届きギャリックは眉を顰めた。 「・・・・い・・・・自分が・・・怖い」 「・・・・・何?」 「自分の中の・・・スクリーパー・・・・何かに共鳴して、騒いでる」 「共鳴?」 問うというよりは独り言のようにギャリックは聞き返し。怯えるゼオンシルトをまじまじと見つめる。 とても一人にしておける状態ではない。体調だって良いとは決して言えないのだから。迷ったのは一瞬。 少しでも落ち着かせようとギャリックは縮込まっているゼオンシルトの痩身をきつく抱き締めた。 「・・・・・・・・・ッ!」 「・・・・・ちったあ落ち着け。お前は人間だ、怖がってねえでスクリーパーを押さえ込め」 「大尉・・・・」 「どうしても無理なら俺が鳩尾に一発入れてでも止めてやっから・・・・安心しろ」 「・・・・・・・・はい」 ほっと一息、ギャリックの腕の中で吐くと、ゼオンシルトは弛緩して瞳を細めた。その奥にさっきまでの 危険な輝きはない。無防備な姿。ギャリックもつられて力が抜けた。そして今自分のしでかしている事に 漸く気づき、内心で大いに慌てたが、この流れでパッと身体を離してしまうのも拙い気がする。ゼオンシルトを 不安にさせてしまうだろう。居た堪れない気持ちになりつつ、ギャリックは静かに耐え続けた。 一体いつまでこうしていればいいのか。顔を紅くして身じろぎ一つせずに居たその瞬間。 「ゼオンシルト!!」 「うおぉぉうっ!!?」 「ふわあ!!」 コリンの身体に似合わず大きな声が響いた瞬間、ギャリックが驚きと照れのあまり奇声を上げ、その声に驚いた ゼオンシルトも間抜けな声を漏らした。四つの紅い瞳がしきりに瞬き、淡いライトグリーンの光珠を揃って見つめる。 勿論ギャリックの腕の中にはゼオンシルトが。何とも言いがたい空気が流れやがて。 「あらやだ、アタシお邪魔だったかしら☆」 ゴメンネ!などと言いつつコリンは部屋から出て行こうとした・・・・がすぐに振り返って、固まっている二人の傍まで 近寄ってくると顔色を変えて、一気に捲し立てる。 「って、違ーう!クライアスが呼んでるのよ、ゼオンシルト!しかも大至急!」 「・・・・なんで?」 「何かー、総司令に呼ばれてるんだって、緊急事態だとかで」 「きんきゅうじたい・・・・」 頭が回っていないのか呂律の回らぬ口調でコリンの言葉をなぞるゼオンシルト。彼よりは早く立ち直ったギャリックは パッと手を離し、まだ呆然としているゼオンシルトに代わってコリンへと言う。 「おい、ちょっと待て。こいつは昨日倒れたばっかりだろうが」 「そうなんだけどー。どうしてもゼオンシルトに来て欲しいんだって!アタシだって止めたよ。 ここんとこスクリーパーが活性化しちゃってゼオンシルト疲れまくってるんだし、風邪だって引いてるのにって」 それでも駄目だというくらい重大な何かが起こったのか、それともクライアスが本気で鬼の如く人使いが荒いのかは 判別が利かなかったが、どちらにしろこの状態のゼオンシルトを表に出すわけには行かないとギャリックは食い下がろうと したが、ゼオンシルト本人によってそれは阻まれる。 「大尉、俺は大丈夫ですから・・・・」 「大丈夫って、昨日の事も覚えてない上、お前まだ熱が引いてねえだろう」 「昨日の事・・・・?」 「・・・・・ッ、そ、それはどうでもいいんだよ!んな事よりお前そんなヘロヘロじゃスクリーパーの餌になっちまうぞ!」 至って真面目に諭したつもりが、ゼオンシルトはギャリックのその言い分にクスリと笑み。 「いいんですよ、大尉・・・それでも。皆が俺を必要としてくれるなら・・・・それでも」 「・・・・・・・・・・!」 「いらないなんて言われるより、ずっとその方がいいんです。必要としてくれるなら・・・・それだけで充分なんです」 化け物と、一度だけ蔑まれた。自分でもそう思った。でも、それでも皆本当は心の奥底では納得してないのかも しれないけど俺を受け入れてくれたから。対スクリーパー兵器としてでも必要としてくれるなら、頑張ろうと思える。 今にも消えてしまいそうなほどに儚く告げるゼオンシルトにギャリックは何も言えなくなってしまった。 自分だって彼を邪険にし続け、傷つけたのだから、今更クライアスたちの事をどうこう言えず。結局、本当に言いたい言葉は 飲み込んで、悲しげな微笑と共に弱りきったゼオンシルトの身体を引き上げ。 「・・・・・・行って来い」 背中を、押した。ここで引き止めてもゼオンシルトの未来を奪ってしまう気がして。軽く会釈した後、パタパタと 自分を呼びに来たコリンの元へとゼオンシルトは駆けていく。その何とも頼りない後姿を見送るギャリックは、溜息を 一つ吐き、最後に一度だけ呼び止めた。 「おい」 「・・・・はい?」 「お前、俺が前に言った事、覚えてるか?」 「・・・・え?」 前に言われた事、がどれを指すのか分からずゼオンシルトは首を傾ぐ。 「お前の償いの話だ」 「!はい、覚えています。あの言葉で・・・・俺は救われたんです」 「・・・・・覚えているならいい。何が何でも、生き延びろ。死ぬんじゃねえ」 それがお前の償いなんだからな。呟いて染まった頬を隠すように余所を向く青年にゼオンシルトは、優しくはにかみ。 打算も計算もない、心からの感謝を述べた。 「有難うございます、ギャリック大尉」 昨日、ギャリックに対し威勢良く飛び掛ってきた少女を伴い、ゼオンシルトはやはり自分の状況を あまり把握出来ていないままに、それでも流れる時に従うように部屋から出て行った。 閉まる扉の向こう側には、どうしようもなく、そう例える他ないような表情の青年がゆっくりと紅い瞳を伏せ。 「それを言うなら・・・有難う、ギャリックだろうが」 あまりに高い熱のせいですっかり忘れ去られているらしい約束を寂しげに呟くと、連絡もなしに維持軍基地で 一日を過ごしてしまったギャリックは大いに憤慨しているだろう同僚の顔を脳裏に浮かべて、仕方なしに 本国へ帰ろうとゼオンシルトが開けて出て行ったドアを自分もまた開き、静かに部屋主の残り香の漂う 室内から姿を消した。 ◆◇◇◆ 「大丈夫、ゼオンシルト?」 呼び出したのは自分とはいえ、あまりに顔色の悪いゼオンシルトが心配でコリンは首を傾ぐ。 ふよふよと空を舞う光の珠を追う青年はぷるぷると首を振って。 「大丈夫。急がなきゃ、クライアスたちが待ってる・・・」 「・・・うん。でも無理しちゃダメだよ。アンタまだ病み上がりだし・・・本当はもっと休んでなきゃダメなんだから」 「・・・・・・平気。ちょっと苦しいけど・・・リオレーの時よりずっといいから・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・」 そう言われてしまうとギャリック同様にコリンも何も言えなかった。あの一件以来、ゼオンシルトは常に 自分の存在を疑うようになってしまった。そして仲間たちへも何処か距離を置いている。それも当たり前だとは思う。 己を否定されたあげく、誰も彼の心の傷を癒そうとはしなかった。各々、余裕がなかったのかもしれない。 それでも、あの場で彼一人を取り残すべきではなかった。人間の事はよく分からないコリンでもあんまりだと 感じたほどに。いっそ見事な裏切りとも言えた。それはあの時のゼオンシルトの落ち込みようからも簡単に 推し量れる。それでも、ゼオンシルトは立ち上がった。ある人物に会えたから。 「・・・・・・・ねえ、ゼオンシルト。アンタがあの時元気になったのってやっぱりアイツのおかげ?」 「アイツって・・・ギャリック大尉?」 「そう。アイツってさ、何だかんだで結構世話焼きみたいだし・・・よく考えれば優しいところもあるし」 褒めていながら、何やら不服気な少女が微笑ましかったのか、青年の口元は綻ぶ。 いやそれだけでなく、話題がギャリックの事のせいというのもあるかもしれない。ますますコリンは複雑に なりながらも、ゼオンシルトが嬉しそうならいいかと更に言葉を継いで。 「まあとにかくさ、ゼオンシルトがアイツの事好きならアタシ応援するからさ!」 「・・・・・へ?何で知ってるんだ、それ・・・・」 「な、何でってアンタ昨日言ってたじゃない。もしかして忘れてるの??」 問われてゼオンシルトは顔を真っ赤にし、口をぱくぱくと開閉する。陸に上がった魚みたいだ。 しかもよほど恥ずかしかったのか瞳はほんのりと潤んでいた。 「ゼオンシルト、可愛い☆」 「は?!何言って・・・・・・!」 「だって顔真っ赤よ?昨日はアイツの事呼び捨てにしたり甘えたりしてたのに今更って感じだけど」 「??!!」 記憶の飛んでるゼオンシルトからすれば正に寝耳に水な発言。当然、平静に受け止められる筈もなく。 思い出せないその一部始終を思い出そうと必死になる。思い出したところできっと余計に恥ずかしくなるだけ なのだろうが驚きと羞恥で平常とは程遠い位置に居るゼオンシルトはその可能性に行き着かず。 うーうー唸っている。コリンはそんな相棒の様子を意地悪く見守っていて。 「ま、嘘だと思うんならアイツに聴けば?」 止めを刺す。そんな事気の小さいゼオンシルトには出来ない。 「〜〜〜いいよもう。今度大尉に謝るから」 「べっつに怒ってないと思うけど?」 「いいったらいい!それより仕事!!」 不調も何のその。ゼオンシルトは照れ隠しも相俟って更に加速して走る。コリンは必死にそれを追った。 その様を横目で確認しつつ、ゼオンシルトは内心で別の事を考えていた。 (今度、か。そんなの俺にあるのかな・・・・) 身体の中で活性化していくスクリーパー細胞の事を思って、ゼオンシルトは自嘲を零す。 何か、とても大きな力に体内へ埋め込まれたこの細胞は惹き付けられている。それは外見にも異変として 現れ始めていて。スクリーパー化するのも、時間の問題かもしれない。とても怖い。でも。 「止めてくれるって言ってくれたから・・・・」 あんなものは単に自分を落ち着かせるために言ってくれた気休めかもしれないけれど。ゼオンシルトの心を 救ってくれた。嘘であっても嬉しい。心の底からそう思える。不安より、安堵が少しずつ自分を浸す。 もし自分が壊れても、きっとあの人なら止めてくれる。不思議な感覚。予感。それらに包まれながら、 クライアスたちと合流したゼオンシルトは、総司令からの最後の命を受け、スクリーパーの巣へと新たに旅立つ。 その後の過酷な運命をまだ知りもせず。ただ、無邪気とも思えるほどにスクリーパーを追っていた。 物語の終わりは、いつもハッピーエンドとは限らない。 to be countinude...? 一応前回更新の『Overreliance』の翌朝の話という事で。 若干時間的におかしい気もしますが、ゲーム本編にはなかった時間が 流れてるんですぜお客さんとか言っておきます(お客さん?) この後スクリーパーの巣に突っ込んで、アドモニッシャー粉砕してクイーン戦という流れで。 次回は多分告白編&裏更新かもです。脱☆奥手だぜギャリック!(笑) あ、口調と呼び名元に戻ってますがちゃんと呼び捨て&タメ口になりますのでご安心を。 でも個人的にゼオンはギャリを大尉と呼んでる方が可愛い気もします。何故? |
Back |